ダンジョンの進化




 朝、目が覚めて、起きようと身体を動かしたら、物凄い痛みに襲われて動きを止めた。これは全身筋肉痛だな。

 いやいや、一時間ぐらい逃げ回っただけで、駄目になる自分の身体よ。体力も筋肉も無さ過ぎでしょう。

 一応、この間まで学校に行って運動もしていたはずですが?

 部活はしていなかったけど。


 邪神ちゃんがこちらを見ている。

 はい、運動不足ですね。分かっています。

「いたた」

 呟きながら着替えて一階に降りると、静が朝食を作ってくれていた。


「おはよう、静」

「おはようございます、有架さま」

 朝の挨拶は大事。椅子に座るのも大変だけど。

 特に足の痛みがひどい。ふくらはぎが何時でもこむら返りますよって、語り掛けてくる。


 僕に意地悪をしてこないリモコンは良いやつだな。撫でておこう。

 テレビを付けて、キャスターの声を聞くと、日常のような気がする。


 今日の天気と、どこかの事故の話。

 あれ?ダンジョンの話は?


 じっとテレビを見ている僕の前に朝食が並ぶ。

 ご飯を食べながら見ているけれど、ダンジョンの話が出て来ない。

 マスコミを規制できるのなら、国の命令だろうか?そんなに大変な事態になっているという事だろうか?


 食べている最中で行儀が悪いけれど、スマホを見てみる。三人共から連絡が来ていて、ほぼ同じ時間にメールを受けていた。内容も全部一緒だ。

 ダンジョンが全て初期化したという話で。


 え、どういう事だろう?

 昨日は普通だったけど。あのあとダンジョンが全て変わったっていう事だろうか?

 変化した、強化されたっていうのは聞いていたけど。


 もう一度テレビを見る。

 ダンジョンの事など無いかのような、平穏なニュースが流れている。

 うん、気味が悪いな。


 食後のお茶を貰ってから、僕は誰に返事を返そうか悩んでいる。まあ、順当なのは伊達さんに返すべきなんだろうけど。

 結局は僕が誰に相談したいかって話で。


 ちゃんとした話がしたいから、憶測ではなく話せる人が良いのだけど。そんな詳しい人って知り合いには居ない。探索者では情報が限られているし、協会では情報が伏せられるだろうし。


 それ以外の知り合いがいないなあ。僕は情弱だから、知り合いなんていないんだよ。

 目が細くなっているだろう僕の顔を、静が見ている。伊達さんで良いかなあ。でもどうやっても堂々巡りな話になる気がする。

 情報通な人の知り合いなんていないし。


 実家の人間ならそういう情報も取れるだろうけれど。今更顔も見たくないし。

 うん?実家?

 僕は、二階を見上げる。


 義父はそういう情報持っていないかな。連絡を取ってみようか?

 スマホを持って家の電話の横にある電話帳を捲ってみる。義父の名前と番号。それから知らない人の名前が幾つか書いてある。義父の知り合いだろう。


 ドイツなら、国際電話ですよね。

 なるべく手短に話せば、そんなに金額がいかなくてすむかな。

 そう思って、電話番号を登録してから掛けようと、ボタンを表示した途端にその番号から電話が掛かって来た。

「は?」

 鳴っているスマホに向かって、問いかけてしまった。


「もしもし?」

『ああ、有架?困った事になったねえ』

「…そうですね」

 まるで、さっきまで相談していたかのような理解力で、義父が話し出す。


『今の状態は良くないねえ。かと言って世界のダンジョン全てが攻略前になってしまったからねえ』

「どうしてそうなったんですか?」

 これは違和感を諦めて、話を聞いた方が良いな。


『多分、進化したからだろうね。今までよりも強くなったから進化だと、ダンジョン自体が判断したんだと思うよ。初心者とかが入れるものは少なくなるだろうねえ』

「全てのダンジョンが未踏破になってしまったと?」

『そういう事だと思う。行けば曲が流れているだろうから、未踏って分かると思うけど』

 ああ、あの噂って本当なんだ。未踏破の階層は全部、ゲームみたいに曲が流れているって。


「それじゃあ、僕も困るんですけど」

『え、なんで?有架は初心者じゃないでしょ?実力だけならトップランカーでしょうに。どんどん中に潜って踏破しちゃいなよ』

「僕は先週、探索者証を貰ったばかりですが」

『ああ、そういう通例的な話はしていないよ?有架が持っている力は、世界ランカーレベルでしょ?』

 そんな事は思っていないけど、義父にとってはそうらしい。


『まあ、できればダンジョンは無くしたいけどねえ』

「…それは、言って良い事なんですか?」

『不味いとは思うけど真実だから仕方ないよね。そこを生業にしている人が探索者以外にも沢山いるから、社会的に敵にはなるだろうけど。だけど、ダンジョンがこうやって進化し続けたら、いつか人間はダンジョンを御せなくなって終わるよ』


 理屈は分かるけど。


『有架がダンジョンと一緒に、世界と心中したいならそれでもいいよ?俺は嫌だからドイツに来ているけどね』

「そうですか。どうしてドイツに」

『ドイツは今、ダンジョンを一つずつ消している。もう幾つかのダンジョンが消えて、新しいダンジョンが生成されないように、術者が大地を禁呪で縛って安定させている。ヨーロッパでも新しい試みだから、まあ不安定だけど』


 なるほどそれで。

「それで行ったんですか。妖術師は禁呪に長けていますからね」

『んふふ。マイハニーも一緒だから、楽しいけどね?』

「ああ、それはどうも」

 リア充め、そこは黙ってくれ。


『とにかく、俺も全部は分からないから、そっちの話に詳しいやつ紹介するよ。電話の傍に電話帳があるだろ?そこに二条 エリカってあるはずだから、そこに連絡してみて。きっと有架の役に立つから』

「わかりました。有難うございます」

『そんな他人行儀な。俺達は親子なんだからさ、もっと気楽にいこうよ』

「…はあ」

 そうは言っても、全くもって会っていないのですが。


『じゃあ、そっちで頑張って。また電話するからね』

「はい、また」

 そう言ってあっさりと義父が電話を切った。

 静も話したかったかもと今更ながら思ったが、その場にはいなくて、どうやら洗濯をしているようだ。電話しなくて良かったのかな。


「静、電話しなくて良かったの?」

「三澄さまとですか?別に用事はありませんので」

 あっさりしてるな、どっちも。



 とにかく今は、理想論は後にして現状を詳しく知りたい。

 義父が言っていた番号に電話すると、可愛らしい声で応対される。

『はい、二条です。どちら様ですか?』

「あの、九条 三澄からの紹介で電話しています。息子の有架と言います」

『あ、話長くなる系だよね?どこかで会おうよ』

「え?は、はい。そうして貰えるなら有り難いですけど」

 義父といいこの人といい話が早すぎる。せっかちか。


『じゃあ、上野の方にある錬金研究所ってところに来て。そこで待ってるから』

「え?成田さんの所ですか?」

『あれ?知ってるの?なら話が早いね。うん、そこに来てね』

「今から行けばいいですか?」

『身支度して行くから、二時間後ぐらいで』

「…分かりました」


 電話を切ってから、首を傾げる。

 変な所でつながったな。

 まあ、別に成田さんは敵ではないので良いのだけれど。二時間後って言ったから、もう少し落ち着いてお茶飲もうかな。


 台所の椅子に座りなおして、自分でお茶を煎れる。

 どうして静が煎れた方がおいしいんだろうな。


 幾らか時間が潰せたので、部屋に行ってカバンを肩に掛ける。邪神ちゃんが来るかと思いきや、目の前に浮かんで両手で口を触ってパッと腕を開いた。

 前にも見た事がある。多分喋りたいのだろうなって思うんだけど、作成者がもういないから仕様の変更が出来なくて、邪神ちゃんは喋れないままだ。


「ごめんね、邪神ちゃん」

 少ししょんぼりとして胸ポケットに入った邪神ちゃんの頭を撫でて玄関に行く。


「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ、有架さま」

 笑って言ってくれる静に感謝をと強く思う。



 電車に乗って上野駅へ。

 周りに探索者らしき人たちがいるけど、何となく足取りが重そうだ。

 また最初からの攻略は、嫌だと思う人の方が多いのかも知れない。後姿を見送ってから横町の路地に向かう。


 何時もながら、廃墟が並ぶ道沿いは暗くて人通りもない。

 突き当りの扉に小さな明かりは灯っているので、開けて中に入った。


 その途端に、両サイドから腕を掴まれる。

 自分の両腕を、少女が二人で捕まえている事に驚いて固まってしまった。

「君が九条くんだね?やっと逢えたね」

「君が九条くんかい?ずっと会いたかったよ」


 ええと。

 目の前にはゴスロリの衣装をまとったそっくりな二人がいる。

 綺麗な薄金茶の長い髪と大きな赤茶色の目が、まんま同じ大きさで開かれて僕を見ている。それに僕はどう反応したらいいのか。


「二人とも止めてあげて?九条君が驚いているから」

 後ろの大きな机に座った成田さんが苦笑しながら、そう声を掛けてくれた。

 それでも離してくれずに、両腕を掴まれたままソファに連行されて座らされる。大きなソファに三人掛けで座った僕達を、相向かいに座った成田さんが、まだ困った笑いで眺めている。


「二人とも放しなよ?九条君が困ってるでしょう?」

「困ってるのか?」

「困ってますか?」

「…手は離してくれると嬉しい」

 渋々という様に、美少女二人が掴んだ腕を開放してくれた。

 そこに無花果さんが、お茶を運んでくる。


 僕と一緒に、二人もお茶を持つ。

「初めまして、私が二条 エリカだよ」

「私は二条 ローズ。よろしくね九条くん」

「…双子ですか?」

 ニコニコと肯かれる。

「そう、私が姉で」

 エリカさんが自分を指さした。

「私が妹だけど、そこはあまり気にしなくていいよ」

 ローズさんがお茶を飲みながら言った。


 どうにもならずに成田さんを見ると、僕を見ながらまた成田さんが苦笑する。

「話があるんだよね?九条君は」

「はい。義父から現状を知りたいなら二条さんを頼れと言われたので」

「三澄の息子なんだね、驚いたよ」

 エリカさんが言うのを、僕は驚きながら見ている。


「私達は三澄と同期だからね。その息子なら私達の息子も同然だろう?」

「何でも話すよ、何が知りたい?九条くん?」

 義父と同い年って?

 いや、女性に年齢の話は地雷だな。聞かないでおこう。


「今現在のダンジョンの状況と、これからの行動の指針が欲しいです」



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