真夜中の会話
だるくて目を開けるのがつらい。重い瞼を開くとベッドの上にいた。
あれ?確かダンジョンの中にいたはずでは。
人の気配がして首を動かすと、小鳥遊さんと伊達さんがベッドの横にいた。小鳥遊さんは椅子に座って僕の右手を握っている。
「起きたのね、九条君」
「…どうして」
「俺が連れてきた。ダンジョンアタックが完了するとダンジョンは一斉に光が消えて、動きが止まる。だから九条君がやったと思って二十階層まで行ったら、地面に寝ていたので連れてきた」
伊達さんがそう言って苦笑する。
「九条君は頑張り過ぎじゃないか?この人を助けるために入ったんだってな?」
僕がまだ思考がゆっくりなあいだに、色々言われている。
うん、考えが追いつかない。
「その他にも色々あったのですが」
起き上がるとゆっくりと手を離された。
僕は握られていた手を見るともなしに見てから、小鳥遊さんを見る。
心配顔だが、異常は無さそうだ。
とりあえず良かった。
「いま、何時ですか?」
「うん?夜中の二時だが?」
「え」
この部屋の中は明るくて、気にしていなかったが遅い時間だったとは。二人とも何故こんな時間までここに居るんだ?
「あの、二人はどうして」
「心配だからだろ」
「心配してました」
ほぼ一緒に言われた。僕が驚くと二人して笑う。
「九条君な?俺は君のクランの責任者だ。心配して残るのは普通だろう?だいたい後詰として居ろとの指示だった訳だし」
「…そうでしたね」
「私が九条君を呼んでしまったので、無事だと分かるまで帰る気はありませんよ?」
「…そうですか」
少し詰め寄られて、僕は何とも言い難い答えしか返せなかった。
ガチャリと部屋のドアが開いて、五十嵐さんが入って来た。
「話し声が聞こえたから来てみたよ。気が付いたんだね九条君。良かった。魔力切れでも起こしたのかな?」
傍に来つつそんな話をされる。
「いえ、筋肉痛で倒れました」
「え」
「は」
伊達さんと五十嵐さんが変な顔で僕を見る。小鳥遊さんは困った顔をした。
「九条君細いから、体力ないよね」
そう言えばこの人も、僕に抱き付いて分かってる感じか。
「ああ、そう言えばそうだっけ。つい」
伊達さんが呟くのを五十嵐さんが見ている。
「とにかく僕の魔法力とかは大丈夫です。最後の石のゴーレムが、魔法障壁を纏っていたので、逃げながら魔法を打ったのがきつかっただけです」
もっと体力をつけなければ。
「うん?石のゴーレムが魔法障壁?そうだったかな。攻略したのが昔過ぎて記憶違いか?」
伊達さんが僕を見ながら首を傾げる。
「いや、最後のゴーレムにそんな機能はないはずだが」
五十嵐さんがそう言って僕を見る。
「え?いや、確実に魔法が効きにくかったですけど」
僕は事実を言っているのだが。
「ダンジョンが強化されたって事でしょうか?」
小鳥遊さんの言葉で、伊達さんが嫌そうに頭を掻く。
「ああ、そういう感じか。じゃあ別のダンジョンも変化が有るって事だよな?」
誰に聞くでもなく伊達さんが言うと、五十嵐さんも顎を触って考えだす。
え、あれって強化後って事だったのか?
「その他にも、強そうなのが多数いましたけど」
「それよりも、聞きたい事があってね、九条君。あの二人は君がやったのかな?」
伊達さんと小鳥遊さんが僕を不思議そうに見る。質問をした五十嵐さんは無回答を許さないぞって顔をしていた。
「半分は僕です。敵対したので仕方なく」
「敵対とは?」
五十嵐さんの言葉に小鳥遊さんを見てから、話を続ける。
「小鳥遊さんを攫うはずだったと言われましたので」
「え、私を?」
「はい。青木と福田に言われました」
五十嵐さんが頷く。
「半分とは?」
「足を切ったのは僕ですが、焼いたのは知らない魔法ですね」
その光景を想像したのか、小鳥遊さんが顔をしかめる。伊達さんが移動して僕のベッドの足元辺りに座った。
「魔法と分かった理由は?」
「話している最中に光で視界が見えなくなったので。その際に二人の叫ぶ声が聞こえました。視界が戻ると二人とも焼けていた。そんな感じです」
「…なにか、重要な事を話していたのか?」
伊達さんが聞いてくる。重要かは分からないが話はした。
「パニッシュメントの話をしました。そこに小鳥遊さんを連れて行くって事を言っていたので」
五十嵐さんが唸った。
「パニッシュメントか」
「はい。最下層にその相手がいるというので、降りましたけど」
「会ったのか、誰かに?」
静かに伊達さんが聞いてくる。僕は彼に頷いた。
「名前は知りませんがゴーレムの上に、民族衣装を着て頭にヤギの頭蓋骨を被った男がいました」
「それは」
五十嵐さんが黙る。伊達さんも僕を見ている。
やっぱり、上の人だよね?そんな感じだったから。
「…多分、パニッシュメントの主宰だろう。普通に言えばトップという事だ」
「はあ、そんな感じでしたね」
言っている事が。
「なにか話でもしたのか?」
「…意味不明な理想論を」
ふっと伊達さんが笑った。
「そうか。パニッシュの話はよく聴くが、確かに理想論かもな」
何処でも言うのか、あんな話を。
「あの二人に関しては、回収して安置してあるが、モンスターにやられたと発表する事になるだろう。九条君、敵対しても探索者同士での交戦はなるべく避けて欲しい」
「…こちらが殺されても、同じ事を言いますか?」
僕の質問に五十嵐さんが顔をしかめる。
「なるべく避けてくれ。そう言うしか出来ないが」
「…分かりました。善処します」
力が全ての探索者が、敵対したら争うしかないと思うけど。
「先に回収された三人だが」
「あの状態でした。一番最初の人は、木の上に早贄のように刺さっていました。僕にはどうする事も」
「ああ、仕方ない。あれは、内々に処理する」
「……はい」
小鳥遊さんが小さく息を飲んだ。
「え、先に帰るって」
「ごめんなさい。あの時は言えませんでした。あんな事をする奴がいるかもと思っていて、それが同じダンジョン内にいると思っていたので」
「最初から、私と一緒にいた人達を疑っていたの?」
「…はい。ランカーなら、浅い階層にいた人達が無事ではないのがおかしかったので」
「そうだったのね。だから無理に私を返したのね?」
僕が肯くと、小鳥遊さんも頷いて小さく溜め息を吐いた。
「それで全部かな?」
五十嵐さんが聞いてくる。
「そうですね。キメラの他に大きな爬虫類と、頭がおかしそうな猿がいたぐらいですね」
「うん?」
「はあ?そんなのいないぞ?」
結局、覚えている限りのモンスターの話をした。
いつの間にか、日は昇って次の日の朝になっていた。
「じゃあね、九条君」
「はい。気を付けて帰って下さいね」
「外なら、断然私が有利だわ、安心してね?」
それはその通りだな。ダンジョンの外で、もともと魔法が使える人が不利になる事は少ないだろう。小鳥遊さんに手を振って見送った。
「ありがとうございました」
「ああ、無事でなによりだったな。またあとで連絡する」
「はい」
伊達さんが歩いていくのを見送る。
朝日が眩しいが、帰ってもう一寝入りしたい。
協会本部の保健室から出て、家に向かう電車の中、僕はまだダンジョンの事ばかり考えていたから、まさか家に帰ってこんな事があると思わなかった。
玄関で、静が寝ている。
声を掛けると飛び起きて、僕に抱き付いた。
「どうしたの静、こんな所で」
「有架さまのお帰りが遅いので、待っているうちに寝てしまいました。帰ってきて下さって良かったです」
その声が鼻声で、僕は言いしれぬ罪悪感にさいなまれる。
「あの」
「私に電話する時間がないのは分かりますから。私が心配して安心するのも許して下さい」
「うん。有難う」
「はい」
伊達さんに連絡した時に、静にも電話すればよかった。
そう思いながら、僕は自分の欠陥が分かっている。いままで家族に連絡なんてしたことが無いから、静を身内のように思っていても、連絡する気持ちにならないんだ。
家族に連絡。
したことが無ければ習慣にはならない。仕事の相手には不義理と思うが、家族になり立ての静には気持ちが追いつかない。傍に居ればこうやっていろいろ思うのに、傍に居ない時はすっかり忘れている。
これは僕の気持ちの欠陥だ。
「ごめんね、静」
「いいえ、有架さま。私の勝手なのです」
「そんなことないよ、嬉しいよ」
そう言いながらも僕は、まだこの家に馴染んでいない。
僕がいるこの世界は、わずか八日ほど前に始まった世界だ。その前の十六年を乗り越えるのはまだまだ先だろう。
幸せで嬉しいのに。
僕はまだ泥沼の中にいる。
「ごめんね、静」
「いいえ、有架さま」
そう言って静は長い間僕を離さなかった。
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