第二ダンジョンの共闘
八王子の第二ダンジョン前に車を止めて貰った。
四人はここで待っているというので、くれぐれも危険が無いように言いきかせてから穂香さんと車を降りる。
ダンジョン前には十人弱の団体がいた。随分大人数だなと思って見ると、僕を見た途端に持っていた剣をガチャンと地面に落とした男の人がいた。
金髪の青い目の。
その確認もはっきりしないまま、僕は全速力で男の人に駆け寄る。
男の人も僕に向かって走って来ていた。
両手を上げた男の人にぶつかるように、僕はその口を塞いだ。
危機一髪。
「デ」
そのまま言われていたらどうなっていた事か。
「僕は、九条有架だ!君の名前は」
そこまで大きな声で言ってから、いや、知ってるな僕は、と思いだす。
「近衛蓮さん、だっけ」
まだ僕に口をふさがれたまま、こくこくと近衛さんが肯いた。
ああ、この人が良くテレビに映っていた人だ。気配で分かる。そしていつか会った人は後ろの集団に居た。
いや、よく似た人が五人、目の前の人も含めて六人いるな?
「事情があって僕の名前は、今の名前で呼んで欲しい」
まだそのままでこくこくと頷かれた。
そして塞いでいた手の平をそのまま近衛さんの手で押さえられる。ぎょっとして見るとその中でペロッと手の平を舐められた。
「うげ」
僕の声を聴いて手を離してくれたけど、変態さんかこの人。
「有架くん。有架くんって言うんだね。会いたかったよ、やっと逢えたね」
ズボンで手の平を拭いている僕に、そんな事を言ってくる。
「離れて有架くん。その人は変態だわ」
僕の隣に走って来た穂香さんが、そのまま僕を後ろに庇って前に立った。
その穂香さんを見て近衛さんは眉を顰めた。
「…有架くんは僕が守るから、他の人はいらないよ?」
極めて真面目に言われて、思わず呆れてしまった。
こんな人だったかな?
色々構ってきた人だったとしか認識がなかったのだけど、ちょっと気配が違う気がする。
後ろの集団から女性が歩いて近づいて来た。
「穂香、その子が九条君かしら」
静かな湖畔のような理知的な声。女性が話すと近衛さんもその人を見る。
「そうですわ、おばあさま。彼が九条有架くんです」
「そう。初めまして。私は小鳥遊舞奈。よろしくね九条君」
その名前は覚えがある。最後まで抗ってくれた人の名前だ。
「大魔女さまですか」
「あら、昔みたいに呼んでくださってもいいのよ?」
「いえ、今は今ですから」
そう言うと、小鳥遊さんは薄く微笑んだ。
「そうねえ。今は今だわ。その通りよ九条君」
その後ろから歩いて来た五人が僕を見てくる。全員がほぼ同じ顔をしているけれど、これはもしかして。
「僕は六つ子なんだ。だからここに居るチームは全員同い年の兄弟なんだよ」
それはまた、珍しいクランだな。近衛さんの説明に一つ頷いてから、話をしようとしたけれど。
「だから君が入っても大丈夫だよ。全員で可愛がってあげるから」
何を言われているかが分からない。
本当にあの勇者と同一人物だろうか?
「ずっとずっと待っていたんだ、有架くん。僕が君を幸せにするから一緒になろう」
いや、何の話をしている?
「今から僕達は此処のダンジョンに入るから、話はその後でも」
「え、それなら僕らも一緒に入るよ」
「おい、蓮。お前が嫌だって言って出て来たんだろう?何を今更はいるなんて言っているんだ?」
後ろから声を掛けてきたのは前に見た人だ。六人いるうちの一人だけ黒い髪の。他は薄い茶髪か金髪で、逆に彼は良く目立つ。
「藍。嫌なら来なくていいよ」
らん、と呼ばれた人は僕を見る。それから眉根を寄せた。
「…お前?」
ええ、前に会っていますが。今その話をするのはお互いに不都合だと思います。
話している僕達の所に、パソコンを持った女性が近付いて来た。
「クラン〈漆黒の魔王〉の方々ですか?」
「はい、そうです」
「五十嵐本部長から、連絡が来ています」
またパカッとパソコンを開けられた。用事あったかな?
画面を見ると、困った様な顔をした五十嵐さんが映っていた。
「まだなにか話がありましたか?」
『そこに近衛がいるだろう』
わりと傍に立っている人物を見る。
「ええ、いますけど」
そこまで言って、近衛さんに横からパソコンを覗かれた。
「あ、五十嵐?僕も中に入るよ。有架くんと一緒に。良いだろう?」
『はあ?もう、近衛のクランは依頼を投げたはずだが?』
怒った声で、五十嵐さんが答えるが、近衛さんは気にしなかった。
「有架くんが入るなら、僕も入るよ。なんたってマイハニーだからね」
ここでその単語が出てくるとは思わなかったぞ。
『…九条君?近衛とも知り合いなのか?』
「…知っていると言えば知っていますけど。毎日ランキング見ていましたし」
「そういう仲じゃないよね!?僕達は運命の再会を果たしたんだよ?」
僕と近衛さんがちぐはぐな話をしているから、五十嵐さんはムッとしている。
『九条君、君のクラン〈漆黒の魔王〉に依頼を頼みたい。第二ダンジョンを止めてくれ』
「…ついに踏破とは言わなくなったんですね」
『緊急性が高いと国が判断した。そこからでいい。止めてくれ』
僕はダンジョンを見る。
「…此処は踏破されていますか?」
『公表はしていないが、踏破されている。三十五階層だ。かなり深いダンジョンになっている』
「進化後に誰か中に入りましたか?」
『そこの近衛が入っている』
僕が見ると、嬉しそうに近衛さんが微笑む。
「十階層に居たボスはどんな種類でしたか?」
「それは僕達のクランの資料だ。他のクランに渡すわけにはいかない」
他の近衛さんに断られて、僕はパソコンの中の五十嵐さんに聞く。
「以前の十階層の下のモンスターはどんなものでしたか?」
『神話に出てくるモンスターが多かった。十階層ならガルーダやユニコーンが居たはずだが』
「なるほど。それならボスは飛ぶ系統の神話生物かな」
『その想像で行くのか』
僕は五十嵐さんを見る。
「今回のダンジョンパニックを起こした場所を全部僕が処理するならば、相当貰わないと気が済まないんですけど」
『国としては、国民栄誉賞と褒章を送りたいと言っているが』
「名誉も栄誉もいらないので、お金ください」
『…交渉しよう』
酷く顔色が悪い気がするが、本当に僕の魔法だけで処理が終わるなら、せめてお金貰わないと、いけない。ただでこんな動きをする気もないし。
「じゃあそれで」
『分かった。頼む』
そのままパソコンを閉じないで開けたまま見る気のようだが。穂香さんがそれに気付いて怒った顔をする。
「失礼すぎる気がするわ」
「どうせ壊れて映らない。外でやるのは嫌だから一階層は入るけど」
「そうなの?なら行くわ」
「うん」
二人で歩いて行くと、やっぱりあとからぞろぞろ付いて来る。なんだろうな、もう。
外のゲートをくぐると、何処も同じように壊れた物と血痕が散乱していた。穂香さんは慣れたようで慣れていない目線を血だまりに投げるが、言葉は発しない。
それよりも、〈光輝の勇者〉が付いて来る方が気になっていた。
「一体どうするんだい、有架くん?」
先頭を歩いている蓮さんが話しかけてくる。
「魔法を打ちます」
そう言うと後ろの近衛さんたちが小さく笑った。
「新人の魔法でどうにかなる場所じゃないぞ?」
「蓮でも無理だったのに」
言いたければ何を言ってもいいけど、勝手に帰って来たのは本人たちじゃなかったか?
内側のゲートをくぐった先で止まる。
「穂香さん、下がっていてください。全階層分だと少し時間がかかるので、防御しておいてください」
「え、防御?」
穂香さんはつぶやいてから僕の視線の先を見た。ちらりと見た近衛さんたちを見て肯く。
「分かったわ。安心して。使わなかったものがいっぱいあるから」
「…大魔女さんがいますけど」
「命削る気でやるわ」
いきなりそんな事を言うので、僕がまじまじと見るとにっこりと笑った。
「私だって〈漆黒の魔王〉軍の一員なのよ?安心してね?」
頷いてから、ダンジョンの奥に向かって腕を伸ばす。
「〈玄之又玄〉」
今迄で一番大きな円球が出来上がる。ダンジョンの面積が思っていたよりも大きかったため、さらに大きくする。
十五階層まで処理をしてきたと言っていたのに、残っていたモンスターが通路の端から出てくる。
穂香さんが危ないのではと思ったが、誰かが走って来た足音がした。
「九条君!」
「やっぱり君がやるのか!」
その声は。
大剣が空を切る音がする。伊達さんと富士さんが僕の後ろに立った。
「同士討ちなのか?愚かにも程がある」
「女を舐めると、切り刻むわよ?」
「後ろは任せてくれ、九条君」
また声が聞こえた。
二時間ほど前まで聞いていた声だった。
「穂香ちゃんは私達に任せなさい!」
藤原さんがそう言って斧を振り下ろした音がした。
やはり、近衛の誰かが穂香さんを狙ったのか?
いや、今は魔法に集中しよう。
全力でここを消す。不完全に消すのはいっぺんに全部消すことよりも難しい。常に魔法を見ながら、かかり具合を調整して打ち続ける。
さすがに三回目だから、慣れてはきたが。
多分どこかの野球場よりも大きな円球が、静かに移動して最下層まで届いた。後ろの剣戟が聞こえて来る。
「有架くん!君がそんな事をしなくていいんだ!僕の腕の中においで!!」
「近衛ってそういう感じだったの!?」
藤原さんが息を弾ませながら斧を振るっている。津島さんが繰り出す刀をよけきれずに、怪我をしている近衛さんもいた。
最後に僕の眼の前に、光る石が降りてくる。
指先で触れると光を失い、最下層に落ちていった。小さく石が転がる音がした。
僕がしっかりと振り返ると、結構な対戦状態だった。
「有架くん!!」
近衛さんが僕に手を伸ばしている。
僕はそこに向かって指を二本そろえて腕を伸ばした。
「〈絶の黒雲〉」
真っ黒な雲が戦っている人たちを取り巻く。僕の魔法は通常は人間には効かないようになっているから、そのままなら誰も傷つかずに雲の中から出て来て、ただ驚いただけの。そう思って使ったのに。
「あああああ!!」
「ぐわあ!」
近衛さんたちの三人がバタバタと倒れて、黒い欠片になって消えた。
そして、大魔女の片腕が消えていた。
僕は、大魔女を見る。
「見事な魔法でした。さすが魔王の力を奪った勇者」
「…今は違うと言ったはずですが」
大魔女がにっこりと笑う。
「そうなれれば、どんなに良かったか」
青い顔をした蓮さんは大魔女に肩を貸す。そういう事か、そっちの陣営なんですね。倒れている近衛さんを、藍さんが庇っていた。
「また会いましょう、漆黒の魔王様」
そう言って大魔女が姿を消すのを見ている。蓮さんは苦しそうに僕を見ながら一緒に消えていった。
穂香さんがよろよろと歩いて、ペタンと座った。
「…おばあさま?」
僕は処置が完了したダンジョンをもう一度見た後に、藍さんが庇っている近衛さんに手を伸ばす。
「なにを」
「回復魔法です。安心して下さい」
指輪から薄く白い光が出て気を失っている近衛さんの体を包む。出血していた場所は綺麗に塞がった。
それまで黙っていてくれた五人を見る。
「九条君、大丈夫か?」
「はい。皆さんありがとうございました」
僕が頭を下げるとやっと緊張が解けたように、全員の表情が柔らかくなる。
「…これは全員で話し合いをした方が良いだろう」
「九条君の背後で、結構変な事が起きていたからね。話そう」
頷きながら穂香さんをゆっくりと立たせる。
顔を覗き込むと泣き笑いの様な顔のまま、僕に抱き付いて来た。
「そんな、何よこれは」
そう言って涙を流す穂香さんをただ、抱きかえすしか僕にはできなかった。
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