ダンジョンパニック//池袋敢争・2
足元が消えて身体が空中に浮いた気持ちになった。
目を凝らすと実際に空中を落ちている。
「きゃあ!?」
「大丈夫、僕がいるから」
穂香さんを抱きしめたまま、空中で止まると首の横で溜め息を吐かれた。
「そう言えば、有架くんは飛べるのよね。びっくりしたわ」
「うん、落ち着いてくれると嬉しい」
眼下は随分と下のほうに床がある場所で、どう聞いても尋常では無い曲が流れていた。
「穂香さん、ここの階層は分かる?」
「ええと」
僕に抱き付いたまま、穂香さんが自分の手の甲を見る。
「十階層って表示されているわ。でもここは同じダンジョンなの?」
下を見ながら穂香さんが言った。
それは僕も思っている。
大理石のような白い石の迷路を歩く場所だったのに、いま見えているのはどこかの闘技場の遺跡に見えた。
壊れた石の床に円形の舞台のような物がある。
太い石の柱が一番内側の場所にあり、外に向かって作られているのは観客用の席だろうか?社会科の教科書で見たような遺跡によく似た場所の上に、僕達は浮いている。
「有架くん、あそこ」
穂香さんが指差す先に、何故か大量のモンスターが群がっている場所があった。中央にボスモンスターがいるのは気付いていたが、別の場所にかなりの数のモンスターが集まっている理由は分からなかった。
柱の影、観客席の隙間。
「〈絶の黒雲〉」
僕が指差して魔法を放つと、半分くらいのモンスターが消えた。群がっていたモンスターが僕を見上げる。
「邪魔だ」
僕はもう一度魔法を打つ。
殆んどのモンスターが消えた後には、何かの魔法で覆われた人間の姿があった。
「降りるよ」
「ええ、分かっているわ」
穂香さんを抱きかかえたまま、その場所へ降り立つ。
張られた魔法は、何度も重ね掛けしたのか強くかかっていて、倒れ込んでいる三人に手が出せない。
どうしようかと悩んでいる僕の横で、防御魔法に穂香さんが手を伸ばした。そっと指先を触れてパチパチと音がする防御壁に、呪文を掛ける。
「無慈悲なる夜の女王に跪くが良い…〈ハインライン〉」
穂香さんの指先から波のように魔法が広がり、防御魔法がふっと消えた。
「準備しておいてよかったわ」
そう微笑む穂香さんに頷いてから、僕は三人に近寄る。
息はしているが、気を失っている様だった。
僕は津島さんに触れてから、回復の指輪に魔力を込める。薄く白い魔法が津島さんを包み、光が消えると、津島さんが目を覚ました。
「…九条君?」
「はい、いま、二人にも掛けます。ボスが動かないか見ていてください」
僕が言うと、津島さんと穂香さんがボスのいる中央を見た。
屈み込んで藤原さんに触り、魔法を掛ける。その光が消えぬうちに北角さんにも魔法を掛けた。二人ともゆっくりと目を開ける。
「あれ」
「九条君?」
二人の声を聴いた津島さんが、顔を少し歪める。
「二人とも、無事なのか」
「あ、大和」
気の抜けた藤原さんの声に、ますます津島さんの顔が歪む。藤原さんが津島さんの顔を触ると、涙がボロリと零れた。
「二人とも、もう駄目かと」
それだけを言って津島さんが顔を伏せた。
北角さんが僕を見て頭を下げる。
「有難う九条君。君が助けてくれたんだね?」
「やはりあの場所から墜落したのですか?」
僕が上空を指さすと北角さんは頷いた。三人が倒れて居た場所にはかなりの量の血痕がある。
「そう。俺達が探索をしていたら急に体を引かれてね。俺が気付いた時には落下していて。うちのクランは多少でも魔法を使えるのが俺しかいないから、二人には魔導具を渡してあったんだけど」
「私達じゃ、陸ほどの強さが出せなくて。陸を回復したくて頑張っちゃったのよね。そしたら、凄い数のモンスターが来て」
そう言って、僕の腕輪に消えていく魔石を見る。
「防御魔法を掛けたら大和が気を失って、それを魔導具でどうにかしようと思ったら私も気を失って」
話を聞いている僕の横に、穂香さんが立つ。
「しっかりと掛かっていましたよ?あれがなかったら今頃お三方とも肉塊でしたね」
微笑みながら恐ろしい事を言う穂香さんを、北角さんがみる。
「あなたは小鳥遊家の」
「クラン〈漆黒の魔王〉の小鳥遊です。彼について来たんですよ」
そう言って僕の肩に手を置く。
それから僕の眼を見て、中央を見た。その視線の先に巨大なワームがいる。表皮は艶々とした宝石のように、薄く光っている。
「有架くん、あれはちょっと難しいかも」
「そうだね。魔法障壁がしつこそうだな」
「ええ、まだ防御魔法は幾つかあるけど、強い術は下の階層に使いたいわね」
穂香さんの提案に頷く。
此処はまだ十階層だし、この先にもボスがいるはずだから、そちらに使いたいというのは僕も同じ気持ちだ。
鼻をすすりながら津島さんが聞いてくる。
「九条君は、下に行くのか?」
「はい。今回は津島さんたちの救出と、ここの踏破を依頼されています」
「依頼?」
藤原さんが聞いてくる。
「はい。五十嵐さんから依頼が来ました。まだ、第二も残っているのでなるべく早くと」
「横浜は?」
「いちおう大丈夫です」
「…九条君がやったのか?」
僕は少し考えてから頷く。
「今のところは大丈夫だと思います。伊達さんと富士さんが一緒に踏破してくれました」
「そうか」
そう言ってから、藤原さんから貰ったティッシュで鼻をかんだ津島さんはボスを見た。藤原さんも闘技場もどきの中央にいるワームを見つめる。
「ならばここでは、俺と藤原が君の鉾になろう」
北角さんが苦笑しながら頷く。
「俺も手伝うよ、九条君」
僕は穂香さんを見る。穂香さんが頷いた。
「魔法が通じない相手には、困っていたから助かるわね」
「…では、頼みます。〈天原に征く〉の皆さん」
三人が頷くので、僕はあらためてボスモンスターを見た。
全長十メートルはあるだろう巨大なワームは、直径二メートルほどの口をガバッと開けた。渦巻きのように生えている歯並びが見える。
「〈絶の黒雲〉」
僕が指をそろえてワームの体を包める範囲で黒い雲を出す。あまり手ごたえがなくて、雲が晴れた後にあった姿には、あまり変化がなかった。
「強力な魔法耐性の様ね」
「面倒な」
唸る僕の横で、津島さんと藤原さんが走りだした。
出来ればどこかに傷を付けてから行って欲しかったのだが。傷をつけて貰ってから中に魔法を入れるしかないか。
津島さんの刀がワームの表皮を切る。全く同じ場所に藤原さんが斧をぶち込んだ。抉れたようで、痛がるワームがびたびたと跳ねる。
「〈絶の黒雲〉」
僕の魔法がワームの中側にも浸みて効いていく。
二人が付けた傷口から入り込んだ魔法が半身を消していく。残った場所は津島さんが綺麗に五つぐらいにスライスした。ワームの動きが無くなる。
穂香さんが僕を見た。
「剣士がいると良いわね、やっぱり」
「うん。うちにも剣士欲しいなあ」
「クランに?勧誘できる人っているかしら?」
「難しいんだよね。うちの条件がさ」
「あら?そんなに難しかったかしら?」
「うん。僕が付けてる条件が難しいんだよ」
僕を見たまま、穂香さんが首を傾げる。
刀を収めた津島さんと、藤原さんが戻ってくる。北角さんも傍に来た。
下の階段に向かいながら、穂香さんの疑問は解決していないのか再度問いかけられた。
「有架くんの条件って?」
「…ダンジョンの外でも戦える人」
話を聞いていた藤原さんが苦笑した。
「それは難しいねえ」
僕が肯くと北角さんも話しかけてくる。
「もしかして、能力者だけって事かい?」
「まあ、それに近い条件ですね」
「むず」
藤原さんが笑う。
階段に足を掛けると、大仰な曲がすっと止まった。
降りかえり、遺跡のような階層を見渡す。
「急ぎましょう、有架くん」
僕は肯いて、穂香さんと一緒に十一階層に降りていった。
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