探索者とは名ばかりの



 パチンと指を鳴らす。

 ふわっと黒い欠片になって、ゴーレムが消えた。以前は魔法障壁があって魔法が効きにくい相手だと思っていたのだけど。


 もしかして、ここのダンジョンの天敵仕様のせいだろうか?

 悩んでいると、ペッタンと石の床に何かが当たったような音がした。ペタンペッタンと、近くまで移動してくる。


 通路の向こうに、光って白い身体の角の生えた兎が見えた。さっきからペタペタと音がしていたのは、この兎のせいだったのかと納得はしたけど。

 大きくないですか?

 目の前の兎は、多分一メートル以上の大きさがあり、とても聞こえていたペッタンの音量では移動できないような大きさで。

 その大きな眼でこちらを見た後、ドッと前方に飛んできた。直線的なので避けやすいけど、巨体が飛んでくるのは中々に、恐怖心を誘われる。


 パチンと指を鳴らして魔法を使うが、驚いたせいで威力が足りなかったのか、半身だけを崩して半身が残ってしまった。ちょっと嫌な光景だ。

 弾けたようにあたりに色々な物が飛び、慌ててもう一度魔法を放つと綺麗に消えてくれてほっとする。いや、グロ耐性はSの僕だけど、嫌な気持ちにはなるから。


 なまじな天敵仕様のせいで、魔法のかかり方がおかしい気がする。つまりは耐性のある部分だけ残ったという事だよね?

 そして一階層なのに、敵がもう大きいのが。さすが高難易度になったという事で良いですかね?


「光っテいれば、神聖っテ短絡すぎる気がするけド」

 僕は言わないようにしていたのに、邪神ちゃん。


 マップの魔導具をまだ持っていないので、場所を確認しながら歩いていく。光る個体は確かに神聖系のはずだけど。

 ペッタン、ペッタン。

「兎が、多いんですけど?」

 麦茶を飲みながら、呟く。さっきから大量の兎が取れているのだけど、最初のゴーレムは一回しか見ていない。その後はずっと兎に遭遇している。


 兎は魔石の他に、角も残る。結構大きな角で、落ちる音が魔石よりも大きい。だからか、それを拾うとまた兎、そんな繰り返しをしながら、下への階段を探している。



「うわあ!」

 そんな声が聞こえたのは、やっと下への階段を発見した時だった。階段の下、二階層から聞こえた叫び声だ。

 階段を駆け降りると、腹に角が刺さった男が倒れて、その前に息の荒い女性が立っていた。うん?モンスターに襲われたわけでは無い?


 階段を降りてきた僕を見て、女性が唸る。

「また男。もう沢山よ!」

 そう言って僕に何らかの魔法を放った。それを僕が弾き返すと、女性が驚いた顔をする。

「私の魔法を弾くなんて」

「あの、どうしたんですか?こんな状況で話は出来ますか?」

 攻撃された事はとにかく、声を掛けてみる。


「何言ってるのよ!また私を誘いに来たんでしょう!?」

「は?僕は通りすがりで、あなたの事に興味はありませんが」

「え」

 そんなに驚いた顔をしますか?僕の周りは美人ばかりで美人慣れしているので、知らない女性に何とも思いませんが。

 僕の顔をじっと見ていた女性が、急に声を上げた。

「ごめんなさい!!また変態が来たのかと思って!」

 僕は腹を刺されて唸っている足元の男を指さす。

「この人もですか?」

「そうよ!後ろから急に声を掛けて来て、どうかしたかなんて、肩を触って来たわ!」


 足元の男性に聞いてみた。

「この女性の後を着けてきたんですか?」

「ちげえよ、この女が勝手に中に入ったから、追いかけて連れ帰るはずだったんだよ」

「うそよ!あなたが追いかけるから、私が反撃しただけだわ!」

「此処は探索者以外立ち入り禁止だ。それも分からずに」

 僕は男の傍に屈み込んだ。


「もしかして協会の職員さんですか?」

 男の人が首に下がった探索者カードを出した。

「第十二ダンジョン脇の支部の職員だ。探索者から一般人が中に入ったと聞いて、探しに来たんだよ」

 大きな溜め息を吐いた男の人に、カバンから出した錬金陣を押し付ける。一瞬光って腹から角がポロリと零れた。


「お、すまねえな。助かるよ」

「いえ、一般人と言いますけど、彼女は魔法を使いましたが」

 僕が見ると、女性が大声で怒鳴った。


「探索者しか入れないとか、おかしいと思わないの!?一般に開放して資源を共有するべきだわ!」

 言ってる事が違うなあ。

 僕の眉根が寄っているだろう顔を見て、また怒鳴る。

「売買の許可も出ないなんておかしいわよ!」

「あー、じゃあまあ、それを倒していただいて」

 僕は彼女の後ろの兎を指さしてから言った。

「話はそれからですね」


 彼女は振り返り、魔法を放つ。それは兎の顔に当たり鼻先を焦がした。怒った兎が彼女に突進して、避けた彼女の太ももが角で抉られる。

「きゃあああ!痛いい!」

 足を押さえて、女性が転がる。僕はそれを眺めていた。彼女の声が大きいからか目標が変わることはない。

 また兎がじっとしている女性に突進する。

 太ももを押さえていたから角の当たる場所が、丁度頭になった。

「ぎゃあああ!」

 上手く避けたもので、頬と耳が抉れただけで、まだ生きている。


「助けなさいよ!何見ているのよ!」

「僕は、自分のクランの人なら助けますけど」

「はあ!?眼の前で襲われているのよ!?」

「助ける価値は、僕が決めるので」

 僕がそう言って笑うと、今度は職員の男の人に怒鳴った。


「あんたも助けなさいよ!」

 また兎が角で突進して、肩を抉る。

「痛いいい!!」

 僕は職員を見る。

「助けないんですか?」

「…さっき襲われたからなあ」

 そう言って頭を掻く。やっぱりそうか。男の人の腹に刺さった角の角度が、随分上からだなあとは思っていたから。


 まあ、五月蠅いかな。

「〈火箭〉」

 陰陽を放つ。火の矢が兎に当たり表面の毛皮が燃え上がる。良い毛並みだものね。

「〈雷霆〉」

 次は雷を呼び出して、二、三回当てると動きが止まった。中が焼かれて痺れているのだろう。隣から小さく溜め息が聞こえて、男の人が走り込んで長剣を振りかぶった。

 女性の眼の前で兎の胴体が真っ二つに切れる。ずれてドッと床に落ちた兎を、女性が呆然と眺めている。


「一般人だから、手加減して話に付き合っていただけだぞ?探索者はモンスターとの殺し合いが日常なんだから、一般の魔法使いぐらいどうでもできるからな?」

 そのために腹を刺されるのは、やり過ぎだと思うけど。


 女性は怒鳴るのを止めて俯いたと思ったら気絶してしまった。まあ、失血も酷いしねえ。眺めている僕の顔を職員さんが見る。


「ありがとう、助かったよ。ええと名前はなんて言うんだ?」

「クラン〈漆黒の魔王〉の九条です」

「へえ、初めて聞くクラン名だな。九条君ありがとうな。こんなのが入るとか困ってたからさ、助かったよ」

 僕は首を傾げる。


「一般人が入れるものなんですか?」

「ああ、此処はゲートの中にある売店が、許可を出して一般人を入れているんだ。店の人も探索者が良いんだけど、人員が足りなくてな」

「…すぐに人員が出て来ますよ」

「はあ?」

 今度は男の人が首を傾げる。


「ダンジョンが進化したので、探索に行きたくない人が出ると思いますから」

「ああ、そうだなあ。今日も入る探索者が少ないもんなあ」

 肯く男の人を見ながら、近づいた兎を魔法で倒す。

 パチンと指を鳴らして兎が掻き消えると、男性が僕を見た。


「おいおい、さっきと全然違うじゃねえか」

「一般の人に、見せる物でもないので」

「ああ、まあ、そうか」

 再度肯いたのを見てから、僕はダンジョンの奥を目指して移動する。


 さて、どっちだろう?

 僕は後ろから駆けてくる足音に溜め息が出る。わざと指を鳴らして見せたのになあ。

 ばたりと倒れた音がして、呻く声も聞こえた。

 振り返ると、さっきの男が膝から下を無くして倒れていて、その後ろに動きが止まった男が二人立っていた。


「そっちも仲間?」

 僕の声にビクッと動いてから、何も言わずに立っている。

 女性も男も助けない時点で、仲間と判断するけど。

 今度は指を鳴らしてやった。

 パチンと音がして、立っていた二人が座り込む。


 男三人分のうめき声を聞きながら、僕は女性の傍に屈み込む。息はしているし、どうやら意識もあるようだ。

「なにかしたら、同じように足を消しますけど」

 女性がきっと僕を見る。


「何だよお前は!弱い子供のふりをしやがって!」

 何だか昔の盗賊団ってこんな感じなのかなあって、想像してしまった。つまり全員グルって事かあ。


 探索者全員が善人のわけはなくて、こうやって弱そうな探索者を襲う人がいるって話は、探索者になる前から噂で聞いていた。

 外の人が知っているという事は、割と頻繁に行われているという事で。


 知っている人以外は信用しないと思っていて正解のようだ。


 仕方が無いから今日は引き上げるかあ。

 僕は歩いて上に昇り、また迷路を歩いてから外に出た。少し返り血があるけれど、そこは探索者なので、誰も何も言わない。


 外のゲートを出て、駅近の探索者協会支部に入る。

 受付に行って声を掛けると、少し機嫌の悪そうな男性が聞いてくれた。

「はい、なんでしょうか?」

「二階層に、怪我人四人が倒れていると思います。拾いに行ってあげてください」

「はあ?怪我人?どうして?」

「僕を子供と侮って襲ってきたので、反撃しました。僕が昇ってきた時はまだ生きていましたけど」

「え、それはもしかして、女一人男三人でしたか?」

「?、はい」

 ガタッと男性職員が立ち上がる。


「あの野郎ども、年貢の納め時だな!」

 そう言って受け付け後ろのドアから、外に出て行ってしまった。

 ええと?

 僕と同じように男性を見送った、受付で隣の席の女性職員さんと目が合う。


「すみません、うちの者が」

 頭を下げられてしまった。

「いえ、なんか、因縁でも?」

「はい。池袋のダンジョン内で怪我をしたりする人が絶えなくて、聞き取りをすると特定のクランだったのですが、証拠がなくて困っていたのです」

 なるほど。

 元々悪人だったらしい。


「じゃあ、良かったですね」

「はい。あ、もしかしたら、お話を聞くかもしれませんので、クラン名があれば」

「ああ、〈漆黒の魔王〉の九条です。連絡があれば来ます」

「はい、よろしくお願いします」

 小さく女性が笑った。


 僕は協会支部を出て、溜め息が出る。

 行く先々に犯罪者が多くないか?この業界。

「…家に帰ろうよ、有架」

「そうだね、邪神ちゃん」

 僕は邪神ちゃんの頭を撫でてから駅に向かう。


 ずっと頑張って、喉を張って話していたから喉の痛みが悪化している気がするし。

 なにより、穏やかな静の顔がみたい。




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