前世は名乗らない
僕の細くなっているはずの目を見て、面白そうに成田さんが笑う。
「魔導具師は、余り依頼を断らないんだよ」
そう言われた。
顔を見るとまだ、面白そうに笑っている。
「作ったものをどのように使うかは、相手次第だからね。それは俺もいっしょ。錬金術師もどうやって使われるかまでは指定できない」
「そうです、よね」
僕が頷くと、成田さんの前にまた大きなケーキが置かれる。
「だからね、大魔女がパニかは分からないけど」
そこで言葉を切って、小鳥遊さんを見る。
「小鳥遊さんとしては、どう思う?」
「おばあさまが、パニってパニッシュメントかもしれないって話ですか?あまり考えられないと思いますが、完全否定も出来ません」
「正直だねえ」
僕の手を握ってから、小鳥遊さんが溜め息を吐く。
「おばあさまが所属しているクランが、挙動が不明な事が多いので」
それを聞いて、問いかけてみた。
「ランカー一位の人がいるクランですよね?」
「そうよ、近衛さんがいるクランに入っているわ。ダンジョンにもついて行ってるみたいだけど、何処に行ったとか何をしたとかは聞いた事がないの」
「そうなんですか。なんて言うクランなのですか?」
クラン名もあまり放送されることが無い。津島さんもそうだったけど。
「〈光輝の勇者〉よ」
視界が歪んだ。
誰かが僕の隣に立っている。それは金髪碧眼のイケメンで。
僕の手を取って何かを言っている。
『君の握り方では、ろくに振れないだろう』
真近で僕の顔を見ている。
『聞いているのか?デ』
バンと顔に邪神ちゃんがぶつかって来た。
「あ、うん、大丈夫だよ」
頬の上で激しく頬摺りしている。
「うん、大丈夫。ちょっと驚いただけ」
まだすりすりを止めない。
邪神ちゃんが落ち着くまで、話の続きが出来ない。
僕以外の人も、動きが止まっている。
困って見回しているのは小鳥遊さんだ。
「え、私、何か変なこと言った?」
僕は首を横に降る。
「変な事は言っていないよ。ただその名前に驚いただけ」
「え、名前?クラン名よ?」
「そう、だね。僕には昔知っていた人の名前、かな」
「え、そうなの?」
小鳥遊さんが首を傾げる。僕が話したことで他の人がほっとしたように動き出した。
「九条君は、もしかしてあまり覚えていない感じかな?」
成田さんがそう聞いてきた。僕は溜め息を吐いてから成田さんを見る。
分かっていた事だけど。この人達はきっと僕の夢の向こうの記憶を持つ住人なのだ。僕みたいにおぼろげに覚えているのではなく、きっと明確に夢の向こうを覚えている。邪神ちゃんのように。…母のように。
一回、目をぎゅっと閉じる。
もどかしい記憶に溺れる気はないけれど、夢の向こうも僕であることは変わりなくて。それを彼らは信頼してくれて。
けれどやはり、すぐに飲み込むのは難しい。
これから先、同じ時間を過ごして彼らとの距離を詰めていけたら。
「昔の話なら、ほとんど覚えていません。夢で思い出したのは二歳の時で、それ以降は殆んど見ていませんから。覚えているかと聞かれても、二歳の時の夢をどうやって覚えていろというんですか」
少し怒っている僕に成田さんが苦笑する。
「二歳じゃ無理だよね。俺も覚えてないと思うよ」
「それは私も無理です」
成田さんと無花果さんが、二人で同意してきた。
「今みたいに断片的に思い出すので、意外と不自由ですけど」
「え?九条君、何か記憶喪失なの?」
小鳥遊さんが、わりと話を理解していて、僕が驚いて見ると小さく肯かれた。
「それなら、私が支えるわ」
ギュッと手を強く握られる。
「記憶喪失では無くて、昔見た夢を覚えていないだけです。それが時折思い出されるだけで」
「それが重要なの?」
夢を思い出すと言われて、不思議そうな顔になる。
そうだよね、他人からは何の事だかわからないよね。
「重要らしいです。自分でも分からないですけど」
何も言わずに手を握られているだけだけど、それが小鳥遊さんの誠実さだと思う。
ノートを成田さんに差し出す。
「あまり考え付かなかったですけど」
「うん。まあだいたいこんなモノかな?」
そのノートが二条さんに渡る。二人して頷いている。
「こっちで考えた物も追加していいかな?」
「はい、僕は知識不足だと思うのでお願いします」
「分かった、任せて」
二条さんが笑って頷いた。
「そうだ、お金が必要なんですよね?」
小鳥遊さんに手を離して貰って、お茶を飲んでから二条さんに聞く。確かそう言っていた気がしたけど。
僕の質問に、四人がニヤリと笑った。
まるで示し合わせたように笑うから、ちょっと怖かった。
「俺達はもう、同じクランだからね。九条君が何か払う事はないんだよ」
「は?」
「私達が全面的に運営するから、九条君は補充してダンジョンに行って、ここで報告すればいいだけ」
「ダンジョンで貰えるものは全部、九条君の取り分でいいから。クランの事は任せてね」
ああ、最初からそれが目的で。
「無料で全部貰えと」
「そう、百円でも貰うのは心苦しかったんだよ」
「九条さまがお金を払うとか有り得ないです」
「こっちが払いたいぐらいだね」
「魔導具も出すからね」
四人がそう言って、僕はなんと言えばいいのか分からずに唸るしか出来ない。
「ああ、でも、お願いはあるかな」
成田さんが僕に向かってそんな事を言う。
「お願いですか?」
「そう。クランの名前をね」
何かを察してか小鳥遊さんが僕の手を握った。
「これにして欲しいんだよ。〈暗黒の勇者〉」
「嫌です」
「え」
さすがに、何を言われるか分かっていた。その言葉が言われるだろうというのも分かっていた。けれど僕は勇者じゃない。
「クラン名は〈漆黒の魔王〉にします。僕は勇者じゃない、それは分かっているんじゃないんですか?」
四人が顔を見合わせて、静かに椅子から立ち上がった。
僕の座っている傍まで来て、四人が片膝を着く。
「分かりました、我が魔王」
「我々の魔王さまですね」
「魔王の配下なんてカッコイイ」
「魔王初期勢なんていいね」
大人四人が、僕の足元で跪いている。
「…本当に魔王になる訳じゃないので」
僕が言うと四人が不思議な眼の色で僕を見る。
「君が魔王というなら、それは本当のことなんだよ」
成田さんが笑いながら、そう言った。
「少なくとも、俺達と同じようにとらえる人もいる。さっきのクランのメンバーはそう思うだろう」
「九条さまが、魔王になったと真剣に思うでしょう」
「そのまま、魔王になってくれても全然いいよ」
「私達の気持ちは変わらないから」
その気持ちが嬉しいけれど、あまりにも大きすぎて受け取るのが大変で。
「あと、早く立ってください。落ち着かないから」
僕の手を握っている小鳥遊さんが、僕を見ながら呟く。
「ねえ、私も膝を着いた方が良いかしら?」
「止めて下さい。この人達は悪ふざけが過ぎるんです」
四人とも笑顔でそれぞれにソファに座ってくれる。
本当に困る。
「じゃあ、その名前でクランを申請しよう。明日から使えるようにするから、それを名乗って欲しいかな」
「…恥ずかしいけど、名乗りますよ。自分で決めた名前ですから」
「それが、九条君のクラン名なのね」
「小鳥遊さんのクランでもありますよ?」
「うん、そうね」
嬉しそうに笑ってくれて良かった。中二病と言われたらどうしようかと。
眉根を寄せている僕に、小鳥遊さんが微笑みながら言った。
「もしかして、クラン名が照れ臭い感じ?」
「え、まあ。もっと別のもあるかなって」
「でも、クラン名って大体そんな感じでしょ?真面目なクラン名ってない気がする」
小さく切ったケーキを口に入れる。フルーツケーキ、うま。
「皆ノリで作ったのかなあって名前だもの」
〈悠久の旅人〉、〈天原に征く〉、〈光輝の勇者〉。なるほど、みんな何かのテンションで決めたようなクラン名だけど。
僕のも相当だけど。
「何か不思議なのもあるのよね。何とか哲学とか、何とかのマリリンとか、あった気がするわ」
「クランってたくさんあるんですよね?」
「私が知っている限りでは、殆んどの人が入っているから、沢山あると思うわ。大体が十人ぐらいだけど、大規模クランなんかもあるわね」
小鳥遊さんがそう言ってどこかを見る。
「確か、百人とかいるクランもあるって聞いたわ。海外に多いらしいけど」
「そうですか。百人が一緒に行動するわけでは無いですよね?」
僕の隣で小鳥遊さんが頷く。
「そうね、探索に行く時はパーティで行くんじゃないかしら。クランは組織でパーティがチームみたいなものだと思うわ」
なるほど。
「本当に僕は知識が足りないので、小鳥遊さんに教えて貰えると嬉しいです」
「うん、頑張るわ」
小鳥遊さんが顔を赤くして、僕に頷いた。
可愛い。
そんな僕を見ていた成田さんが、ぺろっとケーキをホールごと食べた後に、訪ねてきた。
「そういえば、今入っているクランの人には説明するのかい?」
「そうですね、明日変更なら変更時に話したいです」
「揉めないようにね?」
「…多分揉めないと思います。伊達さんは探索者を辞めそうですし」
僕の隣で小鳥遊さんが小さく頷く。
「さっきの話を聞いたら、仕方ないと思うわ」
そうだろうなと僕も思う。
続ける気力は、そうそうわかないと思うし、次の管理の人と信頼関係を築くのも、戸惑うのではと邪推してしまう。
相庭さんが管理になって、二人でやる事はまだ出来ると思うし。
確か経理の彼女がいたから、彼女にサブを名乗って貰えば、継続は出来ると思う。思うのだけど。
伊達さんの顔を思い出すと、無理じゃないかなあって。
「じゃあ、明日一番で手続きをするから、終了したら連絡するね」
「お願いします」
「魔導具をそろえるから、また、集まって欲しいな」
二条さんがそう言ってきた。
小鳥遊さんを見ると、こくこくと頷く。
「はい、それも揃う日に連絡ください」
「じゃあ、明日メールするね」
僕も小鳥遊さんも頷いた。
明日から、僕は魔王を、名乗るのだな。
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