小さなハプニング
一時間経ってから、同じ場所に行くと、部屋の外にそれぞれの面接官がいた。多分そうだろう、六人いるし。五十嵐さんがいないし冬木さんもいないけど。え、僕の面接官は何処へ?
「ああ、三人で来たのか。丁度良かった。これからダンジョンに行く。ダンジョンに入って適性を見るが戦闘はしなくていい。俺達がいるから大丈夫だ」
そう言って六人が頷く。
三人の適正審査に、六人なんて大袈裟な気がする。
如月さんもそう思ったのか、目を少し細めていた。小鳥遊さんが発言する。
「あの、いつもこんなに大人数で、審査するのでしょうか?」
聞きたかった疑問だ。
「いや、何時もはもっと少ないな」
「では、どうして」
その発言に、数人がじっと如月さんを見た。
「ああ、そういう事か。俺の家から何か言われたのか。…すまないな、小鳥遊、九条。俺が危険なのがいやだと家から話が来たのだろう」
「名家ですから、仕方ないですけれど。大変ですね」
「…すまない」
そう言って如月さんが頭を下げる。
次期総領とかなんだろうか?家って本当に大変だ。
僕には全く関係ないけど。
「探索者になれれば、どちらでも」
僕が言うと、如月さんが苦笑する。
「九条は、冷静だな。この分なら行く前から決まってそうだが、大勢の付き添いつきで行こうか」
探索者協会の人が、軽く咳をしてから、大人数でダンジョンに向かった。
協会の近くにあるのは、第七ダンジョンで、最下層の20階層まで攻略済みの、安全なダンジョンだ。
そこに協会の人がカードを通して、ゲートを開ける。
中は探索者がいる、少し騒がしい界隈だ。
ダンジョン自体はもっと奥になる。ぞろぞろと歩く僕達を、現役の探索者たちが不思議そうに眺めている。
またカードを通して、今度こそダンジョンに入った。
空気が違う。
こんなモノがこの世界にある事が普通になるとは、世界のどこでも思わなかったろうな。僕が生まれた時はもう、ダンジョンがこの世に在ったけど、祖父、祖母の時代には、無かったというから、よほど大変だったろうなと思う。
どうやって出現するかも分からない、このダンジョンは、まるでどこかのゲームのように、モンスターがいる。その他に今の文明では解明できない、魔法や魔導具も出現する。
それから、人がレベルアップする。
正確には、探索者になれれば、ダンジョンの中でレベルアップする。
外の世界ではレベルは上がらない。あくまでダンジョンの中で行われることだが、探索者の身体は外に出ても、アップしたままだ。
最初は何の決め事もなかったので、力が強くなった者が世界を暴力で治めようとしたらしい。しかしダンジョンの外では、ダンジョンで得た魔法や異能は使えないらしく、あくまでも身体が強くなるだけで、最終的に大砲やレーザーで攻撃をされ耐えられる人はいなかった。そういうことらしい。
10年の間に法律と協定が出来て、探索者協会も出来た。
いまは、ルールのもとに探索が行われている。
もちろん、裏ではどんなことが行われているか知らないけれど。
休憩中に二人がそんな話をしてくれた。
非常に暴力的な仕事ではある。
僕がそれを選んだ理由は、生活の他にもあるが、まあ、それは良いや。
一階層は洞窟のような、誰もが想像するようなダンジョンだった。
時折、何か小さな魔物が出て来るが、協会の人が難なく切り倒していく。
本当に引率されている僕達は無言で歩いて行くだけだ。
「この先に休憩場所があるから、そこまで行ったら帰りましょう。誰もダンジョン酔いもないし、大丈夫そうだわ」
眼鏡の女性がそう言った。
ダンジョン酔い?
僕の顔を見て、また二人が教えてくれる。
「ダンジョンに入って、車酔いのようになるらしい」
「それがある人は、探索者になれないのよ。克服は出来ないんですって」
「そういうものなんですか」
僕としては不思議な気持ちだ。
この気配に、どこか馴染みがある気がするぐらいに、ダンジョンに違和感はなかった。表情を見るに、二人も全然平気そうだし。
休憩が出来ると言われた場所に向かう途中、なぜか、血の臭いがした。
「待ってください」
僕の声に、全員が止まる。
「どうしたの?九条君」
小鳥遊さんが聞いてくるが、臭いが近づいて来ていた。
「血の臭いがする。何か来ます!」
僕の声に、全員が行く先にばっと構えた。
ゆっくりと、巨大な血塗れの何かが歩いてくる。それは巨大な身体を左右に揺さぶりながらこちらに歩いて来た。
「オーク…」
前の方にいる男性が呻き声を出す。
あれは確かにオークだ。この人数ならいけるか?
「十階層の魔物よ、どうして」
「如月君を帰さなくてはいけない。逃げるぞ」
ああ、無理なのか。そういえばこのダンジョンは、初心者も潜れる弱い魔物がいると有名なダンジョンだったか。
皆で走って逃げるが、思ったよりオークは早く追ってくる。
「対抗できる武器が無い!」
「誰か魔法が使えないの!?」
怒鳴り合うが、どうやら魔法使いは来ていないようだ。
僕の体力は持たないだろうな。留まろうと思った時に、小鳥遊さんが振り返った。
「バロウズ!」
その手から、赤い光が出て、薄い壁が出来る。
止まった僕と小鳥遊さんを見て、協会の人達が如月さんを抱えて走り出す。
「お前たち、俺を離せ!小鳥遊!九条!」
「君達、たのむぞ!」
遠ざかる大人達を眺めながら、小鳥遊さんが小さく笑う。
「何処まで持つか分からないから、九条君も早く逃げて」
「…小鳥遊さんは、口が堅いですか?」
「え?ええ、言うなというなら言わないわ」
頷いてくれたので、汗をかいている小鳥遊さんの横に立つ。ずっと手を伸ばして魔法を行使している小鳥遊さんは辛そうだ。
「敵にならない事を願います」
「ええ、必ず」
僕は右手を伸ばす。それから指をぱちんと鳴らす。
「〈漆黒の風〉」
オークが掻き消えるように風に巻かれて黒い欠片になる。
ふわりと、黒い色が消えて、からりと魔石が落ちた。
「え」
小鳥遊さんが僕を見る。僕は小さく笑って石を拾った。
「はい、これは小鳥遊さんの分」
「嘘でしょ?それは九条君の分だわ」
「僕はこれを他言したくないので」
「え、でも、私の今の魔法では、壁しか作れないのよ。他の魔法ならできるけれど」
「じゃあそれって事で」
小鳥遊さんが上下に手を振った。
「それには準備が必要で!」
「じゃあ、準備していたって事で」
「は、あ」
小鳥遊さんが座り込んだ。僕の息も落ち着いてくる。
「確かに言わないって約束したけど」
「嘘は駄目ですか?何か縛りでも?」
「魔女にそんな縛りは無いわ。むしろ嘘つきだもの」
そう言って立ち上がる。それから僕に向かって笑った。
「これで買収されたって事にするわ。そうでなければ自分に折り合いがつかないから」
「じゃあそれで、お願いします」
「九条君、本当に冷静ね」
頷いた小鳥遊さんと一緒に、出口に向かって歩いていく。
職員の人が出口に集まっていた。
出て来た僕達に駆け寄ってくる。
「無事だったのか!」
その大人たちをかき分けて、如月さんが走り寄った。
僕らを見て、くしゃりと顔を歪める。
「ぶじ、だったか。良かった、本当に」
涙がボロボロと零れている。僕と小鳥遊さんは顔を見合わせた。
「私の魔法で、何とかなったけど」
小鳥遊さんが言って、それからキッと協会の人たちを睨む。
「あんな風にするのが、協会のやり方だと知りませんでした」
かなり大きな声で、小鳥遊さんが言うと、協会の人が詰め寄って来た。
「いや、君ね」
「私も、彼も。如月さんと同じく今日初めてダンジョンに入った者ですが?」
「それはね、君」
「探索者協会の闇など結構ですわ。けれど、この事を大魔女のおばあさまに報告させて貰ってもいいかしら?」
おお、小鳥遊さんも権力を使うらしい。
大魔女といえば、現在トップのクランにいる人だった気がするけど。
その称号って一人だった気がするし。
「それは、その」
協会の大人が困った声を出した後に如月さんが項垂れて、また小鳥遊さんに頭を下げる。
「すまなかった、俺の責任だ。今回の事は家に行って処分を決めて貰う。だからいったん引いてくれないか?」
小鳥遊さんが、ふんっと鼻で笑った。
「如月さん、あなたが理由ではないでしょう?」
「それ以上は小鳥遊が不利になる。収めてくれ」
小鳥遊さんが僕を見る。僕が頷くとやれやれと言う風に、眉を下げた。
「分かりました。今回は虎の子の魔術も使いましたから、それの分は報酬をいただきたいですわ」
ええ、すごいな。そういう交渉になるんだ。
騒いでいる僕達の所に五十嵐さんが来る。
「話は聞いた。俺が行かないで代わりに行かせたものが済まなかったな。処置は俺が請け負う。話を聞かせてくれ」
そう言って、僕達三人を面接に使った個室に連れて行った。
五十嵐さんて偉い人だったのかな。
話をして、僕達は解放された。小鳥遊さんの言い分が通って、報酬は出るそうだ。やるなあ。
三人で立っていたが、如月さんは迎えの車で帰って行った。
俯いて悲しそうだったが、掛ける言葉はなかった。
「九条君。また会えるかしら?」
小鳥遊さんが面白そうな顔で僕を見る。
「パーティは断りますよ」
「そうよねえ。でも、手助けしてくれないかな?」
「小鳥遊さん一人なら」
ニコッと笑われる。
「もちろん。じゃあこれ連絡先。時間があいたら連絡してね」
「はい。今日はありがとうございました」
「こっちの台詞だわ。じゃあね」
軽やかに小鳥遊さんが駅の方に向かって歩いていく。僕も駅に行かなければいけないのだが、少し時間をずらそうかな。
ふと空を見上げると夕暮れが迫っている。
なんで、探索者のカードを貰うだけでこんなに疲れるかな。
胸で邪神ちゃんが震える。
そうだね、家に帰ろうか。静が待っている、はず。
めっちゃ待ってた。
玄関で抱き付かれた。うわあ、お香のいい匂いがする。
「こんなに遅くなるなら、連絡を下さらないと」
僕は逃れようとするが、案外ホールドが強い。
「僕はスマホ持ってないから」
「作って下さい」
「分かった、明日作るから、離して、静」
やっと離れてくれた。
多分僕の顔は真っ赤だろうな。これは早くスマホを作らなければ。
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