探索者試験




 僕用に整えられた二階の部屋で起きた。

 見慣れない風景に、一瞬驚いたけど。そうだった、あの家は出て来たんだった。


 枕元に、小さな布製の人形が座っている。

 僕の手の平よりも少し大きな人形は、ボタンの目をして口はばってんに刺繍糸で縫われている。昔から傍に居たナニカが、作った人形に取りついて。

 今もこうして一緒にいる。


 まだ正気が残っていた時の、母が作った人形だ。

 式にはならずに、何かを内包した傀儡になっている。自在に飛んで僕の傍に居る。それに違和感はない。

 名前は覚えていないが、邪神ちゃんと呼んでいる。

 …確か本人がそう名乗っていたから。二歳ごろの記憶なので、保証はないけれど。


 一階に降りると、静がいて朝食を作っているようだ。

 僕はそんな風に誰かが料理をしている場面を見た事がなかったので、面白くてその姿が見える台所の椅子に座る。


「あら、有架さま。おはようございます」

 にこやかに笑いかけてくる静に少々面食らったが、普通は挨拶する物だろう。

「おはよう、静」

「朝ごはんは召しあがられますか?」

「食べて良いなら、食べるよ」


 静は眉を寄せて僕の傍に来た。それから僕の手首を、そっと握る。

「…私の手で握って、余る程細い手首なんて。有架さまには太ってもらわなければいけませんね」

 僕はその顔を見て少し笑う。

 同情でもなく心配されるのは何時ぶりだろう。


 僕は自分の外見を知っている。

 骸骨みたいに骨が分かる体格だ。父が学校には拒食症だと伝えていたらしい。給食は食べるから、父の意見が学校に認められていたかは知らないが。

 ただ、松崎家は陰陽以外でも名家だったので、学校も逆らえなかったのだろう。


 僕の身体の事は放置された。

 学校の同じクラスの子が、二、三人、気にしてくれていたが。

 給食を必死で詰めている僕に、いつも何か言ってきた隣の席の、平井は特に僕を気にしてくれていた。良いやつだったけど、もう会わないだろう。


 だいたいは高校ぐらい行くだろうし。

 ただ、今の時代は。



 僕はリビングにあるテレビをつける。

 自分でテレビをつけるのは初めてだ。リモコンにどきどきする。


 今日も朝から、元気なキャスターがランキングを紹介していた。


『では今日も、探索者ランキングを発表していきます!第十位はクラン〈雷の光〉の岩倉 大輝さん。第九位は同じクランの渡部 翔さん。第八位はまた同じクランの富士 海斗さん。いやあ、ここのクランは優秀ですねえ』


 静がテーブルに食事を並べていく。

『続いて、第七位は井堂 直人さん。第六位はクラン〈神の焔〉の巻口 健太さん。第五位は伊達 悠斗さん。第四位は、またクラン〈神の焔〉の春日 陽向さん。第三位は同じクランの姫見 結愛さん。春日さんと姫見さんは女性ですから頑張って欲しいです。このランキングは素晴らしいですね』


 ごはんとお味噌汁、卵焼きとウインナー。それから小さな魚の切り身とほうれん草のお浸し。


『さて、第二位は、津島 大和さん。不動の一位は、近衛 蓮さんです。いやあ、この二強は崩れませんね。それでは探索者の皆さん、今日も頑張ってくださいね』


「いただきます」

 朝から食物を胃に入れるのは、多分、十年ぶりぐらいで。

 ゆっくりと噛みながら、食事をする。誰の眼も気にしないで食べられるのは、とてもいい環境だと思う。少なくとも僕には無かったから嬉しい。

 何時も隠すように屈んで俯いて食べていた。


 静が僕を見て頷いている。

 あ、そうだ。

「おいしいよ」

 静がにっこりと笑った。

「はい。お口に合って良かったです」


 妖怪が家に憑く事はよくある事で、特に日本では昔から言い伝えられていた。松崎の家は妖怪を退治する家柄だから、式はいても妖怪はいない。

 全部を自分の思い通りにしたい父の、考えそうなことだった。


 叔父、いや義父か。義父の職業は妖術師らしい。話は聞いたが見た事はないので確信は持てない。妖術師がドイツって。どうなの?

 だから静がいるのは違和感もない。


 半分でお腹一杯だ。僕の顔を見て静が僕の手を止めた。

「いずれ、全部食べられるようになりましょう」

「うん、分かったよ」

 はあ、と息を吐くと、お茶が出て来た。

 残った食事を気にすると、何かの機械に入れて堆肥にするらしい。義父が通販で買ったそうだ。そんなものがあるんだな。


「三澄さまは、酔うと色んなものをひっくり返す方だったので、頼んで買っていただきました。裏庭に埋めるのも限度がありましたので」

 言葉が優しくない。静は怒ってるのかな?


「ところで今日は何か用事がありますか?」

「うん。探索者協会に行ってくるよ」


 それこそが家を出た理由。

 あの家から出て、探索者になりたかった。


 自分で食べていくなら探索者は最適の職業だと思う。

 ただ、術者としてはポンコツな僕は、なかなか決心がつかなかったが。


「探索者になるには、どうすればいいのですか?」

 静が首を傾げる。

「適性試験とか、あるみたいだね」

「では、今日は試験ですか?」

「…多分」

 僕はカバンを肩から下げて頷く。


 朝食の胃の痛みも治まったので、出かける支度をして玄関に行く。

 人形が飛んで来て、僕の胸ポケットに収まる。

「あら」

 静が声をあげる。

 たぶん、僕の見た目が変わったからだろう。

 邪神ちゃんは、視覚の認識障害を起こして、僕の見た目を変えている。他人から見た僕は普通の見た目になっているだろう。


 骸骨みたいな子供が探索者にはなれないだろうし。

 生きているから、そこまで拒否されることはないと思うが、他人はいつでも僕に敵対するだろう。


 静が何かを差し出してきた。

「これは?」

「有架さまのお財布です。可愛いでしょう?」

「…うん。ありがとう」

 カエルのがま口を渡された。中身を見るといやに入っている。

 え、これは?

「三澄さまに、言われております。後でお部屋にある机の引き出しも見て下さい。何か入っているそうです」

「後で見るよ」

「行ってらっしゃいませ」

 静がそう言って、微笑む。


 義父には感謝をしなくては。

 あんな美人が家にいて、僕の面倒を見てくれるなんて。

 あの『マイハニー』さえなければ、もっと素直に僕も感謝できるのに。リア充感が大きくて中々感謝できない。


 電車に乗って、探索者本部がある駅で降りる。

 駅の前から、探索者が歩いていた。装備を持ってはいないけど、人としての質が違う。見て分かるぐらい力が正義だという感じの人達が多かった。


 そうなのだけど。

 僕もそうなりたいのかは、まだ分からない。


 探索者本部は、第7ダンジョンの傍に在った。

 僕は少しだけ緊張しながら中に入る。そこは大きな所で何だかテレビで見た役所に似ていた。受付があるようなので、そこに向かう。


「あの、探索者の試験は、今日受けられますか?」

「探索者登録をご希望ですか?」

「はい」

「それでしたら、あの右側にある試験会場に向かって下さい。入り口にいる者に聞けば、分かると思います」

「ありがとうございます」

 僕は頭を下げて、その試験会場に行く。

 入り口の前に、男女一人ずつが座って受付をしていた。


「ここで受付をしてくれ」

「あ、はい」

 用紙を貰って、名前や住所を書きこむ。

 苗字は間違えないように。


「九条 有架。十六歳。今日すぐに試験で大丈夫か?再試験は十日後になるが」

「はい、大丈夫です」

「そうか、ではこの札を持って中に入り、同じ数字がある席について待っていてくれ。あと数分で始まる」

「はい」

 ぎりぎりだったのか。


 数字を探して席に着く。隣は僕よりも年上の男性ぽくて、あとから来て逆の隣に座ったのは年上の女性だった。


「では、これから探索者認定試験を始める。この時間は筆記の時間だ。配られた用紙を解いて提出してくれ。時間は45分。…はじめ」

 僕は置いてあった紙を返して、見てみる。


 一般常識的な物と、知っていれば便利なもの。

 特に探索者に必須だと思われる内容はなかった。何のための試験だろう?


 この間学校を卒業したばかりの僕に分かる問題だから、殆んどの人が書いているだろうと思っていたのだけれど。

 ペンを動かしているのは、数人だけのようだ。


 僕の両隣も、ペンを動かしていない。

 どういう事だろう。隣の人が僕を見ている気がする。全部書き終わってから少し見てみると、僕の方を見て苦い顔をしていた。


 試験中に話すのはいけない事なので、何も言わないけれど、隣の人は随分不満そうだった。反対の女性も何度も紙を見ている。


 会場を見ていた男性が、また話し出す。

「まだ時間は残っているが、書ける人は書き終わってしまったようだな。書けた人は此処に出して、外に出てくれ」

 そう言われて立ち上がったのは僕を含めて三人。

 お互いに紙を出してから顔を見合わす。外に出てから話しかけられた。


「あんなに見えない物なのねえ」

 少女が言うと少年が頷いた。

「再試験を受ける人が多いと聞いたが、適性が無いのだから諦めた方が良いと思うが」

 僕が首を傾げると、二人があれって顔をする。


「もしかして君は知らないで受けたのか?」

「え、うん」

 僕が頷くと、少年が笑う。

「あの試験は、適性の試験だ。試験の文字が見える人しか受けられない」

「え?」

「私達に見えた文字が、他の方には見えなかったのよ」

「…そういう物だったのか。説明してくれてありがとう」

 二人が首を振る。


「この先の試験も受かるといいな。俺は如月 遠矢」

「私は小鳥遊 穂香。よろしくね」

「あ、僕は九条 有架。よろしく」


 如月家は陰陽の家系だ。小鳥遊家は、何処かで聞いたことがあるけど。

「小鳥遊か。魔術の家だったか?」

「古い話だわ。如月は陰陽よね?」

 さすがにお互いの事は知っているようだ。

「九条は」


 そう言って二人が僕を見る。

「たしか、陰陽の系譜だった気が」

「ううん。聞いた事はあるけど、何だったかしら」

 小さな分家です。お気になさらず。

 僕が小さく笑うと、二人ともハッとした顔になった。


「いや、家の話をしてすまない。探索者はそういうのが無いから良いのに」

「ほんとうよね、ごめんなさい、九条君。気にしないで?」

 二人して謝って来た。


「いいですよ。僕は気にしていませんから」

 そういうと、安心したのか、二人して溜め息を吐いた。

 そこまで緊張するかな?


 話している間に時間が終わったのか、ドアが開いて人々が出て来た。

 僕達を見て睨みつけてくる人もいる。


「喧嘩したら、永久試験禁止になるからな、気を付けろ」

 彼らの後ろからさっきの男性が大声で言ってくる。ビクッとした何人かが、ちっと舌打ちをしてから外に出て行った。僕と如月君は、小鳥遊さんを守るように傍に立っていたから、人がいなくなってお互いの顔を見る。


「お前たち待たせたな。この先は個別に面接だ。ついて来てくれ」

 手招きされて後を付いて行くと、それぞれ別室で、面接と言われた。

「それじゃあ」

「頑張ってね」

 僕も頷く。

「またあとで」


 呼ばれて入ると、また男女二人が待っていた。

 相向かいに座るように言われて、椅子に座る。


「九条 有架くん。でいいかな?」

「はい」

「探索者になりたい理由を聞いても?」

 一つ目の質問から、なかなか答えにくい話になるな。


「…一人で生きていくためです」

「生活のために、探索者になりたいと?」

「はい、そうですね」

「深い所に潜るのは嫌なの?」

 今度は女性から質問される。


「ダンジョン探索は、ランカーがしていますよね?」

 毎日のようにランキングを放送されている、ランカーたちが最先端でダンジョン攻略をしているはずだ。

「そうなんだけど、ずっと無傷で彼らも探索をし続けられる訳でもないわ」

 ああ、まあ、そうだろうだけど。


「未知のダンジョンに興味は?」

 また女性が言ってくる。

「多少は高い金額がもらえれば、それで」

「そっか~」

 女性が天井を見ると、隣の男性が苦笑した。


「まあ、新たなランカーはそうそう出て来ない物だ。冬木は諦めが悪いな」

「だって最近は、十層にすら挑戦しない人が多いから」

「協会は、アイテムを持ってきてくれるだけでも嬉しいのだが」

「五十嵐みたいな人が探索者を、慎重にしちゃうのよ」

 喧嘩ですか?

 僕がぼおっと見ていると、二人してこっちを見た。


「あ、ごめんね?九条君」

「すまない。こちらの話なんだ」

 慌てている人たちに、頷いて見せる。


「いいですよ」

「クールだな、十六歳。このあと実地がある。一時間後にまたこの前に来てくれ」

「はい、分かりました」

 結局、面接は受かったという事だろうか?

 指定された時間までに来ればいいのか。


 何か飲もうかな。

 移動して、一階の端にある売店まで行くと、小鳥遊さんがいた。

「あ、終わったの?九条君」

「はい。小鳥遊さんも終わりましたか?」

「多分。また一時間後に来てくれって」

「それ、僕も言われました」

 何を飲もうか、店の冷蔵庫の前で悩んでから、会計に行ってお財布を出す。


「ふふ」

 後ろで小鳥遊さんが笑った。

「九条君、可愛いお財布ね?」

「え、便利ですよ、がま口」

 パチンと開いて五百円玉を出す。

「そうかもね」

 まだくすくす笑いながら、小鳥遊さんも紅茶を買っていた。

 そこに、如月さんも来た。


「お前たちも時間待ちか?」

 僕も小鳥遊さんも頷くと、やっぱり如月さんも僕の財布を見る。

「カエルか。良いセンスだな」

 そう言って冷蔵庫の前に行った。ここで分かれるのも何だか悪い気がして、三人で近くのソファに座る。


「なんだか面接っぽく無かったんですよね」

「あ、わたしも」

「多分、人となりを見ただけだろうな」

 そういうものかと、麦茶を飲む。

 久しく自分で買った物など、飲食していなかったが。今は感動は置いておこう。


 二人は探索者の事を調べてから、ここに来ているみたいで、色々な話をしている。

 僕はそれを聞きながら、何だか嬉しくなっていた。



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