探索依頼




 朝になって起きると、邪神ちゃんが枕元にいた。

 下に降りると、静が朝食を作っている。僕を振り返って微笑んだ。

「おはようございます、有架さま」

「うん、おはよう、静」


 またテレビを付けてみる。リモコンて面白いな。

 キャスターがまた大きな声で、探索者ランキングを披露していた。

 毎日するところが、人々の関心の高さがうかがえる。


 僕は眺めながら、昨日の事を思い出していた。

 昨日聞かれたのは、如月さんの事よりも、オークが血塗れだったことを再確認された。それはそうだ。あの状態なら他に被害者がいるはずだ。


 僕らの視界には居なかった。それしか報告できなかったが、被害者は無事だったろうか。


 静が朝食を並べる。

 今日はトーストと目玉焼きとハム。サラダとミルクティーと苺。

 精一杯食べても、まだ半分が限度だ。

 静が悩んでいる。昨日よりも少くなっているのは確かなのだが、昨日の夜にも食べているから、これぐらいで許して欲しい。


「無理には召し上がらないでくださいね?」

「うん。頑張ってるけど、ごめんね」

 僕が言うと、静が頷いて食事を片付ける。本当に申し訳ない。


 食事は頑張るしかない。

 僕だって、骸骨は卒業したい。


「今日のご予定は、ありますか?」

「あ、うん。スマホ契約してくるよ」

「はい」

 すごく嬉しそうに静が頷くから、僕はお茶を飲む手が止まってしまった。

 静って美人だから。


 真っ黒な髪が肩で揃っていて、さらさらと音がする。真っ黒な眼は大きくて睫毛も長くて。白い肌も綺麗だし、胸も大きいし。

 ああ、いや。最後は関係ないよね。


『今日の第七ダンジョンは一時閉鎖となるようです。他のダンジョンで頑張りましょう、探索者たちよ!』

「え?閉鎖?」

 昨日はそんな話はなかったけど。

 キャスターの締めの言葉に首を傾げる。


「…スマホ契約したら、ついでにダンジョン見てくる」

「はい、分かりました」

 僕の呟きを聞いていたのか、静は冷静に返事をしてくれた。

 それとも義父はもっと破天荒だったのか?

 静を見るけど、微笑まれるだけで何も分からない。


 本当に、余り会った事のない義父の行動が気になる。

 いや、リア充は気にしなくていいか。


 かばんを肩にかけて、昨日見た引き出しをもう一度開ける。

 入っていたのは僕名義の通帳だった。かなりの金額が入っていて、昨日泣きそうになった。母が入れていてくれたそうだ。あんな最後だったのに、どこかで僕の事を思っていてくれたのだろうか。


 昨日貰ったカエルのがま口に入っている金額で、スマホは買えそうだからお金を降ろしはしないけど。て言うか自分で稼ぐつもりだから、これを使う気はないけど。

 僕は自分で作った通帳も、同じ引き出しに入れる。


 家憑きがいる家で、盗難なんて有り得ないから何処よりも安全だろう。


 外に出ようとすると、邪神ちゃんが胸ポケットに入って来る。

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 そんな会話が嬉しいこと、静には分かるかな。


 駅に向かって歩いていって、近くのスマホショップに入る。

 ちゃんと大手プロバイダーです。ご心配なく。

 さんざん悩んで、シンプルな物にした。どうせ、連絡にしか使わないし。


 一括で払って、契約も無事終了。

 かばんに入れてから、電車に乗った。

 二時間もかからずに手続きが終わったので、まだ人が多い時間だ。


 電車を降りると、駅の近くに探索者らしい人達がうろついていた。その横を通って探索者協会に行くと、中はもっと混雑していた。

 人ごみの中、小鳥遊さんがいて声を掛けられる。


「九条君、どうしたの?」

「小鳥遊さんこそ、どうしてここに?」

「ニュースで見て、心配になって」

「僕も一緒です。何かあったのかって」

 二人で話していると、受付の奥から五十嵐さんが出て来て僕らの傍に来る。


「丁度良かった。二人いるとは有り難い。ちょっと来てくれないか?」

 顔を見合わせて、僕達は五十嵐さんの後を付いて行く。


 数人の探索者がこっちを見ていたが、気にしないで中に入ると、昨日とは別の部屋に連れて行かれた。

「君達に、聞きたい事があってね」

「はあ」

「何でしょうか?」


 僕らが答えると、五十嵐さんが頷いて聞いてくる。

「あのオークの他に、何か見なかったか?」

 もう一度小鳥遊さんと顔を見合わせる。

「いえ、いませんでした」

「あれの後ろにも、気配はなかったわ」

「そうか」

 顎を触りながら五十嵐さんが考えている。


「何かあったんですか?」

 僕の質問に、五十嵐さんが困った顔で答えてくれた。

「あのあと、確認に行った人員が帰って来なくてね。追加人員を頼みたいんだが、魔法を使える人員がいなくてね」

「ランカーに頼めないのですか?」

 小鳥遊さんの言葉に、五十嵐さんが苦笑する。


「ランカーは高いからね。おいそれと頼めない」

 なるほど?

 読めた僕と小鳥遊さんはきっと同じ顔をしているはずだ。


「それでもしや、私達に頼みたいという事ですか?」

「そうだな、小鳥遊さんには頼みたいのだが。九条君も行くのかい?」

 非常に疑い深い声で聞いてくる。

 え、どうしようかな。小鳥遊さんだけが良いならそれで。


 隣から物凄い圧が掛かっているけれど。

「まさか、私一人で行けって言わないわよね?」

「……ええと」

 迷ったふりをしたけれど、腕をギュッと掴まれた。

 もう。仕方ないか。


「僕も一緒に行ってはいけませんか?」

「…そういう事なら、一緒に行ってもらおうかな?」

 五十嵐さんが苦笑して僕らを見た。


「臨時だから、このカードを使ってほしい」

 自分達の探索者カードではなく、無記名の色違いのカードを渡される。

「これは、発見した相手を無条件で送れるカードだ。一方通行だから君達が入る補助にはならないが」

「…何処ぐらいまで降りたか、分かりますか?」

「五階層は降りていると思う。その先で連絡が切れたから、もっと奥まで行っているかも知れない」

「カードの使い方はどうすればいいのですか?」

 小鳥遊さんの問いに、五十嵐さんがカードをかざす。

「相手にかざせば、三秒後に送られる。一応、何人でも大丈夫だが、カードの耐久から一人で全員は止めた方が良い」

「分かりました。それにしてもまだ潜った事がない新人に、いきなり五階層とか、報酬をはずんで頂かなければいけませんわね?」

 五十嵐さんが驚いたような顔をして、肯いた。


「その話をしていなかったな。報酬は生きている人員を送ってくれれば、一人に付き100万、死んでいる人員なら50万だ。全部で十一人潜っている」

「見つけるまで帰ってくるなと?」

 五十嵐さんが苦笑した。


「そこまで酷い依頼はしない。夕方、そうだな七時までに見つからなければ、帰ってきていい。そのカードなら五階の転送装置で帰って来れるはずだ」

「ああ、転移装置って五階ごとにあるんでしたっけ」

「そう、五階でも十階でも使えるが、まさかそこまで潜っていないと思う」


 小鳥遊さんが用意をしたいと言って30分後に行こうという話になった。

 夜の七時って、これから何時間あると思っているんだろう。

 小鳥遊さんの言う通りに、僕達はまだ昨日探索者になったばかりなのに。でも来てよかったな。僕が来ていなければ小鳥遊さんは一人で言われていただろうから。


 僕も、売店に行って携帯食料を買う。チョコ味が良いかな。ペットボトルも買っちゃおうかな。自分の買い物が楽しいのは当分の間続くんだろうな。


 本当に僕って、あの生活をよく我慢していたよな。

 自分でしみじみとしていると、小鳥遊さんに発見された。

「九条君って、落ち着き過ぎじゃない?」

 少し顔色の悪い小鳥遊さんに言われて、首を傾げる。

「だって、二人で行くのよ?」

「ええ、まあ」

「そんな、意見なのね?狼狽えてる私の方が馬鹿じゃないの」

 大きな溜め息を吐かれて、少し驚いた。

 五十嵐さんの前では、落ち着いていたのに。


「途中で結構お腹空くと思うわよ?」

「はい、一応買いました」

「それならいいけど。じゃあ行きましょうか」

 僕達がゲートに行くと、五十嵐さんが待っていた。その側に数人の探索者が立っている。僕らが近付くと、見降ろして怒鳴って来た。


「こいつらに頼んだんですか?五十嵐さん?」

「俺の決めた事に、文句があるのか?」

「けど、こんな子供に頼むぐらいなら、俺達に頼んでくださいよ!俺達の方がよっぽど見つけられますよ!」

 大きな声を聞きつけた探索者たちが、集まってきそうだ。

 僕は小鳥遊さんの腕を掴んで、ゲートをくぐる。

 ちらっと五十嵐さんを見てから、早足でダンジョンに入った。


 後ろから何かを言っているが、今は普通のカードは使えないようで、誰かが追いかけて来る気配はなかった。

 掴んだ腕を離すと、小鳥遊さんが笑って言ってくる。

「九条君、決断が早いわねえ」

「付き合ってやる時間が、勿体無いです」

「そうねえ、その通りだわ」

 小鳥遊さんが、長い茶髪をしっかりと一つに縛ってから、僕に頷いた。


「それじゃ、よろしくね、九条君。私の魔法は当てにしないでね?」

「え、ああ。はい、分かりました」

 僕は手に魔法を込める。

「それじゃあ、特急でいきますか」

「え、ちょっと待って。特急ってどこまで?」

「五階層まで」

「まじで?」

「はい」

 小鳥遊さんがちらちらと、どこかを見ている。

 そこに何か有るのかと思って見たが、別に何もなかった。


「…うん、分かったわ。よろしく」

「はい。では失礼します」

 僕は小鳥遊さんの腰を抱く。僕よりも少し身長が高いのはブーツの底の厚さだと思いたい。


「ひゃい?」

「行きます。口は閉じていてください」

 僕は自分の後方に魔力を放つ。ふわっと体が浮いて空中を凄い勢いで飛ぶ。

 地図が確かなら、五階まで飛ぶのは簡単だった。


 ずっと飛んで足元にいる魔物たちは素通りする。

 けれど僕に抱き付いている小鳥遊さんが不穏な言葉を言った。

「なんだか、この階層にいないような魔物が多いわね」

「いやな感じですね」

「そうね、とても嫌な感じだわ」


 五階層に行く階段の手前で降りた僕を、不思議そうな顔で小鳥遊さんが見る。もう抱えてはいないが、傍に居てくれる。


「どうしたの?」

「…酷い臭いがします。大量の血の臭いですね」

「え」

 小鳥遊さんがくんくんと嗅いでいるが、眉を顰めて首を振る。

「分からないわ」

「この下です。あの、人の遺骸って見た事ありますか?」

「え?…ないわ」

 どうしようか。きっと酷い事になっている。


「ここで待ちますか?それなら僕だけ行ってきますけど」

「……いくわ。九条君だけに嫌な思いさせる訳にいかないもの」

「そうですか。タオル用意して下さいね」

「え、そう、分かったわ」

 僕が先に降りる。酷い臭いの元は階段の下に広がっていた。

「ひっ」

 後ろで悲鳴が聞こえて、やはり戻している音がする。

 見ない方が優しさだろう。


 僕は降りて、その遺骸にカードをかざす。ふっと消えたのが一人分ならば、ここには四人分程があるだろう。

 内臓や、千切れた物にカードをかざす。

 綺麗に無くなって、一面の血痕だけが残された。


「処置したので、大丈夫ですよ」

「ああ、う、ごめんなさい。わたし」

「小鳥遊さんの反応の方が普通です。気にしない方が良いですよ」

「う、ん」

 血だまりを避けて階段を降りてきた小鳥遊さんは青い顔でもしっかりと立っていた。気丈な人だと思う。


「四人分でした。あと七人います。けど」

「生きているかしら」

「現状だけで考えると、獣に襲われていると思います。五階層にいる獣系の魔物ってどういう種類がいますか」


 小鳥遊さんが口にタオルを当てたまま、考えている。

 手を引いてそこから離れるように、歩いていく。

「狼とか熊とかはいた気がするけれど、あそこまで酷いとは思えないわ」

「それは集団で襲いますか?」

「狼は集団だと思うけど、五階層に行ける探索者なら、負けないと思うの」

「そうですね」

 十一人もいて、五階層の魔獣に負ける探索者でもないだろう。


 それならば、きっと別の魔物がいるはずだ。

 情報が少ないが、それでも誰かいないかと五階層を歩いていく。


 また血の臭いがする。

 僕が止まると今度は不安そうに、小鳥遊さんが聞いてくる。

「また何か、臭うの?」

「…はい」

 握っている手が、ぎゅっと握り返される。


「どっちから?」

「この先ですね」

 深い草むらの向こう側に、気配と匂いがする。


「…誰かいますか?」

 少し大きめの声で問いかけると、誰かが答えた。

「だ、誰だ?」

「上から来ました。救助します」

「本当か?」

 傍に行くと半身がやられた人がいて、その側に気を失っている様な人が二人寝転がっていた。


「今度は私がやるわ」

 小鳥遊さんがカードをかざす。ふっと消えたので人間だったのだろう。寝ている人もカードをかざすと消えていった。


「…生きているか、確認できなかったわね」

「起こす方が無理ですよ」

「そうね」

 ほうっと小鳥遊さんが息を吐く。この場所にもさっきの男の人の血だまりがある。


「移動しましょう」

「ええ、そうね」

 返事が単調になって来た。きっと少し休ませた方が良い。

 辺りを見回すと、先に小さな泉が見えた。

「あそこまで行きましょう。それから少し休みましょう」

「ええ」

 まだ手を繋いだまま、泉まで行く。

 おかしな気配はないが、近い場所に人の気配もなかった。

 ここから離れているとなると、まさか第六階層まで降りたのだろうか。


 草むらに座らせると、小鳥遊さんが僕を見た。

「どうして九条君は、平気なのかな」

 そう問われて、返答に困る。

 まさか血に塗れた人生だとは言いづらい。


 母が発狂してからの僕に対する陰陽の教育はえげつない物だった。それは本当に小さな時の約二年間だけだったが、今見てきた光景などなんとも思わないぐらいは、酷い物だった。


 だから大丈夫だとは説明できなかった。

 普通は陰陽の家でも、そこまでしないとは、もう知っているからだ。

 普通が良いですよ、小鳥遊さん。


「いろいろあって、大丈夫なだけです。小鳥遊さんが慣れる必要はないと思います」

「そうかしら」

 小さく呟いて、ペットの水を飲んでいる。

「そうですよ」

 近寄って来る魔獣を、パチンと消すと、小鳥遊さんが小さく笑う。

「全部その魔法なら、綺麗で済むのにねえ」

「僕が過重労働になります。止めて下さい」

 そう言うと、きょとんとしてからくすくすと笑った。


「そうよね一人で全部は、嫌よね?」

「いやですよ、仕方ないとしても、率先してはしません」

 ふふふと声を押し殺して笑っている。笑顔になれたなら良かった。


 それにしても本当に気配がない。近くにいるのは小鳥遊さんから聞いた狼や、その他の小さな魔獣だけだ。

「五階層の魔物しかいませんね」

「そうね。普通の魔物なら、来た人でも対応できるでしょうけど」

 二人で悩んだが答えは出ない。


「移動しましょう」

 小鳥遊さんがそう言って立ち上がる。

「大丈夫ですか?」

「不安に思うよりは見つけて返してあげる方が良いと思うの」

「では行きましょう」

 僕が言うと頷いて、手を握って来た。

 見ると、不安そうな顔をしている。

「だめ、かな」

「いいえ。一緒に行きましょう」

 そう言うとほっとした顔になる。


 探索者協会は、本当にもっと考えるべきだと思うぞ。

 こんな新人に無茶させるとか有り得ないだろう。

 本当に。可愛い人は、もっと安全な探索をして欲しい。


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