探索者に出来る事
六階層に降りる階段に近付くと、誰かの悲鳴が聞こえた。
二人で顔を見合わせて、分かったように小鳥遊さんが抱き付いてくる。僕からも抱えて飛んで向かった。
上から見ると、誰かが齧られている。
それは見た事がない様な魔獣だった。どう見ても六階層にいるような雰囲気では無くて、小鳥遊さんを近距離から見ると、青ざめた顔で名前を教えてくれた。
「多分、キメラだわ」
僕が魔法を放つと消えたけれど、その側にまだ居る気配がする。姿を確認すると、同じようなものがいた。魔法で消す。
それから地面に降りた。
齧られていた人は、まだ生きていて僕達を見る。
「まだ先に逃げた奴がいる。助けてやってくれ」
「分かりました、あなたは先に返します」
カードをかざして、送り返す。
「おかしいわ、キメラなんて、もっと下の階層のはず」
「その報告は今の人がしてくれることを信じて、僕達は先に行きましょう」
「そうね。あと三人いるはずだわ」
頷いて歩いていく。
誰かが落ちていても困るからだ。生きて寝転がっているとは思いにくかったから、草むらを割りながら進んで行く。
「あっ」
小鳥遊さんが屈み込んだ。
「どうしました」
急いで同じように屈むと、小鳥遊さんが痛そうな顔をしている。
自分のジーンズを捲るから見てみると、小さな穴が開いていた。
「ごめんなさい、蛇かも」
「噛まれましたか。…帰りましょう」
「え、でもまだ、三人」
「小鳥遊さんは帰りましょう」
「え、だめよ。だって私がいないと魔法がばれちゃうわ」
それのために、このままにする事は出来ない。
「仕方ないです。小鳥遊さんが言わなければ良いです」
「だって、約束が」
「小鳥遊さんが破らなければ、ばれても」
「いやよ、たいして役に立ってないのに、更に負担だけ押し付けるなんて」
そう言っても、僕に治療の術式は無い。
小鳥遊さんが、ぐすぐすと泣きながらカバンから何かを取り出す。それは小さな箱の様だった。
「おばあさまから頂いたの。願い箱。三回願いが叶うんだって」
「え、そんな貴重なものを使う訳には」
「今使わないでいつ使うのよ」
小鳥遊さんがパカッと箱を開けた。え、本気でそんな大事な魔法を?
〈私の身体を毒も痺れも効かない頑丈な身体にして〉
箱から雲のような物が立ち昇り、小鳥遊さんの身体を包み込む。
キラキラと粉が光って、雲が無くなった。
まだ泣き顔の小鳥遊さんは、じっとしている。
「…大丈夫ですか?」
「おばあさまの魔法ってすごいわ」
それは、そうだと思います。だって大魔女なんて、一人しかいないし。
すっくと小鳥遊さんが立ち上がる。
「もう大丈夫よ、九条君。探索を再開しましょう」
「…はい」
顔色までよくなっている。
凄い魔導具だな。僕にその才能は無いから物凄く羨ましい。そして物凄く見せて欲しい。
自制しようね。僕は自分に言い聞かせる。見たいけど。
「では、行きましょうか」
「もう大体は平気だと思うから、行きましょう」
もしかして半永久的な魔法だろうか?変質ってすごくないか?
ああ、見たい。
「…もしかして、魔導具見たいって思ってる?」
「あ、いえ、そのようなことは」
「ふふ、これが終わったら、見せてあげるわ」
僕が見るとにっこり笑って、大きく頷いてくれた。マジで嬉しい。
さっさと終わらせよう。
そうは言っても、六階層にはやっぱりいなかった。
第七階層に降りなければならない。
小鳥遊さんが横で緊張している。それはそうだ。このまま見つからなければ、もっと下に降りなければならない。
第七階層に降りる階段に向かう先で、誰かの足が見えた。
草むらからはみ出している。どう見ても生きている様には見えなかった。
「見て来ます」
「一緒に行くから、置いていかないで」
僕は小鳥遊さんを見る。手をはなして離れる方が怖いようだ。
そのまま近づいて確認する。
やはり酷い有り様だった。
カードをかざして送るが、がさりと草むらが動いた。
目の前にキメラが現れた。その顔は見知った顔をしていた。
眼鏡を掛けた、女性の面接官。
僕の顔を見てにいいと笑った。口が裂けるかのように、前足をまるで手のように口に当てて笑った。
【九条君が来たんだね?将来は優秀だったねえ?】
僕は小鳥遊さんを後ろに置いて、キメラに対峙する。
【女の子を守るのはカッコイイよねえ?】
また笑う。
【守れればだけどねえ?】
本当に意地悪そうに笑う。少ししか話さなかったけれど、こういう人だったのだろうか?
僕には分からない。
この人の考えも、感情も。
だから、僕は。大事な人を守る方を選択する。
もしかしたら、探索者と職員として、話をする日もあったかもしれないけれど。
右手を伸ばす。
キメラが首を傾げた。
【何をするつもりなの?私に勝てると思っているの?】
パチンと指を弾いた。
「〈漆黒の風〉」
黒い風がキメラを崩す。黒い欠片が散っていく先で、キメラが嬉しそうに笑った。欠片が無くなり、からりと魔石が転がる。
それを拾って息を吐いた。
「指を慣らさなくても、使えるんだね?言葉も言わなくても」
「…はい。儀式みたいな物なので。いざとなれば考えるだけで使えます」
「そうなんだ、便利だねえ」
「だから、諦めて小鳥遊さんを、離してくれませんか?」
僕は小鳥遊さんを抱えて、ナイフを突きつけている人に向かって話す。
その人はずっと、僕達の後を着けていたようだ。
少し引きつった顔で僕を見ている。
「動かないで」
「…今の話聞いていましたか?」
「うるさい!」
抱えられている小鳥遊さんが、怒った顔をしている。
「さすがにこれで掴めたと思われる、魔女じゃないわ」
「なるほど」
「〈絡める糸よ〉」
小鳥遊さんの腕の横に、糸の束が現れて抱えていた人を驚くほどグルグル巻きにした。身動きが取れずにバタンと倒れる。
「離せ」
「いやよ、お前も送るわ。生きているんだもの、私のお金になってちょうだいな」
そう言ってカードをかざした。ふっと女性が消える。
「これで十一人全部送ったわね」
「すいません、後ろに気付くのが遅くて」
僕が頭を下げると、小鳥遊さんがおかしそうに笑う。
「何でも全部、九条君の責任じゃないわ。謝らないで」
「でも」
「さあ、帰って報酬を貰いましょう?この場所にいるのはもう嫌だわ」
「…分かりました。転移装置のとこまで飛びましょう」
小鳥遊さんが抱き付いて来た。
抱えて五階層まで戻り、そこから転移で飛んでダンジョンの入り口、一階まで戻った。
ゲートに戻ると五十嵐さんが立っていた。
「優秀だな」
「ガッツリ貰うわよ?」
「それもあるから、一緒に来てくれ」
「はーい」
小鳥遊さんが前を歩く。睨みつけてくる探索者たちは主に僕を睨んでいた。実力者が小鳥遊さんだと思っているようだ、良かった。
「経緯を教えてくれ」
部屋に入り五十嵐さんがそう言ったので、二人で大体のところを話した。何回も頷きながら話を聞いていた五十嵐さんが、なるほどと言って顎を触る。
「それで、魔法使いはどっちなんだ?」
僕を見ながらそう言うの止めて欲しい。
きっと最後に戻された人が言ったんだろうなあ。
「わ、私よ。登録してあるでしょう?」
「ああ、小鳥遊さんは魔女の家系だって記入してあった。魔法使いは小鳥遊さんでいいのかな?」
「そ、そうよ」
「次も同じような依頼をしても?」
そう来たか。
グッと詰まった小鳥遊さんの手をポンポンと触る。
「でも」
「もう、分かってる顔しているじゃないですか」
「だって、約束」
小鳥遊さんが俯く。
「僕も魔法使いです。まあ、あんまり面倒な依頼は嫌ですけど」
「なるほど」
五十嵐さんが頷く。
「今回は小鳥遊さんの頼みだから行ったと?」
「毎回やったら、信頼も築けないので止めて下さいね?」
「…そうだな。それは胆に銘じておこう」
頷く五十嵐さんに、良いづらかった言葉を投げる。
報告は概略だけで、中身はあまり言っていない。まあこの話題だけしなかった訳だが。言おうかどうか悩んでいたから。
けれど、そっちがその気なら、言わないでいる必要が無いだろう。
「最後のキメラは、冬木さんでした」
五十嵐さんの笑顔が消えて僕をじっと見た。
「…なんだって?」
「最後に話をしたキメラは冬木さんでした。間違いありません」
何かを言いたかったのか、五十嵐さんが口を開いたが、そこから言葉は出て来なかった。
僕の顔を何度も確かめるように、目が動いて僕を見る。
「報告は以上です。報酬は明日でもいいです。帰っていいですか?」
「ああ」
小さな声で言うのを聞いてから、小鳥遊さんを促して僕達は部屋を出た。
ロビーに向かう廊下を二人で歩く。
「あのキメラ、知り合いだったの?」
小鳥遊さんが聞いてくる。
「僕の面接官だった人」
「そうだったのね」
協会の受付がある、ホールに出る。
「じゃあ、また明日ね?」
「え、明日?」
聞き返すと、小鳥遊さんが笑う。
「さっき報酬は明日って言っていたわ。だから、また明日ね」
「あ、はい」
頷く僕に手を振って、小鳥遊さんが歩いていった。
僕はその場所を眺める。
此処は過酷な場所だ。そういう仕事だと分かって来たはずなのに。
いきなり、ハードモード過ぎないか?
もっと、お手柔らかで良いと思う。
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