ダンジョンパニック//横浜紛乱・2
立ったままの伊達さんに僕が出来る事はあるだろうか。
「凄いな、一発かよ」
バジリスクの魔石を持ってきた富士さんが、僕にそれを手渡す。
「そいつはどうにかできるのか?」
どうだろうか。
僕は貰った指輪を見る。死んでいなければ回復と言われたが、石化の解除は出来るのだろうか?前に毒の解除を頼んで錬金陣を描いて貰ったから、入っている可能性が高い。
考えるよりもやった方が良い。
石化が解けるように、伊達さんに触れて念じてみる。指輪に込めた魔力が変質して伊達さんの身体に纏わりつく。その光は僕の魔力ではない様な薄い白い光で。
徐々に石から肉質へと変化していく。
しっかりと何処も欠ける事ない姿が現れて、ほっと溜息が零れた。
「伊達さん、かあ」
後ろの富士さんが溜め息を吐く。
留まっていた動きが残っていたのか、振りかぶっていた剣がガチンと床を抉った。ハッとした伊達さんが隣に立っている僕を見る。
「九条君?」
「無事で何よりです」
それから僕の後ろを見て眉根を寄せる。
「富士?」
「ああ、まあ、良かったですね、伊達さん?」
ちょっと剣のある声に振り向くと、富士さんも眉根が寄っている。
え、仲悪い感じですか?
「何で、富士と九条君が?」
「下を目指します。ダンジョンパニックが起きてしまっているので」
僕が言うと、富士さんも頷いた。
「俺も一緒に行こう。此処は俺のホームだから」
そういう伊達さんを、富士さんが目を細めて見ている。
「ここから先は攻略されてないみたいだし、伊達さん大丈夫ですかねえ?」
「…お前に何かを言われたくない」
うわ、ガチで仲が悪い。
「喧嘩するなら、別で行きましょう。生憎と今はそんな事をしているほど悠長な事態ではないので」
僕がそう言って階段を目指して歩き出すと、後ろで二つ溜め息が聞こえた。
いや、かなり仲が悪いな、これは。
「九条君の言う通りだ。仕方ない」
「まあ、九条君がいないと攻略できないだろうし、仕方ないかなあ」
どっちも煽りレベルが高いようで。
僕が振り返ると、二人ともグーで拳を合わせていた。
「休戦で」
「出るまではな」
そう言って真面目な顔で追いついて来た。
「九条君に迷惑はかけない」
「喧嘩はしないから、安心しろよ?」
「信じますからね、二人とも」
三人で階段を降りると、後ろの曲が止まった。ずっと鳴っていて耳障りが良くなかったパイプオルガンも鳴りやんだ。
眺めてから階段を下りる。
ここから先は未踏破の階層だ。
曲と壁が変わった。真っ黒だった壁がかなり青くなっている。曲はポップな電子音風に変わっている。
「元は二十階層の仕様だな」
伊達さんが言うのを富士さんが頷いて、壁を触る。
「横浜は、未踏破だったっけ?」
「そうだな、二十三階層までは探索済みだったが」
「此処がまだ十一階層だから、先は長いなあ」
溜め息を吐きながら、富士さんがまだ壁を触っていて。青い壁はうっすらと光っている。
「こういう色はあまり歓迎したくないけどな」
富士さんの呟きに首を傾げると、僕を見ていた富士さんが苦笑する。
「東京ダンジョンが、青い色が多いんだよ」
「そうなのか」
伊達さんの疑問に、富士さんが答える。
「入ってすぐは水色だけど、五階層から少し青色が濃くなる」
「入ったのか?」
富士さんが肩を竦める。
「まだ新人だった時に、〈ワンダラー〉について行ってさ、入った訳よ」
「〈ワンダラー〉か。懐かしいな」
僕が見ているのを伊達さんが気付いた。
「昔、活躍していたクランだ。今は解散したんだったか?」
「いや、解散じゃなくて縮小らしい。娘さんが継いでやっていたらしいけど、ここ一か月ぐらい話を聞かないなあ」
「そうか」
伊達さんが頷いてから少し苦い顔をした。
それを横から見ていたが、富士さんは何も言わなかった。伊達さんはランカーだから、そのクランの動きも知られているのだろう。
さっきから近寄るモンスターは全部僕が消して、富士さんが魔石を拾っている。伊達さんは前後を警戒しながら剣を握って真ん中にいた。
魔法を打っている僕が何故か、先頭にいるが不満はない。
魔石を拾う都合上、富士さんが殿にいた。
いや、そんなに細かく拾わなくても。
「しかし、この数はすごいな。こんなに居たっけか、このダンジョン」
消えていくモンスターを見ながら、富士さんが呟く。
「前よりもはるかに数が多い。パニックを見た事がないが、こういう物だろうか?」
「まあ、さっさと終わらせて他のダンジョンの話も聞きたいよな」
問われたので頷く。
特に気になるのは第七だけど、今は此処を踏破しなければ。
それにしてもこの曲は横浜だからこんな感じなのだろうか?
電子音みたいな音が少し、耳障りだ。
階段を降りると、音が消えてほっとする。二人とも同じような顔をしていた。
「いやあ、好きじゃない系統の曲は厳しいよな」
「ずっと聞くと頭痛がしそうだな」
伊達さんの言葉に、富士さんがニヤリと笑う。
「薬あげようか?」
「自分で持っている」
案外仲がいいのではないかと疑ってしまった。
十二階層、十三階層と、特に変化はない。
時々魔法耐性が強いモンスターが出て、伊達さんか富士さんが切るだけで。非常に楽な行軍だった。
「そう言えば、九条君はクランを変えたのか?」
「あ、はい、自分で立ち上げました」
「そうか。人数と金額が大変だったと思うが」
「…まあ、平気でした」
僕が言うと富士さんが小さく笑う。
「人員は九条君の魔法を見せれば集まるだろう?」
「ああ、いや、動けるのは僕と管理の人だけです。他は探索者ではないので」
「え、それは大変だなあ」
そう言って剣を振るった富士さんが、自分の袋に魔石を入れる。
「ソロでも大丈夫だと思うが、動ける人員はもう少し欲しい所だな」
伊達さんに言われて、首を傾げる。
「信用できないと嫌なので」
「まあ、そうだな」
伊達さんが僕の前に出て、中程度のモンスターを切る。
魔石を取り出しながら、まだ伊達さんが話しを続ける。
「君はソロ専だと思っていたよ」
「はい、僕もそう考えていました。けれどやっぱり構われますので」
二人が声をそろえて“ああ~”と言うので、僕は二人を見る。本当は仲が良いのでは?
「子供って構うおじさんが多いよな」
「そうだな、昔は俺も随分絡まれた」
「俺もそうだったなあ」
誰もが通る道なのかと溜め息が出る。
嫌がられているとは思わないのだろうか?
「九条君の探索者じゃない仲間は何をしているんだい?」
そう聞かれて、答えるべきか少し戸惑う。
屈んでいた伊達さんが立ち上がり、僕の顔を見て微笑んだ。
「嫌なら話さなくていいぞ?富士もいるしな」
「何だよそれは。俺だって守秘義務ぐらい知っているぞ?」
「へえ、それはそれは」
だからね、貴方達?
腕と指先が疲れてきたので、腕を降ろすと富士さんがすっと前に来た。
「その姿勢は疲れるよなあ。俺が代わるから」
「はい、ありがとうございます」
後ろに下がった僕を伊達さんが訝しげに見る。
「九条君…」
「あまり体力がないんですよね。それでも以前よりは肉が付いてきているので、持久力は増していると思います」
「…そうか、それは良かったな」
頷いた伊達さんは、それ以上何も言わずに真ん中で歩く。伊達さんはあの事件で僕が何もしなくても魔法を使えることを知っている。
早くこの曲から逃れたいのか、二人とも少しだけ足が速い。僕も全く同意なので、早く抜けるのに異論はない。
あっさりと終わった十三階層を、階段から伊達さんがしみじみ振り返っていた。本当なら二十三階層だと言うのなら、攻略が進んだ事になるが。
「元がどうであれ、まだ十三階層だ。先を急ごうぜ伊達さん」
「そうだな」
一緒に階段を下りる二人を眺めながら、仲が悪いとか嘘だろって思った。
十四階層もあまり激しい戦いもなく降りて、十五階層になった時に電子音だけだった曲調にピアノが加わった。僕がほっとすると前の二人も同じように息を吐いた。
「しばらくボカロが聞けなくなりそうだなあ」
「あれは違うだろう?今までのは打ち込みとかが近い気がするが」
「そうかな?伊達さんってそんな曲も聞くんだ?」
「妹が聞く」
「ああ、相庭さんね。元気?」
何故か僕をチラッと見た伊達さんが言葉を濁す。
「今日は少し食欲が戻っていたようだが」
「へえ、家は大丈夫なのか?」
少し真剣に富士さんが問いかける。伊達さんは小さく頷いた。
「混乱が広がっているから外に出ないように言ってある」
「それなら平気かな」
そう言って剣を振るった富士さんが自分の剣を見て眉根を寄せた。
「なあ九条君」
「はい」
後ろから答えると、剣を持ってゆらゆらと揺らした。
「切れ味が悪くなっているから、何処かで休みたいんだけど、いいかな?」
「ああ、良いですね。少しお腹も減って来ましたしね」
そう言った僕を見て二人とも頷く。それからどこかに落ち着ける場所はないかと探し始めた。今なら二人が親友だと聞いても疑わない気がする。
伊達さんにその言葉を言う気はないけど。
通路の端に行き止まりの場所があったので、そこにしようと移動する。そこで立ち止まった伊達さんが、小さな石を地面に置く。ふわんと音がして薄い光の円が出来た。
「お、モンスター避けかあ。今日は持っていなかったから助かる」
そう言う富士さんに伊達さんが苦笑する。
「うちは今、正式な管理がいないからな。自分で持っているんだ」
「…ああ、そうだったな。もしかして水も持っていないか?剣を研ぎたいんだけど」
「お前は図々しいな、相変わらず」
そう言いながらも手の平ぐらいの大きさの長方形の箱を出して、それを上下に引いた。半分になった箱はその間に水流が流れている。
「おお、水の魔導具なんて太っ腹。じゃあ借りるぜ?」
「どうぞ。飲んでも良いがあまり旨くないから」
「さすがに飲料水は持ってるって」
苦笑した富士さんを見て、頷いた伊達さんは座った僕を見た。
「疲れたか、九条君?」
「そこまでは。でもお腹が空きました」
言いながらバッグを探る。すると見た事がないお弁当箱が出て来た。
え、これは?
「静がいれタのよ」
「え、静が?」
「そうよ。鎌倉デ食べるかもっテ」
ああ、そうか。少し大きな蓋を開けると、何故か数枚の使い捨て手拭きと、ラップに包まれたおにぎりが何個も入っていた。
僕は考えながら、一つを取って二人に勧めてみる。
「あの良かったらいかがですか?家の同居人が作ってくれたのですが」
それまで黙っていた伊達さんが僕を見ながら問いかけてきた。
「九条君、もしやその人形が喋っているのか?」
「はい。なにか?」
「いや、俺が変なのか?今はそういうのが普通なのか?」
少し離れて砥石を使っている富士さんが笑いながら言ってきた。
「まさか。そういうのは陰陽の人がする事だろう?九条君は陰陽も出来るんだから作ったんだろうよ?」
振り返って富士さんを見てからまたこっちを見て、伊達さんが頷いた。
「そうか。そういうものなのか。驚いてすまない。それから美味しそうだから貰ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
「ああ、俺も食べたい」
床に剣を置いて富士さんも傍に来ておにぎりを掴んだ。手を拭ってから口に入れる。
やっぱり静のご飯は美味しい。
「これは旨いな」
「料理が得意な同居人は羨ましいな」
二人の言葉に、思わず笑みが浮かんでしまった。
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