ダンジョンパニック//横浜紛乱・1



 ユラユラと電車に揺られていた時、急に甲高いブレーキ音がして電車が左右に揺れた。緊急停車した電車の外で、銃声が聞こえる。

「え」

 窓から身体を出して外を見ると、先頭車両の先に大きなトカゲが見えた。


 あれってモンスター。

 急いで電車の中を走って先頭車両まで行くと、大勢の人が外を見ている。ドアに手を掛けるが閉まったまま動かなかった。


「ちょっと、開けないでよ!モンスターが入ってきたらどうするのよ」

「危険だから外にまで見に行かない方が良いよ」

 眺めている人たちはそう言って、僕の行動を止める。

 仕方なく後ろ側の窓を開けて外に出た。

「おい!お前」

 車両の中から声が掛かるが、気にはしていられない。


 走ってモンスターの傍に行く。

「君は退きなさい!!」

 銃を構えた人に怒鳴られるが、陰陽札を出して構える。

「外デ攻撃魔法は駄目よ」

「分かってる」

 大きなトカゲは僕を見て口を開けた。バカだな。


「〈雷霆〉」

 雷が発生してトカゲの口に吸い込まれる。バクンと口を閉じたトカゲは身悶えるように身体を揺らした。

「良い感じだな!」

 僕の後ろから誰かが走ってきて、僕を追い抜いた。


 トカゲの身体を長剣で切るけれど、弾かれていくらか表皮を削っただけだった。

「やっぱり外じゃこんなモノかよ!?」

 そう言って男の人が後ろに飛ぶ。


「〈炎砲〉」

 僕は札を向けて手を伸ばす。札から業炎が出てトカゲを焼くが時間がかかりそうだ。

「今のうちにとどめを刺せませんか!?」

 僕の声に思い出したように、銃を構えていた男の人が弾を撃ち込む。炎が消える間に数回発射音がして、その内の一発が目に当たったのか、トカゲは動きを止めた。


 動かなくなったトカゲを見ている暇はなかった。

 僕が移動しようとすると、剣を持っていた男の人が声を掛けてくる。

「ダンジョンに行くんだろう?俺も行くから後ろに乗っていけ!」

 男の人はバイクに跨って後ろを親指で指さす。僕は肯いて後ろに乗りながら、銃を持った男の人に声を掛ける。

「まだ他にもいるかも知れません、気を付けて!」

「ああ、気を付けて行けよ探索者!」


 バイクの後ろに乗ると、男の人が声を掛けてくる。

「俺の腰に捕まれよ」

「はい」

 急発進したバイクは、急いで横浜ダンジョンに向かう。

 バイクは渋滞と煙と横転した車と、異常な光景の隙間を縫って走っていく。もうすでに迷彩服を着た人たちが封鎖をしようとしていた。

「君達とまれ!」

「探索者だ!ダンジョンに行かせろ!!」

 運転している男の人が叫ぶと、車止めを少しずらしてくれた。スピードを落とさずに横を走っていく。

「頼んだぞ、探索者!」

 怒鳴り返してきた自衛隊員に、男の人が片手を上げる。

 いや、怖いから手は離さないでほしい。


 通りすがりにモンスターと戦っている自衛隊がいた。

 そのモンスターに向かって手を伸ばす。

「〈火箭〉」

 何時もみたいに横並びではなく一点に向かう様に螺旋状に放つ。数十発の火矢がモンスターに集中して当たれば、幾らかは戦力を削げるだろう。

 走る先々で、何度も陰陽を放つ。サイドミラーで確認すれば、どうにか倒せそうな動きをしていた。


 ダンジョンが近くなるにつれて、車は壊れて煙があちこちからたなびき、人はいなくなる。その代り戦っている自衛隊や、探索者の姿が見えた。

「どうする!?中に入るのか!?」

「入ります!」

「分かった、真ん前まで行くからな!」

 男の人が叫ぶからつられて叫ぶ。実際、叫ばなければバイクで話なんて出来ないだろうし。戦っている人たちを避けてバイクが凄い勢いで止まる。


 僕は走ってダンジョンの外ゲートをくぐる。くぐった先で指を打ち鳴らした。

「〈漆黒の風〉」

 範囲は考えて何時も通りにした。それだってかなり大きいけれど。

 モンスターが消えると、戦っていた人がこちらを見る。


「中に入ってくれるのか!?」

「入ります」

「君の名は!?」

「クラン〈漆黒の魔王〉、九条です」

「健闘を祈るぞ!!」

 今まで戦っていた人達が、僕を見ている。頷いてからダンジョンの内ゲートを潜った。後ろからバイクの彼が着いて来る。

「陰陽師かと思ったら、魔法使いかよ」

「一緒に来て大丈夫ですか?」

「魔法が効きにくいモンスターもいるからな。中なら俺も役に立つ。俺は富士だ。よろしくな九条君」

「はい、よろしくお願いします」

 走って来たモンスターに指を鳴らす。

 はて、富士って人ランカーにいなかったかなあ?


 横浜ダンジョンがモンスターパニックを起こした原因の一端は僕にもある気がしている。ここをホームにしていた伊達さんが活動を休止してしまっているから、探索が進まなかったのだろう。

 探索者にはお気に入りのホームと呼ばれるダンジョンがあって、暗黙の了解のように他の探索者は、そこ担当の探索者に遠慮するらしい。

 どういう仕組みかは分からないが、多分喧嘩をしないためじゃないかな。


 考えながらも歩き続けて、指はずっと鳴らし続けている。

 目の前からモンスターがぱっぱと消えていく。富士さんは消えていくモンスターの魔石を丁寧に拾っては、手元の袋に入れている。

「後で渡すからな」

「…それはどうも」

 今まで危機的な時は、魔石の事など気にしていなかったけど、普通は気にするべきなんだろうなあ。


「それにしても、九条君は魔力切れがないのか?ずっと打っているけど」

「あまり切れませんね」

 昔は魔力切れになる程使っていたけど。


 前とも違う雰囲気のダンジョンは、大きな物から小さなものまで多数のモンスターが襲ってくる。何時ものように様子見さえしない。

「俺も小さいのは倒すから、温存しても良いんだぞ?」

「ええと」

「正直、俺も魔石欲しいし、な?」

 なるほど。

 肯くと持っていた袋を投げてよこした。

「それ自分のカバンに入れちゃえよ」

「あ、はい」

 僕がカバンに魔石を入れると、ニヤッとしてから近くのモンスターを富士さんが切り上げる。自分のサコッシュから剣を出して切ったようだ。いや、あの大きさのカバンから長剣が出てくるとビックリするな。

 魔物の胸を切り開いて魔石を出しながら、富士さんが僕を見る。


「九条君の魔法なら魔石だけ出るから、楽だなあ。そこのクラン辞めて俺のクランに入らないか?」

「…僕のクランですから、やめるとかは」

「ありゃ、クラン主か。それじゃあ無理だな」

 苦笑した富士さんを見ながら、僕は自分のクランを持つ事に納得する。勧誘されなくなるのは、クラン主なら完全なのか。


 傍に来るモンスターをどんどん倒す富士さんを見て僕は魔法を打った。倒れていたモンスターが数に関係なく消えていく。

「お、倒してからも消せるのか?本当に便利だなあ」

「そうですかね?」

 こういった荒事以外には、何の役にも立たないと思うのだけど。


「おしゃべりは何処まで出来るかな。今のうちにしておきたいが」

「どうしてですか?」

 モンスターを切りながら、まだ話している富士さんに問いかける。

「何も言わずに切るだけなんて、つまんないだろう?」

「…そういうものでしょうか」

 見識の違いというものかな。


 そうやって階を降りていく。

 前回は十階層のボスまでは簡単に行ったが、あの時は津島さんたちがいたからで。そう思っていたが、僕と富士さんでも下に進む事が出来ている。

「ちょっと疲れたな。九条君に任そうかな」

「はい、そうですね」

 散々モンスターを切った富士さんは、少し息が切れている。

 僕が指を鳴らすのを見ながら、サコッシュから出したポーションを飲んでいた。


「これ、不味くはないんだけど量が多いよな」

 聞かれて頷く。

 効能はしっかりとあるんだろうが、ポーションはエナドリぐらいの分量があった。ちょっと飲みますねって飲むには瓶が大きい。


「詠唱もいらないとか、凄いな」

「緊急時には、唱えても仕方ないので」

 まさか、この指鳴らしもいらないとは言えない。じきにばれるかも知れないけど。

「唱えるのと唱えないのと、強さって違うのか?」

 僕が首を傾げると、富士さんも同じように首を傾げた。


「…多分、そんなに変わらないと思います」

「へえ、最強だな」

 階段を降りながら富士さんが笑う。

 不意に、パイプオルガンの音が流れ出した。その後に煽るような曲が続く。気が付くともう、十階層だった。いまだに攻略されていないとかどういう事だろう?


「未攻略かよ。あれは何だ?」

 大きな柱の向こうに見えるモンスターを眺めながら、富士さんが呟く。

「バジリスクです」

「あれ?戦った感じかい?」

「はい、以前に一回」

「それで攻略はしていないのか?」

「奥の転移装置で出たので、攻略とは認められていないのかと」

「へえ、そういう事か」

 話ながら眺めていた富士さんが、眉を顰める。


「手前に誰かいるな。石になってるのか?」

 言われて目を凝らす。

 大きな剣を振りかぶって石になっているのは。


 気が付くと走り出していた。

 後ろで富士さんが何か言っているが、耳に入らない。


「〈黒風白雨〉!!」

 手をかざして魔法を放った。

 石像を打たないように、バジリスク周辺を限定して魔力を放つ。まるで大きな竜巻のように崩壊の風がバジリスクの断末魔もかき消した。


 そのまま傍に寄る。

 立っているのは間違いなく伊達さんだった。




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