復活の儀式




 その真剣な顔に、嘘だろうという言葉は出なかった。

「あなた、が」

 それでも僕の口を出た言葉は、少し途切れていた。

 池袋ダンジョンで起こった事象で僕の認識は、蓮さんが勇者だと思い込んでいて、目の前の藍さんが勇者だとは思えなくて困っている。


「証明は出来ますか?」

 宗典さんがそう言うと、藍さんは少し考えた後で口を開く。

「あいにくと、物凄く仲が良かったという訳でもない。ただ勇者としては一緒に行動している事が多かったというだけだ。だから、暗黒の勇者がどういう生活をしていたかまでは分からないが」

 そこで一回言葉を止めて、もう一度藍さんが口を開く。


「よく、城内のリンゴの木に登って取って食べていたのは知っている。好きなんだなと思っていたが、ついぞ好みは聞かなかったな」

「……好きでしたよ。だからあなたにもあげたのですから」

「ああ、上から幾つか落とされたのはそういう事か。…当時は意味が分からなくて、食べて欲しいのか投げてきたのか、悩んだな」

「光輝の勇者にリンゴ投げるとか、ありえないから」


 言われれば思い出す。

 それは邪神ちゃんが止めていた事だから、今の生活で思い出すという事すらしてこなかったけれど、自分の中を探れば出てくるものだ。


「…有架。それ以上は駄目よ」

「うん、ごめん」

 僕達の会話を藍さんがじっと見た。僕は少し目を閉じて頭の中を整理する。つまりこの人が勇者ならば、あの苛烈な蓮さんの行動はどういう事だろう。


「藍さんが勇者だとして、蓮さんは違うのですか?」

 そう聞くと、藍さんは苦い顔をした。


「俺達は六つ子として生まれた。その中でも蓮は異能を持って生まれていたんだ。あれの異能はエンパシーとでも言うべきかな。人の気持ちを正確にくみ取ってしまうものだ。力自体は弱いものだが、強い意志に感化される」

 そこで一息ついてから、更に藍さんは言葉を重ねる。

「生まれてすぐに俺は記憶を思い出していた。それは死してなお暗黒の勇者を守りたいと願っていた。あんな終わりが欲しかったわけじゃなかったから」

 そう言って僕を見た藍さんは小さく微笑む。

「その記憶を蓮は自分の記憶として共感して保持してしまった。特に強く願っていた部分を自分の物だと思って。だから自分に魔法が使えない事を常に不思議がっていた。魔法が使える俺に代役を頼んで、自分が使えるように世間に見せるほどに、記憶との齟齬を埋めようとしていた」

 藍さんはそこまで話して溜め息を吐いた。


 僕が頷くと、藍さんも小さく頷いて口を閉じた。

「有架、駄目ダって言っテいるのよ」

「うん、邪神ちゃん、あのさ」

 僕は自分の胸ポケットから僕を見ている小さな人形を見る。そこに入っている人形が怒った顔をしている事も分かっていた。

 だけど。


 僕は邪神ちゃんの頭を撫でる。その指先を叩いてどかして、邪神ちゃんは僕を見ている。


「ずっと考えていた事だけど」

 僕の言葉に邪神ちゃんは耳を傾けている。

「あれに対して記憶を縛っているけど、本当にあれだけが敵なのかなあ」

 その言葉に、邪神ちゃんの首が少し傾げられる。

「ドういう事?」


 僕の視界には五人が見えていて、その人達は全て僕の夢の向こうの世界の記憶を持つ人たちだ。その人達が僕を見ている。


「そもそもあれ…呪いの王だけが敵なのかな?ずっと疑問に思っていたんだけど、あれにはダンジョンを生成する力はないはずなんだ。元々は人間の王様で、それに取りついた魔族の意思が宿っているだけの存在だ。何かを創造することは出来ないと思うよ。魔族なら生み出せるだろうけど、ダンジョンは作れない」

「そうかしら」

 少しいらだたし気に邪神ちゃんが言う。


「あの世界にあった迷宮は、美しい作りだったけど、普通の部屋が幾つか繋がって仕掛けも少ない小規模な物で、それでもまあ、一から作るのは大変だろうけれど。攻略したら消えてなくなる物だった。この世界にあるダンジョンとは存在が違う」

「…それは、攻略しタ勇者しか知らないわ」

「うん。僕しか知らないからはっきりと別の物だとは証明できないけれど、両方潜った僕から言えば別物だと思うんだ」

「それデ?」

 急かすように邪神ちゃんが言ってくる。


「…ダンジョンには別の迷宮の王がいるんじゃないかな」

「え?」

「呪いの王だけじゃなくて、この世界を壊したいと思うダンジョンの創作者がいるんじゃないかってずっと思っている」

 僕を見上げたまま、邪神ちゃんが動かなかった。


「だから、僕は自分のアドバンテージが欲しい。せめて呪いの王ぐらいは記憶で手間取って後手にならないように、取り戻しておきたい」


 邪神ちゃんが少し考えるように俯いた。

 そのまま言葉が帰ってこないので、僕はカップを手に取る。冷めた珈琲を飲みながら邪神ちゃんの答えを待っていると、声がかかった。


「熱いものをお持ちしますね」

「有難う、無花果さん」

 席を立った無花果さんを見て、僕をじっと見ている宗典さんに気付く。

「我が魔王よ、ダンジョンの王と言うのは」

 酷く湿った、焦っている声だ。


「僕の想像だよ。王でなければ神かもしれない。この大きな星の上に何千というダンジョンを作りだせる者は、そういう存在かもしれないし」

 僕の言葉に頷きもせずに宗典さんは何かを考えているようだ。エリカさんとローズさんは数羽の鳥を飛ばしていた。何か情報が欲しいのだろう。

 あくまでも、僕の想像なのだけど。でもまあ、ダンジョンが自然発生とは考えにくいので、それを作っている何者かは多分いるだろう。


「魔王さまは、ダンジョンを無くしたいの?」

 ローズさんが聞いてくる。

「いや別に、そこまではまだ考えていない。共存するならそれでもいいけど、一回進化した事実があるしね。この先にまた進化したとして、それ以上は人の手に負えなくなるかもしれないし、困るかもとは思っている」

「…まだ進化を」

「うん、最終的に高難度のダンジョンしか存在しなくなって、それが一斉にダンジョンパニックを起こしたら、この世界は終わってしまう」

「そうですね…」

 ローズさんが黙る。別に変な事は言っていないはずだけど。僕が言っているのは誰でも想像できる最終シナリオだ。


 もぞりと邪神ちゃんが動いた。

「分かっタわ。有架、解放しましょう」

「……いいの?」

「ええ。あなタの懸念は分かっタわ。あれも嫌ダけド、そもそも神ト対峙するのなら、以前ト同じ力が使えタ方が良いデしょうし」

「ごめんね。呪いの王に対しての切り札だと思っていたんだろう?」

 邪神ちゃんが小さく動く。

「私の方が、この世界を分かッテいなかっタみたい」

 僕は首を振る。

「僕だって舐めていたよ?けれどここまで転生者がいるなら、何かの意思が働いていると思った方が良いと思う」

「そうね。聖女ト勇者ダけト思っテいタものね」

「母さんがそう言っていたからね」

 あの人も、こんな事態になるとは思っていなかっただろうな。


 僕が立ち上がると、五人の視線が一緒に動いた。

「ちょっと、解放してくるよ」

「見に行ってもいいですか?」

 宗典さんがそう言った。見学者がいても別に良いけど。

「…邪魔はしないデほしいわ」

「喋ったりはしませんよ、邪神様」

 藍さんが、邪神ちゃんをはっきりと見た。そう言えば彼には説明していない。けれど何か言う訳でもなく、一緒に外に出てきたから大丈夫かな。


 錬金研究所の前は、真っ暗な路地。廃墟の間の路地は錬金術であらゆる光が遮られている道だ。そこに立つと、邪神ちゃんが宙に浮いた。


「キョカスルワ」

 小さく息を吐いてから、僕は前にいる邪神ちゃんを見る。


「邪神カタストローフェの名のもとに、ディザイアが命じる。暗黒の聖剣よ、全てを飲み込み我が手に戻れ!」


 突風が起こった。

 それは僕自身が目を開けていられないほどの強力な風で、少し僕の身体が浮くぐらい強い風だ。僕の前に真黒な風が集まる。

 いつも使っている魔法の風を何百と重ねたような真っ黒な風が一か所に集まっている。ずっと存在を知りながら手に取れなかった剣が、僕の視界に出現する。


 そっと刃を握ると、右手に納まるようにして剣が腕にめり込む。分かっていたけど声を出さないようにするのが限界の激しい痛みが襲ってきた。

 剣は手のひらから肩に埋まるようにめり込んでいく。見れば右の腕が半分に裂けて上下にめくれている。


 叫ばないように口を噛んで耐えているが、それを上回る衝撃が頭を激しく殴るように襲ってきた。記憶が、忘れていた過去がいっぺんに入って来る。


 倒れてはいけない。

 これが終わるまでは意識を失ってはいけない。そう強く思って衝撃も痛みも耐えている。幼い時に苦痛に慣らされていた事が功を奏したのか、僕は僕のままこの苦痛を耐えることが出来た。



 ふっと風が止んで、足が地面に着く。

 息が苦しい、眩暈がする、涙も零れて止まらない。右腕は血塗れだけど元の形に戻っていた。鞘として剣が認知をしたのだろう。痺れていて動かない。

 息が収まるまで待っていたけど、何回か咳き込んだ。


 足元に崩れてボロボロになった人形が転がっている。

 それを薄い青色をした華奢な手が拾い上げる。


 その動きにつられて見上げれば、良く見知った泣き虫の美少女が僕を見ていた。


「大丈夫かしら」

 その声は耳に心地よく響く。

「ローフェ。人形から出ちゃったんだね」

「仕方ないわ。元の力が顕現したら、この人形では耐えられないもの」

「そうだね」


 薄く半透明の青色をしたローフェは、長い髪を片手で払うと長い睫毛を震わせて顔をしかめる。

「気を失ってもいいのよ、有架」

「どうしようかな」

 そこまでは言った記憶がある。





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