彼のいない時間 〈悠久の旅人〉
横浜駅に現われた伊達悠斗は、自分の身体を眺めてから小さく溜め息を吐いた。あまりにも色々な事が起こった後で、まだ落ち着かない気がしていた。
モンスターに荒らされた景色は眉を顰めないで見ることは出来ない。良く見知った景色を伊達悠斗は複雑な気持ちで眺めながら、自分の家に急いだ。
横浜市内にある伊達悠斗の家は壊れる事もなく、存在していてほっと溜息が零れる。
「ただいま」
もう寝ているかも知れない妹を気遣って小さな声で伊達悠斗が言うと、バタバタと大きな足音が玄関に向かってきた。
「お帰り、お兄ちゃん。無事でよかった」
兄の帰りを起きて待っていた相庭芽久は、幾らか大きな声でそう言ってから、きょろきょろと兄の全身に視線を向ける。
「怪我もしていないみたいで良かったよ」
「ああ、それは大丈夫だ。九条君が一緒にいたから」
「え、九条君と一緒にいたの?いいなあお兄ちゃん」
羨ましがる妹に、今回の事をどうやって話そうかと悩みながら伊達悠斗はリビングへ行く。リビングのテーブルの上には開けられたスナック菓子の袋が幾つも乗っていた。
「…これは食べ過ぎじゃないか?」
「えへへ」
笑ってごまかす妹をあきれ顔で見てから、キッチンでお湯を沸かしつつ経緯を頭の中でまとめようとしている伊達悠斗に相庭芽久はいきなり爆弾を投げつけた。
「彩さんがさ、別れるって」
「…は?」
振り向いた伊達悠斗に相庭芽久はリビングのソファに座ったまま、両手を上げて左右に振った。意味不明の動きを見て伊達悠斗が黙っていると、相庭芽久が話しを続ける。
「探索者じゃないお兄ちゃんは嫌なんだって。ランカーだから付き合ってたって言ってたよ」
妹の言葉に兄は黙ったまま頷いた。
「ランカーはお金持ちだからね。付き合いやすかったんじゃないのかなあ」
「……そうか」
やっとの思いで伊達悠斗が言うと、相庭芽久は頷きながら残っていたスナック菓子を指でつまむ。それをポイっと口に放り込んで咬みながら、相庭芽久は話しを続ける。
「同居する前で良かったって言ってた。妹なら何を言っても良いって思っているのが馬鹿っぽい」
「酷い言われようだな」
苦笑する伊達悠斗を見ながら、相庭芽久はまたスナックを口に入れる。
「お兄ちゃんを地位とか名誉とかでしか見られない女は駄目だから」
それにも肯くことしか出来ない伊達悠斗は、珈琲を落としながら小さく息を吐いた。正直彼女と付き合おうが別れようが、今の事態にはあまり関係が無い。
それでも胸のどこかが痛んだのだが。
「それに、妹に伝言を頼んで別れるとか本当に馬鹿」
「まあ、正直話して欲しかったが」
「お兄ちゃんの顔を見たら未練が出るんでしょ。お兄ちゃん顔が良いから」
「……そうか?」
振られたと聞いた直後に言われても、余り納得が出来ない。
リビングの妹の相向かいのソファに座って、伊達悠斗は妹の顔を見る。見られた相庭芽久はペットボトルのミルクティーで、口の中のスナックを流し込んだ。
「それで、どうだったの?」
「…ダンジョンパニックは一応解決した」
「うん、ニュースでもそう言っていた、探索者が解決したって。お兄ちゃんが頑張ったの?」
伊達悠斗は首を横に降る。
「いや、全部九条君が解決した。九条君がいなければダンジョンパニックはいまだに続いていただろう」
「え、やだ、かっこいい」
胸の前でギュッと両手を握った妹を見ながら、それには同意だと伊達悠斗が頷く。
「それから。俺達〈悠久の旅人〉は九条君のクラン〈漆黒の魔王〉の傘下に入った。〈悠久の旅人〉はパーティ名として使う」
相庭芽久がポカンとして伊達悠斗を見る。見られた兄は妹を見返す。
「何でそんな話に?」
聞かれて伊達悠斗が少し首を傾げる。
「正直なところ、探索者は辞めようと思っていた」
「…うん、知ってた」
相庭芽久は小さく呟く。今だ数日しかたっていない事件は記憶から消えない。
「管理もいないし、芽久を一人で探索に行かせるのも嫌だったし」
「うん」
「だから、横浜ダンジョンがパニックを起こしたのを解決したらやめようと思って潜った」
「うん」
「そうしたら、第十階層にボスがいて、石にされた」
「うん、え?」
ミルクティーを飲もうとしていた相庭芽久の動きが止まる。
「そこに九条君と富士が潜って来ていた。俺は九条君に助けられて、その後横浜ダンジョンをパニックから解消した。九条君が。俺と富士はまあ、先兵ってところか」
「九条君の魔法って強いんだね」
「どうやら、元々魔法使いらしい。ダンジョン産ではないようだ」
「やっぱり、ダンジョン産は弱いよねえ」
納得した相庭芽久は改めてミルクティーを飲む。
「いま生きているのは九条君のおかげだ。石のまま壊されたらとっくにこの世にいなかった」
「うん、感謝だね」
肯いて伊達悠斗は珈琲をひと口飲む。
「…津島が九条君のクランに入りたいと言ってな」
「うん?津島さんって〈天原に征く〉の津島さん?お兄ちゃんが嫌いな?」
「そうだ。俺も入りたいと言って両方許可が出た。もしかしたら一緒に行動するかもしれない」
「ええ~?あんなに嫌っていたのに?」
伊達悠斗は苦笑しながら相庭芽久に頷く。
「九条君が納得しているなら仕方ない」
「だってあいつら、自分の物は自分の物、相手の物も自分の物、みたいな奴なんでしょう?前にお兄ちゃんが戦っていたモンスターのとどめだけ撃って魔石を持っていったんでしょう?」
「九条君からは一定の信用があるみたいだから」
「うーん。九条君が騙されている感が凄いあるんだけど」
伊達悠斗は妹の意見が正しいと思うが、それを口にはしなかった。
「だから、魔王様と一緒に戦うから」
「魔王様。九条君そう言われているの?」
「クランの人はそう呼んでいたな」
「やだ、もう、ほんとカッコイイ」
プルプルと両の拳を左右に激しく動かす妹を見ながら、伊達悠斗はもう一口珈琲を飲んだ。
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