彼のいない時間 〈雷の光〉
人形町駅前に現われた富士海斗は、スマホをいじって歩き出す。自分のクランメンバーに緊急集合をかけて、遅くまで営業している居酒屋に入った。
座敷席に座って、酒とつまみを注文してからもう一度スマホを見る。怒ったメールが返って来ていたが、二人とも来るようだった。文面を見てからスマホの画面をもう一度見る。確かに集まるには遅い時間だった。
ぽこんとKOLONに、見慣れない文字列が見えた。富士海斗がKOLONを開けると、柊木彩からのメールだった。
「え、うそ、何で」
上ずった声で富士海斗が呟く。
しかしメール内容を確認してから、スッと富士海斗の熱が冷めた。
「まじかよ。こういう女だったのか」
「は?誰がどんな女だって?」
富士海斗の呟きを拾って、座敷に上がろうとしていた岩倉大輝が話しかける。
「よお、来たか」
「翔はまだ来てないの?」
靴をそろえながら、岩倉大輝が聞くと富士海斗が頷いた。
「大輝が先だよ。翔の家の方が遠いだろ?」
「まあね。いきなりだしね」
「悪いな」
本当に悪いとは露ほども思っていなさそうな富士海斗の表情に、岩倉大輝が溜め息を吐く。
「で?どんな女だって?」
「え、ああ、そっちか。まあ、はっきりしてから言うわ」
「ふうん?」
岩倉大輝がパッドで注文をしながら、あいまいに返事を返す。その画面を一緒に富士海斗も覗き込む。
「揚げじゃがと、豆も頼むわ」
「枝豆な」
岩倉大輝が自分の酒も頼んで画面を閉じると、速攻で酒だけが運ばれてくる。受け取りながら富士海斗を見た岩倉大輝は、少し困った顔になる。
「どうしたよ?大変だったみたいだけど」
「うん、まあな。大変だったけど楽しかった」
「へえ?」
そこへドカドカと足音がした。
「遅れて悪い。始めちゃう感じ?」
「いや、まだだよ」
急いで座敷に上がる渡辺翔の靴を岩倉大輝が揃える。富士海斗の奥に入った渡辺翔は、パッドを掴んで岩倉大輝に渡した。
「何時もの頼んでよ、大輝」
「お前ねえ」
そう言いながら、確認もせずに岩倉大輝が幾つか追加注文する。その光景を眺めながら富士海斗は考えていた。
直ぐに渡辺翔が頼んだ酒も運ばれてくる。
「じゃあ、乾杯しようぜ」
「何にだよ」
富士海斗が笑う。
「ダンジョンパニックが収まった事にだよ」
その言葉に二人が目を見開いた。
「ニュースで言っていたけど、本当だったのか」
「そう。だから乾杯」
「そりゃ乾杯だな」
「乾杯!」
三人でグラスをガチンと言わせて、お酒をあおる。一息に富士海斗が飲み干してプハッと息を吐く。パッドで追加注文している岩倉大輝はひと口飲んでグラスを置いていた。
「それで、話って何よ」
「うん、俺な。九条君って言う探索者と一緒になったのよ。電車に並走してたら外にモンスターがいてさ」
「お」
「うん」
二人が肯いたのを確認してから、富士海斗が話しを続ける。
「俺がバイク停めて、電車の前に出たモンスターに切りかかる先に九条君がいてさ、何かの札を構えていたから陰陽師かなって思って、援護しようとしたけどやっぱり外では役に立たなくてさ」
「まあな」
「そうだろうな」
運ばれてきた枝豆を口に入れてから、また富士海斗が話す。
「九条君と自衛隊か警察かのおじさんの銃で退治して、それで俺のバイクで向かって二人でダンジョンに入ったらさ、びっくりするぐらい九条君が強くてさ」
「そんなに強い陰陽師だったのか?」
問いかけた渡辺翔に富士海斗は首を横に降る。
「いや、九条君、魔法使いだったんだよ。それでさ、パニックは全部九条君の魔法で治めちまった」
「え」
「は」
「そうなんだよ、俺もびっくりでさ」
運ばれて来たレモン杯を飲みながら、富士海斗が笑う。
「…それで?」
自分の酒をちびりと舐めながら、岩倉大輝が話しを促す。
「おお、近衛と揉めてるところに伊達と止めに入って、それからなんかすげえところで話し合いしてさ」
「なんかすごい所って何」
「上手く言えないけど、ゲームのラスボスの広間みたいなところ。九条君は魔王様らしいし、すごく似合ってたけど」
「はあ?」
富士海斗の的をえない解説に、岩倉大輝も渡辺翔も首を傾げた。
「そこでさ、津島と伊達が魔王軍に入るって言うから、俺もどうしようかって相談で呼んだんだよ」
富士海斗はそこで言葉を切って、にこにこと二人を見る。
渡辺翔はまだ傾げた首が戻らずに斜め上を見ているし、岩倉大輝は今の話をまとめようともう一口酒を飲んだ。
「つまり」
岩倉大輝がグラスをテーブルに置いて、富士海斗を見る。
「偶然会った九条君と一緒に戦って、ダンジョンパニックは終結した」
「そうそう」
肯く富士海斗を半目で岩倉大輝が見る。
「彼がいるクランの本拠地に行って話し合いをした。そこに一緒に行った津島と伊達が、九条君のクランに入りたいと言って許可された。俺達はどうするかと考えている。そういう事でいいかな?」
「そうなんだよ。どうしようかなあ?大輝?」
「…いつもながら、お前の通訳はすげえわ」
渡辺翔が感心して岩倉大輝を見る。
「どう思う?」
再度の問いかけに、岩倉大輝は富士海斗を見る。
「海斗が即答しなかった理由は?」
問われて富士海斗は、二杯目の酒を飲みほしてから口を少し尖らせる。
「だってさ、それじゃ面白くないだろ?争う相手がいなくてランカーやってるの嫌じゃん?」
「…お前」
渡辺翔が呆れたように富士海斗を見る。その二人を見ながら、岩倉大輝はパッドで富士海斗の分の酒を注文する。画面を触りながら思考を整理していた。
「僕は海斗の好きで良いけど、有利か不利かという事だけだったら、不利だろうね」
渡辺翔にパッドを手渡しながら、富士海斗に話しかける。
「不利?」
「そう。九条君がパニックの全てを解決したのなら、これから先は九条君の一強になるだろう。そこに加わる方が有利だとは思う」
「うーーーん。そうなんだけど」
悩む富士海斗を見ながら、渡辺翔はグラスを空ける。酒を二つ運んできた店員からグラスを受け取った岩倉大輝は、空のグラスを手渡して店員が去ってから続きの話をする。
「さらに言うなら、九条君の力をすぐに借りれる方が良いと思う」
「そこは俺も悩んでてさ。本当に九条君凄いんだよ。魔法でモンスターを消すから魔石だけ残って、処理が楽なんだよ。ああいう魔法使いイイよなあって思うんだけど、クラン主だしなあ」
「引き込もうと思っていたのか、お前」
また呆れた渡辺翔に、富士海斗が口をとがらせたまま頷く。
「だってすげえ便利じゃん、解体しなくていいのってさ」
「そりゃあそうだけど、パニックを解消できる魔法使いを、そんな小さい事で連れ回すのは駄目だろう」
「そうかなあ」
少し酒が回って来たのか富士海斗がぐずっているが、そんな事になれっこの二人はお互いの顔を見て会話を続ける。
「どうするんだよ、大輝」
「海斗の自由でいいと思う。けれど参入できるなら入った方が良いとは思うよ。僕達のためにはね」
「俺達の為って?」
渡辺翔の問いに、岩倉大輝は溜め息を吐く。
「どう考えたって、ダンジョンパニックがこれでお終いのはずがないから、その時に僕達が生き残るために、参入できるならした方が良いって話だよ」
岩倉大輝の言葉に、渡辺翔も富士海斗もその顔を見る。
「変な話するなよ、大輝。パニックがまだ続くみたいな話」
少し青ざめた渡辺翔の言葉に、また岩倉大輝が溜め息を吐く。
「この事態を解決したのが、その九条君一人なら、この島国以外の事態を誰が解決しているのかって話。多分、探索者協会ではないだろうし」
岩倉大輝が酒を飲んでも、二人とも答えないまま話の続きを待っている。
「多分、パニッシュが関与してパニックを止めているだろうなんて、考えれば分かる事だし、それ以外が止めているなら、他の国にも九条君並みの魔法使いがいて止めているんだろうし。それがこの島国に入って来たら、九条君以外が対抗できるとは思えないし」
冷めた唐揚げを口に入れて、岩倉大輝は黙ったままの友人二人を見る。
「つまり、パニック以外の人的な戦いが起きた時に、天然の魔法使いの味方がいた方が良いかなあって、利己的に思う訳だよ、僕はね」
富士海斗がぱちぱちと激しく瞬きをした後で、小さく肯いた。
「つまり大輝は、賛成だと」
「うん、そう。この先ランカーと呼ばれている人が、何人かかっても九条君には勝てない気がするし、それが味方ならいいかなって思うよ」
そこまで聞いてから、もう一度富士海斗が大きめの声を出す。
「うーーーん。津島と一緒なのが嫌だ。伊達は許す」
「え?」
「許すのか?」
富士海斗の話に、岩倉大輝も渡辺翔も驚いて富士海斗を見る。
「もう許す」
「なんで」
「どうして」
今までさんざん愚痴を聞いて来た友人たちが突然の心変わりに、問い詰める。
「これを見てくれ」
富士海斗は自分のスマホに届いたKOLONを見せる。顔を寄せてその画面を見た岩倉大輝と渡辺翔は、同時に唸り声を上げた。
「な、るほど」
「まあ、分かっていたけど」
岩倉大輝の言いぶりに、富士海斗が怒った顔をする。
「なんだよそれ」
「は?分かるだろう?ミスコンに出てちやほやされた女が、他の大学出身のランカーの彼女になったんだぞ?顔と金に引かれていったに決まってるだろう?」
「いや、お前それは、偏見だろう」
岩倉大輝の怒った様な声に、渡辺翔が呟く。
「けれど、別れたから付き合うって言ってくる女は、駄目だろうよ」
「まあ、俺も止めた方が良いと思うけどさ」
二人に言われて、少し泣きそうな顔で富士海斗が酒をあおる。
「分かってるよ。俺だって嫌だよ、こんな女。だから伊達は許すよ」
そこまで言って、富士海斗がふっと真顔になる。
「大輝も翔も参入で良いんだな?」
「いいよ」
「俺も良いよ」
富士海斗は肯いてから、にかっと笑った。
「それでも津島が嫌だから、もうちょっと考えるわ」
渡辺翔と岩倉大輝は揃って苦笑しながら頷いた。
「海斗の好きにしなよ」
「お前が決めろ」
二人の返事にもう一度肯いてから、富士海斗は冷めた唐揚げを口に入れた。
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