神違い




 御茶の水に行くには、昔は東京駅を経由して行けたらしい。

 今は無理なので、別の路線から向かう。


 東京に近い場所では、装備を着替えていない探索者がちらほらと居る。その姿に近寄る人はいないが別に暴力を奮う訳でもなく、ただ東京駅方面に移動しているだけだ。


 僕が向かう御茶ノ水駅も、昔はもっと学術的な雰囲気だったらしい。ダンジョンが出来た場所は、それだけになってしまい文化的に残される物は少ないようだ。


 電車の中で、探索者の集団が座っているのを見かけた。

 僕と同じ駅で降りる。という事は第八ダンジョンに行く人たちという事だ。眺めていると外側のダンジョンゲートをくぐった後で、一人の人が皆に手を伸ばしてパッと装備を変えさせていた。

 なるほど、あれが管理という人か。

 確かにいればとても便利だろう。僕に装備はないので必要がないけど。


 いや?そろそろ僕も装備ぐらいは着た方が良いのだろうか?

 …あとで、伊達さんに相談してみよう。

 僕はお飾りの陰陽札を手に持って、まだ用意をしている人たちの横を通ってゲートをくぐる。


「おい、ガキ」

 ゲートをくぐった先で、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、さっきの用意をしていた人達が集まって、ゲートの向こうにいる。


「僕ですか?」

「そうだ。ここに居るガキなんてお前ぐらいだろう。一人で行くのはおかしいだろう?クランの仲間はいないのか?」

 ここって本当に面倒だな。


「…単独行動でいいと言われています」

「何処のクランだ?文句言ってやるよ」

「〈悠久の旅人〉ですが」

 ハッと数人の顔色が変わった。

「ランカーの伊達さんのクランか?」

「はい。許可は貰っています。それでは」

 長話をする価値もない。


「おい、どうやってクランに入ったんだよ?」

 後ろからそんな声が聞こえたが、無視をした。

 クランに入った理由を言わなければダンジョンに潜れないルールはない。


 一階層は猛獣が出ていたはずだが、早々にスライムが出て来た。

 指をパチンと鳴らして仕留めるが少し毒性がある。成田さんの錬成陣を自分の胸に当てると、一瞬光って小さな光がくるくると回ってすぐに消えた。


 魔石を拾ったけど指先も痺れないから錬成が効いたようだ。

 先に進むが、虫型のモンスターばかりが出て来る。一階層分がなくなったような仕様に、首を傾げる。数日で此処まで変わるものか?


 それともこの間がもう変わっている最中で、もっと下の階層まで猛獣だったのだろうか?考察は捗るが、下に行くのが少し悩ましくもある。


 二階層は同じようなモンスターがいるが、毒性が強くなっているようだ。

 スライムも色が強くなっている。薄い水色だったものが中に緑が混じって、濃い色になっている。これは倒したら不味いか?


 指を鳴らす。

 スライムが黒い欠片になったが、僅かに残った水分が床に弾けた。しゅわっと空気中に毒が撒かれたようだ。いくらか魔法が効きにくいかな?


 進んだ奥に三階層への階段があった。降りると今まであった光が少なくなる。影が濃くなった分モンスターが見えにくい。さすが上級者用のダンジョンって所か。


 大きくなった芋虫が、壁から飛びかかってくる。何か酸のようなものを吐いてくるが、手元の札で防いで魔法で消す。この札は強いから良いけど、盾を使う人は嫌だろうなあ。


 変色している芋虫を蹴散らしながら、奥にと進む。

 前に見た時はいなかった赤黒い色の芋虫が出て来る。頭に小さな角が付いていて余計に不気味だ。

 なんか強そうだな。

 それにさっきから魔法が効きにくくて。僕どうしたんだろう?魔法が効きにくい事なんてなかったのに。


 陰陽の札は、使う予定がなかったから、あまり作り置きしていない。

 白い人型だけは幾らでもあるけど、汎用性が高いだけで強くない。

 蝶の鱗粉はかわしたけど、これじゃ進まない方が良いよな?


 僕がやった変わった事は、成田さんの錬成を使った事だけど。実際に毒は効かなくなっている。でも、魔法が弱くなっている。

 どうしてだろう?

 もう一度行って、相談した方が良いだろうか?


「…どうしようか邪神ちゃん。話に行った方が良いよね?」

 見ると、邪神ちゃんも動かない。

 あれ、本気で不味いな。いなせる今のうちに地上に出よう。


「<火箭>」

 札を掲げて火矢を放つ。簡単な術式だけど威力は割と高い。

 蝶の羽に火で穴が穿たれて、落ちて蠢く。ここまで弱まれば魔法で消せる。黒い風に巻かれて蝶がいなくなる。落ちた魔石を拾って一息ついた。


 さあ戻ろう。

 これじゃあ、僕は何の役にも立たない。


 なるべく倒す相手を選んで倒しながら、ゲートに戻った。

 魔石の買取はしないで、駅に向かう。

 電車に乗ってから、自分の中をゆっくり探ってみるが、異変が起きているように思えない。ただ毒避けの魔法はまだ効いている。それに違和感があると言えばそうだが。


 成田さんは悪人ではないと思う。

 それなら何かの手違いがあった訳で。

 錬金は全く分からないから、術者本人に聞くしかない。

 効能とか試してからダンジョンに行けばよかったな。僕が悪いんだな、これは。



 上野の駅について、覚えている路地を進む。

 やはり路地は暗くて、奥の光だけが薄く灯っている。


 錬金研究所の扉を開けると、成田さんが机に座っていた。

「あれ?九条君、どうしたの?」

「……あの、ちょっと不具合が」

「え?」

 成田さんが立ち上がり、無花果さんが駆けつけて来る。


 奥のソファに座って、二人と対面した。

「毒避けの錬成陣を使ったんですけど、自分の魔法が使いにくくなって」

「九条君の魔法が?前はそんな事なかったはずだけど」

「前?」

「あ、いや、こっちの話」

 貰ったお茶を飲む。少し喉が渇いていたから嬉しい。


「今はどう?」

「…まだ駄目ですね、邪神ちゃんも動かないし」

「そこに本体がいるのか。じゃあ、九条君の魔力の供給はそこから?」

「…多分」

 成田さんが何か悩んでいる。無花果さんが立ったまま、話し掛けてくる。


「組んでいる根本が違うのかも知れないですね」

「根本ですか?」

「はい。私達が描いている錬成陣は、別の神の仕様なので、今の九条さまには向かないのかも知れません」

 成田さんが溜め息を吐いた。


「逆って事か」

 無花果さんが肯く。僕にはよく分からないが専門家が言うなら、何か違うのだろう。

「無花果、無属の錬金ってあったっけ?」

「確か、錬金本があります」

 そう言って、無花果さんが店の本棚にある数えきれない本の中から、数冊取って成田さんの所まで持ってきた。成田さんはそれを開いて、薄い紙に錬成陣を描き出す。


 僕は身体に纏った錬金をどうやって取ろうか悩んでいる。

「これをどうぞ」

 無花果さんが、小さな指輪を渡してきた。

「これは?」

「錬金の解除を促す指輪です。錬金術師が練習のために使う物です」

「あ、じゃあ、お借りします」

 小さい指輪なので小指にして、魔力を流した。ふっと体が楽になる。途端に邪神ちゃんが飛んで僕にぶち当たった。


「ごめんって邪神ちゃん。作動を確かめなかった僕が悪いから」

 またドンと当たる。相当お怒りのようだ。

「ごめん。本当に悪かったと思っている」

 胸のポケットに入ってから、僕を見上げてくる。

 はい、本当にすみません。


「どうしたら許してくれる?」

 邪神ちゃんはぶるぶると顔を振ってから、またじっとしてしまった。

 どうしようかな、邪神ちゃんが喜びそうなことって、何か有ったかな。


「これでどうかな」

 成田さんが錬成陣を描いた紙を渡してくる。

 何度も書き直していたようで、傍には何枚もの書き損じが置いてあった。


「新しい錬成陣だから、ここで使ってみて欲しい」

「はい」

 貰って、そのまま胸に押し当てる。

 ふんわりと魔法が掛かる。少し暖かい感じだが別に熱量は無さそうだった。邪神ちゃんを見ると、僕を見上げている。

「大丈夫そう?」

 邪神ちゃんが少し震える。大丈夫そうだ。


「これで、毒が効かなければ大丈夫だと思います」

「そうだね、毒はあったかな」

 成田さんが奥の部屋に引っ込み、すぐに瓶入りの何かを持ってきた。


「これ、少しだけ指先に付けてみてくれるかい?」

「…はい」

 瓶のふたを開けて、薄紫の液体を指先に付けてみる。

 シュッと音がして、煙が立った。


「ああ、大丈夫そうだな」

「そうですね、九条さまの肉体表面が毒解除を纏われていると思います」

「良かったよ。それじゃあ量産するからもう少し待ってて、九条君」

「はい、お手数をかけてすみません」

 僕が言うと、何故か無花果さんが首を横に降った。


「良いのですよ、九条さま。宗典さまが考えなしなのが悪いのです」

「無花果が言う?」

「それを言うのが私の役目ですから」

「そんな役目だっけ?」

 また、戯れているようだ。


 取り敢えず何とかなりそうで良かった。

 僕は少し待った後で、錬成陣が描かれた用紙を新たに貰って、カバンに納める。

 二人に挨拶をして、店を出た。

 お金は良いと言われて甘えてしまった。多分本来はとても高いものだろうから、僕の稼ぎでは追いつかない気がする。


 今日はもう終わり。やっぱり移動だけで時間が取られるな。

 静に心配かけないように、早めに帰ろう。


 そう思って駅に入った僕のスマホがぶるりと震えた。

 何だろうと思って画面を見ると、メールが届いていた。

 それは小鳥遊さんからで。


〔たすけ て だいな だんじょ〕


 僕は急いで階段を掛け上がった。

 何で第七ダンジョンに。




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