ソロ攻略//横浜ダンジョン・3
まあ、僕は元々ソロなので、このまま続行しますか。
多分、上にあがった伊達さんは事態の説明と聞き取りをされるからすぐに降りては来ないと思うし。
まだ曲が鳴っているから、この階層も攻略されていないし。
この先に階段があるはずだから行ってみよう。
そう思って進む先に、さっきとは違う幽鬼が現れた。纏っているものが大きな布きれで、武器も持っていない。うん、こういうイメージだよね。
パチンと指を鳴らして魔法を放つ。誰の視線も気にしないで歩くのは気楽で何時も通りだけど、少しだけ寂しかった。
僕は記録を残さないし、マッパーもしないから、気の赴くままに歩いて進めばいいだけだけど。出現モンスターぐらいは覚えておいた方が良いのかな。
小さなゴーストは、色違いで出てきたりするから、けっこう覚えるのが大変かも。しかも大きさが強さに対応している訳でも無くて、三十センチぐらいのゴーストが、ヤバい息を吐いて来たりしてビックリする。
麻痺とか止めて欲しいんですけど。
走って逃げて距離を取って消したけど、吐かれた霧状の物が残っていて通路を進めない。消えるまで手前で立っていると、別のゴーストが寄って来た。
え、これも何か吐いてくるのですが。
もっと後ろまで下がってその霧を避ける。
何となく、ゴーストで後退させられている気がする。
嫌な気持ちで見ているとやっぱり、少しずつ出て来ては僕を後ろに下がらせる。これ以上は付き合い切れない。
前方の範囲を大きくして、魔法を放つと、見えない何かが数体消えた気配がして、何も見えない場所から魔石が数個落ちてきた。
並んで待っていたのか。
魔石までカラフルで、僕はそれをカバンに入れる。
そういえば、僕って魔石をあまり売っていないな?生活のために探索者を目指していたんだけど、義父が養ってくれてるから、何だかあまり金銭に執着していないなあ。
あの家に行く前までは、自分の金で食べられる物を買うんだって意気込んでいたはずなんだけど。食べられるのが普通になってしまったから、そこまで考えていなくて。
これで、良かったのかな?
でも、義父と対立している組織にいるから、いつかはあれがなくなるのかな。あ、いや?あの家は僕の名義になっているから、稼げばあの生活のままか。
義父って何処まで考えて、そうしてくれたんだろう。
有り難いなあ。
感謝しているからこそ、対立は悲しい。
でも探索者を止める気持ちにはまだ、なれなくて。ダンジョン攻略は楽しい。そう思っている間はこのままでいいかな。
パチンと指を鳴らして目の前のリッチを消す。
そして下への階段に足を掛けた。ふっと曲が消える。僕は一人で振り返り黒い石造りの回廊を見渡す。静かだけどモンスターがいる場所。決して平穏ではない。
六階層に降りて、石壁の色が変わった事に気付く。
黒色だったのが、青みが入って青黒くなっている。心なしか辺りの気温も下がった気がする。曲はどこかから静かなピアノが混じって来た。
ちょっと本格的じゃないですか?
ワクワクしている僕の前に、馬に乗った鎧が現れた。
自分の首を抱えて持っている。
あれ、これって有名な奴だよね?名前が出て来ないけど。
名前が分からないのに、消してしまうのは嫌だったので、攻撃を走って飛んで避けている。攻撃は主に鎧が槍を突き出してくるものなので、避けるのは簡単だったけれど、僕の体力が名前を思い出すまで持たなかった。
ああ、自分の弱さが嫌だ。
パチンと魔法を掛けて鎧の騎士を消す。黒い欠片になった時にやっと名前を思い出した。馬に乗った首なし鎧。デュラハンだ。
モンスター図鑑が欲しい。あるかな?そんなもの。いや、ない訳ないよね?僕が探していないだけで。ゲームのモンスター図鑑があるのだから、現実のモンスター図鑑がない訳ないよね。動いている時に名前を思い出したかった。
だけどその後も、割に出て来たので後悔はすぐになくなった。
魔石の大きさが段々と大きくなってきて、下に潜っているんだなって感じる。階段を探して歩いている時に行き止まりの通路を見つけた。
その先に、宝箱が見える。
え、初めて見たぞ宝箱。近寄って触らないで眺める。
この中に魔導具が入っていたりするはずなのだけど。何だかこの宝箱、不穏な気配がするんですが。罠でも仕掛けてあるのかなあ。
後ろまで回って眺めると、箱の後ろに紐が垂れている。
え、何だろうこれ。
考えないで引っ張ってしまった。
箱がぐるりと振り向いて、カパッと蓋が開く。箱の中は鋭い牙がたくさん生えた口になっていた。これ、ミミックか!?
とっさに魔法を放てず、足をガブッと噛まれてしまった。
鮮血があたりに散らばる。
ああ、久しぶりに切り傷が出来たな。
そんな下らない感想が一瞬よぎった。魔法に切り替えてから自分が切られることは少なくなっていたから、本当に久しぶりな気がして。
パチンと指を鳴らして魔法を放つ。
ミミックは魔法耐性があるのか、一回では消えず、三回ほどで塵になった。その間に数回咬まれたので、足は結構ズタボロになっている。
いやあ、ミミック初めて見たな。あの後ろの紐が見分け方なのかな。
立ち上がらずに、僕用の回復錬金陣を傷口に当てる。
スッと怪我が消えて楽になった。立ち上がってから、ズボンが破れている事が気になった。こういう事があるから防護装備が必要だよね。
直ぐに治っちゃうなら、いらないかもだけど。
布がピラピラして嫌だったから、伸縮包帯を巻いて歩く事にした。
お、便利だなこれ。もってて良かったな。
元の道に戻って、階段を探す。今までの法則だとここら辺だなって思う場所には無くて、一番端の壁伝いに、かなりの距離を歩いた。
ちょっと休もうかな。
丁度角地になっている壁に寄りかかって、カバンから水筒を出す。
今日はアイスコーヒーが入っている。さすが静。
冷たくておいしい。
それにしても、この場所に他のランカーは入ってこないのか、僕の視界には誰もいない。曲も消えないし他の探索者もいないなんて。
強化されたダンジョンはそんなに難関だろうか?今までだって上級者レベルはあったし、高難易度もあったはずで。
ああ、でも、面接のときに冬木さんが、挑戦する探索者は少ないって嘆いていたなあ。僕もそうならないって言ったら、がっかりしていたっけ。
もう一口、アイスコーヒーを飲んでから、壁から身体を離す。
下への階段を探そう。次は七階だ。
結局、だいぶ歩いてから階段を見つけた。
階段に足をかけて曲が消えるのを眺める。静かになったダンジョンは別物のように見える。やはりこれはソロよりも誰かと分かち合った方が良いのだろうな。
まあ、僕にはソロ以外は無理なんですけれど。
七階層に降りるとピアノの音がまた少し強くなった。
曲が少しずつ変わるのってすごく盛り上がる。どんどん奥に進みたくなって困る。
曲に混じって唸り声が聞こえた。そちらを見ると何やら見た事がない形をした人型が立っている。曲に合わせて唸っているように聞こえた。
歌っているのかな。
頭が三つあって緑と黒が混じった皮膚が腐って崩れている、大きな人型が何か唸っている。あるいはハミングかも。
それは案外曲とマッチしていた。物悲しげな声が良い感じに聞こえていて。
けれどそれは、ほんの十秒ほどの事だった。
僕を視認すると、その巨人は僕に向かって腕を振り上げる。
グールかな。
そう思いながら、パチンと指を鳴らす。
牙の生えた口元がニヤリと笑った。パンと音がして魔法が弾かれる。完全な魔法障壁だって?そんなものをグールが持っていたのか?
しかたなく、陰陽術式に切り替える。
「〈火箭〉」
パッと火矢がグールに向けて飛ぶ。術式だが実物を飛ばすので、通常攻撃と一緒の物だ。何本もの火矢がグールにぶつかり、幾らか燃える。
「〈雷霆〉」
手の平がチカッと光って、空気内に雷が発生する。これも物理だ。雷の行く先を術者が決めるだけで、空間で出来上がった雷自体は術の範囲外だ。
バチッとグールに雷が落ちる。動きが止まったところに更に落とす。少しグールの体から煙が上がった。
イラついたグールは反撃らしい仕草を見せるが、体の動きが鈍っている。
「〈炎砲〉」
指先に挟んだ札を持ち直してグールに向ける。札を使いきる術だからあまり何回も使えないが。
札がグッと持ち上がり、その先から火柱がほとばしる。そのままグールに当たった。火柱はしばらく吹き出し続け、やがて消えた。燃え尽きた札も消し炭になる。
もちろんグールが耐えきれるはずもなく半分ほど炭化して、どっと床石の上に倒れた。
うん、やっぱり術は苦手だ。使えるけど手順が多く考えることも多くて、うまく使えている気がしない。
倒れたグールから魔石を取り出すには、胸の部分を切らなければならない。勝手に魔石が出て来る魔法はやはり便利だな。
小刀で開胸する。骨をずらして心臓の辺りにある魔石を取り出す。
本当に、魔法が通じる相手の方が十倍楽だ。
体液まみれの魔石を服で拭って、カバンの中に入れる。
この階層にグールが多いなら、ちょっと面倒だな。一応、陰陽札も多めには持ってきているけれど。
また指に札を挟んで、階段を探しながら歩いていく。何処に行こうか悩んでいる時に、後ろから声を掛けられた。
「君は一人で、攻略しているのか?」
振り向くと、何処かで見た男性がいて、その後ろに男女がいた。
「ええ、まあ」
「危険な気がするが、ここまで来れているなら強いのだろう」
「…はあ」
僕が曖昧な返事で頷くと、後ろの女性が笑った。
「大和、あんた名乗りもせずに意見だけ言うとか、ないわ」
「そうか、そうだな」
女性の言葉に、男性が肯く。笑っている女性が僕の傍までやって来た。大きな手斧を持っている。
「私は、藤原 鈴菜。こっちは北角 陸。んでこっちが」
「津島 大和だ。俺達は〈天原に征く〉というクランだ」
「僕は、九条 有架です。〈悠久の旅人〉に入っています」
津島さんが少し考えてから頷いた。
「ああ、伊達君のクランか。で、君だけ来ているのか?」
「うちは、ソロでも良いので」
「自由なクランだな。いやしかしここまで来ているなら、まあいいのか」
また肯く津島さんを見直して、ランカー二位の人だと気付いた。テレビで見た事がある。最近は不動の二位だったはずだ。
「どうだろうか。一緒に行かないか?」
そう言われて、どうしようか悩む。
確か、ランカーのクランと組む時は連絡してくれと伊達さんに言われていたけど。今連絡しても、まだ混乱している最中だろうしなあ。
僕の返事を待っている彼らを見て、どうしようかと頬を掻いた。
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