この国の神様
家の近くで降ろして貰って、車が見えなくなるまで見送った後に家に入る。
玄関に正座している静と目が合った。
「お帰りなさいませ、有架さま」
「うん、ただいま、静」
何度も泣いたような赤い目をした静は、にこりと笑ってから台所に向かった。追いかけて台所に行くと、着物の袖で涙をぬぐっていた。
「ごめんね、心配かけた」
「いえ、良いのです。ご無事で何よりです」
「う、ん」
まだ涙が零れる顔でそう言われても、僕の良心の痛みは取れない。
「何か召しあがりますか?」
「…うん。静のご飯が食べたくて仕方なかったよ」
そう言うと、パッと嬉しそうに笑って静がいそいそと冷蔵庫を開ける。後ろでローフェの溜め息が聞こえた。
「有架は、そういう所よ?」
「え?どういうところ?」
振り向いて聞き返しても、肩を竦めただけでローフェは答えをくれなかった。僕達の話を聞いて静が不思議そうにローフェを見る。
「また、変わられたのですね?」
「そうよ。あなたは驚かないから助かるわ」
「可愛らしい声になったのですね」
「静が気にするのは声だけなの?姿が変わったとかは気にしないの!?」
ローフェの剣幕に静が小さく首を傾げる。
「…姿は気になりません」
「うっそ」
ローフェの方が驚いている。
仲が良い事は何よりだ。僕がそう思って頷いていると、ローフェが軽く睨んできた。
「静は寛大で良かったわ」
「うん、本当に」
台所の椅子に座りながら答えると、隣の椅子にローフェも座る。基本的に僕と別行動はあまりしないけど、家の中ではここまで一緒には居なかったような気がしている。
ローフェの顔を見ると、また少し睨まれた。
「不思議がらないで。本来はこうやって傍に居るものなのよ」
そう言えばそうだった。
邪神ちゃんになってからは、魔力の通りが悪いとかで省エネモードになっていたんだっけ。今の姿ならば自由に出来るから、本来の動きをしている訳だと。
元々は、いま僕の腕にある聖剣に宿っていたから、そこから離れて動いている姿は珍しいのかも知れないが。この世界に居る今となっては、自由に動いているローフェの方が普通に見える。
僕はテレビを付けて、リモコンを一回撫でた後に画面を見る。
そこにはダンジョンパニックの後始末に探索者協会が奔走している話題が映されていた。画面に映っている探索者本部は、多くの人が出入りしているが、ダンジョンのいくつかはまだ閉鎖されているとキャスターが話している。
あの処置の後に、数日で戻るならばダンジョンの再生力はあまりにも早いだろう。僕の横でローフェが軽く溜め息を吐く。
「…迷宮の神がいるとして、一体どこに居ると思う?」
「何処だろうね」
画面を見たまま答える。
テレビの中にある街並みは、壊れた部分を直している人たちを気にせずに歩いて移動する多くの人たちを映している。
「有架?」
「言われても分からないよ。そんな大きな事が全部できる神様なんて、考えてもいなかった」
僕達の話に、珍しく静が参加してくる。
「神様ですか?」
「そう。この世界を作り変えて、他の世界にも手を伸ばして、色々な事をいっぺんに出来る神様がいるのかなあって」
静はお味噌汁の味見をしながら、少し首を傾げた。
「私達が考える神様とは違うのですね」
「静たち?妖怪が考える神様?」
「はい。私達が考える神様は分業ですから。それぞれの得意分野だけされることが多いですねえ」
火を止めてから、僕の方に振り向く。
「有架さまの神様は、そんなに全部できるのですか?」
そう問われて、僕は口を噤んだ。
創造神ならば出来るだろうと思っていたから、どうやっても敵わないと考えていた。けれどもそうではないのならば、勝ち目も少し出てくるというもので。
「…確かに、考えれば不思議なんだよな。そんなに何でもできるならば、とっくに変えて終了しているはずで。それをしていないという事は、出来ないと考えた方が良いのかな」
ちらりとローフェを見る。
ローフェも僕を見たまま眉根を寄せていた。
「出来る事ならいっぺんにしてしまうわ。神ってそういう者だから。それをしていないのは確かにおかしいわね」
それでも、僕の前に居る邪神ちゃん以外は、神を見た事がない。
しかもローフェは、他の世界の神で、この世界の神に会ったことはない。
もやもやしていても仕方ないので、僕は静に聞いてみた。
「静は何か知っていそうな、神様の知り合いとかっている?」
「…知恵者がよろしいと、そういうお話でしょうか?」
「うん」
「…神の座にはいらっしゃらない方で良ければ、ご相談できると思います」
「え」
まったくのダメ元だったのに、静の口からは意外な言葉が出て来た。
「私の姉が、仕えている名家様にいらっしゃいます。有架さまがお話をされるのでしたら、そちらまで行ってみますか?」
「…できれば話を聞きたい。この世界の神様に」
「分かりました。ご飯を召し上がって頂いている間に連絡してみますね」
「うん、ありがとう、静」
「有架さまのお役に立てるなら、嬉しい事です」
ずいぶん泣いただろう腫れぼったい目で、そんな事を言う静に、僕は頭が上がらない。
暖かいご飯を食べながら、静がやや上を見ながら誰かと話している姿を眺めている。妖怪には電話もいらないんだなあと感心していると、横からわき腹をつつかれた。飲んでいる味噌汁を吹かないように口を閉じてから、ローフェを見る。
「なに」
「日本の神様に聞いて、何か分かるかしら」
「聞かなくちゃ、知ってるも知らないも、判断できないだろう?」
「そうだけど。…有架って怖い物知らずねえ」
そうかな。
毎日、邪神ちゃんと一緒にいるから鈍いのかも知れない。
ふっと話を止めた静が、僕を見てにこりと笑った。
「明日、こちらに来て下さるそうです」
「え、来てもらうの悪くないかな」
僕がそう言うと、その言葉を分かっていたように、静が肯く。
「久しぶりに東京に来たいそうですので」
「そうなんだ」
「はい」
ご飯を口に入れて噛みながら、微笑んでいる静を見る。飲み込んでから質問した。
「なんていう名前の神様なの?」
僕の言葉に、静が微笑んだまま、会える相手の名前を告げる。
「祝 月読さまです」
あれ、人の名前に聞こえるんだけど、僕の聞き間違いかな?
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