攻略//横浜ダンジョン・1
風景はあまり変わってはいない。
ただ、前は白い石の階層が五階層あって、その後に薄い灰色の階層に変化したはずだったのが、今は真っ黒な石の階層になっている。
そして壮大な曲が、フロア全体にかかっていた。
うわあ、こんな状態なんだ。これはまさしくゲームですね。スピーカーもないのに一体何処から聞こえて来るんだろう?
石の壁には小さな明かりがともされているが、それだけでは薄暗くて辺りが見えにくい。轟さんが三人の前に浮かぶ光の玉を取り出した。
魔法ではなく魔導具のようだ。
轟さんが僕を振り返って笑う。
「オレはね、魔導具使いなんだよ。だからサポートは任せてね」
戦闘職ではないという事は、ここのクランは実質伊達さんだけが戦うクランなのか。それは厳しいな。
僕も義理の陰陽札を右手に持って歩く。先頭は伊達さん、真ん中は轟さん。僕は最後に歩く。魔法使いの定位置だね。
「これは元々十階層の仕様だ。ここからスタートとか考えられないな」
「下の階層がどうなってるか、ワクワクするね」
轟さんの言葉に、前を向いたまま話している伊達さんが、大きく溜め息を吐いた。
「気持ちは分かるが少しは不安に思えよ、天」
「全てはレポートよりマシ」
どれだけ手ごわいのか、轟さんのレポート。
目の前に巨体が現れる。伊達さんが秒で切り込んだ。
毛むくじゃらの大男は、数回切られて床に足をつく。轟さんの頭の横で何かが光った。どうやら写真を撮っているようだ。
「トロールだと思う。悠斗、毒性もないからそのまま切っていいよ」
「分かっている」
もう一度伊達さんが大剣を振り切ると、トロールは床に倒れて動かなくなった。
カッコいいなあ。僕も剣を使ってみたいけど、体力が。
伊達さんは、大剣を背に長剣を腰に持っている剣士のようだ。しかも大剣が本当に大きくて身長ぐらいある。
今の動きも素早くて、隙も恐れもなかった。
「曲が消えていないって事は、今迄中に入った奴がこの一階層すら突破できていないって事?」
轟さんが首を傾げる。
「そんな事ってある?トロールぐらいなら」
そう言った先にまたモンスターが現れた。伊達さんが切り込むが、相手が容易く避ける。轟さんが写真を撮った後に、小さく呻いた。
「これ、アルゴスかな。ちょっと一階に出て来るモンスじゃないけど?」
身体中に目が付いている巨人は、ほぼ裸で襲い掛かってくる。伊達さんがよけて切り込むが、沢山ある眼がぎょろぎょろと動いて、難なく避ける。
何度も走って切り込むけど、ことごとく避けられて逆に拳を振り下ろされる。アルゴスが武器を持っていない事が有利に働いているが、このまま戦闘が続けば伊達さんが怪我をするかも。
「僕が動いても?」
「え、何で断るの?戦ってよ」
「はあ、醍醐味がなくなるのですが。…〈漆黒の風〉」
パチンと指を鳴らした。
アルゴスが風に巻かれて、黒い欠片になって消え去る。
魔石がからんと石の床に落ちた。
伊達さんと轟さんが僕を見る。
「いまの、なに?」
「九条君の魔法は破格だな。確かに攻略の醍醐味はなくなりそうだ」
「そうなんですよね」
そう言って頷くと、轟さんが呆れたように肩を竦めた。
「醍醐味いらなくない?」
「…多分、九条君だけで攻略できそうな気はするが」
「悠斗も楽しちゃうって事?」
「俺のクランなのにか?」
伊達さんの苦笑に、轟さんがもう一度肩を竦めた。
「九条君はソロの方が良いかもね。オレたちはあまり何か思わない、いい加減なクランだけど、他のクランだったらこき使われて大変だと思う」
「そうでしょうね。もともとクランには入らない予定だったので」
「何でうちのクランに?」
轟さんが首を傾げる。それには伊達さんが答えてくれた。
「弾除けだ」
「ああ、なる」
そう話している二人の歩く先に、また巨体が現れる。伊達さんが大剣を振るうと、二、三回の切込みでトロールが倒れる。さっきよりも早いな。
僕の顔を見たのか、伊達さんが教えてくれる。
「この剣は、切れば切るほど攻撃力が増していく特殊な剣だ。下に行く頃には一撃剣になっているだろう」
だから、強いのか。それでも凄いな伊達さん。動きが流麗で素晴らしい。
憧れるなあ。僕も剣を振るってみたい。札を指に挟んでいる自分の右手を見てちょっと現実が見える。うん、適材適所。
二階層の階段に着くまでに、トロールが何体か出てアルゴスも一体出た。大きなモンスターが何体も出て来るのは、一階層とは思えないけど。
これが当たり前になってしまった。
伊達さんが二階層への階段を一段降りると、ふっと一階層の曲が止まった。
思わず振り返る。
静かな黒い石の回廊が、佇んでいるばかりの風景だ。壁に掛かった灯火が燃えるジッという音が聞こえるぐらいは静かになった。
下からは、また曲が聞こえている。
この感覚はちょっと慣れないかもしれない。これが攻略なのか。
僕と一緒に伊達さんも轟さんも一階層を見ている。それが何かの儀式の様で胸がどきどきする。
不謹慎だけど、ダンジョン楽しいな。
二階層はトロールが減り、アルゴスが増えた。その他に小さいモンスターが出て来た。これが一階層に出て来るべきではと思ったが、戦ってみると厄介で。
自然由来の飛翔するモノは、あちこちから飛んで来ては伊達さんの視界を覆ったり、剣筋に入り込んで目標のダメージを減らしたりする。
実物があるジャイアントバットと、視界の邪魔なだけのノックゴーストが、かなりの数飛んでいる。どっちも単純に魔法で消せるけど、小さくて面倒くさい。
轟さんも腕に筒のような魔導具を付けて、そいつらを落としている。良い音がするのでどうやら空気銃のようだ。
いや、サポートって言ってませんでした?
「オレが戦えば、早く終わるってクランリーダーがね?」
「本人を前にいう事ではないな」
伊達さんが轟さんの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、前を向く。
「此処が十一階と同じ構造なら、あの先にアイテムがあったはずだが」
伊達さんの言葉に、轟さんが腕を組んで考える。
「同じと考えるのは、ちょっと難しいかな。確かに構造は一緒なんだけど」
轟さんの左手の上に、マップが現れる。それも魔導具のようだ。
「以前とは通路の幅が違うから、完全一致にはならないと思うよ」
「行ってみてもいいか?」
「悠斗が決める事だから、異論はないよ」
伊達さんが僕も見る。
「はい。自由に動いてください」
「そうか。では、アイテムを探しに行く」
今いる場所から斜め九十度に曲がって、ダンジョンを歩いていく。表示されているマップは僕達の向きに合わせてクルリと動いた。
その魔導具、気になります。
後で何処かで手に入れられればいいなあ。
少し幅の狭い通路と交差する場所で、伊達さんが止まった。
「先が良く見えないな」
「ちょっと先に行くよ」
轟さんが伊達さんを押しのけて先に進む。確かに魔導具の光も届かない空間があるようだ。その手前まで歩いていって、轟さんが何やら手を動かす。
右手から薄赤い光が出て暗い空間を光で撫でた。
「罠かも。転移系だと思う」
「そうか。その先にアイテムがあると思っていたんだが」
「どうしても欲しい感じ?」
「いや、そこまでは。どちらかというと確認したかっただけだ」
「でも、いま確認するのは良くないな。印をしておいて後で飛びに来よう」
「そうだな」
後続の為にマップもある程度埋めるのか。さすがランカーだな。
僕は後ろに来ていた巨人を魔法で消しながら、二人を見ている。
良く出来たクランだと思いながら。
「他に気になる所はありますか?」
「そうだな、下の階には在るがこの階にはもう無いな」
頷くと、また伊達さんが先導する。
元の少しだけ太い通路に戻ると、曲が少し大きくなる。その途端に伊達さんが大剣を背中から抜いた。
「おい、二階層目に中ボスがいるとか、有り得ないぞ」
盛り上がるような曲の中、正面から大きな目を歪めながらサイクロプスが歩いてくる。その身長は殆んどダンジョンの天井に届く大きさだった。
これは少しこの曲を堪能した方が良いのだろうか?
轟さんが考えていた僕を見る。
「ちょっと、後でサントラ教えるから。頑張って!」
「おお、ダンジョンのサントラとか有るんですね?」
凄いな。協会は何でも資金に変えるな。
パチンと指を鳴らす。
厳ついサイクロプスでもあっさりと消える。黒い欠片の中に魔石が光る。すべて消えた後に魔石を拾うと、伊達さんがやれやれと肩を竦めた。
「九条君は、ダンジョンを堪能しているな?」
「今は、緊急性もないので。正直楽しいです」
「素直すぎる」
伊達さんが苦笑し、轟さんが苦言した。
「本来はそうやって教えてやりたいから、まあ、良いだろう」
「いいんだ、悠斗はこれで」
「別に誰も傷ついていないしな?」
「他のクランの人は怪我しているけど?」
轟さんの言葉に、そうだったなあって思い返す。
「他のクランなぞ知った事か」
伊達さんの言いきりがカッコイイ。
「中に入ると、悠斗の倫理が消えちゃうの、良くないけど」
肩を竦める轟さんは、でもそこまで本気で言ってるわけでは無さそうで。
「仕方ないね。先を急ごうか」
肯いて伊達さんがまた先頭に立つ。
三階への階段でまた曲が消える。三人で二階を眺めてから下に降りる。これはやっぱり誰でもする事なのだろう。僕がしているからという訳ではなく、二人とも自然に足が止まっていた。
ダンジョンのたった一回限定の攻略は、やはり覚えておきたいものなのだ。
三階も四階も、三人で難なく降りていく。
僕の魔法が効きにくい相手はまだ現れないし、基本は伊達さんが切り伏せてくれる。
五階への階段に足を掛けた時は、四階の曲は確かに消えたが、五階の曲もまた聞こえなかった。
「あれ?」
僕が呟くと、伊達さんも足を止める。
「これは、あのパターンかな」
言いながら轟さんが降りた。まだ曲が聞こえない。伊達さんも降りる。僕も五階の床に足を付けると、バアーンというおおきなシンバルの音と共に、新たな曲が始まった。
少し耳が痛い。
「こういう脅かし系のフロア曲もあるんだよね」
轟さんは予想していたのだろう。
「一纏めの人員が降りるまで、待っているパターンだね」
「そんなのがあるんですね」
今は普通に曲が流れている。さっきの曲よりは少し陰鬱な雰囲気だ。
「この曲調だと、死霊系かな」
「だと思うよ」
なんと、曲で相手が分かるというのか?
すごい。奥が深いぞダンジョン攻略。
「だから、楽しんでないで、警戒して?」
「はい、すみません」
轟さんの後ろを歩きながら謝ると、先頭の伊達さんが吹き出しながら笑った。
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