探索者協会の不始末



 小さな音で目覚ましが鳴っているから、手を伸ばしたら邪神ちゃんが顔からずり落ちた。

 また僕の顔の上にいたんだろうか。


 起き上がって、欠伸をすると邪神ちゃんが座りなおしていた。

 もう少し寝るのかな?


 下に降りると、台所に静がいて朝ごはんを作ってくれている。

「おはよう、静」

「おはようございます、有架さま」


 また僕は、ワクワクリモコンを握ってテレビを付ける。

 こんなに小さいのに、なんて優秀なんだ。


 テレビのキャスターを見て、ランキングを聞きながら、昨日の伊達さんがランカーだったと気が付いた。あの時は気付きませんでした。

 ただの、シスコンだと思っていたよ。


 それから不動の第一位、近衛さんの画像が映った。

 魔物を倒している姿を誰かが写したものが、格好良く編集されている。


 うん。やっぱり昨日の人と気配が違う。

 画像だけしか知らないけれど、それでも違いって判るもんだな。

 影武者的な奴だろうか?まあどうでもいいけど。


 静が朝食を並べる。

 ご飯に、焼き鮭に納豆に味海苔。お味噌汁と浅漬け、かな?


「いただきます」

 美味しいご飯を毎日食べられるのは嬉しくて寂しい。

 今こうやって食べられて嬉しい。食べられなかった過去が寂しい。


 僕の価値は僕自身が作っていかなければ。このご飯を食べてもいいと思える価値ぐらいは自分で築かなければ。せめてご飯ぐらいと同じぐらいの価値がなければ。

 静が心配そうに僕を見ている。


「おいしいよ」

「…はい、ありがとうございます」

 微笑む静が、少し眉を下げていた。僕が全部食べられないのが嫌なのかな?

 それは頑張りますから。毎回ひと口余分に食べるとか。


 昨日スマホに入れたKOLONに、登録した小鳥遊さんと相庭さんから返事が届いていた。短い文章を送るのって楽で良いな。

 うん?何だろう、このイラスト。可愛いイラストを二人とも送ってきてくれている。仕様が分からないから、僕には送れないなあ。


 今日はどうしよう。

 昨日のダンジョンの続きでもいいけど、少しあの幽鬼の挙動はおかしいと思う。女性を襲うって、今まであったのかな。


 …五十嵐さんの所に行ってみようかな。


「今日の予定はありますか?」

「うん。探索者協会に行ってくる。報告したい事があるから」

「分かりました」

 今日の静の着物が似合っているけれど、それを言えるほど僕の口は旨くない。


 カバンを持って、何時も飛んでくる邪神ちゃんをつまんでポケットに入れる。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 うん。今日の静は何時もより増して綺麗だ。


 電車に乗っているあいだ、誰かからの視線を感じる。

 それは決して好意的な視線ではなく、恨みのような敵意の視線。

 ここでやりますか?僕は良いけど、相手が探索者なら、相手が可哀想か。

 ダンジョン以外で能力を持っている者には思えなかったからだ。


 探索者協会がある駅で降りる。協会に行こうと改札を出て歩き出すと、後ろから人が近づいてきた。僕はなるべく気にせずに歩くけど、協会に着く前に後ろの人が追いついた。協会の階段に足を掛けた僕に、声が掛かる。


「あんたさ、ちょっと顔貸しなよ」

 振り向くと、知らない男の人が立っている。

「僕に言っていますか?」

「そうだよ、あんただよ」

 何故、他人の言う事を聞かなければならない?


 首を振ってまた階段を上る。

 後ろの人が怒鳴った。

「顔を貸せって言ってるんだよ!」


 探索者協会の真ん前で、そんなふうに怒鳴って大丈夫だろうか?

 周りにいる探索者が数人、こっちを見て止まっている。

 僕はもう一度振り返り、男の人を見る。


「何の用ですか?」

「顔を貸せって言ってるだろう!」

「僕はあなたを知らないので、一緒に行く必要がありません」

「このクソ新人が、先輩のいう事を聞けよ!」

 これはきちんと教えた方が良いだろうか?

 目立つのは嫌だったけど、魔法を使うよりはいいか。


 僕はあらかじめ持っていた、紙で作った人型をばららっと自分の周りに輪のように展開する。周りで見ている人からも、声が上がった。


「僕に何の用があるんですか?」

「お前、陰陽師か」

 少し後ろに下がりながら、男の人が言った。

「ええ、まあ、そうですね」

「そんな力が有るのなら、どうして」

 うん?この人は何を言っている?


「九条君、収めてくれないか?」

 協会の入り口側から、声が掛かった。知っている声だったので、人型を元通り束にして重ねる。それを片手に持ったまま、五十嵐さんを見上げた。


「南、お前も一緒に来なさい」

 五十嵐さんが、階段下の男に声を掛ける。非常に嫌だという顔をしながら、それでも五十嵐さんと一緒に、協会の中に入っていく。


 僕が動かないので、五十嵐さんが上から声を掛けてくる。

「九条君、すまないけど君も来てくれないか?」

「…いいですけど」

 あまり、ここと懇意になるのも考えものかな。五十嵐さんは今のところ嫌な人ではないけれど。都合よく使える奴だと見下されるのは嫌だと思う。


 またホールの奥、会議室のような部屋に招かれる。

 五十嵐さんの隣に男が座り、僕は相向かいに座った。


「南、ああいう事をしてはいけないと伝えたはずだが」

「だってこいつが、探索に入ったんだろう?それなのに兄さんは生きて帰って来れなかった」


 どういうことだ?

「僕に分かるように説明して貰っていいですか?」

 男が怒鳴りそうなのを、五十嵐さんが止める。

「九条君と小鳥遊さんに、回収に行ってもらっただろう?」

「はい」

「帰ってきた一人の身内なんだ、南は」

 ああ、そういうことですか。


 僕が頷くと、また男が怒った顔をこちらに向ける。

「なんで、助けなかったんだよ!」

「…助けろという依頼ではありませんでした」

「はあ!?」

「僕達は、探索者になって数日です。たまたま術が使えるから、生きていても死んでいても回収をしてくれと、そういう依頼でした。勿論生きていた人はそのまま助けましたけど、半分以上は僕達が着いた時には、亡くなっていました」

「そ、」

「南、九条君が言っているのは本当のことだ。たまたまいた二人を捕まえて行方不明の人員を探して送ってくれと、協会から無理に頼んだんだ」


 半分立ち上がりかけていた男は、椅子に座った。


「じゃあ、行った時にはもう、駄目だったって事、か」

「…どの人か知りませんが、生きて話をしたのは三人ほどでした。今日はその話を聞きに此処に来たのですが」

 座った男は無言で首を振っている。


「そうだったのか九条君。南を落ち着かせてから、また話をするので良いだろうか?」

「どれくらいかかりますか?長くなるようでしたら後日また来ますけど」

「いや、売店の近くで待っていてくれ」

「…分かりました」

 僕は外に出て、売店に向かう。

 冷蔵庫の前で、少し考えて麦茶を買った。もう少し小さなサイズがあるといいのだけど、僕は飲み切れないから、何時も残しちゃって勿体無いんだよな。


 家から、水筒を持ってこようかな。

 帰りに何処かで買っていこうかな。何処で買えばいいんだろう、水筒って。


 食品の売店から先に、もう一つの売店があって、そこには防具や武器が置いてあった。こんな所があったんだ。

 カードを通すと中に入れた。探索者しか入れないようだ。

 …それはそうか。一般人が武器を手に入れちゃ駄目だよね。


 おお、想像していた探索者らしい装備が置いてある。うわあ、憧れるなあ。

 会計をしている人の所に、買取しますって小さな札が立ててある。へえ、買取って此処でやっているんだ?

「あの、魔石ってここで買い取れますか?」

「はい。ここで買い取ります」

「おお、じゃあこれを」

 昨日一昨日と溜めていた魔石をカバンから出して、カウンターの上に並べる。


「探索者のカードを、ここに通してください」

「はい」

 読み取り機の溝に、カードをスッと通す。ピロンと音がした。

 お姉さんが何かの機械に、魔石を全部入れる。大きいお椀のようなそれはピカピカ光って、何か紙を吐き出した


「こちらが明細です。全て売りますか?それともどれか取っておきますか?」

 貰った紙を見てみると、何の魔石とか分類してあって、金額も書いてあった。小さい動物系の魔物は五百円とかだったけど、キメラの魔石は結構高かった。


「このキメラの魔石は売らないです」

「そうですか?そうしますと少ない金額になりますが」

「はい、それでいいです」

 魔石を返してもらってカバンに入れる。

 それから数千円もらってから、店の外に出た。店の入り口に五十嵐さんが立っていた。


「待たせたかな?」

「あの人は納得してくれましたか?」

「まあ、自分で出来ない事を、人を非難して済まそうなんて、どういう了見だっていうね」

「え」

 五十嵐さんがニコッと笑う。

 いや、その笑みはちょっと怖いのだが。


 それは納得したんじゃなくて納得させたって事ですよね?

 ちょっと探索者協会の闇が見える気がした。


 五十嵐さんと一緒にまた別の部屋に入る。

 二人きりで入って、カチンとドアに鍵をかけられた。

 振り返ると、五十嵐さんは少し笑ったまま椅子に座るように促してくる。

 仕方なく、僕も座った。


「さっきはすまなかった。南は探索者協会の職員でね。彼の兄が探索者だったので前回の確認作業に行ったんだ」

「確認作業に行った人は、全員探索者だったんですか?」

「そうだな、全員探索者だった。ランカーではないけど、ある程度は切り抜けられる実力はあったはずだ」

「まあ、そうですよね」

 麦茶を出して、ひと口飲む。


「依頼の情報が筒抜けなのはどうかと思いますが」

「…ああ、すまない」

 五十嵐さんが苦笑して、軽く頭を下げた。


「僕が聞きたいのは、あれだけの人数が亡くなったのに、公表されていない不思議です」

「ああ、それなんだけど」

 五十嵐さんが溜め息を吐く。


「もう一度、君に探索に行ってもらいたいんだけど」

「断ります」

「やっぱりそうか」

「あんな風に、職員に因縁つけられたのに、なあなあで終わらせるところの言う事は聞きたくありません」


 五十嵐さんがパチパチと瞬きを何回かした。

「…俺の対処が悪かったと?」

「そうですね。新人の探索者の扱いがひどすぎます。探索者協会ってそういう感じなんですか?」

「いや、そういうわけでは」

「外で普通に因縁つけられるとか、なんの職業のチンピラなのかって事です」

「ああ、うん」

 そう言って五十嵐さんが腕を組む。


 僕はもう一口、麦茶を飲む。

「…もう一つ言いたかったのは、昨日行った第三十一ダンジョンで、女性を襲っている幽鬼を観測した事です」

「なに?」

「幽鬼が女性を性的な意味で襲うとか、あまり聞かないので報告をと思いまして」

「詳しく聴かせてくれないか」

 僕はペットボトルの蓋を占める。


「お断りします」

「は」

「僕は怒っています。言葉で謝れば協会のいう事を聞くだろうと思っている所が特に嫌です」

 立ち上がりドアに向かう。まだ余裕な五十嵐さんに溜め息を吐く。


「誠意が足りませんよ、五十嵐さん」

 ドアの鍵に、人型を触れさせて鍵を溶かす。

「あ」

 僕がガチャリとドアを開けると、後ろで立ち上がる音がした。

 振り向いてみると、五十嵐さんが驚いたまま、僕を見ている。


「本当に、誠意が足りない」


 僕はその場を離れて、協会のホールに出る。

 此処は探索者協会の本部だけれど、別の支部を使っても良い訳で。謝って来るまでここを使うのは止めようと思った。

 第七ダンジョンも閉鎖されたままだし。


 僕が偏屈な訳だけど、十六歳に対してでも、あれはない。

 外で絡まれてもいいと思っているのが、丸わかりだ。


 僕の力は元々、ダンジョン内の力では無いから、使えばそこら辺が全部消えてしまう。知らない人には分からないだろうけど。

 だからあまり絡まれたくない。自制していてもうっかりが無い訳じゃないから。


 さすが探索者。力が全てで脳筋が多いのかな。

 僕には分からない大人の事情ってやつがあるのだろうけれど。


 今の僕に分からないなら、分からないなりの判断しかしないけど?

 それが普通でしょ?



 今日はもう、家に帰ろうと思って、帰り道のコンビニに寄った。

 何気に入り口近くの本棚を見ると、雑誌の付録に水筒が付いている。

 え、これで良いかな?でも本はいらないかな?


 結局その水色の水筒が気に入ったので、買って帰った。

 静が不思議そうに、僕の荷物を見ている。

 台所のテーブルに本を出すと、更に不思議そうな顔になる。


「これは女性用の本ですか?」

「多分。水筒が欲しいから買ったけど、本はいらないんだよね」

「では、私が貰っても良いですか?」

「え?うん、どうぞ」


 静が嬉しそうに椅子に座って、雑誌のページを捲る。

 ちょうど、夏祭りの特集で、浴衣が載っているから興味があるのかな?

 僕は水筒をゆすいで、小さい食器アミに乗せる。

 明日は使えるかな。



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