調べてから行こう
朝、目が覚めると、邪神ちゃんが顔の上に乗っていた。
どうりで息が少し苦しかったわけだ。
そっと避けて、起き上がる。
うつ伏せの邪神ちゃんが、パッと仰向けになった。
苦しかったのかな?
「おはよう、静」
「おはようございます、有架さま」
台所で朝食を作っている静に、挨拶をする。
こうやって朝から声を出しているのも、何だか不思議だ。
あと一週間もしたら、前の生活は忘れてしまうかもしれない。
…そんな事ないか。
第七ダンジョンが暫く閉鎖になっているので、僕は別のダンジョンに行こうと思っている。けれど、他のダンジョンに行く事を考えてなかったので、まったく情報が無い。仕方ないから、探索者協会に行って、情報を集めようかと思う。
リモコンでテレビを付ける。いつかリモコンにもなれるのだろうか?
このドキドキが無くなるのは、勿体無い気もする。
元気なキャスターの横に、誰かが立っている。
え、誰この人?
僕は台所の椅子に座って、テレビに映っている少女を見た。
『最新ランキングで急上昇の人に、インタビューです。相庭 芽久さんはクラン〈悠久の旅人〉のメンバーで、探索者になってまだ数か月なのに、もうランクインしている期待の新人さんです』
画面には緊張して真っ赤な顔の少女が映っていた。
キャスターからの質問にも、上手く答えられないようだ。そこに横から男の人が入って来る。どうやらクランの人の様で、少女をカバーしながらクランの宣伝をしている。
へえ、大変そうだねえ。
静が朝食を並べる。
今日は、大きめの器にお粥が盛られていて、小さな豆皿が幾つかならんで、それぞれにザーサイとか、漬物とかが盛ってあった。
「お酢をかけて下さいね。消化に良いそうですから」
「そうなんだ」
僕は静からお酢を貰って、少しかけてみる。
蓮華ですくって口の中へ。
「あ、おいしい」
「良かったです。でも無理はしないでくださいね」
「うん」
お酢がきいていて、不思議な味がする。酸っぱいのとしょっぱいのと、ほんのり甘いのと。ううん、お粥ってこんな味なんだ。
多分、人生初がゆ。うま。
やっぱり全部は無理だけど、昨日よりは食べた気がする。
まだ何か言っているテレビを切って、部屋に行く。
上着を着てカバンを肩から下げた。
玄関に行くと、何時も通り邪神ちゃんが飛んで来る。
「今日も探索でしょうか?」
「うん、多分そうなると思う」
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
いつも玄関まで静が見送りをしてくれる。
これも慣れるのかな。慣れちゃいけない気もするけど。
探索者協会について、受付で昨日の報奨金を貰う。結構な額なので、探索者カードに入れて貰った。どうやら出し入れ自由の機能が付いているらしい。他の人にとられないから良いと思う。
ダンジョン情報が欲しいと言うと、二階にいろいろ冊子や本があるらしいから、エスカレーターで二階に昇る。
下のロビーほどではないけれど、幾つかのテーブルのあるスペースに、小さな本棚があって、閲覧自由になっていた。
椅子に座って、他のダンジョンの場所を調べる。
なるほど?
少しお勉強だな、これは。
買ってあったペットの麦茶を飲みながら、ダンジョンの地図が付いている冊子を捲る。
東京には、六個のダンジョンがある。
渋谷の第七ダンジョン。池袋の第十二ダンジョン。八王子の第二ダンジョン。奥多摩の第二十六ダンジョン。お茶の水の第八ダンジョン。それから東京駅の第四十九ダンジョン。
日本のダンジョンの特徴は、ダンジョンごとにモンスターが分かれている事が多い事。例えば第七ダンジョンは普通に西洋風のモンスターが出る。
八王子の第二ダンジョンは神話生物が出る。そして最難関と言われている東京駅ダンジョンは、日本の妖怪が出る。
日本の妖怪が出る和風ダンジョンは、日本各地に有り、攻略は陰陽や神道の術者が得意としている。その総力を持ってしても、東京駅は攻略が進んでいない。
いまだ十階層止まりである。
麦茶をひと口飲む。
へえ、妖怪か。それは行ってみたいなあ。
まあ、僕だと何処でも一緒の気はするけど。
でも、探索者と言ったら、色々な武器を使って道具を駆使して、攻略していくのがかっこいいんだよなあ。
そういうのやってみたいから、武器買おうかな。
そう思って冊子を持っている自分の手を見た。
うん、細すぎて近接不可能な気がする。
冊子の最初の方に、ランキングの話も乗っていた。
モンスターを倒した数と、稼いだ金額でランキングされるらしい。大体の人がクランに所属しているとか。
探索者は登録制だから、そこら辺はしっかり集計されるわけか。
僕はクランには入らない。
だって上下関係とか築けない気がする。僕には向かない。
もう一口麦茶を飲んだ時に、一階の方が酷く騒がしくなった。
やたらと人が集まっている気がする。
一階が見えるエスカレーターの横まで行くと、結構な人数が入り口付近に集まっていた。どうしたんだろう?
同じ階にいた人がエスカレーターに乗って下に行く。
「何かあったんですか?」
下りに乗ろうとした三人目に声を掛けてみる。
「ランカーの近衛さんが来るんだって」
「ああ、一位の」
「そうだよ」
降りていくから声が聞こえなくなった。下に着いたら急いで玄関に走っていく。へえ、なるほど。
まあ、僕には関係ないか。
僕はさっきのテーブルに戻り、いけそうなダンジョンを探してみる。
第七が一番初心者向けだけど、それよりもちょっとだけ難しいみたいな奴がないかな。埼玉の川口にある第十九ダンジョンが、三十階層で攻略済みかあ。
ちょっと遠いんだよね。
ふいに物凄い人の圧が、エスカレーターから昇って来た。
見ると、整った顔をした男の人が先頭に乗って上がって来る。後ろには人が群がっていた。ああ、この人がそうなのか。
チラッと見てから、また冊子を見る。
ええと、何処にするかな。
さすがに川口は遠い気がする。でも神奈川方面の近場で有ったかな。
うーん。攻略済みのダンジョンが良いのだけれど。
「お前」
声を掛けられた気がして顔を上げる。
こっちを見ていたのは、テレビに何時も映っているランカーだった。
「僕ですか?」
「そうだ、こっちに来い」
「なぜ?」
何の用事もありませんが。
「俺が呼んでいるんだぞ、こっちに来い」
そういう人ですか。
やれやれ。
僕はテーブルを離れて、ランカーの傍に寄る。
「なんですか?」
「サインをしてやるから、それを寄越せ」
「は?別にいりませんけど」
後ろにいた人たちが、一斉に黙った。
「俺のサインだぞ?」
「…それを貰って僕が強くなるなら貰います」
「きっとなる」
「具体的に数値でお願いします」
ランカーが怒った顔をする。
「貴様、俺に向かってなんて口の利き方を」
ああ、いるよねえ、こういう人。
トップランカーなんだから、もうちょっとこう。
……あれ?この人?
僕が首を傾げたのを、ランカーが眉を顰めて見ている。
「あなた、誰ですか?」
ランカーが、ハッとした顔をする。
いやこれ、本人じゃないでしょう。よく似ているけど。
つかつかと近寄ってきて、物凄い近くで小さい声で言ってきた。
「…黙ってろ」
「ああ、はい、分かりました」
何らかの事情によりってやつ?人気者って大変そうだもんね。
僕の持っていた冊子にバッとサインをして、クルリと振り返る。
「記念だ、収めておけ」
ああ、茶番に付き合えと。
「はい、ありがとうございます」
僕がお礼を言えばその場の雰囲気が丸く収まった様で、また人を連れて歩いていった。なんだろうね、あれ。
見送った後で、サインを書かれた冊子を本棚に戻す。
まあ誰かが持って帰るんじゃないかな。
さてと、何処のダンジョンに行こうか。
さっき見たけど横浜が近いかな。でもあそこ、未攻略なんだよなあ。
まあ、行ってみるか。
駅まで行っていつもとは別の方向に乗る。横浜ならここから川口に行くよりは近い。まあ数十分差なんだけど。
本には詳しい資料が無かったのでスマホを出して、検索してみると素早く出て来てびっくりした。いまは本とか見ないで、こうやって調べるのか。
そうだよね。僕にその習慣がないだけで、大体みんなスマホ見てるよね。
第三十一ダンジョン。現在は二十三階層まで攻略されていて、大方の予想では三十階層までじゃないかって言われている。
初心者にはちょっと難しいが、中級者にはうってつけらしい。
それなら何とかなるかなあ。
まあ、一人ならね。
みなとみらい駅を降りて、歩いて行くと探索者協会があった。
少し小さめだけど、賑わっている。
やっぱりまだ攻略されていないダンジョンは人気があるな。
ダンジョンの方まで行ってゲートをくぐる。
内部のゲート近くに進むと、どこかのパーティが佇んでいた。帰って来たのかこれから行くのか。男二人と女性二人の組み合わせのようだ。
横を通り過ぎてゲートにカードを当てて入る。
何だか見られている気がしたが、人目を気にし過ぎなのかもしれない。他人はそんなに僕の事を気にしてはいないはずだ。
スマホで見たところ、此処はミックスのダンジョンらしい。
つまり、色々なモンスターが出て来るところらしいのだ。
じゃあ、行ってみようか。
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