第33話 悪役令嬢の幸せな結婚式
それから結婚式までの半年間は目まぐるしいくらい忙しかった。そのおかげで時間が経つのが早かった。
……少なくとも私はそう感じていた。
でも、リアムはそうでもなかったみたいだ。
「早く結婚したい」
とか
「時間が経つのが遅すぎる」
とか
「我慢の限界が……」
という独り言が多かった気がする。
私たちの結婚式の日は領内で祝日になるらしい。露店が立ち並ぶマーケットを開き、甘藷スイーツやワンピのプロモーションも行うという。
結婚式はリマの中心にある教会で挙げるが、その後に馬車で街中をパレードすることになっている。
リマの中心にある教会は私とリアムが初めてデート(?)で行った思い出の場所だ。教会の鐘楼から見た景色は今でも鮮明に脳裏に焼きついている。そんな記念すべき教会で結婚式が挙げられるなんて幸せだな。
領内挙げてのお祭りの日になりそうだし、とても楽しみだ。
ワクワクするな~。
結婚式の前日は、子供みたいに興奮してなかなか寝つけなかった。
*****
そして結婚式の日がやってきた。雲一つない快晴だ。
私は朝からエマとハンナと三人で花嫁衣裳の支度にてんやわんやだった。
ウェディングドレスはボヘミアンスタイルのものを選んだ。ボヘミアンドレスは下にパニエを付けないし、デザイン自体が体にフィットして、身体のラインを綺麗に見せることが出来る。刺繍やレースをふんだんに使ったドレスは華やかな雰囲気でとても綺麗だ。肩と背中が開いているが、エマは肌の見せ方が上品だから心配いらないと言ってくれた。
頭にはベールの代わりに季節の花を集めた花冠をつけた。実は難民キャンプのみんなが山で綺麗な花を探してきてくれたんだ。その気持ちだけでも涙が出るほど嬉しい。
それに花冠とそれに合わせて作られたブーケは新鮮で、艶々した色とりどりの花で飾られて最高に美しい。みんなのおかげで最高の装いができた。
「これならリアムの隣でも遜色ない感じかな?」
思わず呟くと、エマとハンナが驚いたように拳を握りしめる。
「ミラ様、なにを仰ってるんですか!? お二人が並ぶとまさにお似合いのご夫婦ですよ!」
二人の優しさが嬉しい。
今日は教会で結婚式を挙げた後、馬車で国民へのパレードを行い、最後は城で結婚披露パーティを行う予定になっている。
結婚式には地元の名士や王都からの賓客も招かれている。
ケントは来られないが代理に特使を派遣すると聞いていた。
驚いたのはケントの代理として王宮の料理長が派遣されて来たことだ。やっぱりケントは私のことを良く分かってる!
***
教会までは馬車で向かった。リアムとは式まで会うことはできないがエマとハンナが付き添ってくれる。
馬車を降りると、私たちの結婚式をちょっとでも見ようと集まった群衆がいた。歓声が聞こえたので笑顔で手を振ると、熱狂的な声援で歓迎してくれた。
「ミラ様! 綺麗!」
「おめでとうございます!」
みんなが喜んでくれて私も嬉しい。
瞳に焼きつけるように青空を見つめると、私は深呼吸して教会に向かった。
教会の扉を開けると入り口から祭壇に至る通路に真新しい布が敷かれ、その先にリアムが待っていた。
リアムは今日も最高にカッコいい。黒い艶やかな長髪を後ろで一つにまとめ、白い礼服に私の瞳の色に合う薄紫のクラバットを付けている。長身で引き締まった体躯。完璧な造形の顔立ち。顔にある傷もワイルドでカッコいい。自分の夫となる人に私はいつでも見惚れてしまう。
今日バージンロードをエスコートしてくれる父親はいない。代わりに王宮の料理長がエスコートを引き受けてくれた。
教会の中は少し空気がひんやりしている。静まり返った教会内で私は参列者の注目を一身に集めていることに緊張した。
料理長はいつもと変わらない柔和な微笑みを浮かべて私を先導してくれる。
慎重に一歩一歩足を進めた。その先にいるリアムは幸せで一杯という開けっぴろげな笑顔で待っていてくれる。
ついにリアムのところに辿り着いた。
彼は他の人に聞こえないような声で囁いた。
「ミラ、堪らなく綺麗だ。今すぐ抱きたい」
真っ赤になった私を見てリアムが悪戯っぽく笑う。
もう、こんな時に揶揄わなくても……と思うが、怒る気持ちにはなれなかった。彼の砕けた仕草が嬉しいというかくすぐったい。
その後、法衣を身にまとった親切そうな司祭のおかげで儀式は滞りなく進み、私たちは最後に誓いの口づけを交わすことになった。
リアムを見上げると彼は晴れ晴れとした笑顔で私をじっと見つめている。私のことが可愛くて堪らないというような甘い眼差しに自然と胸の鼓動が速くなる。
リアムの大きな骨ばった手が私の頬に触れる。目を閉じるとそっと優しく口づけを落とされた。
鳥がついばむような軽いキスに物足りなさと感じてしまった自分に驚いた。いつから自分はこんな破廉恥な人間になってしまったのか(汗)!
思わず紅潮してしまった頬を撫でながら、リアムが耳元で低く掠れた声で囁く。
「人前でそんな可愛い顔をしちゃダメだよ」
私たちの密やかな会話に気がついていない司祭が婚姻の成立を宣言すると、参列者が一斉に大きな拍手をした。
私とリアムは固く手を握り、微笑みを交わした。
結婚式の後、リマの広場に二人で姿を見せると領民の熱狂ぶりは凄まじかった。興奮冷めやらぬ様子で
「リアム様、素敵!」
「ミラちゃん、可愛い!」
「綺麗! お似合いです!」
色んな掛け声が聞こえた。
領民の声援にリアムが完璧な微笑みで答える。
女性の悲鳴のような黄色い歓声が響き渡った。確かに彼の微笑みをまともにくらうと腰が砕けそうになる。気持ちは良く分かるよ。うん。
リアムが領民に慕われているのを実感して、私まで嬉しくなる。私もこの領のために頑張ろうと思いを新たにした。
パレードの沿道にもそこを埋めつくさんばかりに人が集まっている。私たちの馬車は無蓋(むがい)なので、人々の笑顔が驚くほど近くに見えた。
護衛の騎馬隊に先導されて城に入る。
騎馬隊として参加していたテッドと目が合うとバチっとウィンクしてくれた。初めて会った日に文句も言わずジャガイモの皮をむいてくれた彼を思い出す。あれから色んなことがあったが、彼はいつも私の護衛を真摯に務めてくれた。
城で行われる披露パーティでは、宿命のライバルである料理長や料理人たちが何日もかけて仕込み、調理した素晴らしいご馳走が並ぶ。
今回は立食形式のパーティにした。その方が色んな人達と話をすることが出来るからだが、厨房は大忙しだろう。後で御礼をしなくては。
リタとパウロは、元難民キャンプの代表や子供達もパーティに招待してくれていた。ブーケや花冠の御礼を言うと彼らの瞳が急速に潤んだ。
「ミラ様の花嫁衣裳のお手伝いができたことは一生の誇りです!」
ちょっとしんみりしながらもみんなが笑顔になった。
リタは鮮やかな濃い緑色のワンピを着て、同系色のリボンで髪を複雑に編み込んでいる。隣ではパウロがニコニコと誇らしげに彼女の肩を抱いていた。
顔なじみの狩人の姿も見える。
テオも奥様と一緒に参列してくれた。
「妻のメアリです。来月出産予定なんです」
珍しく照れながら紹介してくれたテオの奥様の顔は幸せに輝いている。素敵なご夫婦だ。
城で働く使用人は、今日はもてなす側として張り切ってくれている。
大切な人達が私たちの未来を祝福してくれる幸せに、心から感謝の気持ちが溢れた。
晴れわたる青い空の下で、リアムのヘイゼルの瞳が穏やかに喜びを伝えていた。その瞳に映る自分が好きだ。これからの人生を愛する人達のために捧げよう。そんな自分にちょっと誇りが持てる、今日はそんな特別な日になった。
「ミラ、今日は人生最良の日だ。俺たちはこれからずっと一緒だよ」
優しい眼差しに映る私は、少女のような天真爛漫な笑みを浮かべていた。
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