第24話 元カレ(?)に口説かれてしまいました
「ケ、ケント?! どうしたの? こんなところで?!」
「お前、リアムのところから逃げ出したんだって? お前を探して大変な騒ぎになってるぞ。あんなに焦るリアムを見たのは初めてだ。戦場だってどこだって、いつでも落ち着き払っていたくせにな!」
ケントは面白そうに笑った。
「あ!?」
動揺のあまり眩暈がする。そうだ。私はパニックになって逃げだしてしまったが、残されたリアムのことを全く考えていなかった。
心配をかけて申し訳ない……。
それに……今更ながら思い返すと、リアムは怪我のせいでそんなに速く走ることが出来ないのだ。私を追いかけたくても追いかけられなかったのだろう。
……私はなんて思いやりのない婚約者なんだろう。
ズーンと音が出そうなくらい凹んだ。
「リアムにミラは無事だと伝えろ」
私の表情を見てケントがお付きの人に伝言を頼んでくれた。
「あ、ありがとう。私、本当に考えなしで……」
「いや、いいよ。お前たちが喧嘩したんだったら、俺にもつけ入る隙があるかもってちょっと期待したしな」
「ケント、何言ってんの?」
「まぁ、いい。それより何があったのか話してみ。料理長。悪いが二人にしてくれるか?」
料理長は穏やかな笑みを湛えて、綺麗に一礼すると静かにその場から離れていった。
***
私はパトリシアのことからリアムとのやり取りまで全部ケントに説明した。
ケントは顎を掻きながら困った顔をする。
「そっか……タイミングが悪かったな。でも、リアムがお前を捨ててパトリシアを選ぶことはないと思うよ。リアムはお前に夢中だよ。あいつは昔から異常に女にモテていたが、あんな風に自分から追いかけるのを見たことがない。言葉は悪いけど、いつも受け身で迫られる側だったからなぁ」
「そうなのかな? でも、パトリシア様とは三年以上も付き合っていて、結婚するためにわざわざ辺境伯領まで連れて行ったんだよ」
「でも、結局別れたんだろう? その後、あいつはお前に惚れて、ようやく両想いになれたんだ」
「うん……」
私は頷いた。
「俺はさ、お前とのことでずっと後悔していることがあるんだ」
いきなり話が変わって私は戸惑った。そんな私にケントは苦笑した。
「いいから聞けよ。お前は俺の運命の相手じゃないって子供の頃から言い続けてたよな?」
「うん。だって……」
私は初めてケントと出会った時のことを思い出した。
**
『おい! 俺はお前なんか好きになんないぞ! スチュワート公爵にゴリ押しされて、仕方なく婚約したんだ!』
ケントの台詞に私は重々しく頷いた。
『その通りです。私たちが結ばれることはありません。あなたは魔法学院に入学した後、素晴らしい女性と運命の出会いを迎えます。そして、彼女と結ばれてハッピーエンドになるでしょう』
ケントの口がポカンと開いた。
『……そ、そうか。でも、そうするとお前はどうなるんだ?』
『そこが難しいところです。私は喜んで婚約破棄しますが、その後の身の振り方を考えなくてはいけません。現在職業訓練の一環として調理を勉強しています。婚約破棄した後に王宮の厨房で雇って頂けますか?』
それを聞いたケントがぶーっと噴き出した。
『お前。面白いな』
**
それから私たちは仲良くなったんだ。
ケントの灰色がかった蒼い瞳が切なげに細められた。
「分かってる。お前は最初からそう言っていた。いい友達でいようって言われて俺も納得してたんだ。現に俺はミシェルに出会って結婚したし……」
彼は言葉を探すかのように微かに頭を振った。
「……でも、俺はお前のことを好きだったと思う。女性として。恋愛対象としてちゃんと見ていたよ」
私はケントの言葉の意味が分からなくて、脳がフリーズ状態になった。
彼はじれったそうに言葉を続ける。
「いいか? 俺はお前が好きだった。いや、今でも好きだ。恋愛感情として。その気持ちを伝えられなかったことを後悔しているんだ」
「……だって、ミシェルは?」
私は震える声で訊ねた。ケントは深く溜息をついた。
「もし、ミシェルと会う前に、お前と恋人関係にあったら、俺はミシェルには心を動かされなかったと思う。だから……後悔しているんだ。今の王妃はミシェルでそれを変えることは出来ない。でも、俺はお前にそばに居て欲しい。お前が居なくなって、初めて自分の気持ちに気づいたんだ」
「ケントは……私にどうして欲しいの?」
ケントは私の手を強く握り、瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「もし、少しでも俺のことを想う気持ちが残っているなら、王宮に戻ってきて欲しい。また側妃ということになるだろうが、今までのようなお飾りのような存在ではなく、本当の夫婦になりたいと思っている」
私は何と言っていいか分からなかった。
もし、リアムと出会う前にこんな言葉を伝えられていたら、私はきっと喜んでケントの側妃として傍に居る道を選んでいただろう。子供の頃から密かに恋していたケントからこんな風に告白されて、嬉しくないはずがない。
でも、今の私にとって心の中で一番大切な存在は既にケントではなくリアムになっていた。
「叙爵式で驚いたよ。お前がリアムを見る目は……なんていうか、凄く可愛かった。気づいてないかもしれないけど、恋する乙女っていう表情だった。俺はずっとお前にあんな表情をさせたかったんだよな。正直、妬けた」
リアムに向ける私の目? 表情?
自分では意識したことがない。ケントは苦笑いしながら戸惑う私の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
彼はいい加減な気持ちでこんなことを言う人じゃない。私にとっては思いがけない告白だったけど、彼が本気で言っていることは伝わった。
彼の気持ちを疎かに考えてはいけない。私も真剣に答えないと。
深呼吸をした後、私は正面から彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ケント。気持ちはとても、とても嬉しいの。でも……ごめんなさい」
しばらく沈黙した後、ケントは息を吐いた。
「まぁ、お前の答えは予想していたよ……。心の整理のためにちゃんと自分の気持ちを伝えておきたかったんだ」
「ケントは、もし私と恋人関係になっていたらミシェルには心を奪われなかったって言ったけど、もしかしたらそれでもミシェルに恋していたかもしれないじゃない? そうだったとしたら、もっと辛い展開になっていたと思う。ケントはミシェルのバイオリン演奏を聴いて運命だと感じたんでしょ?」
「ああ、あれは鮮烈だった。……そうだな。悩んだかもしれないな」
「うん。だから、これが一番良かったのよ。一番良い道筋を選んできたって私は確信してる。おかげでリアム様と巡り合えたし」
「王宮にはもう戻ってこないってことだな」
ケントは肩を竦めた。いつも快活な彼には珍しく哀しそうな表情をしている。リアムと心を通わせる前にこんな表情を見ていたら、私も迷っていたかもしれない。
「うん。やっぱり私はリアム様が好きなの。ずっと一緒に居たいのはリアム様だから」
「リアムのどこがそんなにいいわけ? 俺との違いはなんだよ?」
「うーん、リアム様もケントもイイ男だなぁって思うよ。二人とも人の話を聞いてくれるし、真面目だし、誠実だし、優しいし。でも、ケントって人を使うのが上手じゃない? 国王なんだから当然の資質なんだろうけど。でも、リアム様って不器用で……人にやらせるのが苦手で、結局自分でやっちゃうんだよね。いつも人のことを気遣って、自分のことは後回しにしちゃうの。もっと頼って、甘えてくれたらいいのにって思う」
ケントはふっと微笑んだ。
「それは、まんまお前のことだな。お前たちは似た者同士なんだよ」
「え? そうかな? ……うん。確かに私も人に甘えるのが下手かもしれない。でも、リアム様はものすごく私を甘やかしてくれるの。それにちょっとギャップ萌えというか、少しカッコ悪いところもあって、そこも可愛いの。そういう……ちょっと情けないところを私だけに見せてくれるとキュンとしちゃうよね」
「へぇ、情けないところねぇ。俺は全然見たことないけど……。嫉妬とかするのかな?」
「うん。結構独占欲が強くて、やきもち焼きなのも嬉しい。それだけ愛されているって感じるから」
「……だそうだよ。聞いたか、リアム?」
ケントの視線は私の背後に向いている。私が慌てて振り返ると真っ赤な顔をしたリアムが立っていた。
顔を片手で覆い隠しているが、耳や首まで赤いのが丸わかりだ。
私も火が出るんじゃないかと思うくらい、顔が熱くなった。
「リ、リアム様……いつからそこに?」
ケントがからかうように答える。
「『やっぱり私はリアム様が好きなの』くらいからかな」
私は穴があったら入りたいという衝動に駆られた。
私なんて言ってた?!
なんか恥ずかしいこと沢山言ってたよね?!
「夫婦喧嘩は犬も喰わないっていうけど、ちゃんと話をして仲直りしろよ。あ、リアム。パトリシアがお前とヨリを戻すって、ミラに言ったそうだ。そのせいでミラは不安になって、泣いてたんだぞ。さっき俺が言ったのはそういうとこだよ。お前は異常にモテるんだから、ちゃんとミラを不安にさせないように守ってやれよ!」
ケントは言いたいことだけ言うと、さっさと厨房から去って行った。
残された私たちはどうしようと戸惑っていたら、リアムが表情を強張らせた。
「パトリシアが君に何て言ったって?」
眉間に深い皺ができている。刺すような視線に相当の怒りが感じられて、私はちょっと尻込みしてしまった。
「あ、あの……それはここではなく後でゆっくり……」
私は周囲を見回しながら答えた。ここは厨房で、料理長たちが心配そうに私たちを見つめている。
私たちは料理長やスタッフに御礼と迷惑を掛けたお詫びを伝えて、借りていたサンダルをお返しした。
部屋に戻る時に、リアムは私をお姫様抱っこして連れていくと言って聞かず、私は仕方なくリアムの首に腕を回した。彼の肩や首元に顔を寄せると爽やかな匂いがする。
彼が使うコロンは森の若木のような香りがする。安心できる彼の匂いに包まれて、私は幸せを感じた。
彼は何も言わなかったが、宝物を抱いているかのように優しく慎重に私を運んでくれている。
彼の左足の具合が心配だったけど……。
「リアム様。重くはないですか? 足は大丈夫ですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「全然重くない。足は大丈夫だ。……でも、部屋に戻ったらマッサージと治癒魔法をお願いしようかな?」
蕩けるような笑顔で頼まれて、私は嬉しくなって「喜んで!」と叫んだのだった。
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