第12話 色々と忙しくなりそうです


リアムの話を聞いて、私の頬の熱が上がった。そんなことがあったなんて……。全然覚えていない自分が腹立たしかった。やっぱり頭を打ったせいなのかな?


「……でも、正直それだけで?と思ってしまいます」


私がそう言うとリアムは照れたように笑う。


「俺にとっては衝撃的な出来事だったんだよ。それに今回再会して、俺はますます君が好きになった。君は頑張り屋で、人の気持ちに寄り添える素晴らしい女性だ。俺の見る目は確かだったと自慢したいくらいだよ」


そして、リアムははぁっと大きく溜息をついて、話を続けた。


「……もう五年も前の話だ。その時に俺は君に恋をした。でも、ケントと君は愛し合っていると思ったから、無理矢理自分の想いに蓋をして諦めたんだ。ケントは優秀な男だ。彼が辺境での暮らしを学ぶために城に見学に来た時に会って安心したよ。国のことに真面目に取り組むケントなら、きっと君を幸せにしてくれるだろうって自分を納得させた」


「そんな風に……想って下さっていたんですね」


「でも、ケントが別な女性を正妃にして君を側妃にしたと聞いて、居ても立ってもいられなくなった。ケントに直談判してね。君を幸せにできないなら、俺に君を口説く機会をくれって言ったんだ。ケントはのらりくらりと躱して、君を手放そうとしなかったがね。ずるい奴だ」


リアムは苦笑いした。私の顔の熱は一向に引く様子がない。


「ただ……」


そう言いかけて彼の表情が曇った。私は先を促すように彼を見つめた。


「ただ、正直今の俺が君に相応しいかどうかは自信がない。醜い傷もあるし……。もちろん、長期戦で君を口説くつもりだが、その、同情というか、無理に俺を好きになる必要はないからね。オリバーたちはとにかく正面からミラを口説き落として逃がすなと言うんだが、もし君にもっと相応しい男が現れたら……」


私は、そう言いかけたリアムの口を両手で塞いだ。


この人には他の男性を勧めて欲しくない。私が耐えられない。


リアムの目が丸くなる。


「私は! 自分の意思で! 覚悟を持って! ここに来ました。リアム様や辺境伯領のお役に立ちたいと思って来たんです。それに、その傷を誇って下さい。国を守ってできた傷です。それに精悍な顔立ちに良く似合って、カッコいいと私は思います。そして、包容力も半端なくすごいです! 傷も全部含めて、リアム様はとても魅力的です!」


両拳を握り締めて熱弁を振るう。


だって、こんなに素敵な人、他にいない。もっと自信を持って欲しい。傷があってもなくても、リアムが恰好いいことに変わりない!


リアムの顔が真っ赤になる。その顔を片手で隠すようにしながら彼は呟いた。


「君の褒め言葉は……威力がありすぎる。あまり喜ばせないでくれ。期待したくなってしまうから……」


隠しきれていない彼の耳まで赤くなっている。


私はリアムに心惹かれている。それは間違いない。でも、ケントへ気持ちが揺れないかと問われたら、まだ確信が持てないし、ブレーキ無しの恋愛ができるかと言われたら、まだ自信がない。だって……こんな素敵な人が私を選んでくれるなんてやっぱり信じられない。いずれもっと女らしい人に奪われてしまうんじゃないかって不安はどうしても残ってしまう。


「私はリアム様が好きです。尊敬していますし、惹かれていると思います。でも……恋愛については、まだ自信がなくて」


私は正直に答えることにした。


リアムはそれでも嬉しそうだ。


「少しは前進してるってことだよな。今はそれで十分だ」


そう言いながら子供のような笑顔を見せた。


*****


復興事業は順調に進んでいた。


リタはリーダーとして優秀で、難民キャンプの人達それぞれの事情や希望を丁寧に聞いて報告してくれる。おかげで、私たちも計画が立てやすい。


そうは言っても、私は甘藷スイーツや綿ワンピの試作品で忙しいので、事務方で優秀な人材を補佐としてつけてもらった。


リアムの主席補佐官だったテオが、現在は復興事業の専任で働いてくれている。さすがの敏腕ぶりで彼のおかげで計画は滞りなく進んでいる。こんな素晴らしい人材に協力してもらえて感謝の気持ちで一杯だ。


主席補佐官の仕事を離れるのは不本意だったんじゃないかと心配だったけど、テオ自身が復興事業に興味を持って希望したと聞いて、ちょっと安心した。


ただ、テオは既婚者だが女性嫌いらしい。だから、私はあまり近づかないようにと言い渡されている。


確かにテオは必要最低限の会話しか私とは交わさない。それがちょうど良い距離感なのだろうと納得しているが、残念ながら私は性別を変えられないし、苦手な女性と働かないといけないなんて申し訳ない気持ちになる。


テオの眼鏡の奥の黒い瞳はちょっと不機嫌そうで、私は仕事の話をするのも躊躇われてしまう時がある。


しかし、テオは仕事をしっかりやってくれるし、女性が苦手なのに私に対して嫌な態度を取る訳でもない。いつも紳士的で、個人的な感情を脇に置いてくれるプロらしさは有難いなと思う。


ある日、珍しくテオの方から話があると近寄ってきた。


「パイロットショップの準備が出来ました」


そう。試作品を売って消費者からの反応や売れ筋動向を見るためのパイロットショップ、つまりアンテナショップを立ち上げようとテオに提案していたんだ。実際に商品が売れるかどうかのマーケット調査は、売れ残りを最小限にするためにも重要だ。


辺境伯領の中心はリマという州都で、そこは多くの人が集まりマーケットや店が立ち並ぶ繁華街だ。そこでパイロットショップを開く予定だと数週間前にテオが言っていた。さすが優秀だ。こんなにすぐに開店準備が整うとは思っていなかった。


「パイロットショップの運営は私の方で手配します。ミラ様にお願いしたいのは、宣伝活動ですね」


「宣伝……?」


「リアム様にもお願いしたのですが、お二人でリマの町を散策して頂きたいのです。その時に試作品のワンピを着て頂けると良い宣伝になります。それにパイロットショップに行って頂いて、客の反応を調査して頂けると有難いですね」


「それは是非やらせて頂きたいけど……でも、私が試作品を着るだけで宣伝になるかしら?」


「リアム様の人気は領内で非常に高いのです。リアム様と一緒に歩くだけで注目を集めます。その時に爽やかなサマーワンピを着て歩けば多くの女性が食いつくでしょう」


「そっか。リアム様人気にあやかるのね。分かった。出来るだけ綺麗に着こなせるようにエマと相談するわ!」


「……既にミラ様の人気も高いのですがね」


テオの小声は私には届かなかった。


「でも、リアム様が素敵過ぎるから、私だと力不足かもしれないわよね。誰か他にも……」


私が言いかけるとテオの顔が青褪めた。


「冗談でもそんなことは仰らないで下さい。リアム様はミラ様以外の女性とは出かけないと思いますよ。それに、コンセプトは恋人たちの休日です。お二人の仲睦まじい姿を人々にアピールすることで、女性の憧れの気持ちを引き出すことが出来ます。それがワンピのブランド戦略に繋がるのですよ。いいですか? その日はできるだけリアム様に甘えて、イチャイチャすることがミラ様の仕事だと思って下さい!」


いつになく熱のこもった言葉に私は少したじろいだが、コクコクと頷いた。うん、彼はとても仕事熱心だ。私も頑張らないと!


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