第31話 スチュワート公爵家が没落しました
*ミラ視点に戻ります
忙しいながらも平和な日々が続いていたある日、大きなニュースが飛び込んできた。
なんとスチュワート公爵が犯罪と汚職で逮捕、起訴された。違法な人身売買組織に便宜を図っていただけでなく、未成年者略取や誘拐にも関与していたらしい。
その後の裁判で爵位の剥奪が決まり、終身の禁固刑が決まった。残りの人生を牢獄で過ごすことになるだろう。
私とはもう関係のない人とはいえ、複雑な心境だった。
乙女ゲーム『シンフォニア』でも、悪役令嬢のミラ・スチュワートが婚約破棄・断罪された後、スチュワート公爵家は没落した。
もし、これが乙女ゲームの世界であると知らなかったら、ゲームの中のミラがケントに執着していた理由は良く分かる。
最低最悪の父親を持ち、家でも孤独で友達もできない。しかも、この世界で音楽の才能もないという状況だと、縋りつけるのは王太子の婚約者という立場だけだったろう。
可哀想に……。
私はゲームの中のミラを憐れに思った。ケントに執着して愛されたくて、ミシェルが憎くて、嫉妬してどうしようもなかったのだろう。
もちろん、人を傷つけていいはずがない。ゲームの中のミラがしたことは決して許されないことだった。
でも、生まれて初めて嫉妬という感情を知った私は、そんなミラが可哀想だと思ってしまったんだ。
私の沈んだ様子を心配したリアムが、私を自分の膝の上に抱きあげた。
「ミラ、何を考えている? スチュワート公爵のことが心配?」
「ううん。あの人は私とはもう関係のない人だし、悪いことをしたのなら当然の報いだと思う。そうじゃなくて、前世のこととか……ちょっと思い出して。ゲームの中のミラは可哀想だったなって……」
リアムは私を抱きしめて、優しく頭を撫でる。私は彼の逞しい胸板に自分の顔を押しつけて、背中に手を回した。
「ここはゲームの世界かもしれないけど、俺たちにとっては現実だ。ゲームの中のミラはいない。君がミラなんだよ。俺は君が君で良かったと思う。君だったからケントも力を貸した。君だったから俺も惹かれたんだ。辛い状況にあっても、君はいつも前向きに頑張ってきた。俺は君を心から誇りに思うよ」
彼の言葉が心に沁みた。
「ごめんね。感傷的になっちゃって……」
「無理もないよ。君は優しいからゲームの中のミラが可哀想だと思ってしまうんだろう」
「だって、あんな父親に育てられて、まともに育つはずがないし。もちろん、だからといって彼女を庇うつもりはないんだけど……」
「そうだな。スチュワート公爵との関係は……複雑だったからね。君も十分傷ついてきた。これから俺がその傷を癒すのを手伝うから……。どうか頼って欲しい」
「うん。ありがとう」
私がしんみりと言うと、リアムはそっと私の頬に手を添えた。指の背を使って、僅かに触れるように頬を撫でる。
「君は既に絶縁しているから大丈夫だと思うが、万が一にも君に累が及ばないように俺が守る」
私はリアムの首に手を回して彼の肩に頭を埋めた。リアムの顔が優しく緩むと彼の手が背中に回り、強く抱きしめられた。彼の胸の中にいると心から安心できる。ここが自分の居場所だと思えるんだ。
「ミラ……好きだ」
リアムが私の肩に顔を寄せると、首筋に彼の吐息がかかる。くすぐったいけど、ちょっと気持ちいい、と思っていたら、不意に唇を重ねられた。
柔らかい唇と熱い舌の感触にうっとりしてしまう。
唇を離すと、リアムは柔らかく微笑んだ。端整な美貌が至近距離にある迫力でまた胸がどきどきする。
その時、リアムがふと思いついたように尋ねた。
「そういえば、ミラはスチュワート公爵領について詳しいかい?」
「全然。あの人は私には全く関与させてくれなかったわ」
「まぁ、そうだろうな。スチュワート公爵の爵位が剥奪されたので、その領地が宙に浮いた。ほとんどが国王の直轄領になるそうだが、ケントからスチュワート公爵領の一部がウィンザー公爵領に移譲されると通達があった。少し離れているので、飛び地領のようになるのかな」
リアムが溜息をついた。
「ケントにやられた……。公爵領の中でも一番領地経営が難しい厄介なところを押しつけられた。俺が公爵になったからお祝いに領地を増やしてやるなんて恩着せがましく書いてあったが」
「ケントは、一番難しい領地でもリアムなら立派にできるって信用してるんだよ」
「君はいつも前向きだな!」
リアムが笑った。
「私もお手伝いします。もう一人じゃないんだから。一緒に背負わせて」
「君と一緒なら何でも出来る気がするよ」
リアムの笑顔はまるで少年のようで、私の胸は愛おしさで一杯になった。
*****
最後の難民グループが新居への引っ越しを終え、正式に難民キャンプが解散することになった。
私とリアムが最後の視察に向かうと、爽やかな薄緑のワンピースを着た美しい女性が出迎えてくれた。
「リタさん!?」
いつもの兵士の服装ではないリタは髪も下ろして、少しお化粧もしているようだ。元々美人だったけど、女らしさが増して益々魅力的に見える。
「ミラ、あまり見ないでよ。恥ずかしいからさ」
照れるリタ。貴重なものを見せて頂いたと拝みたくなる。
「ワンピ、とっても似合ってますよ! すごく綺麗です!」
私の言葉を聞いてリタは嬉しそうに微笑んだ。
こんなに優しいリタの笑顔、初めて見る!
何があったんだろう?
その時私たちの方に兵士服姿の男性が走って来て、リアムに向かって敬礼した。
「リアム様! ご無沙汰致しております!」
「ああ、パウロ。戻って来てくれたのか。無事で良かった。大変だったろう」
「ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません! すぐにご報告に行くつもりだったのですが……」
「いや、リタに会うのが最優先だろう。分かっているよ」
リアムが言うと二人の顔が真っ赤に染まった。
リタの赤面。また尊いものを拝ませて頂いた。
パウロと呼ばれた男性は、リタとそれほど身長は変わらない。しっかりと筋肉のついた鍛えられた体つきで、聡明そうな緑色の眼差しと温和な顔つきはその人柄を物語っているようだった。
「ミラ、彼はパウロと言ってね。辺境伯軍の小隊長だったんだが、しばらく……もう五年近くになるか? 領地を離れて仕事をしてもらっていたんだ。パウロ、こちらがミラ、俺の婚約者だ」
リアムが如才なく紹介してくれたので、私は軽く会釈をしながら微笑んだ。
「初めまして。お会いできて嬉しいです」
パウロはビクッと肩を揺らすと、そのままじっと私の顔を凝視している。
「……えっと、あの……?」
私が戸惑っていたらパウロは慌てて跪いて淑女に対する礼を取った。
「……っ、大変失礼いたしました。パウロと申します。リタからミラ様のお話を伺いました。素晴らしい知恵で難民を救って下さったと伺っています。本当にありがとうございました」
「い、いえ、そんな、全部リタのおかげなのよ。リタは素晴らしいリーダーだから。難民の人達からもとても慕われているわ」
そう言うとパウロの顔がぱっと輝いた。とっても嬉しそうだ。彼はリタが大好きなんだな。
リタはそんな彼の様子を愛おしそうに見つめている。二人の関係性が伝わってきて、私は気持ちが温かくなった。
立ち上がったパウロは、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「あの……この度はスチュワート公爵が、その……申し訳ありませんでした」
そう言いながら、私に向かって深くお辞儀をした。
ああ、彼は私の元父親がスチュワート公爵だと知っていて、それで心配してくれているのかな?
「いえ、もう私とは関係のない人なので……」
言葉少なに答えると、リタが彼の脇腹をぎゅーーーーっとつねった。
「ごめんねー、こいつの言うことは気にしないで。ミラはね、リアム様と結ばれて幸せなの。分かる?」
リアムが柔らかく微笑んだ。
「パウロ。ミラは大丈夫だ。俺が絶対に彼女を守るから」
パウロは安心したように大きな笑顔を見せた。
「そうですよね! 余計なことを言いまして、本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げるパウロを見て、彼は優しい人だなと思った。
「いえ、大丈夫です。お気遣い頂いてありがとうございます」
「それであの、リアム様、ミラ様、俺たちも今度結婚することになりまして……」
リタが頬をピンク色に染めて、照れくさそうに眼を伏せた。今日のリタはお宝ショットが満載だ。
「それは良かった! おめでとう!」
「わぁ! おめでとうございます! 結婚式はされるんですか?」
私も嬉しくてつい質問してしまった。
「ありがとうございます。俺なんて所詮男爵家の次男坊なんて堅苦しい式は必要ないと思ったんですが……まぁ、リタのためにもちゃんとした……正式な結婚式をした方がいいと国王陛下に言って頂いて……恐れ多くも国王陛下が媒酌人も務めて下さるそうで……」
「パウロさんは、ケントのことを知っているんですか?」
「はい。実はここ数年は国王陛下の直属として仕事させて頂いておりました」
パウロはとても優秀に違いない。ケントは人を見る目が厳しいし、無能な人間を周囲に置くほど寛容でもない。無能な人間に仕事をさせて人民に迷惑がかかることを、国王として何より嫌う人だ。
ふとケントのことを思い出した。
王都でお別れを言う時には、いつものケントに戻ってサバサバとしたものだった。
「元気でな! ウィンザー公爵夫妻! 国と俺のために尽くしてくれよ」
手を振りながらニッと笑う。
その目には未練のような情緒的な感情は全くなかった。さすが国王。気持ちの切り替えが早いと感心したものだ。
でも、ケントが私のことを大切にしてくれていたことは伝わった。リアムに出会う前、ケントがずっと私を守ってくれていたことは間違いない。彼への感謝の気持ちは生涯忘れないだろう。
「……ミラ? 何を考えている?」
リアムの眉間にしわが寄っているのを見て、しまったと焦る。
「……えっと、ケントのことなんて考えていません!」
リアムの笑顔が固まり、私の鼻を軽くつまんだ。
「……後でお仕置きだ」
冗談っぽく耳元で囁かれ、私は嬉しいようなちょっと怖いような、説明のできない不思議な感覚を覚えてゾクゾクしてしまった。
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