第32話 私でも音楽の演奏が出来ました!
復興事業は成功裏に終了し、リアムは私の宝石や金貨を全て返却してくれた。
「ミラには本当に感謝している。君のおかげで復興事業を始めることができた。でも、王都でケントから叱られたんだ。その宝石には王家に代々伝わるものも含まれているそうだ。それに金貨もミラ自身のために使って欲しいと言っていた」
「ええ!? そんな大事な宝石をケントはなんでまた私に!?」
「君はケントにとって大切な女性なんだよ。でも、俺は君に甘えてしまって悪かったと思う。男として情けなかった」
「そんなことない。私が強引に押しつけたようなものだったんだし。でも、宝石も金貨も大切に保管させて頂くわ。いつか自分のために使い道が出来たら遠慮なく使わせてもらうから」
「君が欲しいものは俺に買わせてくれよ。最愛の女性に贈り物をさせて欲しい」
リアムは私の頬に甘いキスをした。
「リアムは私を甘やかし過ぎだから! それに私はドレスも宝石もそんなに興味ないし……」
「君は物欲がないからなぁ。欲しいものとか、やってみたいこととか……何か俺にできることはないかな?」
真面目な顔で尋ねられて、私は考えた。一つ、やって欲しいことはある。
「じゃあ、一つお願いをしてもいい?」
「なんなりと。お嬢様」
冗談っぽく微笑むリアムの色気は日々進化しているようだ。
「じゃあ、あの……リアムはピアノが上手だって聞いたの。だから、ピアノ聞かせてくれない?」
「え?! なんでピアノのことを知ってるんだ?」
「えっと、パトリシア様から聞いたの。もちろん、私は彼女みたいに連弾出来ないけど。……っていうか、実は楽器が全然ダメなの。楽器が弾けないなんて呆れられちゃうと思うけど……子供の頃からそれがずっと劣等感(コンプレックス)でね」
私がモジモジしながらそう言うと、リアムは私の手を引いて城のサロンにあるグランドピアノのところまで連れていった。
「調律はしてあるってオリバーは言ってたが……」
そう呟きながらリアムが鍵盤を鳴らす。軽く流すように弾く様子を見るだけで、相当の腕前なのだと分かる。
「うん。大丈夫そうだ」
リアムは満足気に頷くと、私が座るための椅子を自分の隣に持ってきてくれた。
ワクワクしながら椅子に腰かける。こんな近くでピアノの演奏を見られるなんてラッキーだ。
リアムは愛おしくて堪らないという顔つきで私の髪を一房持ち上げるとそこに口づけした。そういう仕草が恐ろしいほど似合ってしまう。イケメンはすごい。
「ミラ、右手の人差し指を出して」
なんだろう?と思いつつ差し出すと、彼は丁寧にその指を鍵盤のド、ミ、ソに当てた。
「指でその三音を繰り返し弾いてくれる?」
リアムに言われたように、人差し指一本でゆっくりとド、ミ、ソを繰り返した。
「うん。上手いよ。そのまま続けててね」
そう言いながら、リアムは私の出す音に合わせて旋律を奏でだした。
最初はゆっくりと始まった曲調が徐々にスピードと複雑さを増していく。
私の単調な音に複雑なメロディが絡み合って、驚くほど美しい音楽が生み出される。私も一緒にその音楽を作り出しているんだという奇跡に感動で胸が震えた。
嬉しい。こんな綺麗な音楽に包まれて。私も一緒に演奏しているなんて……(←人差し指だけど)。
最後にリアムが一際華やかなメロディで私の出すドの音と共に曲を終えた。
私は不思議な達成感と喜びで目頭が熱くなった。ポロリと目尻から涙がこぼれるのを見てリアムは慌てているが、これは歓喜の涙だ。
生まれてこのかた、音楽ができないせいでどれだけ人からバカにされただろうか。劣等感に打ちひしがれることが多かった。私自身、音楽が大好きなだけに、どれだけレッスンを受けても全く上達しない自分に怒りを覚えていた。ゲーム設定の強制力なのかもしれないが、どれだけ努力しても指が全く動かなかったんだ。
それなのに……。リアムが音楽を紡ぐ楽しさを教えてくれた。私でも音楽に参加することが出来るし、楽しんでいいんだという新しい感覚に痺れるような喜びを覚えた。
「ミラ、ごめん……何か気を悪くさせてしまったかい?」
私は必死で謝るリアムの首に抱きついた。
「違うの。嬉しくて。私でも一緒に音楽を奏でることができるんだなって。三音だけだけど、すごく感動した。楽しかった。リアムのピアノはとても優しくて綺麗で……。ありがとう」
リアムの緊張していた体がホッとしたように緩んだ。
「良かった。音楽を聴いて楽しめる感性を持っているミラは素敵だよ。良かったらまた一緒に弾こう」
ああ、なんでこの人は私が言って欲しい台詞が分かるんだろう。
「リアム。大好き。言葉では言い表せないくらい愛してる。ずっと一緒に居てね」
それを聞いたリアムの顔が紅潮した。
「っ! ミラ、愛してる」
私の体を抱きしめ、激しい口づけを始めた。拙いなりに私も必死で舌を絡めると、お互いの息遣いがどんどん激しくなる。
「はぁ、止まらない……」
リアムは私の首に吸いついた。
初めての感覚で思わず「ひゃぁあ!」と色気のない声を出してしまった私に、リアムがハッと我に返り青褪めた。
「ご、ごめん。つい夢中になって……年がいもなくがっついてしまった」
しょぼんとするリアム。控えめに言っても可愛い。
「いえ、こっちこそごめん。嫌だった訳じゃないの。ただ圧倒的に経験が足りなくて……。は、初めてだから。でもね、リアムとだったら、そういうことしたいと思うよ」
「いや、ミラ、そういうことを言っちゃダメだ。俺の修行僧のような努力が水の泡になる」
リアムは頭を抱えて深く懊悩している。
「修行僧……?」
怪訝そうな声を出すとリアムは苦笑いしながら私の頭を撫でた。
「王都で同じベッドで寝ただろう? 君に手を出さないように修道士のように頭の中で聖書の唱句を唱えていたよ」
「え!? ええええええ? そうなの? 私なんかに手を出したいと思う? こんなに色気ないのに?」
そう言うとリアムは私を睨みながら私の頭に軽くゲンコツを落とした。
「おい! 君はとてつもなく可愛いし、男は好きな子と一緒にいたらいつでも手を出したいと思っている生き物なんだよ」
「え……じゃあ、手を出して下さっても構いませんけど……」
恥ずかしいのでごにょごにょ言うと、リアムが自分の額を押さえてはぁっと溜息をついた。
「君を大切にしたいんだ。大人の男として結婚するまでは我慢すると決めたんだ。だから……頼むから煽らないでくれないか?」
リアムは私の額に自分の額をコツンと当てた。間近で見るイケメンの色香にクラクラする。
「えっと、じゃあ、結婚式まではこのまま何もないと……?」
「そうだな。俺は今自分が言ったことを激しく後悔している」
真剣な顔つきのリアムに私は爆笑してしまった。ごめん。でも、やっぱり可愛い。
結婚式までは、あと半年くらいある。
「結婚式、待ち遠しいです」
リアムが私の頬にキスをしてニッと笑った。
「俺もだ」
私が大好きな、少年みたいな笑顔だった。
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