第4話 嫁入り先(予定)での生活を満喫します

すっかり仲良くなった侍女頭ハンナと専属侍女エマが私の乗馬服を準備してくれた。


「申し訳ありません。ミラ様用に乗馬服をご用意しておりませんで、旦那様が子供の頃に着ていた乗馬服しかないのですが……それで宜しいでしょうか?」


それでは失礼ではないかと困った様子の二人に私は笑顔を向けた。


「はい、有難いです! 全く問題ありません。すみません……私のわがままで」


頭を掻きながら詫びると、エマがホッとしたように呟いた。


「ミラ様は公爵令嬢で国王陛下の寵愛を深く受けた方だと伺っていたので、どのような方だろうと思っていたのですが……」

「……ごめんなさい。がっかりさせちゃいました?」

「い、いえ、全然。逆です。なんて気さくで素敵な方だろうって……」


エマの言葉にハンナも微笑みながら頷く。


和気藹々と乗馬の支度を手伝ってもらう。彼女たちは私のアッシュブロンドの髪を梳かしながら溜息をついた。


「この御髪の美しくて柔らかいこと。瞳の色とも合っているし。お肌もすべすべで、なんてお綺麗なのかしら……旦那様は幸せものですわ」


お世辞でも嬉しい。へへ。


そして、私は自分の荷物の中からお気に入りのマイ弓矢を取り出した。自前の弓矢を持って来て良かった。ケントとも一緒に遠乗りや狩りにはしょっちゅう行っていたので、道具は揃っているんだ。……乗馬服は持って来るのを忘れただけで(汗)。


馬に乗った私を見て使用人たちは溜息をついた。


「狩りの女神のようです……」

「凛々しくて美しい。目の保養です」


口々に褒め称えてくれる。みんな優しいな。


「わがまま言ってごめんなさい。準備を手伝ってくれてありがとうございます。では行ってきます!」


笑顔で手を振ると、狩人たちと一緒に山へ駆け出した。もちろん、辺境伯騎士団の騎士数名も護衛としてついてくる。


一人でも大丈夫だけど、そういう訳にはいかないのか。手間をかけて申し訳ないな。


せめて、獲物を沢山狩って帰ろう!


私は俄然やる気になった。


そして、私がやる気になると狩りは大猟になる。ケントもしょっちゅう言っていた。


「お前には山の神が憑いてんじゃないの?」


その通り!


大猟の鹿やイノシシを見て、屋敷の使用人たちは呆気に取られた。


狩人たちは汗をふきふき、興奮しながら大声でまくしたてた。


「いやもう、こちらのご令嬢は凄いよ!弓矢の腕は正確だし、馬の使い方も天才的だ! この方が居たら、俺たち仕事くいっぱぐれるな!」


護衛でついてきた騎士達も口々に言う。


「さすが国王陛下の寵姫でいらした姫君。乗馬の腕だけでなく、魔力も素晴らしかったです。俺たちの一人が落馬しそうになった時に、魔法で彼を助けながらイノシシを仕留めていましたよ」


いきなり褒められすぎて、私は急に恥ずかしくなる。


「えーっと、そんなことより……今夜はジビエ料理ね! 鍋にしましょう!」


照れ隠しに大声を出した。


「なべ……?」


不得要領顔のみんなに説明するのも面倒くさい。


「今夜は私が夕食を作りまーす!」


そう宣言すると、みんなが呆気にとられた。


料理長や料理人たちとも仲良くなっておきたい。私にとって厨房は第二の故郷(?)だからね。


「え、え、え、そんな奥様にそんなことをさせるなんて……」


狼狽える使用人たちを残して、私は狩人たちと一緒にズンズンと厨房に向かった。


しかし、厨房に入ろうとしたところ、思いがけない壁が立ちはだかった。


「ここはあたしたちの戦場なのよ。いくら王都からの特別な客人だからと言って、素人を入れるわけにはいかないわ!」


メンチを切って来たのは、ゴツイ岩のような体躯の料理長(♂)だった。


でも、気に入った! 厨房を戦場と例えるセンス! 私と共通するものがある。


そして、分かり合うためには勝負が必要なんだ。戦いからの友情の芽生えは何処の世界でもお約束のはずだ。


私は取りあえず獲物を持ち込んで、料理長に見せた。


「まず肉を捌かないと臭みがでちゃうから心配なの。血抜きはしてあるけど早く捌きたいので、そちらを優先させてもらっていい? その後、いくらでも私の料理の腕を試してちょうだい」

「……確かにその通りね」


ぶつぶつ言っていた料理長は、私が念入りに手を洗って、ごついマイナイフを取り出したのを見て目をひん剥いた。


「え!? あんたが捌くの?」

「いや、一人でこの量は無理よ。狩人のみんなも手伝ってくれる?」


ニッコリ笑いかけると、その場にいた男どもが顔を赤くしてモジモジしだした。なんだ?


「とりあえずさっさと始めよう!」


私はすかさず手近なところにあった鹿肉から捌き始めた。


私に続いて狩人たちも捌き始め、料理長もムキになったのか「あたしだって負けてられないわ!」と捌き始めた。


みんなで黙々と作業したおかげで、アッと言う間に大量の肉が誕生した。


もったいないので、余分な肉は貯蔵用に香辛料に漬けたり、塩漬けにしたりする。


今夜使う分の新鮮な肉は鍋用に調理を始めた。


料理長は私のナイフ捌きを見て感心したように言った。


「敵ながらやるわね。ふふふ、ライバルとして認めてやってもいいわ」


私も彼の手さばきの鮮やかさに「あんたもなかなかね」と褒め称え、二人でがっちりと握手をした。


周囲はただ茫然とそれを眺めているだけだった。


気がついたら完全に厨房を掌握していた私は(これは昔王宮の厨房でも同様のことが起こった)料理長と料理人に対して、鍋の説明を開始した。


まず出汁。そして、つけダレ。厨房にある香辛料などを確認しつつ、私は手早く料理人たちに指示を出していった。和食で使うような魚系の調味料はないから、今回は洋風出汁でいくかな。


私たちの調理を不安そうに家令オリバーと侍女頭ハンナが戸口から覗いている。心配をかけて申し訳ないと思ったので笑顔で手を振った。


「ありがとう。私は大丈夫。自分の仕事もあるでしょう。戻って平気よ」

「あの、では護衛の騎士を一人置いていきます。どうか、ご無理なさらないよう……」


そう言いながらオリバーとハンナは扉のところで一礼した。


「無理してないわ。ありがとう。みんな気持ちの良い方たちだから楽しいの!」


私がカラカラ笑うと、周囲の人間がどっと沸いた。


若い護衛騎士はテッドと名乗った。


「お嬢様の護衛をさせて頂くのは大変光栄です」


頬を赤らめる姿はまだ初々しい。


この城に到着して以来、私は「奥様」「姫君」「令嬢」「お嬢さま」などなど色々な呼ばれ方をされている。辺境伯が私をどうするのか分からないので、周囲もどう扱っていいのか分からないのだろう。ま、いっか。


せっかくなのでテッドに「ジャガイモむける?」と聞いてみたら、おずおずと頷いたのでナイフを手渡した。使える手は何でも使うがモットーだ。


今日は鍋だけだと物足りないかもしれないので、ジャガイモのパンケーキも作ろう。鍋は洋風出汁をベースにするので、案外マッチするのだ。鍋のスープにつけて食べても美味しいはず。


みんなでワイワイと楽しく喋りながら料理していると、ちょっと前世を思い出す。王宮の厨房の料理人もみんな良い人達だったけど、真面目であまりふざけた人がいなかった。こんな風にざっくばらんに喋ってくれると仲間になったみたいで嬉しい。辺境伯に気に入られなかったら、厨房の雑用係でもいいから雇ってもらえないかしら?今のうちに料理長に媚びを売っておこう。


「私、お料理好きなんです。また、厨房にお手伝いに来てイイですか?」

「仕方ないわね。特別よ。こんな斬新な料理を考えつくなんて、さすが王都からの客人は違うわね。また手伝いに来なさいよ」


それを聞いた騎士テッドの顔が青ざめた。


「あの、料理長。この方はミラ様です。元公爵令嬢で、国王陛下の側室でいらして……その、この度旦那様と婚姻を結ばれるかもしれない……」

「なにーーーーー!!!」


厨房の全員から愕然とした眼で見つめられる私。てへっ! 


「でも、今は無職のミラで~す。ダンナ様に捨てられたら厨房で雇ってくださ~い」

「あんた何言ってんの……?」


将来に備えて媚びを売るも料理長は呆れた顔で早々に厨房を追い出された。夕食の支度はほぼ終わっていたから良かったけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る