第5話 仕事をください
厨房を追い出された私は自分の部屋に戻ってもやることがない。退屈なので、家令を探して何か私に出来ることはないか尋ねてみる。
私は王宮でも、部屋でじっとしているのが苦手で色々やっていた。ケントの仕事の手伝いまでしていたほどだ。
旦那様の仕事のお手伝いでも出来ないかな?
何か役に立ちたいんだけど……。
私は元体育会系の有り余るエネルギーを持て余していた。
家令のオリバーは冷静に眼鏡をクイっと上げながら言う。
「いえ、もうミラ様の大活躍は十分拝見いたしました。昨日到着されたばかりなのですから、あとはゆっくりお休みください。お部屋にお茶をお持ちいたします。もうすぐ夕食の時間ですので、それまでお待ちください」
嫌味な感じではなく、本当に私の身を案じてくれているようだった。
「そう。じゃ、お言葉に甘えて」
後ほど、本当に部屋にお茶を持って来てくれたオリバーに私は言った。
「あのね。私はこの辺境伯領の役に立ちたくてここに来たの。だから、何か仕事が欲しいわ」
「何故でございますか? 王宮でも何不自由ない優雅な暮らしをされていらしたでしょうに」
「辺境伯領は厳しい気候と風土の中、人々が頑張って暮らしていると聞いているわ。それに、国境を守る重要な役目を担っている。今回の戦では辺境伯領の皆さんの力がなかったら、国土を蹂躙されていたかもしれない。それに領内の被害は小さくなかったと報告されている。だから多少なりとも復興のお手伝いをしたいと思ったの。体力には自信があるし、妃教育を幼い頃から受けていたから、領地経営についても多少の知識はあるつもりよ。もちろん座学だけで経験は足りないし、役に立たないと思われるのは仕方がないわ。旦那様にとっては妻にも欲しくない存在かもしれない。その場合は諦めるわ。でも、はっきりとそう言われるまで、私を働かせてくれないかしら? 皆さんの役に立ちたいの」
そう言うと家令の目から涙がどーっと零れ落ちた。
「そ、そんな風に言って頂けるなんて……。このオリバー、奥様の心意気に惚れました。どうか、どうか、リアム様を宜しくお願い申し上げます。そもそも、リアム様はミラ様が初恋だと仰っていましたし、ミラ様が気に入らないなんてことはあり得ません!」
「初恋?」
え!? 私は彼に会ったことがない。たぶん……人違いなんだろうけど。
「リアム様は十歳の時にご両親を亡くされて以来、領地を守るため、私たちのためにずっと頑張ってこられました」
オリバーはリアムが子供の頃から仕えている苦労人らしい。彼の様々な思い出話を聞いていると、この辺境伯城でみんなが協力して幼い領主を盛り立てるために頑張ってきた様子が伺えた。何だかオリバーが孫の自慢話をするおじいちゃんに見えてきた。私はこういうのに弱い。ついほろりとしてしまう。
「……しかし、リアム様が婚約者のご令嬢を連れてこられても、こんな辺境の地で何も楽しみがないと結局結婚をお断りされることもありました。やはり主君がお独りでいらっしゃると城が寂しく感じられることがあります。奥方様がいらっしゃると城も華やぐでしょう。それに、リアム様には自分の心を休めることが出来る憩いの場を見つけて欲しいというのが我ら使用人の念願でございます。ミラ様のお話は国王陛下からも伺っておりましたし、リアム様も熱心にミラ様との婚姻を望んでいたのです。ですから……是非お見捨てにならずに、リアム様をどうか宜しくお願い申し上げます」
実直な家令であるオリバーから頭を深々と下げられて、私は何と返答したら良いか困ってしまった。そもそもまだリアムとは面会すら出来ていないのだ。
その時にノックの音がした。
侍女頭ハンナが笑顔で顔を覗かせる。
「ミラ様、夕食のお仕度が出来ました。オリバー、旦那様は執務室で召し上がるそうです」
家令は頷いて「私がリアム様のお食事をお運びしよう」と返答した。
それを聞いて私は閃いた。
「あの、私に持って行かせて下さい。多分珍しいお料理だと思いますし、私から説明させて頂ければ……」
二人は嬉しそうに顔を見合わせて頷き合った。
「そうして頂けますか? ありがとうございます!」
**
私は粛々とティーワゴンを押して旦那様の執務室のドアをノックした。
仕事忙しいんだろうな。食事も仕事しながら取るなんて……。片手で食べやすいものにすればよかったかしら、と考える。
「誰だ!」
「あの、わたくしです。ミラです。お夕食をお持ちしました」
「……オリバーやハンナはどうした?」
「私が無理を言って、お食事を持ってこさせて頂いたのです。どうか開けて頂けませんか。今日のメニューは少し変わった趣向で私も料理させて頂いたので……」
「君が料理を? ……そこに置いて帰ってくれ。君と会うつもりはない。君がいる限りドアを開けることはない」
「そんな! お料理が冷めてしまいます!」
そう言っても全くドアを開けてくれそうになかったので、私は仕方なくティーワゴンをその場に残して立ち去ることにした。
廊下の端まで行って振り返るとティーワゴンはもうなかった。きっと部屋の中に入れたんだろう。口に合えばいいのだけど……。
辺境伯って一体どんな方なんだろうか?
**
翌朝も侍女のエマは私を褒め称えながら身支度を手伝ってくれた。
「奥様、今日もお綺麗でいらっしゃる。スタイルも抜群によろしいし、お肌もつやつやぴちぴち。羨ましいです~」
みんな私に甘すぎる、優しいなぁ。褒められるとすぐに調子に乗ってしまう私の性格を良く分かっているようだ。
その後家令のオリバーと侍女頭のハンナに会うと、旦那様は昨夜の夕食を全部召し上がったと嬉しそうに知らせてくれた。城のみんなにも美味しいと大好評だったと聞いてほっとした。
「リアム様から本当にミラ様が作られたのかと聞かれたので、ミラ様が狩りで獲って来た獲物をミラ様が直々に捌き、調理もされていたとお伝えしたところ、大変驚かれていました。国王陛下がミラ様は料理上手だと仰っていたことは誇張が入っているのだろうと疑っていて申し訳なかった、と仰っていましたよ」
えっと、それは褒め言葉と受け取ってもいいのかしら? ちょっと嬉しい。
「そして、ミラ様が昨日仰っていた『仕事がしたい。辺境伯領の経営を手伝いたい』というご意向もお伝えしたところ、では試しにこれをやってみろ、と言われました」
オリバーから手渡されたのは分厚い書類だった。
「これは北にある炭鉱からの報告書です。何か問題があると思うのだが精査する時間がないと。もし、問題を見つけてくれたら助かる、とのことでした」
うぉーーーー!
やった。宿題もらった!私はこういう間違い探しみたいなことになると燃える。
私は朝食後、早速問題に取り組んだ。
石炭の新規設備投資に関する報告書だ。要は新たな炭鉱の採掘を始めたいということなのよね。
何の問題があるんだろうと読み進めて、私も違和感を覚えた。施工のための費用見積りが高すぎる気がするんだ。
相見積りで、三つの業者からの工事の見積りが報告書に含まれているが、その内の二社が通常の炭鉱事業に比べて異常に金額が高い。当然三社の中で一番低い金額の業者が工事を受注することになるのだろうが、その金額ですら私が知っている炭鉱の採掘施設よりもかなり高額なのだ。
私はケントの仕事の手伝いで天然資源・鉱物部門での経験もあるし、炭鉱だけでなく鉄鉱石の採掘現場や銅山にも視察に行ったことがある。
見積書を穴があくほど精査していると、魔法で文字を消した僅かな痕跡を感じた。書き直すための魔法は複雑で明確に痕跡が出るが、文字を消すだけなら魔法の痕跡は微かにしか残らない。
ふっふっふ。魔法学院の優等生だった私を舐めるなよ。
そう内心思いながら、復元の魔法をかけてみた。徐々に消されていた文字が浮かびあがってくる。
ははぁ! なるほど。
異常に高額だった業者の見積書には『ロングウォール採掘方式』と明記してあった。その文字を消したのには巧妙な理由がある。
石炭の採掘法には様々な種類があるが、例えばロングウォールは、大掛かりで初期費用は高いが長期的に見たら利益が回収できる。対照的にルームアンドピラー方式というのは初期費用が安い方式だ。
この国ではルームアンドピラー方式が一般的でロングウォールはあまり聞いたことがない。恐らく二つの業者は、特に『ロングウォール採掘方式』と指定されて見積りを作成したのだろう。当然見積り金額は非常に高くなる。工事を受注した業者だけが『ルームアンドピラー方式』で、なおかつ高めの金額をつけたのだろう。何故なら、入札するライバル業者の見積りが異常に高くなることを知っていたからだ。ライバル業者の見積金額を何故その業者が知り得たのか? 担当者からこっそり教えてもらったんだろう。恐らく相当の見返りを渡して。
これは確実に不正入札、汚職、腐敗の案件だ。
私は早速リアムにこの事実を伝えたいと思ったが、やはり本人に会うことは出来なかった。仕方なく詳細な報告書を作成し、オリバーを通じて渡してもらった。
後ほどオリバーから、不正入札していた担当者と業者は逮捕されて、無事再入札することになったと聞かされた。
「リアム様はミラ様のご指摘に感服されていました。報告書も正確で、さすが王妃教育を受けていただけあると仰っていましたよ」
オリバーは何故か自分が褒められたかのように得意気に私に言う。
「ありがとう、オリバー。嬉しいわ。でも……あのね。私、まだ旦那様に直接お会いしたことないのよ。そういうことも直接お話ししたいわ」
そう言うとオリバーは難しい顔をした。
「私もミラ様に直接お会いするようお勧めしたのですが、どうしても……」
口籠るオリバー。
「それは、顔の傷のことと関係があるのでしょうか?」
思い切って尋ねてみる。
オリバーはゆっくり頷いた。
「リアム様は非常に見目麗しい方でした。誰もが見惚れるほどの美しい容姿でいらっしゃって……。それが、顔に大きな傷を負い左足も麻痺してしまい、歩くこともままならない状態になってしまったのです。リアム様はそんな姿をミラ様にお見せしたくないのだと思います」
「私が全然気にしないと言っても? 国を守った勇者の証だわ」
オリバーは涙ぐんだ。
「ミラ様のように言って頂けると……大変有難いのですが、まだ旦那様には心の準備が出来ていないようで……もう少しお時間を下さい」
そう言われて、私は引き下がるしかなかった。
**
まったくリアムと顔を合わせることがないまま数週間が過ぎた。
その間に辺境伯領のことを勉強したり、料理を手伝ったり、邸内の雑事を引き受けたりするうちに、使用人たちとの絆は徐々に深まっていった。特に厨房はフリーパスで料理長や料理人のみんなと仲良くなった。料理長とは親友+宿命のライバルポジをゲットできたと思う。
専属護衛騎士になったテッドは感嘆したように言った。
「ミラ様はすごいですね……。人との垣根を感じさせない。屋敷のみんなはミラ様を心から慕っています」
辺境伯リアムは使用人たちとは普通に会っている様子で、私にだけ顔を見せたくないらしい。基本的に執務室に閉じこもっているが、私が近くにいない時には執務室から出てくるという。
なんだそれ!? 使用人と違って、私は人の傷を嘲笑うような女だと思われているのかしら? 心外だわ。
我慢の限界に達した私は家令に宣言した。
「オリバー。私は今日こそ絶対に旦那様に会うから」
「ど……どうやって?」
怯えた様子の家令に私はニッコリと笑う。
「安心して。部屋に押し入ったりはしないわ。旦那様だってこっそり執務室から出てくるわけでしょう。だから、ずっと執務室のドアの前で待つことにするの!」
「直球……」
オリバーが呟いた。
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