第3話 はるばる嫁にやって来ました


辺境伯領はとてもとても遠いところにあった。


国境沿いの領地だから当然か。


何日もかけて馬車に揺られて、ようやく辺境伯城に到着した時にはくたびれ果てていた。


城に到着し馬車を降りると、家令のオリバーと侍女頭のハンナが温かく迎えてくれた。


他の使用人には落ち着いたら紹介するので、まずはゆっくり旅の疲れを癒して下さいとオリバーに優しく言ってもらって、内心ほっとした。体力自慢の私でもさすがに疲れたので、今は挨拶などで気を使いたくないというのが本音だ。


私は地面に降り立ち、改めて周囲を見渡す。


辺境伯城は古いが堅牢な建物だった。やはり防衛の最前線として多くの戦の歴史に堪えてきたのだろう。華美ではないが質実剛健という雰囲気は私には合っているようで安心できた。


オリバーとハンナはとても親切で、長い旅路で疲れ切った私を優しく労わりながら部屋に案内してくれる。


私のために用意された部屋も清潔で埃一つない。


専属侍女となるエマにも紹介してもらった。ハキハキした若い女の子で気が合いそうだ。


贅沢に沸かしてくれたお風呂にゆっくりつかって、私は旅の疲れを癒した。


その日はたっぷり休養し、翌日には完全に本調子に戻った。ふふん。もう完全回復だ。


「昨日は休ませてくれてありがとう。私はこれからどうしたらいいかしら?」


家令のオリバーに尋ねてみると、彼は困ったように微笑んだ。


「リアム様にはミラ様が到着したことをお伝えしたのですが……意固地になって執務室に閉じこもってしまって……」


ああ、やっぱり私が押しかけてきたのが面白くないのね。ま、無理もないけど。


「もし旦那様が私を気に入らない場合、私をここで働かせて頂けませんか?」


試しに聞いてみたら、家令の顔が青を通り越して真っ白になった。


「な、なにを仰います。国王陛下の寵姫にお越し頂いたことは辺境伯領にとってこの上ない光栄です。リアム様がミラ様を気に入らないということは絶対にありません」


寵姫……?という言葉に私の頭は疑問符で一杯になった。


「ミラ様がこんな辺境の地まで来ることに同意して下さったことは感謝してもしきれません。領民たちもみな喜んでいます。ついに辺境伯が身を固める決意をしたのかと」


戸惑う私を励ます家令。


「今はちょっと怪我の後遺症というか、いつもの……元のリアム様ではありません。ですから、そこは大目に見ていただいて……」


「いえ、あの、望まない結婚を押し付けられたのは旦那様の方なので、申し訳ないなと思っているのはこちらなんです」


「な、なにを仰います?! 国王陛下より少しでもミラ様が居心地の悪い思いをするならばすぐに王都に帰すように、と厳命を受けております。ですから、その、ミラ様にはどうかごゆっくりして頂いて……。何分田舎ですので、おもてなしできるようなものもないのですが……」


オロオロと困っている家令に申し訳ない気持ちになってきた。ケント……あんた、こんな人の良い家令を脅すようなことを言わなくても……。


「私は辺境伯領に伺うのをとても楽しみにしてきました。辺境伯城は山の上と伺っていたので、山菜や野趣溢れるジビエ肉も頂けるんじゃないかしらって!」


正直に食い気を告白すると家令の目がまん丸くなった。


「っ……!? ミラ様はそのようなものがお好きですか? 実は本日は狩人を出して、鹿肉や猪肉を獲りにいかせるつもりでしたが、夕餉はそれでお気に召すものでしょうか?」


「まあ! 狩り! 私、大得意なんです! 是非一緒に行かせて頂けないでしょうか?」


家令の目が益々丸く大きく広がった。目ん玉落ちちゃったらどうしよう。


とりあえず、辺境伯の許可を得ないといけないということなので、まず辺境伯に挨拶することにした。


辺境伯の執務室を軽くノックする。


「誰だ!」


苛立ったような声が聞こえた。低音の艶っぽい声に、どこかで聞き覚えがあるような……? 気のせいかな? 私との接点がある訳ないもんね。


「あの、ミラと申します。王都から参りました。どうか御目文字頂けませんでしょうか?」


必死に声を張り上げると、中がシンと静まり返ったような気がした。


「君に話すことはない。会う必要もない。君がここにいる必要もない。こんなところにいたくもないだろう。すぐに王都に帰るがいい」


断定して決めつけるような口調に私はムカッときた。


「ここに来るまでに何日かかったと思うのですか? お尻がすっかり痛くなりました。形が変わったかもしれません! お尻の痛みが取れるまでは少なくとも滞在させて頂きますからね!」


大声で言うと、中からぶほっと噴き出したような声が聞こえた。


私の声は聞こえているらしい。


「それから、今日狩人の皆さんと一緒に狩りに行っても宜しいでしょうか?」


ダメモトで訊ねてみる。


しばらくの沈黙の後、「好きにしろ」という返事が返ってきた。


やった。少なくとも野生肉(ジビエ)を堪能できるわ!

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