第28話 挿話 ~ リタの物語 その1
*ここで挿話が入ります。ミラは出てきませんが、この後のストーリー上必要なものなのでどうかご容赦下さい<m(__)m>。
*難民キャンプのリーダー、リタの物語です。少し時間が遡ります。婚約が決まり、ミラとリアムはその報告をするためにリタのいる難民キャンプを訪れました。そこからリタの回想が始まります。
「リタさ~ん、じゃあまたね~」
大きく手を振りながら去っていくのはミラとリアムだ。二人はわざわざ難民キャンプまで婚約の報告に来てくれた。
婚約が正式に決まって本当に良かった。きっとお似合いの良い夫婦になるだろう。
ミラが難民キャンプに登場してから、様々な歯車がカチッとハマったかのように物事が進み始めた。
最初は胡散臭い公爵令嬢が、偽善者ぶって難民キャンプを引っかき回しに来たのかと思った。
しかし、彼女の復興事業の計画書は現実的かつ効果的で、人々の生活を第一に考えた素晴らしいものだった。
難民キャンプで先が見えず、くさっていた人々も彼女の計画を聞いてやる気になった。
失業していた男どもは自分たちの家を建設するための事業に参加し、調理や織物などが得意な女性たちも積極的に復興事業に貢献している。
人々の目に輝きが戻ったことが何よりも嬉しい。毎日みんなの笑顔を見ることができる。
その時、脳裏に天真爛漫に笑う男の顔が浮かんだ。
**
「俺たちは人々の笑顔を守るために軍に入隊したんだろ?」
「何きれいごと言ってんのさ。軍に居たら一番下っ端の一兵卒だって喰いっぱぐれないからに決まってんだろ!」
「お前は素直じゃねーなあ。底抜けにお節介でお人好しのくせに、いっつもそう言って悪ぶるんだよなぁ」
**
……ああ、嫌なことを思い出してしまった。
あの二人があまりに幸せそうで、少しだけ……ほんのちょっとだけ羨ましくなってしまったからかもしれない。
私は執務室に戻って、お茶を飲みながら休憩を取った。
一度思い出してしまった記憶はなかなか頭から去ってくれない。
*****
歴史的にみて、辺境伯領は戦争が多い。好戦的な隣国と国境を接しているこの領地では、敵の侵襲を避けることが難しい。
必然的に戦争で親を失った戦争孤児も多かった。私もそんな戦争孤児の一人だった。当時、孤児院は既に一杯で、私は路上で生活する以外に選択肢がなかった。あの頃の私は生きるためなら何でもやった。
路上で生活する子供を集めて、窃盗や詐欺を行う組織に属していたこともある。常に生きるか死ぬかのギリギリの瀬戸際の生活だったから、生き延びるためにはやむを得なかった。
十代半ばの頃、窃盗で入り込んだ屋敷で、仲間が誤ってその家の人間を傷つけてしまったことがあった。
その時の恐怖や混乱は一生忘れられない。私は警察に捕まり苛烈な取り調べを受けたが、仲間のことは一切喋らなかった。
その後一年ほど牢獄で過ごし、釈放された。牢内での態度が良かったことと身元保証人のおかげで予定よりも早く釈放された、と聞いた。
身元保証人?
私は首を傾げた。そんな人がいるはずない。
身元保証人として私を助けてくれたのは年老いた画家だった。
私は幼い頃から絵を描くのが好きだった。でも、紙や鉛筆を持っているはずもない。樹液や泥を使って葉っぱや木の皮に絵を描いたり、棒切れで地面に絵を描いたりするくらいだったが、それでも楽しかった。
警察に捕まる前に、私が地面に描いた絵を見て褒めてくれた老人がいたことを思い出した。
その老人が身元保証人になってくれた画家だった。
彼は身元保証人になってくれた上に、私を引き取って絵の描き方を教えてくれた。彼との生活は、私の人生で幸せを感じた初めての経験だった。
しかし数年後、老画家は亡くなってしまい、私は再び独りぼっちになってしまった。
私は彼が残してくれた画材を抱えて、一人で旅に出た。
風景画が得意だったので行く先々で風景を描いたが、あまり売れなかった。売れたのは似顔絵だ。道行く人の似顔絵を描いて生計を立てていた。
そんな中、また敵の攻撃がありそうだという噂が流れ、人々は旅人に対しても猜疑の目を向けるようになった。その結果、私は再び生活に困窮することになる。
その後紆余曲折あり、私は辺境伯軍の一兵卒として働くことになった。戦が近くなると多くの兵士が必要になる。タイミング良く入隊することが出来たが、私は一番下っ端でしかも女だ。人間扱いなんかされやしない。朝から晩まで軍の雑用にこき使われていた。
しかし、住む場所と食事に困ることはない。それに私が所属していた小隊の隊長はパウロといって、私と馬が合った。私を女だからとバカにする兵士たちの中で、唯一人間扱いしてくれたのがパウロだ。また彼は、私が他の兵士から襲われたりしないように配慮もしてくれた。
私は軍で働きながらも絵を描き続けた。特に風景画を描いていると色々なことが見えてくる。
老画家に指摘されて初めて気がついたことだが、私は風を読み地の動きを感じるという不思議な力を持っている。
『珍しいが、そういう種類の魔力なんだろう』
老画家はそう言っていた。
風がどの方角から吹き、土がどのように動き、地下の水脈がどのように広がっているのかが感覚で分かるんだ。地下で動きがあるとそれも感じとることができる。なので、天候の変化や自然災害もある程度予知することが可能だった。その力を使って人々を助けたことも一度や二度ではない。
『素晴らしい能力だが……人には言わない方がいい。簡単に悪用することができる』
老画家に言われたことを私は忠実に守ってきた。
でも、絵を描く時にその能力を活かすのは構わないだろう。例えば、森の奥にひっそりと佇む湖から清い水が地下水脈に沁み込んでいく様子を描いていると、自然への畏敬の念が溢れるように湧いてくる。
高地から風景を見下ろしていると、敵国の地形も目に入る。
軍の上層部は敵軍が配備されている地域は大まかに把握しているが、具体的にどこから攻めてくるのかを予想できずに右往左往しているらしい。敵襲の場所を特定するためエライ方々が連日議論を続けているそうだ。
「くだらない」
私はパウロに言った。
「なんでだ? 敵襲が来る場所が特定できれば、迎撃も反撃もしやすい。民間人の避難も進められる。重要な議論じゃないか?」
「この辺りで敵襲が来るとしたら一ヵ所しかない。いいかい。森で分かりづらいが、二つの丘陵があるんだ。ちょうど真ん中が谷のようになっている。谷に位置しているこの町が狙われるよ。戦う時には高地から攻め降るようにするのは兵法の基本だろう? 私が敵軍の将だったら、間違いなくここからこの町に攻め込むね」
私は地図で示しながらパウロに説明した。
もちろん、それは本当なんだけど……実をいうと『ここ』と指さした場所で土に大きな圧力がかかっているのを感じたんだ。恐らく敵軍がそこに集中していると踏んだ。
「谷なんてあったか……? 全然気がつかなかった。なんでお前にそんなことが分かるんだ?」
「あたしは各地で風景画を描いてきた。いろんな場所で地形や地勢もじっくり見てきたからね。その経験から分かるんだよ」
自分の能力を隠すために適当に誤魔化すつもりで言ったのだが、パウロの顔が真剣になった。
「お前……その絵を持っているか?」
自分が描いた絵のせいで大事になるとは私は思ってもみなかったんだ。
結果、私が言ったことは正しかった。
敵は私が予想した通りの場所に攻め込んできたが、辺境伯軍の主力部隊がその場所で待ち構えていた。
そのおかげで辺境伯軍は敵を簡単に退けることができ、大勝したのだ。
その後、私とパウロは軍の総司令官、つまり辺境伯に呼び出された。
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