第17話 私は恋しています
リアムやテオに協力してもらい、私はスチュワート公爵家と縁を切るための法律文書を作成して自称父親に署名をさせた。
「絶縁するとミラ様は平民という立場になりますが、我が国には貴族と平民の通婚を認めた法令がございます。リアム様とのご婚姻の障害にはならないでしょう」
テオの説明にリアムは安堵したようだった。私もちょっと……いや本音を言うと大分、ほっとした。
その後、使用人たちと一致協力して、奴を辺境伯城から無理矢理追い払った。元自称父親は逃げるように辺境伯領から去っていった。城のみんなも腹に据えかねていたようだ。
嫌な思いをさせてしまい本当に申し訳ない。でも、誰一人私には文句を言わなかった。みんな相変わらず優しくて、ちょっと泣きそうになってしまった。
しかし、これでもう最悪な実家とは完全な形で縁が切れた。正直、スッキリした気持ちだった。
血のつながった実の父親に対してこんな風に思うのはとても悲しい。でも、身内であったとしても愛情は育てる意思と努力がないと生まれないものだと思う。残念ながら、元自称父親から愛情というものを示された記憶はない。私の価値は常に幾らのお金になるかで計られていた。
スチュワート公爵が去った日の夜、私はリアムにそういった家庭の事情を詳しく説明した。
彼は何も言わずに話を聞いてくれた。そして、頭をそっと撫でながら褒めてくれる。
「君は苦労してきたんだな。よく頑張った。俺は君をとても誇りに思う」
なぜだろう。この人の言葉には誠意が詰まっていて、私の心を優しさで満たしてくれる。
自称父親の数々の無作法や罵詈雑言にも笑顔で対応していたリアムが、私への暴言は許せなかったという事実が素直に嬉しかった。
彼は自分の庇護下に入った者を決して裏切らない。絶対に守ってくれる。
リアムは私に居場所と愛情をくれて、そのままの私でいいと言ってくれる。私は生まれて初めて、この人になら全てを委ねても大丈夫だという安心感を覚えた。
リアムは蕩けそうな甘い眼差しを向けながら、私の頬に手を当てた。
彼の手の上にそっと自分の手を重ねる。
大きくて骨ばった手に顔をすり寄せると、リアムが少し驚いたように目を見開いた。
この人が愛おしい……。
私の中の想いが溢れた。
彼の優しさも、誠実さも、真面目さも、不器用さも、ちょっと情けないところも。
全てが好きだ。大好き。言葉にできないくらい……好き。
これが恋じゃなかったら何が恋なのか?
私ははっきりとリアムに対する恋心を認識した。
認識した途端に心臓がどきどき飛び跳ね始めた。
リアムは愛情の籠った眼差しで私を甘く見つめる。
「あの……元自称父親が大変申し訳ありませんでした」
頭を下げると、リアムは柔らかく微笑んだ。
「気にしないでくれ。俺の方こそ我慢できなくて悪かった。危うく本気を出してしまうところだった。申し訳ない」
「いいえ、ようやくスチュワート公爵家との縁が切れました。ずっとそう望んでいたんです。リアム様のおかげで完全に縁が断ち切れて良かったです。ありがとうございました」
リアムは複雑そうな表情を浮かべて、私の手をギュッと握った。
「今まで苦労した分、これからは俺が君を守る役割を果たしたい」
そんな風に言われて嬉しくない女はいない。それに、リアムは実際にものすごく強かった。
「リアム様はとても強い方だったんですね。隣国が攻めてきた時の記録をケントから見せてもらったことがあります。敵国は周到に準備をしていました。特に最初の敵の一撃は大きかったと聞いています。いきなり大きな軍勢が襲い掛かったのに、辺境伯領の死者はゼロだった。兵士でも死者は出なかった。あれは……あなたが身を挺して人々を守ったからなのですね。自分の身を犠牲にして……」
リアムは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
そんな彼を見て私の胸が切なくなった。人々を守るために、こんなに自分を犠牲にしながら生きてきた人がいるだろうか。
「俺にとって……ここの領民はみんな家族なんだ。城の使用人だけじゃない。十歳で両親を失い、兄弟や親戚もいなかった俺にとってはここのみんなだけが信じられる家族だから……」
胸が一杯で言葉にするのは難しかったが、私はやっとの思いで告白した。
「私も……その大切な家族の一人に入れてもらえるでしょうか? 私をずっとリアム様のお傍に置いてください」
「ミラ? 当たり前だ。既に君は俺の中で一番……と言ってもいいくらいの存在なんだよ」
私は嬉しくて顔を赤らめた。リアムは心配そうに言葉を続ける。
「えーと、確認なんだが……家族の一人になりたいっていうのは……その、どういう意味で? 領民になりたいとか……?」
「私をリアム様の妻にしてください!」
それを聞いたリアムは椅子からずり落ちた。
慌てて立ち上がって椅子に戻る様子を見ると先程の戦鬼のような姿は想像できない。これもギャップ萌えって言うのかな? 可愛いと思ってしまう。
コホンと咳払いしたリアムはスッと私の前に跪いて、私の手を取った。
「ミラ。それは……君の本心かい?俺は……少しは期待してしまってもいいんだろうか?」
「私は元々リアム様と結婚するためにこの辺境伯領にやってきました。最初は使命感と、それに他に行き場が無かったということもあったんですが……今では、ここが私の本当の故郷だと感じます。あなたが大切にしている人々を私も一緒に守っていきたい。そして、あなたを心から尊敬し……そして愛しています。好きです。どうかあなたのお嫁さんにしてください」
リアムの目が潤んでいる。私の手の甲に軽く口づけをして立ち上がると、震える手で私を引き寄せて強く胸の中に抱きしめた。逞しい腕と胸に抱きすくめられて、息が詰まりそうになるがその力強さが心地よい。
「ミラ、愛している。俺の全てを君に捧げる。俺の妻になってほしい」
「はいっ。どうか宜しくお願いします!」
元気よく叫んだ私はギュッと彼の背中に手を回した。
リアムは蕩けるような色気ダダ洩れの眼差しで私を見つめると、指を私の顎にかけた。少し上向きにした顔にリアムの顔が近づく。熱い吐息を唇で感じると、少し躊躇したような間があった。
「あの……目を閉じてもらえる?」
私は無意識にずっとリアムの端整な顔を凝視していたらしい。恥ずかしい……。
リアムが私の額に自分の額をくっつけて、鼻と鼻の先端をすりすりと擦り付ける。
私はどきどきしながら目を閉じた。
顎にかけられた指に力が入り、柔らかい感触を唇に感じた。チュッという音を立てて何度か軽い口づけを繰り返した後、唇を割って彼の舌が入ってきた。
初めての経験に心臓の動悸が止まらない。彼の熱い舌が巧みに動くのを感じて、脳の奥が痺れるような快感を覚えた。
どきどきし過ぎて、くたりとへたり込んでしまった私を片腕で軽々と抱きかかえるリアム。
「夢みたいだ……愛してる、ミラ」
耳元で熱く囁かれて私の心臓は壊れそうだ。
この人、やっぱり大人だ。すごい女慣れしてる。私みたいな恋愛未経験女で本当に大丈夫なんだろうか……?
そして、彼はきっと過去にもこうやって他の女性に触れたんだろうな、と考えた瞬間に胸にズキンと痛みを感じて、私は初めての経験に戸惑ったのだった。
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