第16話 リアムの強さに驚きました
自称父親の喚き声はリアムの執務室の中から聞こえている。
執務室の前には異変を聞きつけた使用人たちが既に集まっていた。
「あ、ミラ様……」
戸惑いながらも彼らは私のために道を開けた。
私は執務室の扉をノックした。
「リアム様、どうか扉を開けて下さい」
すると、中から聞こえていた自称父親の怒声が止み、しばらくの沈黙の後、ものすごい勢いでバンっとドアが開いた。
自称父親が息を切らしながらドアノブを掴んでいる。
「ちょうど良かった! おい! ミラ、お前こんなけち臭い男は止めておけ。ワシがもっと良い男を見つけてやる。すぐに支度をしろ。ここから出て行くぞ!」
自分勝手なことを言う自称父親に、私は憤りを隠せなかった。
「は!? 何を言ってやがるんですか? 私は自分の意思でここに居ます。あなたは私とはもう縁を切ると以前仰っていましたよね? 何を今更、父親面するんですか!?」
私の言葉に自称父親の顔が紅潮した。
「女のくせに生意気な! お前はワシの言うことを聞いていればいいんだ。いいか、この男はお前のために金を出さんと言ったんだぞ! ワシはミラのためなら幾ら払えるか聞いてみたんだ! そうしたら、金でやり取りするようなことはしないとか、カッコつけたことを言いやがって! 所詮、貧乏貴族だったってことだ!」
私の頭にカーっと血が上った。
この男はリアムに金をねだったんだ!
私を対価にして幾ら引き出せるか打診したんだろう。なんて下品な! こいつは全く変わっていない。私は深い絶望を感じて、息が苦しくなった。
「他にもっと良い値をつけてくれる買い主がいたら、そっちと結婚させる。ミラ、お前は生意気で可愛げがない役立たずだ。せめて結婚する時くらい、その体を売って役に立て! 二十歳過ぎた年増はなかなか高値がつかない。まったく……一番高く売れそうな時期に王太子と婚約させていたのは失敗だった」
子供の頃から毎日言われていたような暴言だ。私はこんな言葉に怯むことなく反駁しようとした。
……が、その時ドンという強い衝撃と共に執務室の扉が弾け飛んだ。
そして、中から鋭い風が巻き起こり、自称父親はその風に包まれて、体ごとバンと音を立てて壁に押さえつけられた。
壁に背中を押しつけられて、そのまま身動きが取れない自称父親は苛立たしそうに「くそっ! なんだこれは!」と毒づいている。
執務室の中からゆっくり現れたリアムを見て、私は絶句した。
目が完全に据わっている。この人は、怒りが頂点に達すると無表情になるんだと初めて知った。
表情のないリアムの威圧感は恐ろしいほどで、私は鬼気迫る迫力に圧倒されて声も出せなかった。
リアムの低い声が聞こえた。
「俺はミラを侮辱する者を決して許さない。彼女を物のように扱い、金銭を得ようなどと……例えミラの実父であったとしても許せない」
「な、なにを偉そうに! おい、ワシの護衛はどこだ?! 肝心な時に役に立たない……」
「ミラは素晴らしい女性だ。前言を撤回して彼女に謝罪しろ! ……さもないと」
リアムは腰にある剣に手をかけた。
その時自称父親の護衛騎士らがバラバラと登場した。
それを見て力を得たのだろう。青褪めていた自称父親の顔に生気が戻った。
「ほう! 高位貴族である公爵に刃を向けるか!? 後で処罰されることになっても後悔するなよ! 儂の騎士達は近衛騎士団にも匹敵する実力だ。やってしまえ!」
護衛騎士達は、リアムを取り囲むようにして剣を抜いた。
リアムには戦の後遺症が残っている。しかも、1対5だ。卑怯じゃないか!
彼に何かあったら私は生きていけない。
目頭の奥がツンと熱くなって、涙が滲む。どうしよう、どうやって止めたらいい?
「……や、止めて! お願い! 何でも言うこと聞くから!」
思わず叫ぶとリアムがチラッと私を見て、大丈夫だというように頷いた。
でも……
私が心配で震えているのに、使用人たちは焦ることなく傍観している。
その時、ヒュンっと風が鳴った。
そう思った瞬間に護衛騎士の二人がその場に倒れていた。
速すぎて分からなかった。
リアムは剣を抜いてすらいない。鞘に入ったままの剣を使って、二人をあっという間に昏倒させたんだ。
残りの三人の騎士は驚いて呆気に取られていたが、気を取り直して刃先を向けたままリアムににじり寄る。
リアムの口角が少し上がった。
……と思ったら、騎士の一人と激しい打ち合いになる。が、あっという間に騎士は腕と腰を打たれ、手から剣を落として蹲った。
他の二人の騎士も勢いよくリアムに切りかかるが、驚くべき速さで攻撃をかわしたリアムは一人に剣の柄で鋭い突きを与え、最後の一人を魔法で吹っ飛ばして気絶させた。
最後までリアムは剣を抜かなかった。
気がついたら立っているのはリアムだけという状況で、依然として壁に押しつけられている自称父親はワナワナと震えるだけだった。
「貴様、よくも儂の護衛を……。公爵に刃を向けるのは重罪だ。後で王宮に訴え出てやる!」
リアムは脅しにも全く屈する様子はない。
「俺は一度も剣を鞘から抜いていない。むしろ、剣を抜いたのはそちらの護衛騎士ではありませんか?」
自称父親はぐっと詰まった。
「それよりも……」
リアムの顔はまだ暗く無表情で、怒りが全然おさまっていないのが分かる。
「ミラへの謝罪の言葉を聞いていませんが。こんなに素晴らしい娘を持って、あんな暴言を吐くなんて、なんて愚かな。実の娘に対して最低限の礼儀もないのか! 彼女に謝れ!」
凄まじい威圧感を与えながら近づくリアムに怯えたのだろう。
「わ……わわ、儂にはこんな娘はおらん! こんな小生意気な役立たず! とっくの昔に縁を切った」
自称父親が叫んだのを聞いて、私は快哉を叫びたくなる。
「奇遇ですね! 私もまったく同感です。ずっとスチュワート公爵家と縁を切りたいと思っていました。正式に二度と私や辺境伯領と関わりを持たないということを書面で確認させてください」
このクズの気が変わらないうちに書面で証拠を残しておかなくてはならない。私は勢いづいて拳を握りしめた。
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