第21話 リアム ~ 愛が止まらない

*リアム視点です


王都から叙爵式の招待状が届いて以来、俺の気持ちは晴れない。招待状には婚約者であるミラ嬢も是非同席して欲しいと記載されており、一緒に来いという圧力は十分に伝わった。ケントの目論見かと考えるだけで腹立たしい。


更に欠席予定者リストの中にスチュワート公爵の名前があった。わざわざ彼が参列しないと伝えるということは、ミラと父親の関係を知っているからこその気遣いなんだろう。そこにもケントとミラの絆を感じて、不愉快な気持ちになる。


ようやく……ようやく最近ミラと想いが通じ合ったばかりだ。もっと二人きりの時間を過ごして、お互いの距離を縮めたいと考えていた。せっかく両想いになれたばかりなのに、またケントと会ってミラの気持ちが変わってしまったらどうしようと不安が全身を覆う。


戦場では戦鬼と呼ばれ、何も怖いと感じたことがなかった俺だが、ミラのことになると途端に臆病になってしまう。


ミラは俺が好きだと言ってくれた。でも、ケントは幼馴染で初恋の人だ。俺よりずっと長い時間を過ごして、ミラはケントに対してずっと恋心を抱いていた。再びケントに会って、その恋が再燃することはないのだろうか?


そんな不安を抱えながらも否と言えるはずがない。公爵になれば領民の生活向上のための予算も増えるだろう。俺は溜息をつきながら、王都への返信をしたためた。


叙爵式に向かうのは俺とミラ、護衛騎士のテッド、侍女のエマの四人だ。女性の支度に必要な荷物は多いだろう。俺はテッドと一緒に騎馬で向かうことにした。ミラのおかげで左足はほとんど不便を感じなくなった。以前ほど速く走ることは出来ないが日常生活に支障はないし、馬に乗るのも問題はない。彼女は俺にとって幸運の女神のような存在だ。それだけに万が一彼女を失ってしまった時に耐えられる自信がない。


馬車と並走して馬を走らせていると、たまに窓越しにミラと目が合うことがある。ニッコリと微笑みながら手を振ってくれる彼女に見惚れて、馬からずり落ちそうになったことが何度もある。


こちらを見ていない時でも、エマと楽しそうに話をするミラの横顔から俺はなかなか目を離せない。


こうしてミラのことを見つめる度に、どうしても抑えきれない感情がこみ上げてくる。


『ミラを抱きたい』


もし彼女を抱いたら、もっと自信が持てるだろうか? 彼女は自分から去らないという確信が持てるだろうか?


それに……ミラとケントは……その……そういった夫婦関係はあったのだろうか?


彼女はケントの側室だった。当然あったはずだ。ないと考える方が不自然だ。


それが俺を嫉妬で苦しめる。ミラはケントとは恋愛関係ではなかったと言っていたが、それでも男女の関係があった場合、別れた後も忘れられなかったりするんじゃないか?


ミラが過去に経験があったとしても、俺の彼女に対する気持ちは変わらない。俺だって、過去にそれなりの経験はある。


……自分ではそういう方面は淡泊だと思ってたんだけどな。


ミラに対しては全く欲望の抑制が効かない自分に呆れて、自嘲気味に呟いた。


何度かキスをしたが、ミラはいつも初々しい反応を示す。頬がバラ色に上気して、目がとろりと潤むのだ。その顔が可愛すぎて、もっと見たいと執拗なキスを続けてしまう。最後はくたりとへたり込む体を支えて抱きしめるのが最近の何よりの楽しみだ。


あんな可愛い顔をケントが見ていたかもしれないと想像するだけで、俺の胸は鉛のように重い嫉妬の感情で押しつぶされそうになる。ケントを滅茶苦茶に切り刻んでやりたくなる衝動に駆られてしまう。自分がこんなに嫉妬深く執着する性格だったなんて知らなかった。


ミラは……俺のことをどう思っているのだろうか? 俺を好きだと言ってくれた。しかし、それは同情とか……考えたくないが……うちの使用人たちと仲良くなったからとかそういう副次的な理由もあるんじゃないか? 純粋に俺を求めてくれているのだろうか?


馬車の中のミラの横顔を眺めながら、俺は不安になる気持ちを止められなかった。


***


そして、叙爵式に現れたミラを見て、俺は絶望的な気持ちになった。


どうしてこんなに可愛いんだ?


ミラは……というかエマは張り切り過ぎじゃないか?


美しすぎて男たちの視線を集めていることに気づいているのだろうか?


やっぱり連れてくるんじゃなかった。ケントや他の男達に見せたくない。こんなミラを見たら、ケントは彼女を取り戻したいと思うんじゃないだろうか?


俺は内心懊悩していたが、ミラは全くそんな俺に気づく様子がない。穏やかな笑みを湛えて、真っ直ぐに立つミラは神々しいくらいに愛らしい。


ミラのアッシュブロンドの髪は複雑に美しく結い上げられ、菫色の瞳とマッチする紫水晶の優美な髪飾りが品よく配置されている。基本的に薄化粧だが、白い肌は瑞々しく輝いている。薄紫のドレスは上品に彼女の女性らしい曲線を強調するもので、驚くほど細い腰を際立たせていた。


この場の男達の視線を釘づけにしているのに、それに全く気がつかない鈍感さも可愛くて仕方がない。この中の誰かが純真なミラに言い寄ったらどうするんだ? 早く式典が終わって彼女を独り占めしたい。俺はイライラと気を揉んでいた。


粛々と式典は進み、最後に王妃ミシェルとパトリシアの演奏が行われた。


演奏を聴きながら俺の気は重かった。パトリシアは昔俺が付き合っていた女性だ。結婚まで考えていた女性であることを……ミラには伝えた方が良いのだろうか?


ミラはあまりやきもちを焼かないと言っていたから、興味ないかな? 言ったら気を悪くするだろうか?


色々と考えすぎて碌に演奏を聴いていなかったが、ミラは目をキラキラさせながら夢中になって拍手を送っている。


……可愛いな。


式典の後のレセプションでは、高位貴族のエライ方々に囲まれてなかなかミラの傍にいることが出来ない。


ミラに「私は大丈夫だから、ちゃんとお仕事してきてね!」と送り出されると、仕事をしないと捨てられるのではないかという恐怖で真面目に社交に努めることにした。


しばらくして挨拶の列が少なくなった頃に、ケントがひょいと現れた。


「よ! 久しぶり。ちょっと二人で話がしたいんだけど」


相変わらず端整な顔立ちで完璧なウィンクを見せる。軽薄そうに見せて、実は真面目な一面を持っている辣腕のイケメン国王の態度に俺は警戒の度合いを強めた。


「まぁ……ミラのことでな」


照れくさそうに告げるケントを見て、俺の胸に嫌な予感が広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る