第20話 元カノに会ってしまいました

ある日、辺境伯城に王都の国王から使者が訪れて、招待状が届けられた。


先の戦争の論功行賞が行われ、リアムは軍功により辺境伯から公爵へと陞爵(しょうしゃく)されることになったのだ。今更という気がするが、こういうことは根回しや手続きに時間がかかるものらしい。


辺境伯というのは中央から離れた辺境で大きな権限を認められた地位なので、単なる伯爵より上位であり、侯爵に近いと言われている。その侯爵より更に上の公爵位を賜るということは、リアムの功績が認められ、現国王ケントの下でリアムは重臣として認められたことを意味する。


公爵という最高の爵位は滅多に与えられるものではない。他の貴族からの反発も激しいだろうが、ケントのリアムへの信頼と感謝の表れだと思う。そのための叙爵式が王都で行われることになり、リアムと私はそれに招待されたのだ。


付け足しのように書いてある欠席予定者の名前の中にスチュワート公爵が含まれていて、私の事情を知っているケントの気遣いが感じられた。


リアムはどことなく気乗りしなさそうだが、勿論断れるはずもない。ここでの生活は楽しいし、また何日もかけて王都に行くのは大変だけど、リアムの苦労が認められて素直に嬉しいと思った。


私はリアムに恥をかかせないように、気合を入れて侍女頭ハンナと専属侍女エマと一緒に叙爵式で着るドレスを選んだ。リアムの美貌には遠く及ばないと思うが、せめて隣に並んであまり見劣りしないように頑張らねば! エマが一緒に付いて来てくれるというので心強い。


「国王陛下や他の貴族たちにミラ様の魅力を見せつけるために、最高に美しく仕上げてみせますわ!」


エマは張り切っている。


そうして多くの荷物を積んだ馬車が王都に向かって突き進んだのであった。


*****


叙爵式の当日。


私は緊張してリアムの隣に立っていた。


早朝からエマが情熱を注いで支度をしてくれたおかげで、それなりの恰好に仕上がったのではないかと思う。リアムに比べて見劣りするのは仕方がないが、せめて恥をかかせたくない。私は彼の横顔にチラッと視線を送った。凛々しい眉毛。すっとした高い鼻梁に少し薄い唇。形の良い顎のライン。相変わらずイケメンだ。


リアムは白地の礼服に身を包んでいる。長くなった黒髪は丁寧に梳って後ろで一つに纏めている。今日は顔の傷を隠さずにいるが、そんな傷が気にならないほどの男ぶりで令嬢方の熱い視線を一身に集めている。緑がかった切れ長のヘイゼルの瞳を縁取る睫毛は長くけぶるようだ。


見る者の心を簡単に魅了してしまうような横顔。


『こんな素敵な人が私の婚約者なんて……夢じゃないかしら?』


私も密かに見惚れながら内心自分に問いかけた。


リアムはすらりとしているが礼服の下の身体は鍛え抜かれていることが分かる。凛とした立ち姿が恐ろしいほどの美しさで、私は隣で見劣りする自分を申し訳なく思いながらも、せめて姿勢は良くしようと真っ直ぐ立つように気をつけた。


厳かな式典の最後に王妃ミシェルと、侯爵令嬢パトリシアの演奏が行われた。ミシェルがバイオリンを、パトリシアがピアノを演奏する。乙女ゲーム『シンフォニア』の世界だけあって、王宮では音楽に接する機会が多い。


私は絶望的に音楽の才能がなく、劣等感を抱えて生きてきたが音楽自体を聴くことは大好きだった。さすがヒロイン、ミシェルのバイオリンは素晴らしいし、パトリシアも危なげなく美しい旋律を奏でている。


素敵。いいなぁ、私もこんな風に楽器が弾けたら……。ケントはチェロが上手だった。私も楽器が弾けたら一緒に演奏できたのにな。楽器が弾けない私は誰かと一緒に音楽を演奏することに大きな憧れを抱いていた。


この世界では楽器が弾けないということは致命的な欠陥で、私も子供の頃から嘲笑されたり、バカにされたりしてきた。


でも、音楽を聴くのは大好きだ。私は心から演奏を楽しんでいて、隣に立っているリアムが浮かない表情をしていることに全然気がつかなかった。


式典の後は、歓談のためのレセプションが用意されていた。


リアムは貴族たちに囲まれて、挨拶に忙しそうだ。今日の主役だもんね。無理もない。


それでもリアムは私の傍から離れようとしない。


「私は大丈夫だから、ちゃんとお仕事してきてね!」


笑顔で伝えると、彼は渋々とエラそうなおじさんたちの輪の中に入っていった。


私は一人で飲み物を持ったまま、どこに居たら良いか分からず立ちすくんでいると、背後からポンと肩を叩かれた。


振り向くとケントがニッと笑っている。相変わらず華のあるイケメンだ。金髪が少し伸びたかな。ちょっと痩せたかも?


「ケント! 久しぶり!」

「おお! 久しぶりだな。ビックリした。見違えたよ。女っぽくなって綺麗になった!」

「うそ! ホント? お世辞言っても何も出ないよ」


私が笑うと、ケントは何故かちょっと寂しそうに微笑んだ。


「本当だよ。式典でも男達の視線はお前に釘付けだった。……まぁ、女たちの視線はリアムに集中してたから、モテモテの夫婦ってことでお似合いなんじゃないか?」


ふむ。私への視線はともかく、リアムが女性の注目を集めていたことは間違いない。


リアムは顔に傷があっても、それが逆にワイルドでカッコいいと思う。特にシャープな顎のラインと喉仏が男らしい精悍さを強調して、大人の色気がダダ洩れになっていた。式典でも国王である正統派美男子ケントがいるのにも関わらず、周囲の令嬢たちはリアムの方により熱い視線を注いでいたもんね。


「まぁね、リアム様はとびきりの美形だから!」


ちょっと得意になって言うと、ケントが噴き出した。


「なんでお前がそんなドヤ顔すんだよ! そういうところは変わんねーな。懐かしいよ。お前がいなくて寂しいと思うことが多いんだ」


彼は私の頭をポンポンと撫でると急に真面目な顔になる。


「リアムと一緒で幸せか?」


この質問には自信を持って答えられる。


「うん! 辺境伯領……えっと、これからはウィンザー公爵領になるのかな?公爵領のみんなはとっても楽しい素敵な人達なの。やりがいもあるし、幸せだよ!」

「リアムとは?」


私は思わず顔がカッと熱くなった。多分赤面していると思う。


「う、うん。とても……大切にしてくれて、シアワセデス……ハイ」

「なんでカタコトなんだよ! でも、まぁ、良かった。お前が幸せなら……」


そう言ってケントは私の頬に手を当てた。でも、その瞳はどこか切なそうに見える。


「ケント……あのっ……」


その時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あなた? そんなところで油を売ってないで、ちゃんとお仕事なさったら?」


王妃のミシェルが現れた。ケントは「あ、ああ」と気まずそうにミシェルの方を向く。


ミシェルは私に笑顔を向けながら言った。


「ミラ、久しぶりね。元気そうで良かったわ。ウィンザー公爵夫人ね。おめでとう」


軽く会釈するとケントの腕を取る。ケントはチラッと私を見て「悪い」と口を動かしたが、そのまま二人で去って行った。


また独りになっちゃったなぁ、と隅の方でポツンと突っ立っていたら、不意に人影が近づいて来た。


「あなたがミラ様ね? リアムの婚約者でいらっしゃる?」


声を掛けてきたのは、先程ピアノを演奏していた侯爵令嬢のパトリシアだった。


私は初対面だったので、丁寧にお辞儀をして挨拶をした。


「パトリシア様のピアノはとても素敵でしたわ。ミシェル様との息もピッタリで」


素直に感想を伝えるとパトリシアは微笑みを浮かべた。


「ありがとう。昔はリアムともしょっちゅう一緒に連弾していましたのよ」


そうパトリシアに言われて、自分の顔が一瞬で強張ったのを感じた。


彼女はリアムと親しかったのか。


古い友達?


私はリアムのことをほとんど知らない自分に気がついて愕然とした。


そんな私を無視してパトリシアは言葉を続けた。


「リアムはピアノがお上手でしょ? 音楽がお好きだものね。私と一緒に演奏するのが楽しくて堪らないって仰っていたわ。あなたは何の楽器を弾かれるの?」


「……いえ、私は何も楽器を弾けないので」


この世界では楽器を弾けることが大きなアドバンテージになる。逆に言うと弾けない者は最低の扱いを受けることになる。それは身に沁みて分かっているが、ここで再びそんな思いをするとは予想していなかった。


私の言葉を聞いて、パトリシアは大袈裟に驚いた態度を示した。


「まぁ!? まさか!? 楽器を弾けない? リアムはあんなに音楽を愛しているのに伴侶がこんな方なんて気の毒ね。しかも、国王陛下の元側室なんて……不要になったから押しつけられたようなものじゃない?」


彼女の言葉が胸にグサグサと突き刺さった。


私はリアムが音楽が好きなことも、ピアノが上手なことも知らなかった。他にも彼女が知っていて私が知らないことが沢山あるんだろう。


「以前リアムはどうしても私と結婚したいとプロポーズしてくれましたのよ。でも、私は辺境での生活がどうしても不安で……。その時はお断りしてしまったけれど、今はリアムと結婚してもいいと思っているの。彼も私の気持ちを知ったら、気が変わるかもしれないわ。申し訳ないので一応お知らせしておこうと思って」


私は頭から一気に冷水を浴びせられたような気持ちがした。


リアムに婚約者がいたことは聞いていた。三年以上真剣にお付き合いしていた令嬢を辺境伯領まで連れて行ったと話していた。


この人が……リアムの婚約者だった人。


パトリシアはとても美しい令嬢だった。金髪碧眼で背が高くすらっとしている。リアムと並んだら絵画のように美しい一対のカップルになるだろう。


そして、今なら彼女はリアムと結婚してもいいと言っている。


リアムはどう思うだろうか? だって、リアムはこの人と結婚したいと思って、わざわざ辺境伯領まで連れて行ったくらいだから。喜ぶだろうか? よりを戻したいと思うのだろうか?


それを想像しただけで、自分でも驚くほど胸が鋭く痛んだ。パトリシアにリアムを取られるかもしれない、という恐怖の感情が大きく膨らむ。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。


「あ、あの……失礼します」


私は足元が崩れ落ちるような感覚と戦いながら逃げるようにその場を離れた。

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