第14話 情けないイケメンにときめきました

パイロットショップは人通りの多い大きな道に面していた。先程の路地裏とは雰囲気がまったく違う。


入口を大きく開けたショップから長い行列ができているのを見て、私とリアムは顔を見合わせた。


「やった! 凄い人気ですね!」


私が声を弾ませると、リアムも嬉しそうに微笑んだ。


「あの~、領主さまでいらっしゃいますよね?」


その時、若い女性が声を掛けてきた。リアムが振り返ると、きゃ~~~という歓声が上がる。


「リアム様! 素敵!」

「カッコいい! 信じられない!」

「顔もスタイルも完璧……」

「半端ない色気が……」


女性陣の溜息のような声が聞こえてきた。


女性だけでなく男性もリアムに握手を求め始めたので『あら、これは時間がかかりそうね』と私は静観を決め込んだ。


しかし、リアムはすぐに大きな声で叫んだ。


「みんな、すまない。今日は大切な人と一緒なので、彼女を優先させてもらえないか?」


え、もしかしなくても……私のこと?


すると悲鳴のようなどよめきが沸き起こった。


「恋人ですか!?」

「ついに結婚!?」


リアムはざわつく群衆から私を隠すように立ちながら頭を下げた。


「今日はこのパイロットショップに視察に来たんだ。多くの人が興味を持ってくれたら、戦で家を失った人々の支援になる。みんな、どうか宜しく頼む!」


それを聞いた民衆はワーっと歓声を上げた。


「もちろん、協力しますよ!」


口々にリアムに訴える人々を見ていて、私も自分の使命を思い出した。


あ、そうだ。今日はワンピの宣伝をしなくては!


私はリアムの影から前に出ると、ドレスを見せるようにクルリと一回転して叫んだ。


「このドレスもお店で買えます! 是非お店で見てみて下さい!」


すると何故か熱狂的な歓声が沸き上がった。


戸惑いながら隣のリアムを見上げると、彼は仏頂面で眉間に深い皺を寄せている。


「すっごい可愛い!」

「ヤバい!」

「欲しい!」

「名前を教えて!」


人々の声が聞こえたので私は精一杯声を張りあげて深くお辞儀をした。


「私はミラと言います! このドレスはワンピと言う名前で、このお店で買うことができます! 綿製なのでそれほど高くありません! 良かったら見ていってください!」


すると、今度は大きな拍手と共に沢山の声援が聞こえてくる。


「ミラちゃ~ん! 可愛い!」

「ファンになったよ~!」


多くの声を浴びながら、私はリアムとともにショップの中に入っていった。


「……君は人気者過ぎるよ」


困った顔で苦笑するリアム。


「すみません……出しゃばった真似をしました」


「いや、全然出しゃばってないし、君が着ているおかげでワンピも売れるだろう。ただ、可愛い君を他の奴に見せたくないっていう……器の小さい俺の嫉妬だ」


恥ずかしそうに呟くリアムに私は萌えてしまった。こんなイケメンが私にやきもち焼いてくれるなんて信じられない。でも、嬉しい。


お店の中は広々として清潔だった。売り子さん達も元気よく楽しそうに働いている。お客さんがひっきりなしに来るが、混雑で不快な雰囲気ではないことにホッとした。


ショップ内の様子を視察した後、私とリアムも行列に並んでスイートポテトを購入した。待っている間に更に多くの人が集まってきて、お店の集客にも繋がったと思う。


スイートポテトを買った後、私たちは近くの公園に行きベンチに座って休憩することにした。いつも持ち歩いている水筒から冷たいお茶をカップに注いでリアムに手渡すと、彼の顔が嬉しそうにほころんだ。


「懐かしいな。君に初めて会った時もこうやってお茶を御馳走になった」

「あ、そうだった……みたいですね。覚えてなくてごめんなさい」


初めて会った時のことを覚えてない自分がもどかしい。


でも、彼は微笑みながら私の頭をポンポンと軽くたたいた。


「いや、いいんだ。今、こうして二人でいる時間を覚えていてくれれば……」

「リアム様と過ごす時間は楽しいので絶対に忘れっこありません!」


力強く宣言するとリアムはクスクス笑った。


「嬉しいよ。俺も君といる時間が一番楽しい。こんな気持ちになるのは初めてなんだ。一緒に居る時だけじゃない。仕事をしている時は集中しているけど、休憩になって真っ先に思い浮かぶのは君の顔だ。朝起きてまず想うのは君のことだし、夜眠る時は君の笑顔を恋しいと想いながら最後の意識を手放すんだ。美味しいものを食べたら君と一緒に食べたいと思うし、綺麗なものを見たら君にも見せたいと思う。……気持ち悪いかもしれないが、俺の頭の中は君で一杯なんだよ」


甘すぎる眼差しに見つめられるとどうしたら良いか分からなくなる。


「で、でも、それはもしかしたら手に入らないものだからそう思うのかもしれませんよ。手に入ったら興味を失っちゃうかも。昔、釣った魚に餌はやらないっていう男友達がいました!」


思わず可愛げのない言葉が口から飛び出してしまった。でも、これは本当だ。前世で男友達がそんなことを言っていた。


それを聞いたリアムは目を丸くしたが、その後穏やかな笑みを浮かべた。


「確かにそういう男がいるのは知っている。まぁ、学生時代は素行の悪い友人もいたからな。ただ、彼らは可哀想だと思う。この人がいれば他の誰もいらないと思えるような女性に出会ったことがないってことだから。俺も君を知るまで自分の中にそんな気持ちがあるなんて気がつかなかったよ。自分がこんなに臆病で嫉妬深いとは思わなかったし……」

「臆病で嫉妬深い……ですか?」


リアムははぁーーっと溜息をついて、顔を両手で覆った。


「……ああ、俺はホントにカッコ悪い」


深く俯きながらリアムは呟いた。


「前に、振られても受け入れるなんてカッコイイこと言ったけど……。本音を言うと、もっと相応しい男が現れて君を攫われてしまったらどうしようって、いつも心配している」


不安そうに私を見上げるリアム。


「リアム様でもそんな風に思うんですか?」


「俺が思ったらおかしいか?」


「いえ、だって、リアム様は素敵だし、すごくモテそうなのに……」


リアムは深く息を吐いて苦笑した。


「唯一モテて欲しい女性にはなかなか振り向いてもらえないからな。君を失ったらどうしようって考えただけで怖い」


「……っ。えっと、ごめんなさい」


「いや、すまない。急かすつもりはないし、前にも言ったように長期戦は覚悟している。ただ……いつ、ミラに愛想を尽かされるかと思うと、やっぱり不安なんだ」


心許なげなリアムを見て、可愛いと思う私はおかしいのだろうか。弱気なイケメンに私の胸はきゅんとしてしまった。


「リアム様に愛想を尽かすなんて……。逆ならありそうですけど」


「……これを言うと本格的に嫌われてしまいそうだが、実は事務補佐に君が好きになりそうな男はつけたくなかった。だから、ミラに好きな男性のタイプを聞いて、真逆の男をつけようと思っていたんだ。情けないな」


リアムが恥ずかしそうに告白した。


「え!? テオは?」


「あいつは既婚者だが女嫌いではない……多少冷淡なだけで。ただそう言った方が、ミラがあいつに近づきにくいかと思ったんだ。姑息だよな。すまない。俺は君が思っているよりもずっと狡くて、カッコ悪くて、情けないんだ」


リアムの台詞に私は多少呆れたものの、しゅんと凹んでいる彼の姿も可愛いと感じてしまった。


「テオはとても優秀です。奥様を大切にしているし、私から遠ざける必要はないですよ。あくまで仕事上の感情しかありません。だから、私を信じて普通に接していいと言って頂けませんか?」


「君はずるい。そう言われて嫌だと言えるはずないだろう?」


リアムはしょんぼりと溜息をついた。その姿に内心悶えてしまった私は自分の中の新しい扉を開けてしまった気がしないでもない。


*****


城に戻り、テオにリアムから普通に接していいという許可が下りたと告げると、彼はホッと息を吐いた。


「リアム様から、ミラ様と親しくなるなというプレッシャーを感じて、自分の立ち居振る舞いに気を遣って正直めんどく……いえ、何でもありません。ただ、私は妻一筋ですし、謂れのない濡れ衣を着せられているようで心苦しい部分がありました。主君が納得して下さって良かったです」


ああ、テオには不必要に気を使わせてしまい、申し訳なかった。リアムは十分に大人の分別がある人なのに、たまに訳の分からないやきもちを焼くのよね。不思議だ。


でも、いつも冷静なリアムの表情がやきもちで子供っぽくなったり、私のことで慌てたりする姿を見ると、胸がきゅんと締めつけられる。


あんなに大人でカッコいいのにちょっと情けないところが私の母性本能をくすぐるのだ。


「色々と気を使わせてごめんね。これからは遠慮なく意見を言ってもらえたら嬉しいわ。私もテオのおかげでとても助かっているの」


そう言うとテオは嬉しそうに笑った。おお、初めての笑顔だ。やっぱりイケメンだな。


「それではパイロットショップで何かお気づきになった点はありましたか? ミラ様が仰ったようにアンケートなるものを実施した結果、非常に評判が良く、また購入したいという意見が多かったです。売れ筋や商品への要望も把握することができましたが、今後のために店の改善点があればお聞かせ頂けると有難いです」


「とっても素敵なお店で大人気だったわ! ワンピもスイーツもとても評判が良かったと思う。全部テオがしっかりと手配してくれたおかげよ! 本当にありがとう!」


「そう言って頂けると嬉しいです」


テオが控えめにお辞儀をした。


「ただ、ワンピを試着するスペースがあるといいなと思ったの。小さな個室を幾つか作れるかしら? 実際に着てみた方が選びやすいでしょ?  あと、お針子さんに常駐してもらって、サイズとか裾丈を好きなように調整できたら、お客さんは喜ぶかもしれない」


「それは素晴らしい考えですね。早速検討してみます。店の奥が空いているので、そこを試着用に改築できるか検討してみます!」


うん、試作品の人気も上々だし、このプロジェクトは成功しそうだ。リタさんにも早速報告しよう。ああ、気持ちが逸る。


テオがクスクスと笑った。


「ミラ様、楽しそうですね?」


「うん !辺境伯領に来てから楽しいことばかりよ!」


「ミラ様のような方が来てくださって、私たちはとても恵まれています。どうかリアム様を宜しくお願いいたします。あの方は私たちを守るために平気で自分を犠牲にすることがありますので……」


テオに深く頭を下げられて、私はドギマギした。


「私なんかで役に立つのなら……」


彼らの気持ちに誠実に応えるためにも、私はいい加減な想いでリアムに返事をしてはいけないと肝に銘じたのだった。


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