第13話 今日はデートですか?
リアムと二人で宣伝活動をする日がやってきた。
私はエマと朝から支度に大わらわで、侍女頭のハンナまで応援に駆けつけてくれた。綿のワンピに合わせた簡易コルセットも開発したので、一人でも着付けることはできるのだが、髪や化粧などやはり手伝ってもらえると有難い。
「さぁ! これでいかがですか? とってもお綺麗です!」
満足気なエマの言葉を聞いて鏡に視線を向けた。
アッシュブロンドの髪を編み込んで高く結い、薄紫色のリボンで飾っている。今日は暑くなりそうなので、半袖で裾が長めの白いワンピを選んだ。襟と袖の縁取りは髪のリボンと同じ薄紫色で涼しげに見える。いつもは髪を下ろしているが、今日はうなじが丸見えで少し照れくさい。
「ミラ様は本当にお美しい。儚げで妖精のようですわ。なんて華奢なうなじ・・・」
ハンナが感嘆の声をあげた。
「そうですわね。透明感ってきっとミラ様のような肌のことを言うのでしょうね。抜けるように白くて、しっとりすべすべのお肌。羨ましいですわ~」
エマも溜息をつく。
みんな、私を調子に乗せるのがホント巧いな~。
二人に御礼を言うと、私は城のエントランスへ向かった。
そこで待っていたリアムの姿は、凛々しくて前世のハリウッド・スターのようだった。白いシャツを着ているだけなのに鍛えられた体つきがはっきりと分かる色気ダダ洩れの姿に思わずくらくらする。
今日は傷がある右側を前髪で隠すようにしている。頬にかかる黒髪の少し長めに伸びた毛足が端整な顔立ちを際立たせているようだ。穏やかな光を湛えた左目が私を見て柔らかい弧を描く。この人の視界の中の自分はどんな姿に映っているんだろうと意識したら緊張してきた。思わず背すじをピンと伸ばす。
「おはよう。ミラ、とても……綺麗だ。良く似合っている。他の男に見せたくないくらいだ」
感極まったように言うリアム。私は恥ずかしくて体がカッと熱くなった。
リアムはゆっくりと私の前に跪いて、私の手の甲に唇を落とした。私の目を見ながら、ちゅっと音が出るようにしたのは絶対にわざとだ。経験値の少ない私には刺激が強すぎる。
そのままリアムに手を引かれて馬車に乗り込んだ。
「今日は遠くから邪魔をしないように護衛させて頂きます!」
護衛のテッドから元気よく言われると急に照れくさくなってしまう。
リアムも苦笑しつつ馬車に乗り込むと、私の向かいに腰を下ろした。
足が長いので狭いんじゃないかと気を遣って身を縮ませる私にリアムが微笑みかけた。
「大丈夫だから気楽に休んでいて」
そう言いながら私の頬に手を当てる。その表情が蕩けそうに甘い。
よく考えたらこんな風に二人でお出かけするのって初めてだよね。
……もしかしなくてもデートっぽくない?
ダメダメ。今日はあくまで仕事なんだから。
私は浮ついたことを考えた自分を戒めた。
*****
リマは中世ヨーロッパのような歴史ある石造りの建物が立ち並ぶ風格のある街並みだった。多くの人で街が賑わう活気にワクワクが止まらない。
私はリマに来るのが初めてだと聞くと、リアムの目が悪戯っぽく輝いた。
「ミラにとっておきのリマの街を見せてあげるよ」
リアムは嬉しそうに私の手を取って馬車から降りると、建物と建物の間の細い路地に入り込んだ。
護衛の人達は大丈夫かなと後ろを振り返る。
「テッドたちは俺がお忍びで出かける場所を知っているから大丈夫だよ」
安心させるようにリアムが言った。
細い路地裏には小さなお店が沢山立ち並んでいる。
串焼きのお店から香ばしい良い匂いが漂ってきた。もしかして……焼き鳥?
私の視線の先を追ってリアムに「食べてみる?」と聞かれたが、今日の私たちは仕事で来たはずなので首を横に振った。
「美味いんだ。まだ時間はたっぷりあるから大丈夫だよ」
彼に串焼きを一本押し付けられた。リアムと二人で食べながら歩いていると前世を思い出す。友達と一緒にこんな風に食べ歩きしたなぁ。
串焼きは炭火で焼いてあるらしく鶏肉の表面の皮が香ばしく焼けて、中身は柔らかくジューシーで噛むと口内でジュっと肉汁が迸る。程よい塩気が美味しい。
他にも食べ物を売っているお店はあるが、前世と比べるとスイーツが少ない印象だ。うん、いいぞ。きっと甘藷スイーツは人気になるに違いない。
アクセサリーのお店もあって、私はつい見入ってしまった。リアムは私が興味を持つと、そのまま立ち止まってゆっくり時間を取ってくれる。相変わらず優しいというか、甘やかされているなぁと思う。でも、その甘やかしが最高に心地良いのも確かで、リアムは容姿以外でも女の子にモテそうだと改めて感じた。
細長い繊細なロングチェーンイヤリングが目に入った。実は前世から憧れていたんだ。女の子らしくて、私には似合わないと手に取ったことはなかったけど。
一度思い切って可愛いと思ったイヤリングを付けたら、偶然それを見かけたコーチから「似合いもしないのに、そんなチャラチャラしたアクセサリーを付けるな!」と怒鳴りつけられたことがあった。勿論練習の時は外すつもりだったんだけど……。それ以来アクセサリーを付けること自体が怖くなってしまったんだ。
その時の切ない気持ちを思い出しているとリアムが声を掛けてきた。
「ミラ、イヤリングに興味があるのかい?」
私はハッとして慌てて答える。
「い、いいえ。私はそんな可愛いの似合わないので……」
リアムは少し考え込んた後、何も付けていない私の耳たぶを優しく触った。ゾクッとして肩を竦めるが嫌ではない。もっと触って欲しいような恥ずかしいような不思議な気持ちになった。
「君は可愛いし、可愛いアクセサリーもよく似合うよ。俺がそう言っても信じられないかもしれないけど……。良かったら、片方ずつお揃いのイヤリングをつけないか?」
リアムの言葉に私は顔を上げた。
彼は熱心にイヤリングを見ていたが、その中からシルバーのイヤリングを手に取った。繊細な鎖の先端にシンプルな極細のプレート状の飾りがぶら下がっている。簡素だけど上品な印象だ。
「これなら俺も付けやすい。これを一つずつ片耳にしないか?そうしたらお揃いになるし……」
確かにこのイヤリングはリアムに似合いそうだ。腹が立つくらい整った顔に、片耳からシルバーがチラリと覗く感じはカッコいいと思う。
私はどうだろう?
また自信を無くしそうになった時、リアムが私の片耳にイヤリングを当ててみる。
「ほら。ミラに似合うよ。アッシュブロンドの髪にも似合うし、顔が小さくて首が細いからこういうイヤリングが耳元で揺れると可愛いんじゃないかな」
嬉しそうに言うリアムの言葉に私もその気になった。少し気恥ずかしいけど、お揃いっていうのは楽しいかもしれない。
結局、リアムがそのイヤリングを買い、私と片方ずつ付けることにした。リアムは左耳に、私は右耳に付けることにする。確かに右耳の傍でシルバーのチェーンが揺れるのを感じると、ちょっと気持ちが高揚する。
リアムも嬉しそうで、二人で手を繋いで裏路地でのショッピングを堪能した。
路地の一番奥まで行くと古い教会があった。
正面の入口ではなく裏口のような雰囲気だ。勝手に入っていいのかと不安になったがリアムは慣れた様子で教会の扉を開ける。
中にいた司祭と親しげに言葉を交わした後、リアムは私を手招きして奥にある階段に向かった。
教会の中の真っ暗で急な階段をひたすら上る。暗闇に目が慣れた頃、ようやく一番上の扉に辿り着いた。
リアムが扉を開けるといきなり明るい光が差し込み、眩しさに目がちかちかした。
目の前を見ると大きな教会の鐘が鎮座している。ここは教会の塔のてっぺんにある鐘楼だ。そして、リマの街を一望できる。私は周囲に広がる壮大な景観に息を飲んだ。
「……すごい! なんて景色! ……綺麗」
眼下に目をやると、教会を中心に放射線状に広がる道を挟んで石造りの建物が並んでいる。そして街の向こうには大きく平原や森や河が広がっているのが見えた。
リアムは感動する私の肩を抱き寄せた。
「この景色をミラに見せたかったんだ」
セクシーな低音で耳元で囁く。
私は幸せだ。お揃いの可愛いイヤリングをつけて、リアムみたいな素敵な人と一緒にこんな絶景を見ることができる。
「素晴らしい景色を見せて下さってありがとうございます!」
とリアムの目を見ると、彼は照れたように顔を伏せた。
「いや……喜んでもらえたら嬉しいよ」
二人で寄り添いながらしばらく景色を堪能した後、私たちは教会を離れパイロットショップに向かったのだった。
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