第7話 復興事業について考えました

翌日から私はリアムの執務室で本格的に彼の仕事を手伝うことになった。


領地経営の仕事は想像以上に大変だ。特に今は戦のせいで家を失った人達が大勢いる。そういった難民のためのインフラ整備が急務だ。シェルター、水や食料などを提供するのも領主の仕事の一つである。


現在、家を失った人々は難民キャンプでテント生活をしている。水と食料は供給しているが、ギリギリ最低限のもので申し訳ないとリアムは下を向いた。


「情けないな……。元々辺境伯領は裕福な領地ではない。家を失った人達に新しい家を作ってやりたいが、人手も資金も足りないんだ」


悔しそうに拳を震わせるリアムを見て、私はできることがないか必死で考えた。


「あの、生意気かもしれませんが、一つ提案しても宜しいでしょうか?」


「もちろんだ。君の意見はいつも的を射ている。魔法学院で講義した時の君の質問にも俺は感心していたんだよ」


優しく励まされて、私の胸は期待で膨らんだ。この人もケントと同じかもしれない。私の意見を尊重して、聞く耳を持ってくれる。対照的に「女のくせに生意気な」が口癖だった実の父親の顔がふと脳裏をよぎった。


「戦で家を失った人だけでなく、戦で仕事を失った人も多いと思うのです。仕事を失った人達にはお金を稼ぐための仕事が必要ですよね?」


「その通りだ。失業対策も考えなくてはいけない」


「私、出資したいと思うんです。実は資金はありまして……」


そういって、ケントが持たせてくれた金貨と宝石を見せる。


リアムの目が大きく見開かれた。


「これは……?」

「えっと、この資金で復興事業をしたいんです」

「復興事業……?」


リアムの顔が疑問符で一杯になっている。


ああ、私は説明が下手だ。どうやって説明しようと必死で頭をフル回転させる。


「私は辺境伯領での特産品を色々と調べました。例えば、甘藷や綿花は有名ですよね。綿製品や綿織物も生産していると聞いています」


リアムは興味深そうに頷いた。その表情に励まされて、話を続ける。


「まずですね。私はこのお金で失業した人達を雇い、難民の方達の家を作ってもらおうと思っているんです。例えば、専門の大工じゃなくても、木を伐り出す作業、木材を加工したり輸送したりする作業など多くの仕事が発生します。それらをお給料を払ってやってもらうんです」


リアムは顎に手を当てて頷いた。それに力を得て、話を続ける。


「そして難民の人達には、私がお願いする仕事をやって頂きます。もちろんお給料は払う予定です。お願いしたいのは甘藷の調理。そして綿のドレス作りです」


「甘藷の調理と綿のドレス……?」


「はい。私は甘藷を使った美味しい甘味の調理法を知っています。えっと、多分まだ一般に普及していないレシピで、王宮で作ったら評判が良かったんです。それを作って販売したいと思います。綿のドレスというのは綿の織物を使って、新しいファッション……ドレスを作りたいと思っています。付加価値をつければその分利益が出ますし、他領にも販売できるかもしれません」


甘藷ってつまりサツマイモだからね。大学芋とスイートポテトを考えている。この世界で気がついたのは、スイーツの種類が少ないということ。甘藷は蒸かしてそのまま食べるのが一般的な調理法だ。ここで新たなスイーツを提供できれば、新しい市場が開拓できるのではないかと目論んでいるのだ。


そして、ファッションについても絹(シルク)中心の高級志向ではなくて、綿という素材のカジュアルなファッション・ブランドを立ち上げたい。絹に比べて綿は安価に生産できる。庶民を中心に他領でも購買層が広がれば利益がでるだろう。デザインが勝負なので、これから色々考えないといけないけど。


「つまり、ミラが失業者を雇って家を作り、難民にその家を与え、その代わりに労働してもらう、とそういうことか?」


さすが理解が早い。


「そうです! 失業者の人達は仕事が得られるし、難民の人達は家を手に入れることが出来る。それに新しいビジネスを立ち上げることができれば、みんなが喜ぶ状況になるのではないかと思います」


「面白い! ただ、それは基本的に辺境伯である俺の仕事だ。官民合同の復興事業ということにしよう。俺たちも出来る限り協力する。ただ、資金については……。ミラ、その資金は君のものだろう? 君のお金を受け取ることはできな……」


言いかけるリアムを私は遮った。


「リアム様、このお金は私が持っていても無駄なものです。私は人を助けるためにこのお金を使いたいんです。だから、どうか、何も言わずに受け取って下さい。お願いします!」


私は必死で頭を下げたが、リアムはまだ躊躇っている。


「でも……」

「じゃあ、事業が軌道に乗って利益が出るようになったら返して下さい。それでどうですか?」


リアムはしばらく考えていたが、覚悟を決めたように頷くと深く頭を下げた。


「ミラ、君の協力に心から感謝する。必ずお返しすると約束する。論功行賞は時間がかかるが、いずれ戦で勝利した褒美がもらえると聞いている。その時に君に全て返却できると思う。甘えてしまって非常に申し訳ないが、今の財政状況だと正直助かるんだ。本当にありがとう」


彼の言葉には誠実さが籠っていて、本心から言っていると信じられる。


そもそもケントから貰ったお金だし、困っている人達のために使うのが筋だと思うんだ。ケントだって国王としてそれを望むだろう。


私は密かに準備した復興事業に関する資料をリアムに手渡した。彼は物凄いスピードでページをめくっていく。


「計画自体が良く出来ている。さすがだな。この件はミラに一任しよう。俺ももちろん手伝うが……補佐が必要だな」


「それでしたら、料理長と侍女のエマにお願いできますか? 甘藷の調理と綿ファッションのアドバイスを貰いたいので……」


「もちろん、構わない。あの二人も喜んで協力するだろう。ただ、事務方で補佐が必要になるな。俺の補佐官の中で適任は……。ミラ。君の好きな男性のタイプはどんなタイプだ?」


突如変な質問をされて、私は戸惑った。


「え? えーと……特にありませんが……」


躊躇いがちに返事すると、リアムは少し拍子抜けしたようだ。何故?


でも、困っている人達を助ける仕事を貰えて私のモチベーションは上がった。ここはしっかり頑張らねば!とやる気が満ちてくる。


「あの、今度その難民キャンプを視察させて頂けませんか? 実際にどういう状況だか分からないと私の計画が上手くいくかどうか分かりませんし……」


「そうだな。予定を調整して一緒に行こう。俺も最近外出していないから良い機会だ」


「一緒に?」


忙しい領主が直々に?と思って尋ねると、リアムの表情が曇った。


「嫌か?」


「いえ、そうではなくて……お忙しいのではないかと……」


「いや、これは優先順位の高い仕事だ。ミラが嫌でなければ同行したいが……」


「もちろん、嫌じゃありません。私、その、王宮にずっといたので、外の世界をあまり知らないのです。世間知らずなので……。こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、とても楽しみです」


「そうか、俺もだ」


リアムが子犬のような人懐っこい笑みを浮かべる。


私は彼の笑顔に弱いみたいだ。胸がキュンとときめいた。

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