第8話 マッサージをしましょうか?
ある日の夕食の後、私はおずおずと旦那様に申し出た。
「リアム様。その……左足が麻痺していると伺ったのですが、良かったらマッサージしましょうか?」
そんなことはさせられないと遠慮するリアムを無理矢理説得して、私は彼の寝室に押し掛けた。ちなみに私たちは別々の寝室で休んでいる。
リアムは顔を紅潮させて緊張しているようなので、ベッドに横になってもらいながら、私は軽い世間話を始めた。
「夕食はいかがでした? 私も料理長のお手伝いをしたんですよ」
リラックスできるよう気軽な感じで尋ねると、リアムも答えてくれた。
「ああ、新しいデザートメニューはミラが考えたって聞いたぞ。美味かった。もっと食べたかったな」
ふふふ。今夜は必殺プリンを作ったのだ。スイーツの少ないこの世界では超人気になるのは当然だ。王宮でも好評でケントの大好物でもあった。
「お気に召して良かったです。次回は多めに作りますね。では、香油を使ってマッサージしていきます。左ひざが動かないと聞いていますが、痛みはありますか?」
「痛みはほとんどない。でも、本当に君にこんなことをさせてしまうなんて……申し訳ない」
遠慮がちに体を動かしながらリアムが答えた。足をマッサージするために、ガウンを羽織っただけの姿でうつ伏せになってもらっているので、少しきまりが悪いのかもしれない。
私は今世で治癒魔法が特技だったりする。それに前世でスポーツをやっていたので、マッサージやテーピングは滅茶苦茶得意だ。
そして、スポーツをしていたからこそ分かる。彼の身体の筋肉が完璧なほど仕上がっていることを。日頃から鍛えていないとこんな綺麗な筋肉にはならない。体を動かすのが好きな人だったんだろう。
何とかできないかしら? 左ひざが麻痺していると聞いていたけど、神経が損傷している……訳ではなさそう?
少しずつ治癒魔法をかけながら、膝の様子を伺う。しっかりとした筋肉がついているふくらはぎから膝にかけて香油をつけてマッサージを始めるとリアムが気持ち良さそうに呻いた。
「ああ……気持ちいいな」
うう、なんて色っぽい声なんだ。心臓よ、鎮まれと念じながらマッサージを続ける。
「そうですか? 良かった。ケントも私のマッサージの腕はプロになれるとしょっちゅう言っていました」
そう言うと、リアムは何故か不機嫌そうに顔を反対側に背けた。
あれ? 何か悪いこと言ったかしら?
ま、いっか。
そのままマッサージを続けていると、リアムはウトウトと眠ってしまったらしい。
リラックスできたのなら良かった。
私は再度治癒魔法をかけて、余分な香油をタオルで拭うと、ブランケットを上から掛けて、灯りを消して部屋を後にした。
リアムが良く眠れますように。怪我をして以来不眠がちだと言っていたから。
**
翌朝、エマに起こされた私はシャキッと立ち上がった。寝起きもめっちゃ強いのが自慢である。
「旦那様がミラ様と朝食をご一緒したいと仰っているのですが……」
しかし、エマから思いがけないことを言われて、私は慌ててクローゼットの扉を開けた。
何を着ようかちょっと迷う。
昼間は機動性が重要だ。執務室でリアムの仕事の手伝いをするだけではない。しょっちゅう厨房に出入りしているし、最近は庭に出て庭師とも仲良くなった。
それでもいつもは比較的簡素な普通のドレスを着用していた。
どうしよう。復興事業で綿のドレスの話もしたし、今日は前世で着ていたような綿のワンピースを着てみようかな。
実は綿製の新ファッション・ブランドのための試作品ができあがってきたのだ。
私は以前から密かにカジュアルな女性服を広めたいと考えていた。前世のような普通の洋服が着たいとずっと思っていたので、復興事業のおかげで思いがけなく希望が叶うかもしれない。
前世のブラに近い簡易コルセットを下に着れば、一人でも着脱が出来る。ノースリーブなので腕はちょっと出ているが、長さもひざ丈で動きやすい。
どう考えても、人の助けを得ないと着られないドレスというのは実用性が低い。本格的コルセットでぎゅうぎゅう締め付けられたら苦しくて碌に食べられもしない。
リアムはこの試作品をどう思うかしら、とちょっと緊張しながらダイニングに向かった。
しかし、リアムは私のワンピ姿を見て顔を真っ赤にした後、青くなった。
「……ミラ。腕が……足首が……露出がおおすぎではないか?……男たちが目のやり場に困るだろう……」
そう言われて強制的に着替えさせられた。
着替えを手伝いながらエマは顔をしかめた。
「全く旦那様は独占欲が強すぎますよね。とても爽やかでお似合いだったのに。普通のドレスでも胸がバーンと開いていたりするのが多いし、腕だって思いっ切り出てるのに……。全く心が狭い」
ぶつくさ言っているエマは私の綿製ワンピースを大変気に入ってくれている。
「最初はもっと露出を少な目のデザインにした方が良いかもしれないわね。裾も長めにしたら大丈夫かもしれないわ」
「旦那様は、どんなものでもミラ様が魅力的に見えるドレスは嫌がりそうですけどね」
「そうかしら? 確かにファッションに関してはちょっと保守的でいらっしゃるのかもしれないわね」
「そういう意味ではないのですが……」
そんな会話の後リアムとの朝食の席に行くと、彼は申し訳なさそうに私に笑いかけた。
「すまない。うちの男どもにはちょっと刺激が強すぎるような気がして、無理を言ってしまった」
「いえ……。やはりリアム様のお好みには合わなかったということですね」
「え、あ、いや、お、おれ……いや、わたしの好みでは……なかった訳ではないのだが……その、屋敷の風紀のために、その、心を鬼にして自らを律するというか……」
「分かりました。デザインについてはもっと布面積の多い保守的なものから始めようと思います」
「……布面積……。二人きりの時なら別に……その……」
小声でぶつぶつ言っているリアムは放っておいて、私はワンピースのデザインのことを考えながら、朝食を食べ始めた。
「そういえば、夕べのマッサージはいかがでしたか? 多少は眠れました?」
私の質問にリアムの顔が晴れやかに輝いた。
「ああ、そうだ! 礼を言おうと思っていた。昨夜はぐっすり眠れたんだ。怪我をしてから……というよりここ数年で一番の安らかな眠りだったと思う。それに足の違和感が少し減ったような気がする。ありがとう。君のおかげだ」
「まぁ、それは良かったです。では今夜も……?」
リアムは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
キリリとした端整な顔貌に勇壮な傷まである顔がくしゃりと崩れて照れる姿は、私の中の母性本能的な何かをくすぐる。
「……もし、ミラが嫌でなければ……お願いしても……いいか?」
「もちろんです! 喜んで!」
気合十分で両拳を握り締めた。
それ以来、毎晩欠かさずマッサージと治癒魔法をかけ続け、なんと十日間でリアムは左足を動かすことが出来るようになった。
歩くまではいかないが、車いすから立ち上がることは出来る。今後リハビリを続ければ、きっと歩けるようになるだろうと侍医から言われて、リアムの顔は輝いた。
「ミラ、君は僕の恩人だ。まさか自分が再び歩けるようになるとは思わなかった。ありがとう」
彼は立ち上がって私の手を握った。
彼の精悍な顔を見上げると、蕩けそうな甘い眼差しに胸がドキンと震える。
車いすの時は気づかなかったけど、背、高いんだな……。目測で190センチはあるだろう。
そしてやっぱりカッコいい。傷も勇敢な証だと知っているから、余計に魅力的に映ってしまう。
リハビリも私が付き添って行うことになり、私の生活は益々忙しくなった。
でも、毎日とても充実していて楽しい。王宮にいた頃よりも充実した毎日を過ごせる喜びに感謝した。
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