第10話 本心を明かしてもいいですか?

その日の夜、私は念入りにリアムの左足をマッサージしただけでなく、首や肩など全身を解していった。


「……あぁ、気持ちいいな。ミラのマッサージは最高だ」


半分うとうとしかけながらリアムが呻く。


「今日はお疲れになったでしょう。でも、みんなリアム様に会えてとても嬉しそうでしたよ」


リアムがふふ、と笑った。


「ああ、みんな喜んでいたな。イノシシ鍋もみんなが争うように食べていた。正直、食糧を送るだけで精一杯で、美味いものを提供しようというところまで気が回っていなかった。美味しいものを食べるだけで、人間、気持ちが明るくなるものだな。あそこには何度も行ったが、あんなに楽しそうな顔を見たのは初めてだった。全部ミラのおかげだ……」


「いいえ。領主自らが何度も足を運んで信頼関係を築いていたことが大きいと思います。みんながリアム様を信頼しているから、今日の提案もスムーズに受け入れてもらえたんですよ」


「ミラは謙虚過ぎると思うが……。そこもいいところだな」


ウトウトしながら、あふ、と欠伸をするリアムを見て、またまたギャップ萌えできゅんとする。昼間の凛々しい領主姿から一転してふにゃふにゃのリラックスモードになったリアムはとても可愛らしい。


「リタさんも素敵な方でしたね」


ほっぺにちゅっとされたことを思い出しながら言うとリアムが笑顔で答える。


「ああ、ミラを気に入ったみたいだな。彼女は恩人なんだ」


「恩人?」


「ああ、リタは軍で俺の副官の一人だったんだが、戦争が始まる前……もっと早い段階で国境沿いの町の住民の避難を主張したんだ。他の副官は、まだそこまでしなくていいという判断だったんだが……。俺は万が一を考えて彼女の策を取り入れた。おかげで突然敵が攻めてきた時も民間人の死傷者は出ずにすんだんだ」


「すごい! さすが先見の明があったんですね」


「ああ、そうだな。実際の住民の避難も率先してやってくれた。彼女の希望で難民キャンプの総責任者をしてもらっているが、俺はもう頭が上がらない」


リアムが苦笑した。でも、その言葉からリタへの信頼が伺える。


「そうだったんですね。リアム様と親しそうだったので、どういう関係の方だろうと思っていました」


私の言葉を聞いて、リアムがバッと顔をあげた。何故か不安そうな顔をしている。


「彼女とは何でもないから! 親しいと言ってもその……そういう関係ではない!」


リアムの必死な表情で、私が二人の関係を誤解したかもと不安になったんだな、と分かった。分かったら、ちょっと嬉しくなった。


「大丈夫ですよ。そういう雰囲気ではないのはすぐに分かりましたし、私は元々それほどやきもち焼きではないので……」


もし私が嫉妬深かったら、ミシェルと結婚したケントの傍にはいられなかっただろう。好きな人が他の女性と結ばれる経験を積み過ぎて心の防衛本能が働いたのか、私は嫉妬や独占欲という気持ちを経験したことがほとんどなかった。もちろん、悲しい思いは何回もしたけどさ。


それを聞いてリアムの肩ががっくりと落ちた。


「……そうか。まぁ、誤解されなくて良かった」


どことなく寂しそうに呟くリアムの足にマッサージを続けようとすると、彼は私の長い髪を一房つかんでそこに口づけをした。


突然のイケメンの行動に嫌でもドキマギしてしまう。


「……少しは意識してもらえると有難いんだがな」


リアムが悪戯っぽく微笑んだ。


いやもう、そんな小悪魔系の笑顔を見せられたら、意識せずにはいられません!


内心叫ぶ私。


「それからリタから聞いたんだが、ミラの事業資金はケントからの手切れ金だったって本当か?」


リアムが話を変える。


「ああ、まぁ、手切れ金なのかな、って私が勝手に判断したんですけど。私は要らないって言ったんですよ。でも、ケントがどうしても持っていけって。あの人心配性だから、私がどこかで野垂れ死んだらって不安だったんでしょうね」


笑いながら言ったのに、リアムの顔は不機嫌になり眉間に深い皺ができた。


「どうしました?」


「……ケントとは随分親しかったんだな。婚約者……側妃だったんだから当然か……」


「まぁ、そうですね。幼馴染で一緒に育ったようなものですし。でも、側妃になってからの方が距離を置かれた感じでしたよ。彼は最愛の女性と結婚したから当たり前かもしれないですけど」


「君は……ケントが他の女性と結婚して良かったのか? 彼のことが好きだったんじゃないのか?」


リアムの穏やかな声音が心の琴線に触れたのかもしれない。私は初めて自分の本心を語りたくなった。


「本当のことを言います……私は密かにケントに恋をしていました。ずっと、幼い頃からの初恋です。でも、ケントは違った。私は彼が他の女性と運命の恋に落ちることを覚悟していました……だから、大丈夫です」


そう言うと、リアムはベッドから起き上がり私の隣に腰かけた。


「ミラ、君は今でもケントが好きなのか?」


私は誠実な彼に嘘をつきたくないと思った。


「はい、やっぱり今もケントが……好きかも……です」


リアムは「そうか」と言ったきり、黙って私の隣に座っている。


しばらくの沈黙の後、リアムは吐き捨てるように言った。


「……あいつはバカだっ。君みたいな女性に好かれながら、別な女性を選ぶなんて……」


私はゆっくり首を振った。


「いつもそうなんです。私は男性の親友にはなれるけど、恋人にはなれない。恋されるには何かが欠けてるんでしょうね」


「君はとても魅力的だ。なぜそんな風に思うのかを聞かせてくれないか?」


リアムの声はとても静かで、私のことを真剣に考えてくれているのを感じた。私は生まれて初めて、自分の秘密を打ち明けたいと思った。そして、この人なら打ち明けても大丈夫だと信じられた。


私は前世のことやゲームのことを全てリアムに打ち明けた。もちろん、体育会系の非モテ女子だったことも。


リアムは最初絶句していたが、身を入れて私の話を聞いてくれた。


話が終わると、彼は私の瞳を真っ直ぐに見ながら私の頭を撫でた。


「ミラ、打ち明けてくれてありがとう。君は……頑張ってきたんだな」


「え!? 私の話を信じて下さるんですか? 言っちゃなんですが、こんな荒唐無稽な……」


驚く私にリアムは少年のような笑顔を見せながら、私の頬を両手で挟んだ。


「俺は君の言うことを信じるよ。だから、俺のことも信じてくれる?」


「も、もちろん。私はリアム様のことを信じております!」


「でも、俺が君に恋しているということは信じられないんだろう? 君が好きになった人は他の女性を選ぶって、前世からの刷り込みがあるんだ。だから、恋するのが怖い。ケントは最初から他の女性を選ぶって分かっていたから、恋心を抱いても心にブレーキをかけられた。つまり、ブレーキのない恋愛が怖いんだな?」


図星を指されて、私は思わず下を向いた。


リアムはしばらく考え込んでいたが穏やかな口調で言葉を続ける。


「ミラ、俺は気が長いんだ。何年かかってもいい。君の不安を払拭したい。君の不安がなくなって、俺の気持ちを心から信じられるようになったら、俺との恋愛も真剣に考えてもらえるかな? もちろん、最終的に俺を好きになれなかったという結論でも受け入れるよ」


私は自分の耳が信じられなかった。


「そ、そんなこと……リアム様に申し訳なくて……」


「申し訳なくなんかない。俺は君が好きで、君に俺のことを信じてもらいたい。でも、君の不安が完全になくなるまでは時間がかかりそうだ。だから、俺は長期戦で臨むよ。俺がそうしたいんだ。ダメか?」


切なそうなヘイゼルの瞳に見つめられると胸の奥から色んな感情が湧き上がってくる。


嬉しい。


秘密を打ち明けて、こんな風に受け入れてくれるなんて。


怖い。


それでもやっぱり最後は他の魅力的な女性を選ぶんじゃない?


申し訳ない。


自分の気持ちが定まらないせいで迷惑を掛けてしまう。


甘えたい。


こんな風に甘やかしてくれる人は今までいなかった。思い切って甘えてしまいたい。


気づいたら涙がこぼれていて、リアムが困ったように私をたくましい腕で包み込んだ。


「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」


私はリアムの胸にしがみついてわんわん号泣してしまった。こんな風に誰かの胸で泣いたのは生まれて初めてだったけど、とても……心が癒される。


彼はずっと私の頭や背中を撫でながら、存分に泣くがままにさせてくれた。


「……ありがとうございます。ごめんなさい」


ようやく涙が出なくなった私は今更ながら恥ずかしくなった。子供みたいに泣いてしまった。


「いや、いいんだ。俺は君が安心できる居場所を作りたい。たとえ、俺のことを好きになれなかったとしても、困った時は俺のところに来てくれたら嬉しいよ」


「リアム様、どうしてそこまで私を……?」


「ミラ。俺は……初めて会った時から君にずっと恋しているんだ。だから、俺は自分の気持ちが変わらない自信がある。でも、心を取り出して見せる訳にはいかないから、これから行動で君に俺の気持ちを信じてもらえるように頑張るよ」


「初めて会った時……?」


そして、リアムはその時のことを話してくれた。

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