第9話 難民キャンプを視察します

難民キャンプへの視察の日がやって来た。日帰りの予定なので、早朝まだ日が昇らない内に城を出発することにした。


城の前で馬と馬車が来るのを待っていると、まだ空気が肌寒い。


くしゅん!


城の外に出た途端にくしゃみが出てしまう。リアムが心配そうに私を抱き寄せた。


「寒いか?」


私を温めるように抱きしめた後、自分が羽織っていた大きなストールを私の体に巻き付けた。隙間が出来ないように巻き付けたストールを念入りにたくし込む。面倒見の良いお母さんみたいだ。


「いや、私は大丈夫ですよ。リアム様が寒くなっちゃうじゃないですか?!」


私が言うと、お見送りするためについて来ていたオリバーがすかさず予備のストールをリアムに差し出した。


「リアム様……隙あらば、というのは分かりますが、もっと男らしく正々堂々とですね……」


何故か仏頂面のオリバー。


「分かったよ。悪かった。……頑張るから」


苦笑しながらそれを颯爽と羽織るリアムの姿があまりに格好良くて、私はボーっと見惚れてしまった。この人は顔が美しいだけじゃない。姿勢や立ち姿や動きが全部美しいんだ。


リアムは多少足を引きずるものの一人で歩くことが出来るようになった。元々得意だった乗馬も問題ないという。


いつもはカチッとしたフォーマルな服装のリアムだが、今日は騎馬で難民キャンプに向かうためにカジュアルなシャツと乗馬用パンツで髪を無造作に束ねている。爽やかなイケメンなのに、頬や襟足に後れ毛がかかっているのが妙に色っぽい。男らしく彫りの深い横顔に思わず視線を惹きつけられた。


こんな麗しい方と私が結婚!? そんなのあり得る?


いや、ありえない!!!


突如現実に引き戻されて、私は冷静になった。


うん。こんな素敵な方が私と結婚するはずがない。いずれもっと女らしい伴侶を見つけるだろう。


その時には笑顔で祝福を贈ろう。きっと良い友達ではいられるはずだから。


いつものようにそう思った時に、胸がチクンと痛んだ。


それが何なのか考える間もなく、私の愛馬のスカーレットが現れた。


私も今回は騎馬だ。荷物が多いので馬車は一杯になってしまった。難民キャンプに差し入れしたいし、甘藷スイーツやワンピの試作品も持っていくからね。


赤みがかった茶色の美馬であるスカーレットは会えて嬉しいのだろう。鼻息も荒く顔を私の胸に押し付けてくる。


私も嬉しくて彼女の首に腕を巻きつけて、チュッと額にキスをした。


「おはよう。スカーレット。今日もよろしくね」


それをリアムが羨ましそうな顔で見ていることなんて全く気がつかなかった。


**


難民キャンプまでは馬で1~2時間程だった。森に囲まれた平地に多くのテントが張られていて、周辺は辺境伯領の兵士たちが警備をしている。


難民キャンプに到着すると総責任者のリタが迎えてくれた。


目力の強い美貌の女性リーダーだ。


兵士と同じような服装をしているが、うねるようなダークブロンドの長い髪を無造作にリボンで一つにまとめている。カッコいいな。「姐さん!」と呼びたくなるような迫力だ。


リタはゆっくりだが立って歩いているリアムを見て、目を丸くした。


「リアム様!? 歩けるようになったんだね! 良かった……。えっと……こちらは……?」


気さくにリアムに声を掛けるリタは、握手のために手を差し出しながら怪訝な顔付きで私の方を窺った。


「あ、ああ。彼女はミラ・スチュワートだ。復興事業の立案者で責任者に任命した。今回実際の現場を視察したいというので連れてきたんだ」


「……へぇ。スチュワート公爵家の……?」


笑顔だったリタの顔が無表情になる。突き刺さるような冷たい視線を感じて、私は誤解されてしまったかもしれないと不安になった。


まずいな……。スチュワート公爵家の評判が良くないことは認識しているし、私がリアムの愛人で、その愛人に公共事業を任せたというような印象を与えてしまったのかもしれない。胡散臭いと思われてしまったら困る。


彼女の協力が得られないとこの事業は成功しない。


何とか彼女を説得したいという気持ちを込めて、私は彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「初めまして! ミラと言います! 本日は勉強させて頂きます! どうか宜しくお願い申し上げます!」


大声でハキハキと挨拶しながら、深々とお辞儀をした。


大声で挨拶。体育会系の基本だもんね。


リタの眉が意外そうに上がった。


「……何が見たいの? 目的は?」


私は喜々として準備していたファイルを取り出した。お妃教育で学んだ知識をベースにして一生懸命企画書を作ったよ!


「じゃあ、どっか座れるところに行こうか?」


まだ用心深そうな視線を感じながらも私はコクコクと頷いた。


「あ、リアム様。私は一人で大丈夫です。ここにいる人達はリアム様の姿を見ると心強いでしょうから、どうか皆さんの慰問に行かれて下さい」


私の後をついて来ようとしたリアムを止めると、彼は何故かとても悲しそうな顔で私たちに手を振った。


**


二人きりになるとリタは面白そうに私を見つめた。


「あんたさ、リアム様の愛人? 恋人? 何なの?」


うーん、難しい質問だ。何と答えて良いものか分からない。


「私はリアム様の友人です!」


とりあえずそう言い切った。


リタは唖然として「友人……ね」と呟きつつ私に質問を投げかける。


「ま、いーか。それで!? あんたはここにいる人達をどうしたいの? 何が目的なの?」


彼女の顔つきは真剣だ。この難関を突破しないと話が先に進まない。


私は給料を払って失業者を雇い、家を建て、難民の人の中で希望する人がいたら労働で返してもらうという計画をパワポプレゼン風にリタに説明した。


「え? なにそれ? じゃあ、あんたが私財を投げ打って事業を始めるってこと? なにあんた? 金持ち? 慈善事業がしたいの?」


「私財っていうほどでも……。えっと、私の実家はスチュワート公爵家なので、実家はお金持ちですけど、私自身にはまったくお金はありません。でも、私は以前国王陛下の側室をしておりまして、最近側室を辞めることになり、うーん、手切れ金というか、そういうお金を沢山いただいたので、それを元手にして事業を始めたいな、と思ったんですよね」


私の複雑な事情を一気に説明すると、リタの口がぽかーんと開いた。


しばらくそのままお互いの顔を見つめ合う。


呆れ顔のリタの手からペンがポロリと落ちた。


我に返ったリタはしきりに自分の頭を掻いている。


「うーん。よく分かんないけど、その手切れ金はあんたが今後生活するのに必要だからくれたんだよね? それをこんな事業に使っちまっていいのかい?」


あ、この人は私の身の振り方を心配してくれているんだ。いい人だな!


「はい。人々の役に立つ方がお金も喜びます。それにリアム様はいずれ返すと言ってくれました。難民の皆さんには新事業のお手伝いをして頂きたいんです。もちろん、お給料はお支払いします……最初はそんなに沢山は払えないかもしれないけど……」


「いや、家を建ててもらえるんだったら、多少安くたって、何なら無償だって喜んでやると思うよ。その新事業って何だい?」


やった! 興味を持って貰えた。


私は二つのメイン事業の説明をした。


一つは甘藷の調理・販売の事業。甘藷は救荒作物なので痩せた土地でもどこでも良く育つ。辺境伯領でも豊富に収穫できる農作物だ。それに甘味に加工しやすいので、スイーツの少ないこの世界では絶対に人気が出ると思う。とりあえずスイートポテトと大学芋を中心に加工・販売していきたいと説明した。


試作品のスイートポテトと大学芋をリタに食してもらうと、リタの目がキラキラと輝いた。


「うううううううんまい!!! なにこれ!? 甘藷でこんなに美味しいもんが出来んのか?」


「そうなんです! 気に入ってもらえて良かった。これをまず辺境伯領の都市部で販売したいと思っています。もし、人気が出たら他領への販売も考えています」


「いや、これマジで売れるよ。私も買いたいもん!」


リタに試作品スイーツの残りを渡し、キャンプの人達で甘藷事業に興味がある人がいるかどうか、とりまとめをお願いした。


もう一つは綿織物や綿製品を洋服に加工する事業だ。


これも試作品の綿製のワンピースを幾つか持って来たので、リタの意見を聞いてみた。


「いいね。庶民は綿製の服を着ているけど、作業服っていうか普段着が中心だもんな。お洒落なドレスはどうしても絹製で、庶民には手が出せない。綿製でしかもお洒落なドレスがあったら、若い娘だったら着たいと思うだろう。このドレス、可愛いな」


リタが試作品の一つを手に取ってくれた。ノースリーブの膝丈のワンピだ。


「私もそれ可愛いと思うんですけど、ちょっと露出が多いかなと思ったので、最初は露出が少な目の大人しめのワンピで行こうかなと思ってます」


「ワンピ? それが商品名か? それも可愛いな」


あ、そうか。それは良い考えかも。『ワンピ』という商品名にしよう。慌てて話を合わせた。


「そ、そうなんです。このワンピという商品はフォーマル過ぎず、カジュアル過ぎない、ちょっとだけ特別な装いというお洒落着にしたいなと思っています」


「へぇ、よく分かんないけど、面白そうだね。うん。糸を紡いだり、染色したり、裁縫が得意な人はここに沢山いるよ。あんたがワンピを着て歩いたら、若い子はみんな真似したがるんじゃない?」


「え!? 私なんかが着て真似したくなりますかね?」

「……あんたさ、謙虚も度を過ぎると嫌味だからね?」

「……」


意味が分からずポカンとリタの顔を見つめると彼女はふっと笑った。


「あんたさ……きっと苦労してきたんだろうね。さっきは苦労知らずのお嬢がリアム様に取り入って訳の分からないことを始めようとしているんじゃないかって思って嫌な態度を取って悪かったよ。この計画はいいよ。うまく行くと思う。というか、絶対成功させよう。あたしも喜んで協力するよ!」


彼女の言葉に私は嬉しくて目がウルウルした。そんな私を見てリタは優しく笑いかけてくれる。


「ああ、あんたはホント可愛いね。若い子はみんな憧れると思うよ。だから、もっと自信を持ちな!」

「あ、ありがとうございます! とても嬉しいです!」


私は立ち上がって、深々と頭を下げた。


「それにしても……あんた、あの悪名高いスチュワート公爵家のお嬢様の上に、辣腕と評判の国王陛下の側室だったんだろう? ……いやもう意外過ぎて何て言っていいか分かんないわ」


リタの呟きは私の耳には入らなかった。


**


話が終わり、みんなのところへ戻ると心配そうな表情を浮かべたリアムが駆け寄って来た。


「ミラ! 大丈夫か? その……無事か?」


リタが笑ってリアムに反駁する。


「なんだよ。私がミラを取って食うみたいな言い方して。まぁ、食べたくなるくらいミラは可愛いけどな」


彼女は私の肩を抱き寄せて、頬にチュッとキスをした。


「おい! それはいくらなんでも!」

「おやおや、まだリアム様はほっぺにちゅも未経験ですか?」


リタがニヤリとする。カチーンと固まるリアム。


「あの! それより、今日は炊き出しをしたいんです!」


私は慌てて二人の間に入った。


リタと睨み合っていたリアムはふぅっと肩の力を抜いた。


「そうだな。城でミラたちが材料の下ごしらえをしてくれたから、後は料理するだけだ」


近くにいた部下に迅速に指示を出す。


あっという間に竈と巨大な鍋が三つ設置され、私たちが準備したイノシシ鍋がグツグツと煮え始めた。


匂いにつられたのだろう。多くの人たちがテントから出てきて好奇心むき出しの目で鍋をじっと見つめる。


子供たちが走ってきて叫んだ。


「わーーーー! すげーいい匂い! これ食べていいの? リアム様?」


彼らは目を輝かせてリアムに質問した。


「もちろん! このミラお姉さんが作ってくれたんだよ!」


リアムが私を紹介してくれると人々の間でどよめきが起こった。


なんとなく周囲を人々に囲まれたので、全方位で会釈のようなものをしつつ笑顔を作ると、うぉーっという声と共に拍手が起こった。何故だ?!


それに応じるようにリタが叫ぶ。


「このミラ様は食事だけじゃない。あたしたちに家や仕事も与えてくれるんだ! みんな、感謝して食事を頂きな!」


人々が信じられないという表情をした後、大きな歓声が沸き起こった。


「リアム様も応援して下さっています! 全力で頑張りますので、皆さん、どうかご支援ご協力の程、よろしくお願いします!」


前世の選挙をイメージして大声を出しながらガッツポーズを作ると、人々から熱狂的な声援を浴びた。


「それと甘藷を使った激ウマのデザートもあるよ! 子供たちに後であげるからね」


リタが言うと、子供たちが飛び跳ねて喜んでいる。甘いものは特別だよね。


「後でそれぞれのグループのリーダーは集まってくれ。ミラ様の計画を相談したい」


人々に向かってリタが笑顔で伝えると、大人たちの顔が明るくなった、ような気がする。


少しは希望が見えてきたと感じてもらえればいいんだけど。住み慣れた家を失い、居場所もなく彷徨うというのは本当に辛いことだ。


その後みんなで昼食を食べて、人々のテントに案内してもらい、どんな生活を送っているのかを視察した。


うん、とても勉強になったし、この人たちのために力を尽くしたいと心から思った。


夕方になって馬を駆って辺境伯城に戻りながら、隣を走るリアムの左足が少しぎこちないことに気がついた。たまに苦痛を堪えるような表情をするので心配になる。


長い一日だったし、ずっと歩き回っていたから痛みが再発したのかもしれない。でも、リアムは人々の前では痛みなどおくびにも出さなかった。さすがだな。今夜もたっぷりマッサージをしてあげようと思ったのだった。


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