第25話 もしかしてこれが溺愛というものでしょうか?

部屋に戻るとエマが心配そうにドアを開けてくれた。


「ああ、ミラ様、良かった! ご無事で……」


エマは泣きそうになっている。


「心配かけてごめんね」

「とんでもないです。ご無事で何よりです!」


二人で話していると、リアムはエマに笑顔を向けた。


「エマ、今日はありがとう。叙爵式でミラは信じられないくらい美しくて、みんなが見惚れていたよ。君のおかげだ」

「勿体ないお言葉です!」


感激しているエマをリアムはさりげなく部屋の外に誘導する。


「今日はゆっくり自室に戻って休んでくれ。ミラの世話は俺がするから大丈夫だ」


何となくだけどリアムは早く二人っきりになりたいのかな、なんて考えてしまった。エマも似たような気配を感じ取ったのかもしれない。私にウィンクすると、そそくさと部屋から出ていった。


リアムは蕩けそうに甘い眼差しで腕に抱えている私を見つめると、そっと花束を置くようにベッドに私を横たえた。


そして、ギシリと音をさせて自分もベッドに腰かける。


「あの、今日はご心配をおかけして……」


身を起こしながら謝ろうとすると、手首を握られてベッドに押し倒された。


ち、近いな……至近距離にある麗しい顔貌にどぎまぎする。


「ミラ、口づけしていいか?」

「はい! 喜んで!」


甘い声で囁かれ低音の色気ダダ洩れの声にゾクゾクしながらも、私はまったく色気のない返事をした。


それなのに可愛くて仕方がないというような表情を浮かべて、リアムはゆっくりと唇を重ねた。


最初は浅かった口づけが徐々に深くなる。口内の奥で縮こまっていた舌を掬い上げて、念入りに絡めるような口づけに私の息も荒くなった。


「……ミラ、堪らなく君が欲しい。俺のものになってくれる?」


熱っぽい吐息で言われて、私はその色気にあてられてくらくらした。


えっと、そういう意味だよね? 内心ひょえーーーっという感じだ。もちろん、嫌ではないが恋愛初心者の私にはどう返していいのか分からない。


緑がかったヘイゼルの瞳に切なそうに見つめられて、私の心臓が壊れそうに跳ねた。


「あの、その……私はもうリアム様のものです。ただ……あの、経験がないもので、満足して頂けないのではないかと不安なのですが……」


小さな声でボソボソと返事をすることで精一杯だ。


それを聞いたリアムは驚きで目を見開いた。


「え!? 本当に? ……ケントとは?」

「ケントは私に指一本触れたことありません。キスも……したことなかったです」

「じゃあ……キスも俺とが初めてってこと?」


リアムは何故か至福の表情を浮かべている。


私がコクコクと頷くと、彼ははぁーーーっと深く息を吐いて愛おしそうに私の頬を撫でた。そして、額から頬、顎、鼻と顔中に口づけが降ってくる。


「……嬉しい。ミラ、大切にするから」


そう言ったリアムは、腕枕+添い寝の姿勢で私を抱き寄せた。体が密着すると彼の心臓の鼓動が速くなっているのを直接肌で感じる。きっと早鐘のように高鳴っている私の心臓の音も彼に伝わっているだろう。


「すまない……」


リアムの言葉に私は戸惑った。


「何がですか?」


「君を不安にさせた。それに……君は口づけもしたことがなかったんだな。早く君が欲しいと気持ちが急いてしまって、いきなり口づけをしてしまった。初めてだと知っていたら、もっとこう……特別なムードとか、シチュエーションとか……色々考えたんだが……」


「え!? いえ、全然そんなの気にしないで下さい!」


「いや、女性にとっては大切なものじゃないのか?」


そりゃ、ファーストキスは大切だけど、私は好きになった人に『愛してる』って言われてキスされたんだから、それはとても嬉しい思い出だ。


前世、飲み会の罰ゲームでキスされそうになって、必死で回避した過去を思い出す。


うん、あの時キスされなくて良かった。


「リアム様とだったら、どんな口づけでも良い思い出になります」


彼がビクっと固まって、再びはぁーーーっと溜息をついた。


「君は……一体、どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだ」


額にちゅっとキスされて、私は彼の顔を見上げた。


私を見つめるリアムの眼差しを見て、私の不安は杞憂だったんだと完全に信じることができた。それくらい甘々の愛情に満ちた表情だった。


「……それでパトリシアがなんと言ったって?」


もう彼女に関する不安はなくなったけど、一応報告するとリアムの顔が怒りで強張った。眉間に皺ができて、私はついそこを指で撫でてしまった。不意に触られてきょとんとするリアムが可愛い。


「でも、もう不安はなくなりました。リアム様に愛されているって感じることが出来ましたから」


「まったくだ。俺の愛情が疑われるなんて、あり得ない。俺はミラ以外の誰とも結婚したくないし、生涯君だけを愛することを誓うよ。君以外の他の誰も欲しくない。欲しいのは君だけだ」


真剣に手を握られて告白されると、嬉しくて心臓が跳ねる。こんな熱烈な告白を聞くことができるなんて……前世の私に伝えてあげたい。


「ところで、パトリシアは、君がケントの元に戻りたがっていると言っていた。彼女にそんな話をしたことは?」


「は!? そんなこと一言も言っていませんが!」


ちょっと、なにそれ!?とイラっときた。


リアムが安心したように表情を緩める。


「そうだよな。良かった。俺はずっとケントに君を奪われるんじゃないかと不安で……。嫉妬で死にそうだった。君を失うことを想像したら怖くて堪らなかった」


お互いに気持ちを伝えあって両想いになったのに、やっぱりリアムも不安を覚えたんだろうか?嫉妬したんだろうか?


……私みたいに?


意外そうな私の顔を見て、リアムは苦笑した。


「俺は、君のことになると相変わらず臆病なんだ。嫉妬深くて独占欲も強い。ホントカッコ悪いよ。君はさっきケントと話している時に、カッコ悪い情けない俺が可愛いと言っていた。本当にそれでいいの?」


あちゃー、やっぱり全部聞かれていたのね。随分失礼なことを言ってしまった。


「失礼なことを申し上げました。本当にごめんなさい。もちろん、リアム様の素晴らしいところを沢山存じておりますが、完璧に見えるリアム様がたまにちょっと情けない姿を見せることで、親近感がわくといいますか、ギャップ萌えといいますか……可愛いと思ってしまったんです。すみません!」


リアムは終始苦笑いだ。


「いや、君が可愛いと喜んでくれるなら、本望だ。これからもカッコ悪い姿を見せるようにしよう。甘えさせてくれるんだろう?」


私を腕の中に抱き込んで再び口づけするリアム。


長い口づけが終わると、私はぷしゅーっとへたり込んでしまう。


そんな私を抱きしめて「俺のお願いを聞いてくれる?」と甘えるように耳元で囁かれて、嫌なんて言えるはずもない。


「君はケントと話す時は、とても気さくな口調になるよね? 使用人と話す時もとても親しげだ。でも、俺には敬語や丁寧語を使うだろう? 俺にも敬語抜きで喋って欲しい」


確かに言われてみれば……と思う。でも、十歳も年上で、私が生徒の頃に学院で講師もされた方に対しては、やはり敬語になってしまうのは仕方がないと思うのだ。ケントは幼馴染だし、ついタメ口になってしまうけど……。


「うーん。つい癖で。敬語じゃお嫌ですか?」

「ほらまた! 君との距離を感じるんだ。最近は使用人にまで嫉妬を感じるようになったよ」

「ホントですか?」

「まぁ、冗談だけど……。でも、本当に少しずつでいいから、もっと気さくに喋って欲しい。様付けも敬語も止めて欲しいんだ」


冗談っぽく言っているけど、彼の表情は真剣だ。


「分かりまし……いえ、分かったよ。頑張ってみるから」


リアムは嬉しそうに私の額に優しいキスを落とした。


***


翌朝、鳥たちの鳴き声で目を覚ますと、至近距離にリアムの美貌があった。


そうだ。夕べは同じベッドで添い寝して眠ったんだった。


あの後部屋に夕食を持ってきてもらい、一緒に食べた。そして、それぞれ沐浴を済ませて、足のマッサージをした後、そのまま同じベッドで就寝したのだ。


「ミラ、君を大切にしたいから、ちゃんと結婚するまでは節度を保つようにするよ」


リアムは本当にキス以上のことはしなかった。何もなかったけど、人の温もりが近くにあるととても安心できる。私はリアムにしがみつきながら、たっぷり熟睡できた。ただ、そのために彼に修行僧のような忍耐を強いていた自覚は全くなかった。


リアムの寝顔を見つめる。睫毛長いなぁ。綺麗な顔。傷痕の部分以外の滑らかな肌にはシミ一つない。


瞼が震えて、ヘイゼルの瞳が顔を覗かせる。自分がその瞳に映る瞬間が最高に嬉しい。その眼差しだけで愛してると伝えてくれるから。


「ん……おはよう。ミラ」


少しかすれた甘い声で囁きながら、チュッとキスしてくれる。


いやもう、こんな甘い朝を迎えることが出来るようになるなんて! 人生何があるか分からない!

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