第10話 剣を握る理由

●エルフィリア帝国・城下町(翌日・朝)


  夜が明けた

  エルフと鬼人の戦闘が始まっている

  既に死傷者多数

  それを見ている綾人、剣を構える

  しかし、足が震え、すくむ


健尾「青年、大丈夫か?」


綾人「あ、あぁ……」


  ガタガタと震える手

  その時、心臓が強く高鳴る

  何か、強大な者の気配を感じる

  息が上がり、汗が噴き出る

  心臓の鼓動が異常に速い

  恐る恐る、気配のする方を向く

  こちらに歩いてくる、二人の少女

  小学生くらいの身なり

  それぞれ、黒色と白色が印象強い

  肩と額に、それぞれ一本ずつ角


健尾「ありゃあ……」


綾人「黒鬼と、白鬼……」


  黒鬼・ヘイス、気怠げに首をもたげ―


ヘイス「いるなぁ、手頃そうなのがぁ」


  白鬼・バイス、ヘイスの腕を掴んでいる


バイス「ヘイスお姉ちゃん……、ほ、本当にやるの……?」


ヘイス「ちっ、くっつくなよ、バイス。うざってぇ」


バイス「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん……」


ヘイス「ったく、めんどくせぇ」


  ヘイス、苛立たし気に頭を掻いて―


ヘイス「バイス、お前が行ってこい」


バイス「えぇ、私!?」


ヘイス「あんくれぇできんだろ」


バイス「わ、分かった……」


  トボトボと、綾人に近づくバイス


綾人「く、来るなぁ!」


  綾人、腰を抜かしへたり込む

  地面の石を、バイスに投げつける

  その一つが、バイスの頬を掠める

  ツーと、血が流れる


バイス「痛い……」


健尾「それはそう」


バイス「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


  突然声を荒げるバイス


バイス「私に酷いことしないで!私に手を出さないで!私を―」


  バイス、拳を振りかぶり―


バイス「傷つけないでっ!」


  発狂と同時に拳を振り抜く

  風を切り、綾人の足へ

  脹脛を抉って貫通し、地面を砕く


綾人「ぐっ、があぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


健尾「青年っ!」


バイス「ご、ごめんなさいごめんなさい!で、でもあなたが最初に私に傷つけた……!これは正当防衛で……!」


ヘイス「上出来だ、バイス」


  ヘイス、バイスの隣へ

  頭を撫でる


バイス「えへ、えへへ、お姉ちゃん……♡」


  ヘイス、悶える綾人の前に屈む

  痛みに歪む顔を覗き込み―


ヘイス「とんだ腰抜けエルフだな。……いや、こいつ耳が長くねぇ」


バイス「エルフじゃないの?」


ヘイス「これ、人間って奴じゃねぇか?」


バイス「え、ママがよく読んでくれる絵本の中に出てくる!?」


ヘイス「ははっ、初めて見たぜぇ!本当にいたとはなぁ!」


  ヘイス、綾人の足を見る

  骨や筋肉などが露出している

  溢れ出る血が止まらない


ヘイス「あぁあ、可哀そうに。もう歩けねぇな」


バイス「だって、この人が先にやったんだもん!」


ヘイス「わぁってるわぁってる。あーしが楽にしてやっから」


  立ち上がるヘイス

  鋭い爪を出して―


ヘイス「人間殺し……。貴重な体験だ。いつだかの魔族の気持ちが、今ならわかるかもなぁ!」


  爪を振り下ろすヘイス

  それが、剣で弾かれる


ゾルダム「下がっていろ、腰抜け」


  黒鬼の少女に剣を構えるゾルダム


ゾルダム「フォルシャ、頼めるか?」


  フォルシャ、綾人の元に駆け寄り―


フォルシャ「任せろ。治癒魔法は、あまり得意ではないが」


  フォルシャ、綾人を連れて建物の陰へ

  ヘイス、ゾルダムをギロリと睨み―


ヘイス「あんたが一番手だれっぽそうだな。ったく、めんどくせぇ。早く殺して帰りてぇのに」


ゾルダム「随分と勤勉なものだな。他の色付き共は、鬼人たちを従えているというのに」


ヘイス「あぁ、こいつが全員殺しちまった」


ゾルダム「何?」


バイス「だ、だって私、足踏まれたんだよ!?凄く痛かったの、力強くて!」


ヘイス「おめぇの方がよっぽど怪力だろうが。今でも耳キーンしてるわ……」


ゾルダム「……狂っているな」


ヘイス「そうかぁ?あーしらにも理解できねぇけどな。自分たちを増殖するなんて……。命の価値ってもんが狂いそうだぜ」


ゾルダム「ふっ、刹那の寿命しか持たぬ貴様らには、到底理解できないだろうな」


ヘイス「ちっ、抜かしやがって。まぁいいや、すぐに殺して―」


??「ワシも忘れるなぁっ!」


  背後から、一人の少女が飛び出す

  手に持つ大きな斧を一振り

  バイスの小さな背中を切り裂く

  身を翻し、ゾルダムの隣へ


ゾルダム「アンナ、足を引っ張るなよ」


アンナ「貴様こそ、もたもたしていたらこの斧の錆にしてくれるわぁ!」


ヘイス「ちっ、もう一匹いやがったか。ったく、めんど―」


バイス「痛い……」


  俯くバイス、静かに呟く

  ポタポタと、背中から血が滴る


バイス「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


ヘイス「あーあ」


バイス「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―」


ヘイス「勘弁してくれ……」


  耳を塞ぐヘイス

  アンナとゾルダム、戸惑いの表情


バイス「痛ーーーーーーーーーいっ!!!!!!」


  大きく口を開くバイス

  そこから超音波が発せられる

  思わず耳を塞ぐアンナとゾルダム

  フォルシャ、綾人を守るように身を寄せる


健尾「体が弾けちゃうーっ!」


  地面に亀裂、建物が崩壊

  周囲の鬼人、エルフの体がはじけ飛ぶ

  その惨状を見て、一同唖然


アンナ「どうなってやがる……」


ゾルダム「これが、さっきの……」


ヘイス「ったく、同士討ちはやめろって」


バイス「だって、背中痛かったんだもん!」


  ヘイス、バイスの背中を見る

  切り裂かれた服

  しかし、傷はなく血も出ていない

  綺麗な、白くて小さな背中


ヘイス「もう治ってんじゃねぇか」


バイス「えへへ」


ヘイス「にしても、こいつの絶叫に耐えるたぁ、中々厄介だな……。まぁいいや」


  身構えるアンナとゾルダム


ヘイス「パパっと殺して、寝よ」


× × × × ×


  建物の陰、綾人とフォルシャの姿

  フォルシャ、綾人の足に手をかざしている

  そこから、柔らかな光が綾人の足を包む

  徐々に、骨や筋肉が再生していく


フォルシャ「落ち着いたかい?」


綾人「……あぁ」


健尾「よかった、青年」


  何も話さない綾人、俯いたまま

  そんな綾人を見て、フォルシャが一息


フォルシャ「鬼人、怖いよねぇ」


綾人「え?」


フォルシャ「いやね、私も昨日、赤鬼の大将を殺したんだけど、随分と凄まれてねぇ」


健尾「うん、鬼怖い」


フォルシャ「でもさ、怖いってだけでは立ちすくんでいられないんだよ。みんな、何か大切なものを守るために、こうして戦っている……。私はまぁ、研究室を守るためかな?ちょっと壊されてたけど」


  綾人、ゾルダムをみやる


フォルシャ「彼の戦う理由、聞いたことは?」


綾人「ない……」


健尾「俺も」


フォルシャ「そう。まぁそれは、本人の口から聞くんだね。轟綾人、君にもあるはずだ。君が剣を握る理由、私に教えてくれよ」


綾人「剣を握る、理由……」


× × × × ×


  剣を振るうゾルダム

  ヘイス、それを爪で受ける


ゾルダム「くっ……!」


ヘイス「おっも。爪剥がれそうなんだが」


バイス「もし剥がれたら、私の爪あげるね!」


ヘイス「いらんわ」


アンナ「よそ見してる場合かぁ!」


  斧を振り下ろすアンナ

  バイス、それを受け止める

  小指に刃先が乗っている


アンナ「なにぃ!?」


バイス「えいっ」


  小指を押し返すバイス

  アンナ、勢いよく吹き飛ぶ


ゾルダム「アンナ!」


  ゾルダム、アンナの元へ


ゾルダム「大丈夫か?」


アンナ「あぁ、えげつねぇパワーだぜ……」


ヘイス「斧女、先にてめぇから殺すか」


  ヘイスの声

  しかし、あまりにも近すぎる

  顔を上げるゾルダム

  目の前、二人のヘイスがこちらを睨む


ゾルダム「二人……!?」


ヘイス「若干な、口調被ってっから。これでちったぁ分かりやすくなんだろっ!」


  爪を振り下ろすヘイス

  ゾルダムたち、回避も防御も間に合わない

  その時、剣が爪を受け止める

  割り込んできた、一人の青年の姿


ゾルダム「轟綾人……」


  綾人、二人の前に立ち爪を受け止めている

  歯を食いしばる、腕が震える


綾人「ぐっ……!」


健尾「頑張れ、青年!がんば―」


  吹き飛ぶ綾人


健尾「あー、青年ー!」


バイス「足、治ったんだぁ」


ヘイス「へたれが、てめぇに用はねぇよ」


健尾「青年、平気か?」


  よろよろと立ち上がる綾人

  その手には、尚剣が握られている

  力強い拳、震えていない


綾人「思い出したぜ、俺が剣を握る理由……」


ヘイス「あぁ?」


綾人「凛々亜のためだ……。全ては凛々亜のため……。この戦いで生き残って、凛々亜に会うって誓ったんだ……。そのためなら、どんな鬼だろうがぶっ殺す……!」


健尾「よっ、いいぞ青年!」


ヘイス「ちっ、ほざきやがって」


ゾルダム「轟綾人、ここは俺たちに任せて、お前は周囲の援護に行け!」


綾人「で、でも―」


アンナ「足手まといだ!黙って行け!」


綾人「……分かった」


  踵を返す綾人、一歩踏み出す

  その背中に声がかかる


ゾルダム「轟綾人」


  綾人、振り返る

  ゾルダム、正面を見たまま振り返らず―


ゾルダム「それでこそ、我が騎士団の一員だ」


  ハッとする綾人

  力強く頷き、走り去る


ヘイス「はっ、くっせぇ。あんな奴に何が出来んだよ」


フォルシャ「大切な人のためならなんでもする……、って言ったら、聞こえが良すぎるか」


  フォルシャ、ゾルダムとアンナの元へ


フォルシャ「恋の妄執に捕らわれた人間こそ、一番恐ろしいと私は思うがね。ま、私は恋したことないけど」


ゾルダム「フォルシャ、行けるか?」


フォルシャ「戦闘はあまり得意ではないけど……」


アンナ「そろそろ、紛い物共も合流するころだ」


フォルシャ「ならば、それまで持ち堪えて見せようか」


ゾルダム「よし……、行くぞっ!」

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