二章 エルフィリア城のお客人

第4話 妖精はエルフ耳で眠る

●エルフィリア城・客室(翌日・午前)


  入り口対面に大きな窓

  その手前にベッド

  綾人、仰向けに寝そべっている


綾人「戦争、か……」


綾人M「どの世界も、争ってるんだな……」


綾人「生きて、帰れるのか……?」


  その時、ドタドタと足音

  綾人、気になって体を起こす


綾人「なんだ?」


  徐々に大きくなっていく

  バンッと開け放たれる扉

  同時に、一人の少女が転がり込む


アンナ「きゃあぁぁぁ!」


  ゴロゴロと転がり、壁に激突


アンナ「いててて……」


  アンナ、頭を擦る

  綾人を見て、正気に戻ったように―


アンナ「はっ、失礼しましたっ!」


  アンナ、立ち上がり姿勢を正す

  メイド服、レースがヒラリと揺れる

  良い香りが、綾人の鼻腔をフワッと撫でる


アンナ「私、メイド長のアンナといいます……っ!以後、お尻見置きを!」


綾人「お見知り置き、だろ……?」


アンナ「はっ、そうでした!私ったらまた……」


  頭を抱えるアンナ、苦い表情


綾人M「なんか、騒がしい子だな……」


アンナ「そうだ、お食事にしますか!?お風呂にしますか!?それとも、私にしますかぁ!?」


  アンナ、忙しなくベッドの周りをグルグル

  戸惑った表情の綾人


綾人「い、いきなりなんだ……!?」


アンナ「寝ますか!?子守り歌うたいますよぉ!?あぁ、でも私なんかが歌ったら、あまりの音痴具合いに綾人様のお耳が……」


綾人「ちょっと待て!」


  綾人、堪らず静止


綾人「頼む、落ち着いてくれ」


アンナ「はっ、そうですね、申し訳ありません!」


綾人「分かってくれれば、それで―」


アンナ「では、落ち着くための深呼吸を失礼します!ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


綾人M「ど、どこからツッコめばいいんんだ……?」


綾人「メ、メイド長って言ったか?」


アンナ「はい、メイド長です!」


綾人「ってことは、他にもメイドがいるってことか……。流石は、帝王の住む城だ」


アンナ「い、いえ、私だけです……」


綾人「え?」


アンナ「私しかいないんです……。だから、メイド長……」


綾人「こ、こんなでかい城を、君一人で?」


綾人M「この子が……!?」


アンナ「そんな風に見えないですよねすみません……!」


綾人「い、いや、謝ることはないけど……」


アンナ「あ、でも……」


  アンナ、ボブヘアをかき上げる

  ピンと長い、立派なエルフ耳が見える

  その上に、何か生き物が二匹

  眠っているようだ


綾人「よ、妖精、か……?さっき、街でたくさん見たけど」


アンナ「はい、私の契約妖精です!名前は……、何でしたっけ?」


綾人「おいおい……」


  その時、二匹の妖精が僅かに顔を起こし―


リリィ「リリィと」


シュシュ「シュシュだよ」


  それだけ言い、また眠る


アンナ「あぁ、そうでした。この子たち、どういう訳かずっと眠っていて……。前の子たちはそんなことなかったんだけどなぁ」


綾人「前の子……?」


アンナ「でも、いざって時に助けてくれるんです!私が食器を落としそうになった時とか、お風呂に落ちそうになった時とか、窓ふきをしてて梯子から落ちそうになった時とか……」


  指折り数えるアンナ


綾人M「全部想像できる……」


綾人「妖精か……。俺には、まだいないんだが」


アンナ「綾人様も、大戦に参加されるんですよね?でしたら近いうちに、どの子かと契約することになりますよ」


綾人「そうなのか」


アンナ「はい。この子たちなしでは、私たちは戦えませんから……。まぁ、異国出身の綾人様が妖精と調和できるか、それはちょっとわかりませんけど」


綾人「アンナ、で良いか?」


アンナ「何なりとお呼びください」


綾人「そう言うアンナは、どこ出身なんだ?」


アンナ「私は、貧民街です……」


綾人「貧民街?」


アンナ「はい。街とは違って、陽の光のあたらない薄暗くて汚い場所……。かつての大戦の影響で荒れ果てた地……、到底人が住めるような環境ではないそこに、当てのない人々が集まって生活を始めるんです」


綾人M「そっか……。俺が見ていたのは、この国の表の姿だったのか……」


綾人「やっぱ、どの世界にも裏ってのはあるもんなんだな……」


アンナ「はい。この世に、天国はやっぱりないんです……」


綾人「悪いな、変なこと聞いて」


アンナ「いいえ。でも、今の私はとても幸せなんです。住むところも、着る服も、食べ物もなくて、明日生きているかもわからない……。マダグレン様がお越し下さらなかったら、私はあの時、あのまま道端で力尽きていたでしょう……」


綾人「そうか、それで雇われたんだな」


アンナ「はい。だがら、私も沢山ご奉仕しないと!私なんかに出来ることは、大したことじゃないかもしれないけど……。今度の大戦では、私も活躍できるように頑張ります!」


綾人M「いの一番に死にそうだ……」


綾人「ち、ちょっとトイレに行って来る」


アンナ「あぁ、ご案内いたしま―」


  ベッドから降りる綾人

  それに合わせてアンナが一歩踏み出す


アンナ「きゃあぁぁぁ!」


  シーツを踏んで転倒

  尻を打ち付ける


綾人「ひ、一人で大丈夫だ。ついでに城を見て回ってくる」


アンナ「お、お気をつけて~」


  ヒラヒラと手を振るアンナ

  まるで白旗を揚げているかのよう

  それを横目に、綾人客室を出る


●同・廊下(同日・午前)


  カーペットの敷かれた廊下

  遥か先まで続いている

  その上を歩く綾人


綾人「一人になりたい……」


  ふと、傍らの窓に目をやり―


綾人M「ここからなら出られるか……?」


  綾人、力なく首を横に振り―


綾人M「いや、そんなことしたら俺の命はそこで終わりだ。第一、ここで逃げたとしてそのあとはどうする?行く当ても、凛々亜の当てもない以上、あいつの言うことを聞いていた方が得策だ……」


  窓の外を眺め考える綾人

  その時、コツコツと足音

  振り向く綾人

  こちらに歩いてくるリーリアの姿


リーリア「あら」


  綾人、僅かに体を強張らせて―


綾人「リ、リーリア様……!本日はお日柄も良く―」


リーリア「お、おやめください。そんなに畏まらずに、今はお客様なのですから」


綾人「そ、そうか……。それは良かった……」


リーリア「あの時は、不審者でしたけど……」


綾人「ご、ごめんなさい……」


  肩をすくめる綾人

  切り替えて、リーリアを見る


綾人「あの、さっきその……、陛下が言ってた、出自不明ってのは……」


リーリア「言葉の通りです。生みの親も、出身も分からなくて……。それ以前に、私には記憶がないんです……」


綾人「記憶?」


リーリア「私にあるのは、マダグレン様に助けていただいた記憶と、この名前だけ……。リーリアという名は、マダグレン様が付けてくださったのですよ」


  肩をすくめるリーリア

  綾人に笑いかけて―


リーリア「あなたの探し人も、早く見つかると良いですね」


  見惚れる綾人

  その笑顔が、凛々亜のものと重なる

  微かに唇を震わせて―


綾人「なぁ」


リーリア「はい」


綾人「……部屋を、見せてもらってもいいか?」


●同・リーリアの部屋(同日・午前)


  リーリア、扉を開ける


リーリア「どうぞ」


綾人「あ、あぁ」


  綾人、部屋を見る

  大きな窓

  部屋の中央にベッド

  両端には本棚

  沢山の本が、綺麗に並んでいる

  カッチリと、整った印象の部屋


綾人M「決して、大きな特徴があるわけではない。でも、ずっと一緒にいた……、何度も見てきた。間違いない、これは―」


綾人「凛々亜の部屋だ……」


リーリア「えぇ、私はここで―」


綾人「覚えてないってことは、真実は分からないってことだよな……?」


リーリア「え?」


綾人「覚えてないってだけで、お前は、本当は俺の……」


  綾人、リーリアに手を伸ばす

  少し怯えた表情のリーリア

  それを見て、綾人は思い出す


◆轟宅・リビング(一年前・夜)〈回想〉


凛々亜「おかしいよ、だって凄く仲良さそうだった……!」


綾人「だから、同じ講義をとってるだけって言ってんだろ!」


  声を荒げる綾人

  それに怯えた表情の凛々亜

  綾人、凛々亜を抱きしめて―


綾人「ごめん……。でも俺には、凛々亜しかいないんだよ……」


凛々亜「うん……。私も、ごめんね……」


●エルフィリア城・リーリアの部屋(同日・午前)


  リーリアにのばされた綾人の手

  それが突っぱねられる

  見れば、マダグレンの姿

  僅かに口角を上げ―


マダグレン「やぁ、綾人くん。さっき振りだね、城の探索中かな?」


綾人「あ、いや……」


  目を泳がせる綾人


マダグレン「リーリア」


リーリア「ん、こんな……、お客様も見て―」


  顔を近づける二人

  口づけをする

  綾人、ハッと息をのむ

  唇をギリッと噛み締める

  二人に背を向け歩き出す

  その背中に―


マダグレン「打ち首の条件は、城から逃げ出すことだけじゃないよ。次また僕の妻に何か怪しい挙動を見せたらその時は、玉座の隣に君の首を飾ることになる。ゆめゆめ、忘れないでくれたまえ」


綾人「……あぁ、分かってるよ」


  歩き去る綾人、その後ろ姿


× × × × × ×


  廊下を歩く綾人

  不機嫌そうな足取り

  二人が口づけをする光景

  思い出し、胸を押さえる


綾人「見せつけやがって……!」


  その時、再び正面から足音

  今度はいくつも聞こえる


兵士1「待てーっ!」


  こちらに走ってくる大勢の兵士

  甲冑の金属音を廊下に響かせる

  彼らの前には、一匹の妖精

  慌てて、こちらに飛んでくる


妖精「助けてくれ~っ!」


  妖精、綾人を見つけて―


妖精「あぁ、そこの青年っ!」


  妖精、綾人の後ろに隠れる

  ビクビクと体を震わせる

  兵士、綾人に武器を構えて―


兵士1「貴様、その妖精の仲間か!?」


兵士2「でないなら、今すぐにそいつを渡せ!」


綾人「えぇ、あ~っと……」


  戸惑う綾人

  妖精、綾人に耳打ちをする


綾人「お、俺の契約妖精ですっ!」


  静まり返る廊下

  綾人、途端に汗が噴き出す

  高まる鼓動

  息が詰まる


兵士3「なんだ、そうだったのか」


兵士4「騒ぎ立てて申し訳ない」


兵士1「よし、戻るぞ」


  武器を収め、来た道を戻る兵士たち

  綾人、安堵の溜息


妖精「いや~、良かった良かった!君のおかげで助かったよ!」


綾人「あ、あぁ……」


妖精「にしても、契約関係を高らかに公言するとは、中々大胆だな青年よ!」


綾人「お前が耳打ちしたんだろ!」


妖精「そうだったな。まぁ、これも何かの縁だ。契約者同士、互いに名乗っておくか」


綾人「妖精ってのは律儀なんだな。というか、この関係本当に続けるのか……?」


妖精「俺の名は、妖精ティンクルだ」


綾人「随分と可愛い名前だな。妖精ってのはみんなそうなのか?」


妖精「……いや、これは仮の名前だ」


綾人「仮の?」


妖精「そうだな、助けてもらったんだ……、本名を名乗るのが礼儀ってもんだろ」


綾人「別に、どうでも良いんだけど」


健尾「俺は妖精ティンクル……、元い、佐藤健尾さとうたけおだ。よろしくな、青年!」

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