第3話 湖上の帝国・エルフィリア

●エルフィリア城・玉座の間(同日・夕方)


  跪く綾人

  困惑した表情で、マダグレンを見上げ―


綾人「剣を握る……?どうして、俺がそんなこと……」


マダグレン「もちろん、僕の妻に不敬をはたらいた罰だ」


綾人「妻……?」


マダグレン「本来であれば。あの場で首を刎ねられたとて、君は異を唱えることなどできない立場だ。だが僕は、君に有用性を見出した」


綾人「どういうことだ……?」


マダグレン「程よく鍛えられた体……、並みのエルフよりは役に立つと思ってね」


綾人「もし、断ったら……?」


  マダグレン、指をパチンと鳴らす

  同時に、一人の兵士が綾人の元へ

  首筋に剣を当てる

  息をのむ綾人


綾人「拒否権はない、か……」


マダグレン「当然。……だが、首を刎ねられたくなければ戦え、というのも酷な話だ。死にたくなければ死ね、と言っているようなものだからね。だから一つ、君にとって得になる条件を与えよう」


綾人「得になる……?」


マダグレン「戦いが始まるまで、君をこの城の客人として扱う。君専用の部屋も食事も用意させるし、城の探検に興じるのも良い、好きに見て回りたまえ。戦いの間も、最前線からは外してやろう」


綾人「至れり尽くせりだな」


マダグレン「もちろん、戦闘訓練は受けてもらう。また、万一逃げでもしたら、その時は本当に君の首はなくなると思いたまえ」


綾人「どうしてそこまでするんだ……?」


マダグレン「信用できないかい?」


綾人「首筋に剣添えられながら言われても、説得力ないだろ」


マダグレン「そうだね。離れて良いよ」


  兵士、剣を鞘に納め綾人から離れる

  綾人、「ふぅ」と一息


マダグレン「我が妻、リーリアの申し出だ」


綾人「え……?」


マダグレン「不敬と言っても、侮辱されたわけではない。あの時の君は、切羽詰まっていて正常ではなかった、と。我ながら、何とも慈悲深い妻を貰ったことか……」


  マダグレンの隣に佇むリーリア

  毅然とした表情を崩さない

  そんな彼女を見つめる綾人

  悲しそうな嬉しそうな、複雑な表情

  そして、暫くしてから俯き―


綾人「ここは、一体どこなんだ……?俺は、この世界の人間じゃ―」


マダグレン「知っているよ。君、転移者だろ?」


  綾人、驚きに顔を上げる

  大きく見開かれた目で、マダグレンを見る


マダグレン「偶にいるんだよ。漫画とかアニメとかの世界の話だと思ってたけど……。現実は小説より奇なりって、使い方あってる?」


綾人「ここは……、この世界は、一体何なんだ……?」


  マダグレン、色を正し―


マダグレン「ここは、エルフィリア帝国。かつて、この地の大戦の産物で巨大な一つの湖が出来た。『ティアード・ポンド』と名付けられたそれの上に造られた二つの国、その一つだ。エルフと妖精が住まう……、要は湖上の帝国だね」


綾人「湖上の帝国……。二つの国って、こことは別にもう一つあるってことか?」


マダグレン「あぁ。鬼の住まう国、トルモン王国だね。僕たちは百年に一度、そのトルモン王国と大戦をしているんだ。どちらの国が、真にティアード・ポンドを掌握するかをかけてね」


綾人「もしかして、その大戦ってのが……」


マダグレン「ご名答。百年に一度……、今年がその、百年目だ。今この瞬間、戦いが始まっても、何も不思議はない。そのために、我々も備えなければいけない。君の力が必要なんだ、分かってくれるかい?」


綾人「その前に、一ついいか……?」


マダグレン「何かな?」


綾人「凛々亜を、見なかったか……?」


マダグレン「ん、リーリアなら僕の妻だが―」


綾人「違うっ!違うけど、本当にそっくりで……。何処を探しても見つからなくて、もしかしたら、お前の奥さんが……」


マダグレン「確か、出会い頭にそんな風なことを言われたと、リーリアも言っていたね……。僕の妻リーリアは、出自が不明でね。大戦後の荒れ果てた土地、そこで一人眠っているところを、僕が発見したんだ。これを聞いてもまだ、僕の妻はキミの探している人なのかい?」


綾人「……いや、違う」


綾人M「凛々亜は俺の幼馴染だ。出自不明どころか、俺が一番、あいつのことを知ってる……」


マダグレン「ふむ。だが、瓜二つの人物が存在する、というのもただの偶然とは考えにくいな。分かった、もう一つ君にとって得になる条件を与えよう」


綾人「なんだ?」


マダグレン「僕も、君の人探しを手伝うよ」


綾人「本当か……!」


マダグレン「君がこの国に転移してきたこと、そしてそこに探し人と瓜二つの人物がいること……、何か繋がりはあると思う」


綾人「……どうして、そこまで」


  マダグレン、爽やかな表情

  ニヤリと、邪悪に口角を上げて―


マダグレン「この国に、君の探し人がいるかもしれない。となれば、君はこの国に残る理由が出来る。そして、自ら進んで、剣を手にしてくれる。いや、君はもう剣を手にする以外に選択肢はない。皇帝であるこの僕が、これほど譲歩してあげているんだからね」


  綾人、ゆっくりと、力強く立ち上がる


綾人「いいぜ……、戦争でも何でも、剣でも何でも握ってやる……!絶対生き残って、俺は凛々亜を見つけるんだ!」


  マダグレン、パチパチと気の抜けた拍手


マダグレン「あぁ、期待しているよ。綾人……」

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