第31話 天邪鬼帝王の中の人

●エルフィリア帝国・城下町(同日・午後)


  綾人、唖然としている


綾人「転生者……、お前が……?」


マダグレン「そうだよ。君と仲良かった、あの妖精と同じだね」


綾人「いつ、から……?」


マダグレン「最初からだよ。君と会ったあの時からずっと。一目見て分かったよ、あの時すれ違った子だって。君は僕のことを見ていなかったかもしれないけど、僕はハッキリと見ていた……。バレたらヤバいから、念のため殺そうと思った。だから、君に剣を握らせたんだ。だけど、随分としぶとくてねぇ。おまけに、僕の正体を突き止めた。お見事だよ」


綾人M「そうか、分かった……。ずっと感じてた違和感の正体……」


  〔回想〕

  ・マダグレン「これが、人間とエルフの価値観……、死生観の違いだ。正直、気色悪いよねぇ」


綾人M「エルフのこいつが、同じ考えじゃないことがまずおかしかったんだ……」


  マダグレン、パチパチと適当な拍手


マダグレン「まぁ、今は僕が前の世界と同じことしちゃったのが馬鹿だったかな」


綾人「……お前のせいだ。お前のせいで、俺は捕まって……」


マダグレン「あぁ、そうだったんだ。ごめんね、そこまでは知らなかったよ」


綾人「お前がいなきゃ、凛々亜と離れることも、こんなところに来ることもなかった……」


マダグレン「だから謝ってるじゃん、しつこいなぁ」


綾人「どうして、凛々亜を殺した……!愛してたんじゃなかったのか……?」


  マダグレン、あっけらかんと―


マダグレン「んなわけないじゃん」


  綾人、ハッと息をのむ


マダグレン「まぁ、強いていうなら顔が可愛いくらいかな。体は別に、僕の趣味じゃない」


綾人「なん、だと……」


マダグレン「それに、凛々亜じゃないだろ?」


綾人「え……?」


マダグレン「それはリーリアだ。君の本当の彼女は、10年前に死んだだろう!この僕が、埋めてやったんだよ!」


綾人「黙れぇぇぇぇぇ!!!!」


  綾人、地面を蹴り飛び出す

  マダグレンに手を伸ばす

  しかし瞬間、指先に鋭い痛み

  剣に付いた血を振り払うマダグレン

  指先から血が滴る

  否、指がない


綾人「あぁぁぁぁぁ!!!!」


  綾人、痛みに絶叫、尻餅をつく

  足元、転がる綾人の指


マダグレン「生身でこの世界に来た君が、イケメン王子に受肉した僕に敵う訳ないじゃん」


  悶える綾人

  マダグレン、それを見て恍惚


マダグレン「やっぱり、汚いのはいいねぇ……」


  マダグレン、剣を抜く

  綾人に構え―


マダグレン「君も、リーリアと同じ風にしてあげるよ。あの世で、会えるといいね」


  マダグレン、剣を振り下ろす

  目を瞑る綾人

  直後、甲高い音を立てて剣が弾かれる


マダグレン「来たか」


  目を開ける綾人

  傍ら、ゾルダムの姿

  遅れて駆けつけるトワとリュート

  無残な姿のリーリアを見て絶句


トワ「そんな、嘘でしょ……?」


リュート「母、さん……!」


  周囲に重い足音が響く

  ツァイホン、やってくる

  両隣、ヘイスとバイス

  ツァイホン、マダグレンを静かに睨み―


ツァイホン「よもや、夢にも思わなかった。貴様だったのか、マダグレン……!」


トワ「アンタが、ミョルティに死体を……!」


マダグレン「厳密にいえば、君の仲間だけどね。でも、途中で逆らってきたから殺しちゃった。死体の山のどっかに埋もれてんじゃない?」


ツァイホン「外道め……」


マダグレン「やっぱり、自分でやるのはリスク高かったか~」


トワ「どうして、こんなこと……?」


マダグレン「趣味でね、汚いものが好きなんだよ。汚れたもの、失ったもの、何かが足りないもの……、僕にとって子供や、小さい何かがそうなんだ」


ツァイホン「夢を見ているかのようだ。先刻の貴様の言葉、我は僅かながらにも心を動かされた。ティアード・ポンドに真の平和をもたらす……、あれは貴様の本心ではなかったのか?」


マダグレン「違うよ。国なんてどうでも良い。協定なんてどうでも良い。支援?んなの適当にやっとけばいい。交流が盛んになれば、人の往来も多くなる。それだけ、個々を管理するのが難しくなる。おまけに、死体には自分で動いてもらうことも出来る。態々、僕が手を汚す手間が省けたってわけだ。殺しを隠蔽するには、持ってこいの環境でしょ?」


ツァイホン「……そうか」


  ツァイホン、ムジグゼに手をかける

  一同、思わず体が反応する

  しかしマダグレン、余裕そうに―


マダグレン「お、それ使う?いいよ、消し炭にしてくれても。それも、悪くない……」


ツァイホン「……いや、その必要はない。価値もない、と言った方が正しいか」


  ツァイホン、踵を返す


ツァイホン「貴様には、ほとほと愛想が尽きた。失望、などという言葉が生温いほどだ。行くぞ、ヘイス、バイス」


バイス「はい……」


ヘイス「あ、あぁ……」


  三体の鬼人、姿を消す


マダグレン「あ~あ、協定ももう終わりかなぁ。やり辛くなっちゃうなぁ」


ゾルダム「……初めて会った時のあなたは、そんなではなかった。国民の安全を第一に考え、騎士の増強を目指していた。あれは嘘だったのですか?あなたに仕えた俺は、間違いだったのですか?」


  マダグレン、苛立たしげに頭を掻き―


マダグレン「あのさぁ、転生って知らない?お前ら。何回この下りやんだよ。そん時のマダグレンはそうだったんじゃないの?知らんけど。少なくとも、今の僕は騎士なんてどうでも良い」


ゾルダム「……ならば、本当のマダグレン様は、どこへ?」


マダグレン「もう死んでる」


  ゾルダム、目を見開く


マダグレン「俺が転生して、こいつの中に入った時、意識が死んだ。だから、もういないよ」


ゾルダム「そうか……」


  ゾルダム、剣を抜く


ゾルダム「俺が仕えたのは、マダグレン様であり貴様ではない……。外道め……、今すぐマダグレン様の中から出ていけ……!」」


マダグレン「それ、僕じゃどうしようもないからこうなってるんだけど……。はぁ、あんまり戦うのは好きじゃないんだよなぁ、君強いしね。まぁでも、売られた喧嘩は買うよ」


  マダグレン、巨大な斧を構える

  一同、その光景に目を見開く


ゾルダム「それは、アンナの……!」


  〔回想〕

  ・モエリ「アンナ様がお暇をいただきましたので、代わりに私が勤めております」


綾人「おい、マダグレン……、アンナはどうした……?」


  マダグレン、何も言わずニヤリ


綾人「答えろ……!アンナは、どこにいる……!」


マダグレン「死体の山に埋もれてるよ」


綾人「……!」


マダグレン「リーリアがいなくなって、別のお気に入りを探してたんだ。なんか、僕のこと好きみたいだったし、顔も悪くないからいっかってね。本当、顔が良いのって最高だよね。でも飽きちゃったからさ、殺した。所詮は貧民街の餓鬼だよね、いくつか知らないけど」


ゾルダム「貴様、どこまで人の道を外れれば気が済む……!?」


マダグレン「別に外れてるつもりはないよ。人の趣味にとやかく言わないでほしいなぁ」


  マダグレン、天を仰ぐ

  極めて穏やかな声音で―


マダグレン「この世界はいいよね、綺麗で美しい……」


  邪悪に口角を歪め―


マダグレン「とても、汚し甲斐がある……」


  マダグレン、ゾルダムを見て―


マダグレン「もう死んでもいいと思ってたけど、折角だし最後まで楽しませてもらうよ」


  マダグレンとゾルダム、構える

  見つめ合う、張り詰める緊張感

  直後、地面を蹴り飛び出す

  互いに、容赦なく武器を振るう

  剣と斧がぶつかり合う、その寸前―


マダグレン「……!」


ゾルダム「……!」


  両者の間を凄まじい風が吹き抜ける

  否、それはあまりに鋭い斬撃の波動だ

  両者、飛び退き距離を開ける

  斬撃の発生源に目を向ける

  そこには、体を布で覆った謎の人物

  顔も見えない、片目が光る

  トワ、その姿に一歩乗り出し―


トワ「アンタ……!」


グラネス「我は剣人、エスパルダ。グラネスと申します」


  グラネス、腕―否、剣を構え―


グラネス「貴国、エルフィリアから、今宵の生贄を授かりに参りました」

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