第32話 愉悦、転生

●エルフィリア帝国・城下町(同日・午後)


  綾人、手を押さえている

  ドクドクと、血が流れる

  だが、痛みも忘れたように釘付け


トワ「エスパルダ……」


綾人「こいつが……」


グラネス「流石はティアード・ポンド。噂に聞いた通り、亜種族間の交流が始まっている」


マダグレン「生贄って、何のことだい?」


  グラネス、マダグレンを剣先で示し―


グラネス「君だよ、マダグレン・エルフィリア。君は、ティアード・ポンド内の三国の秩序を乱した。よって君は、我の生贄として選ばれた」


マダグレン「へぇ、そうなんだ。随分と勝手だね。君はティアード・ポンド内の種族じゃないし、君には一切迷惑はかけてないはずだけどっ!」


  マダグレン、言葉尻で剣を振り抜く

  それを易々と受け止めるグラネス

  マダグレン、鼻を鳴らし―


マダグレン「流石に、勝てっこないか」


  マダグレン、地面に剣を落とす

  敵意がないことを示す


マダグレン「いいよ、さっさと殺してくれ。あんな牢獄に、永遠と閉じ込められるなんてごめんだからね」


グラネス「潔いな」


  グラネス、マダグレンの正面へ

  綾人、グラネスを睨み―


綾人「おい、待て……。そいつは、俺が殺す……!そいつは、凛々亜の―」


  瞬間、剣先が眼前へ


グラネス「我の使命は、この世界の秩序を守ること。言葉によっては、君も生贄の対象だ」


綾人「……」


グラネス「そしてその使命に、一個人の感情が介入する余地はない」


  グラネス、剣を振り上げる


グラネス「正義執行」


  マダグレン、目を閉じる

  剣を振り下ろすグラネス


マダグレンN「僕は、とある富豪の家に生まれた御曹司だ。金も地位もコネも、生まれた時から何でも揃っていた。ただ一つ、自由だけは、僕に与えらえなかった」


◆一ノ瀬宅・真子人の部屋(12年前・朝)〈回想〉


  真子人、机に向かい勉強している

  機械のような無表情

  無感情に、ただ手を動かす


真子人N「到底、齢10歳の子供がこなせるはずもない過密スケジュール……、所謂「英才教育」というやつだ。やりたくもないことを毎日毎日強制された。僕は、両親の子供ではない。面子を保つための、ただの道具だ。学校にも行かせてもらえなかったから、もちろん友達もいない。それどころか、外にまともにでたのも、指折り数えるくらいしかなかった。金持ちという事もあり、僕の周りは美しいもので溢れかえっていた。高価で煌めくインテリア、青く透き通る水の張ったプール、澄んだ風の吹き抜ける広大な庭、独創的に切り揃えられた低木、作者不明の物理的な迫力だけが売りの絵画、体を痛めるのがかえって困難な、質のいいベ―」


真子人「お゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇっ」


  真子人、ノートに嘔吐

  吐瀉物、ノートを濡らす


真子人N「僕の体は、綺麗なものを受け付けなくなっていた。慣れるまでは、胃の中身がなくなるまで永遠に吐き続け……。それでも、両親は僕を逃すことはなかった。俺にとってこの家は、牢獄だった」


◆一ノ瀬宅・庭(12年間・数週間後・午後)〈回想〉


真子人N「そんなある日、庭で鳥の死骸を見つけた。喧嘩でもして傷つき、力尽きてしまったのだろう」


  真子人、庭に出る

  足元、鳥の死骸

  体は半分潰れ、内臓が露出

  その前でしゃがむ真子人


真子人N「不思議と、目が離せなかった」


  そっと人差し指、内臓に触れる

  何かが指にこびりつく

  それを、鼻に近づけて―


真子人「うっ……!」


  真子人、ハァハァと呼吸


真子人「……汚い」


メイド「駄目ですよ、坊ちゃん!」


  メイド、パタパタと駆け寄る

  死骸を鷲掴み、袋に入れる

  それをじっと見つめる真子人


真子人N「“美”という牢獄の囚人である僕が、初めて醜いものに出会った瞬間だった。その日以来、芽生えた衝動……。もっと、汚いものが見たい。そのためなら、力づくでもあの牢獄から出ることが出来た」


◆道(12年前・数週間後・夜)〈回想〉


  道端、ポツンと一人の少年

  真子人、しゃがんでいる

  その足元、猫の死骸

  腹の中を弄り、内臓が飛び出す

  真子人、自分の手をにおう

  目を閉じ、恍惚とした表情


真子人「汚い……」


  その時、遠方から足音

  人が歩き去って行く

  それをじっと見つめる真子人


真子人N「この欲動は、ダメだと思った。思っているのに、一度考え始めたら止まらなくて。ダメだと思えば思うほど。その欲動は大きく膨らんで―」


真子人「人って、どんな匂いなんだろう……」


◆ホームセンター(半年前・午後)〈回想〉


真子人N「それから時が経ち、僕は大学生になった。同時に家から出て、一人暮らしを始めた。ようやく、あの美の牢獄から釈放されたんだ。だけどそれは、僕から醜への執着を無くす理由にはならなかった。それどころか、欲動はこの長い間で最大限にまで膨れ上がり、もはや自制は不可能だった」


  真子人、手頃なナイフを手に取る

  じっと見つめ、ニヤリと笑う


真子人N「大学生になり、生活的にも金銭的にも自由になった。今なら、何でもできるような気がした。だから俺はその日、実行した」


◆幼稚園・廊下(半年前・数日後・午後)〈回想〉


  先生、廊下を歩いている

  前方に、何かを見つける

  しゃがんでいる青年

  先生、近づいて―


先生「あなた、何してるの?」


  振り返る、真子人だ

  体中血まみれ

  傍らにはナイフ

  その手、ドロドロした何かで覆われている


先生「え……?」


  真子人の向こう側、一人の児童

  横たえられている

  腹には大きな穴、内臓が露出


先生「きゃあぁぁぁぁぁぁ―」


  真子人、先生に飛び掛かる


◆幼稚園・教室(半年前・同日・午後)〈回想〉


  先生と子供の死体

  山積みになっている


真子人N「小さな幼稚園だった。全員殺すのに、10分もかからなかった」


  真子人、目一杯に深呼吸


真子人「人間て、こんな匂いなんだ……」


◆道(半年前・同日・午後)〈回想〉


  幼稚園の門から飛び出す真子人

  全速力で走っている

  向かいから、一人の青年

  ドンッと肩をぶつける

  瞬間、相手の青年の顔を見る

  綾人だ

  そのまま、振り返らずに走り去る

  綾人、怪訝な顔で振り返り―


綾人「何だよ……」


× × × × ×


  全速力の真子人

  走りながら天を仰ぐ

  歯を見せ、満面の笑顔


真子人「あははっ、あはははっ!やった、やっちゃった!あははははっ!」


真子人N「長年育み続けてきた欲動を、ついに発散した。その喜びと達成感と開放感で、俺の心は満たされていた。次は、誰をどんな風に殺そう、そんなことで頭がいっぱいだった。だから、気づかなかった」


  飛び出す真子人

  その真横に大型トラック

  真子人、視線を向ける

  眼前に迫り、もう避けられない

  直後、鈍い音が響く


真子人N「まさか、自分が死ぬなんて。でもまぁ、良いと思った。せめて、天国に行く前に自分がどれくらい醜くなったか見させてくれれば。だけど―」


◆エルフィリア城・マダグレンの部屋(10年前・午前)〈回想〉


  ゆっくりと目を開ける

  知らない天井、知らない壁

  ガバッと体を起こす

  傍らのメイド、眉を寄せ―


メイド「マダグレン様、大丈夫ですか?」


  ベッドの上、金髪の青年

  マダグレンの姿


メイド「突然倒れられたので、お運びしたのですが……」


マダグレン「……うん、平気だよ」


メイド「何かありましたら、何なりとお声がけください」


  メイド、一礼

  部屋を出て行く

  自分の手を見つめるマダグレン

  白く綺麗で、血に汚れていない


マダグレン「なるほど、これが転生か……」


真子人N「どうやら、とある国の王様になったらしかった。政治とか、そういうのはあまりよく分からなかったけど、何か適当に話していれば上手くいった。英才教育のおかげかな。まぁ、話しの中身については、子供を使って見栄を張る両親と同じレベルだ」


◆エルフィリア帝国・城下町・橋(10年前・数日後・午後)〈回想〉


真子人N「この世界は美しかった。同じ美しさでも、前の世界と決定的に違う点があった。それは、自由だ。僕にとって、美は束縛の象徴。だけどこの国には、僕を縛り付ける傲慢な親も、僕を閉じ込める巨大な牢獄もなかった」


  欄干に腕を置くマダグレン

  景色に目を輝かせる


マダグレン「綺麗だ……」


真子人N「美が良いものだと、初めて知った」


マダグレン「これは―」


真子人N「自由な美がこんなに美しいものなのだと、この時初めて気づいた」


マダグレン「汚し甲斐が、ありそうだ……」


◆エルフィリア帝国・貧民街(10年前・数ヶ月後・夕方)〈回想〉


真子人N「ただ、すぐには行動に移さなかった。得体の知れない世界で、迂闊には動けない。もっと、上手くやろうと思った」


  地面に這いつくばるアンナ

  今にも事切れそう

  その目の前に現れるマダグレン

  そっと、手を差し伸べる


× × × × ×


真子人N「元の世界での殺しは、もうバレただろうな。僕の死体は、どうなったんだろう。見たかったんだけどな」


  穴の中のリーリア

  手を取り、引き上げる


◆ミョルティ・城下町(数週間前・午後)〈回想〉


真子人N「だからこそ、その時はとても心が弾んだ。僕はこのために、態々三国の協定を結んだんだから」


マダグレン「君たち」


  目の前、二人のネクロマンサ―

  こちらに振り返る

  マダグレン、ニヤリと口角を上げ―


マダグレン「ちょっと、お願いがあるんだけど」


  二人のネクロマンサ―、キョトンとする


◆エルフィリア城・廊下(数日前・夜)〈回想〉


真子人N「苦節10年……。初めて殺した時に比べたら短い年月だけど、それでもあの時と同じ愉悦、達成感を味わえると思うと、もう自分を抑えられなかった」


  正面、アンナが歩いてくる


マダグレン「アンナ」


アンナ「マ、マダグレン様……!こ、こんばん―」


  マダグレン、アンナに抱き着く

  驚き、目を見開くアンナ


アンナ「マダ、グレン、様……?」


◆エルフィリア城・執務室(数日前・同日・夜)〈回想〉


  椅子に腰かけるマダグレン

  その膝の上に座るアンナ

  口づけを交わす


アンナ「しゅき……。マダグレン様ぁ……」


  激しく舌を絡める

  顔は紅潮、甘い吐息が漏れる

  唾液を交換する音が室内に響く


真子人N「所詮、汚い貧乏人。どれだけ良い城に住んでいても、それだけ良い服に身を包んでいても、品の悪さは滲み出る。僕とは釣り合わない」


マダグレン「もう飽きちゃったな」


アンナ「え?」


  直後、刃物で肉を突き刺す音


真子人N「だけど、一番のイレギュラーは、やっぱり彼と出会ったことだった」


◆エルフィリア城・玉座の間(数週間前・夕方)〈回想〉


  玉座に腰かけるマダグレン

  中央、跪く綾人


真子人N「一目見て分かった。あの時の彼だ」


マダグレン「轟綾人……」


真子人N「もしバレたら、僕の計画が頓挫してしまう。この美しい世界を汚す計画が。だから、殺そうと思った」


マダグレン「君には、このエルフィリア帝国の命運を握る戦い……、そのために剣を握ってもらおう」


真子人N「理由なんて、なんでもいい」


マダグレン「程よく鍛えられた体……、並みのエルフよりは役に立つと思ってね」


◆エルフィリア帝国・城下町・路地裏(数日前・午後)〈回想〉


  山積みになっている子供たちの死体

  体はズタズタに切り裂かれている

  その前に立ち尽くすマダグレン

  恍惚とした顔、肩で息をする

  直後、ダッと走り出す

  目の前、綾人とリーリアの姿

  ドンッと肩をぶつける

  瞬間、綾人の顔をマジマジと見て

  振り返らずに走り去る


真子人N「それが―」


●エルフィリア帝国・城下町(同日・午後)


  振り下ろされるグラネスの剣

  それが、マダグレンの首寸前で止まる

  同時に響く鈍い音

  グラネスの腹、剣が貫いている


綾人「許さない……。そいつは、凛々亜の仇だ。お前の、出る幕はない……!」


  綾人、剣を縦に振り抜く

  グラネス、上半身を二つに裂かれ死ぬ

  綾人、剣をマダグレンの首元へ


マダグレン「いいよ、殺してくれ。弁解も、生きながらえるつもりもない」


綾人「そうか……」


  綾人、剣を構える

  リーリアの剣だ


綾人「「万閃華」……」


  剣に妖精が集い、光り輝く


マダグレンM「殺そうと思っていた君に、殺されることになるとは……。でも、もう十分堪能した。今度は僕の番だ」


  綾人、剣を振り抜く


マダグレンM「美で穢れた僕の体を、穢れで浄化してくれ、綾人くん……」


  マダグレンの首、とぶ

  ゴロゴロ、地面を転がる

  剣を見つめる綾人

  刀身に、ポツポツと水滴

  雨―ではない

  涙、止めどなく溢れる

  綾人、微かな声で―


綾人「凛々亜……」

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