第20話 ラストネーム

◆エルフィリア帝国・城下町(遥か昔)〈回想〉


  混乱、逃げ惑うエルフたち

  その中、一人立ち尽くす青年

  その視線の先、一人の女性

  滅多切りにされた体、地面に倒れる

  ジワリと広がる赤い血だまり

  その傍ら、首がゴロゴロと転がる


ゾルダムN「彼女さえ生きていれば、俺が剣を握る理由など、なかった……」


◆エルフィリア帝国・城下町(遥か昔・同日・午前)〈回想〉


  一人佇む少女

  ソワソワしている


??「マリナ!」


  マリナ、声の方を向く

  一人の青年、こちらに走ってくる


マリナ「ゾルダム!」


  ゾルダム、手には小さな花束

  マリナ、それを見て―


マリナ「そのお花……」


ゾルダム「今日、記念日だろ?」


マリナ「そっか、ありがとう!」


ゾルダム「でも、今渡すのもあれだな……。俺が持っておくよ」


マリナ「ううん、私が持つ!」


ゾルダム「そ、そうか?」


  ゾルダム、マリナに花束を渡す

  それを見て、顔を綻ばせるマリナ


マリナ「私の好きなお花……!」


× × × × ×


  ゾルダムとマリナ、並んで歩いている


ゾルダム「何年経ったか」


マリナ「記念日は忘れないのに、それは忘れちゃうの!?」


ゾルダム「わ、悪い……」


マリナ「え~っと……、五年くらい……?」


ゾルダム「曖昧だな」


マリナ「えへへ」


  マリナ、ゾルダムより一歩踏み出して―


マリナ「私、エルフに生まれて良かったって思うよ」


ゾルダム「少数派だな」


マリナ「だって、他の種族だったらすぐ死んじゃうじゃん?でも、私たちは永遠と言ってもいいほどの時間を生きられる……。ゾルダムと、ずっと一緒にいられる!」


ゾルダム「そう考えると、少数派の意見も悪くないな」


マリナ「大好きだよ、ゾルダム。何百年、何千年経っても……」


ゾルダム「俺も、愛して―」


  その時、街に轟音が轟く

  逃げ惑う人々、叫び声


街人「ネクロマンサ―だ!」


マリナ「ゾルダム……」


ゾルダム「だ、大丈夫……」


  不安げな顔のマリナ

  ゾルダム、彼女を抱き寄せる

  その時、マリナが体をぶつけてよろける


マリナ「あ、すみま―」


  振り返るマリナ、その視線の先

  顔が半分抉れた人、こちらを見る


マリナ「きゃあぁぁぁぁっ!!!!」


ゾルダム「マリナ!」


  ゾルダム、マリナを抱き寄せる

  死体、ヨロヨロと近づいてくる


ゾルダム「逃げるぞ!」


  ゾルダム、マリナの手を引き走る

  周囲には、多くの死体が蠢く

  その時、マリナ、何かに気付く


マリナ「あれ?」


ゾルダム「どうした……!?」


  後ろを振り向くマリナ

  遠方、花束が落ちている

  ゾルダムから貰ったものだ


マリナ「ダメ!」


  マリナ、ゾルダムの手を振り払う

  来た道を走って戻って行く


ゾルダム「マリナ!」


  手を伸ばす、しかし届かない

  マリナ、花束を拾い立ち上がる

  その目の前に、一人の少女


マリナ「あなたも、早く逃げて……!」


  しかし少女、邪悪に口角を上げる

  走ってくるゾルダム、唖然

  少女、マリナの首を掴み持ち上げる

  涎を袖で拭いながら―


少女「あなた、可愛いね……!良い死体になりそう……!」


  苦しむマリナ、涙が頬を伝う


少女「でも、死体に心臓はいらないよね」


ゾルダム「おい……、今すぐ離―」


  直後、鈍い音が鼓膜を殴る

  血を浴びるゾルダム、瞠目

  少女の腕、マリナの胸を貫いている

  引き抜かれた手には心臓、マリナの物

  ドクンドクン、未だ脈を打つ

  ゾルダム、思考の整理が追い付かない

  直後、額に血管が浮く

  ゾルダム、激昂、吠える


ゾルダム「貴様ぁぁぁぁぁっ!!!!」


  飛び出すゾルダム

  少女、悠然とした顔で―


少女「うふふっ、ただのエルフが、私に敵うわ―」


  直後、ゾルダムの拳が少女の顔面を貫く

  脳や眼球、飛び散る

  倒れる少女、頭部に大きな風穴

  ハァハァ、肩で息をするゾルダム

  マリナに視線を移す

  胸に風穴、もう動かない

  濁った眼と見つめ合う


ゾルダム「マリナ……!」


  涙を流すゾルダム

  マリナに顔を埋め、泣き咽ぶ


ゾルダム「マリナ……、マリナ……!」


  その時、マリナの腕がピクリと動く

  ゾルダム、それに気づいて―


ゾルダム「マリナ……?マリナ、もしかして生き―」


  そんなはずはない

  だが、ゆっくりと体を起こすマリナ

  その動きは、到底人のものとは言えない

  ギロリ、白目をむき血涙を流す

  口は半開き、唸り声が聞こえる

  胸の風穴からは、未だ大量の血

  その姿を見て、唖然とするゾルダム


ゾルダム「マリ、ナ……」


  〔回想〕

  ・マリナ「ゾルダムと、ずっと一緒にいられる!」


ゾルダム「そうだ……、俺たちはずっと一緒だ……。約束、しただろう……?」


  ゾルダム、縋るように手を伸ばす


ゾルダム「どんな姿になっても、俺はお前と―」


  直後、マリナの頭部を剣が貫く


ゾルダム「え……?」


  倒れるマリナ、背後には騎士

  ベットリ、血のついた剣を構える


ゾルダム「なに、を……」


  騎士、マリナに剣を振る

  何度も、何度も、何度も、何度も

  何度も何度も何度も何度も何度も

  腹を切り、胸を切り、背中を切り

  首を落とし、四肢を落とし、腹を貫く


ゾルダム「やめ……、やめて、くれ……」


  絶望にただ涙を流すゾルダム

  微かな声も、もう出ない

  ただ、マリアだったものを見下ろすだけ


× × × × ×


  建物の陰、小さく座るゾルダム

  呆然と虚空を見つめる

  そこに、一人の青年が現れる

  金髪、白いマント、風に靡く


ゾルダム「お前は……」


マダグレン「マダグレン・エルフィリア。一応、この国の王をしているよ」


ゾルダム「お前のとこの騎士は、どうなってる……。あんな……、何度も……!」


  話しているうちに呼吸が荒くなる

  それを見て、マダグレン、冷静に―


マダグレン「ネクロマンサ―の死体は、ただ殺すだけでは死なない。肉体を完全に破壊する必要があるんだ。分かってくれるかな?」


  その問いに、ゾルダムは反応を示さない

  俯き、ただ肩を震わせる


マダグレン「大切な人、失ったのかい?」


ゾルダム「ずっと一緒だと、約束したばかりだった……!」


マダグレン「これ以上、大切な人を失いたくないかい?」


ゾルダム「もう俺に、そんな者はいない……」


マダグレン「君、私の騎士団に入らないか?」


ゾルダム「なに……?」


マダグレン「失った憎しみと、失わないための志は、人を更なる高みへと誘う……。君なら、いい騎士になると思うよ」


ゾルダム「……戦うことしか、考えていないのか」


マダグレン「一応これも仕事だからね、帝王も楽じゃない。もし気があれば、城まで来てくれ。歓迎しよう」


ゾルダム「……」


◆エルフィリア城・城門(遥か昔・同日・午後)〈回想〉


  城門を見上げ、佇むゾルダム

  その隣に、一人の少女が現れる


??「やぁ、随分ボロボロだけど、もしかして君も研究者かい?」


ゾルダム「お前は?」


??「マダグレン陛下に直々に雇われた研究者さ。まぁ、これからなんだけど。研究者じゃないなら、そんな辛気臭い顔して、ここに何の用かな?」


ゾルダム「俺は……」


◆エルフィリア城・玉座の間(遥か昔・同日・午後)〈回想〉


  玉座に腰かけるマダグレン

  悠然とした表情

  大きな音を立てて、扉が開く

  歩いてくるゾルダム、中央で跪く


ゾルダム「マダグレン様……。俺を、騎士団に入れてください」


マダグレン「……君が剣を握る理由は何だい?」


ゾルダム「俺には、大切な人はもういない……。だが、誰かの大切な人を守ることは出来る。そして、その力で必ず、マリナの仇の全てを討つ……!」


  マダグレン、立ち上がる

  ゆっくりと歩いてくる


マダグレン「エルフの寿命は永い。死を望む者も大勢いる。だがそれと同じくらい、大切な誰かと永遠の時を望む者もいる、君のようにね。君の役目は、そんな彼らの約束を、望みを果たさせることだ」


  マダグレン、ゾルダムに剣を差し出す

  ゾルダム、剣を強く握る


マダグレン「期待しているよ」


  その時、拍手が響く


??「感動的だね。私も、ビーカーを握る理由とか、考えた方がいいのかな?」


  振り返る先、一人の少女

  マダグレン、薄く微笑み―


マダグレン「やぁ、エルフィリアの研究所へようこそ。フォルシャ・オーゲン」


  フォルシャ、腕を組みニヤリと笑う


●エルフィリア帝国・城下町(同日・午後)


  屋根を走る綾人、トワ、リュート

  眼下、戦闘中の騎士と鬼人


トワ「まだいたのね。気づかれたら厄介だわ……」


  トワ、立ち止まり―


トワ「アタシが足止めするから、アンタたちは先に行って!」


リュート「分かった」


  再び走り出す綾人とリュート

  トワ、それを見届け、手をかざす

  死体たちが動き、騎士と鬼人を襲う


× × × × ×


  走る綾人とリュート

  エルフィリア城が目前に迫る


綾人「なぁ、リュートはトワの援護しないのか?」


リュート「屍操術のことを言っているのなら、俺にその力はないぞ。トワと、他の数人のネクロマンサ―だけだ」


綾人「え、でも兄弟なんだろ?」


リュート「腹違いのな。俺は、人間だ。父親は知らないが、母親が人間だからな」


綾人M「人間……!?」


綾人「もしかして、お前も転移者か転生者か!?」


リュート「なんだそれ?」


綾人「ここに……、この世界に来る前、どこにいた?」


リュート「どこも何も、俺はミョルティで生まれ、ミョルティで育った」


綾人「そうか……」


リュート「だが、俺の母親は、よく妙なことを言っていた。今考えても、よく分からない」


綾人「妙……?」


リュート「この世界の人間じゃないとか、湖がなんだとか……」


  瞠目する綾人

  思わず立ち止まる

  リュート、怪訝な表情


リュート「どうした?」


綾人M「リュートの母親は、人間で、俺と同じ転移者……!?」


綾人「なぁ、母親の名前は?」


リュート「……トワに口止めされている」


綾人「クソッ……!」


リュート「だが、俺にも母親と同じ名前がついている」


綾人「同じ名前?」


リュート「ラストネーム、というんだろ?母親の故郷では、名乗るのが当然と。モリスにも、同じものがある」


綾人M「リュートのラストネーム……、苗字」


綾人「リュート……、お前の本当の名前は何だ?」


  リュート、平然と―


リュート「リュート・マイタニ。それが俺の、本当の名だ」

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