第26話 千代の旅路へ
●エルフィリア城・客室(同日・夜)
ベッドの上のリュート、未だ眠っている
それを囲うように座る綾人たち
綾人、俯いて―
綾人「ルボニック……」
トワ「なに落ち込んでんのよ。別の男が出てきたからって」
リーリア「ごめん、嫌だよね。綾人は、ここは聞かなくても―」
綾人「いや、大丈夫。聞くよ」
リーリア、ニコリと微笑み頷く
トワ「にしてもいたわね~、エスパルダ。アタシも見たのは、あれが最初で最後よ」
モリス「エスパルダ……、blade……. 」
トワ「えぇ。体を布で覆ってたから全容は分からなかったけど、チラッと見えた腕……、っていうか、全部剣だったわ」
◆ミョルティ・城(42年前・夕方)〈回想〉
トワ、不機嫌そうに目を細めて―
トワ「生贄……?アンタたちに捧げるようなの、この国にはいないわよ。第一、アンタたちみたいな得体の知れない―」
グラネス「我々は、この世界の秩序を乱すものを生贄としている。言葉によっては、君もその対象だ……」
トワに向けられる剣
ギラリ、刀身が鈍く光る
息をのみ、鼻を鳴らすトワ
トワ「勝手に正義執行ってわけね……。その言い方だと、秩序を乱すものってのが、アタシたちの中にいることになるわよ?」
グラネス「その通り。君たちネクロマンサーの中に、秩序を乱した者がいる」
トワ「誰よ?」
グラネス「お見せしよう……」
グラネス、バサッと布を翻し走り去る
城を出るや否や、一人の男に標的を定める
男を捕まえ、城の屋根へ跳躍
聴衆に見せつけるように、剣を突きつける
凛々亜「ルボニック!」
首筋、突きつけられた剣が光る
凛々亜、思わず声を上げて手を伸ばす
グラネス「君が、今宵の生贄だ」
ルボニック「い、生贄……?」
トワ「そんな、ルボニックが……」
グラネス、聴衆に向かい声を上げる
グラネス「聞け!この男は、エルフィリアの秩序を乱した!よって、この世界の安寧を取り戻すため、この男を我々エスパルダの生贄とする!」
トワ「ルボニック、何をしたの……?」
リーリアN「助けなきゃ。また、好きな人と離れ離れになるのは嫌だ、そう思った。その時までは……」
ルボニック、唇をギリッと噛み―
ルボニック「ふ……、ふざけんじゃねぇ!てめぇらに何の関係があんだよ!」
目をひん剥き、激昂するルボニック
その口から、罵詈雑言と唾が飛ぶ
いつもの彼の面影は、もうない
凛々亜、それを見て唖然とする
凛々亜「ルボニック……?」
グラネス「我々の使命は、この世界の秩序を守ること。既に、君の仲間は全員、我々の生贄となった。君が、最後の一人だ」
ルボニック「あいつらエルフ共が最初に、俺たちを追い出したんだよぉ!だから腹いせに殺してやった!それの何が悪い!」
トワN「彼の言ってることは、間違いではなかった。私たちは、ネクロマンサ―という種族のほんの一部でしかない。その中には、迫害されたことに恨みを抱いて、復讐と称してその国を襲撃する者たちもいる。ネクロマンサーとしては、操れる死体も増えて一石二鳥。ただ、そんなことしても私たちが危険な種族だという認識をさらに広めるだけ。彼の気持ちは分かるけど、それでも彼のしたことは正しいことではなかった。でも、彼の問題はそれだけじゃなくて―」
ルボニック、凛々亜を指さして―
ルボニック「あいつ、あいつでいいだろ!」
凛々亜「え……?」
ルボニック「凛々亜なら、俺の代わりに生贄になるだろ!あいつ、俺にすっかり惚れ込んでやがんから、言うこと聞くだろ!な、凛々亜!?」
凛々亜「何で……」
凛々亜、呆然とルボニックを見つめる
その瞳が、涙で滲む
ルボニック、隣のリュートを指して―
ルボニック「ガキでもいいぞ!リュートだったか?な、パパの頼みだ!お前が生贄でも良いぞ!どっちか選べ、凛々亜か、リュートか!」
トワ、ギッと歯を噛み締めて―
トワ「アンタ、いい加減に―」
リュート「いや、お前だろ」
ルボニック「……へ?」
凛々亜「琉人……?」
リュート「お前のしたこと、俺たちには関係ない。俺たちを巻き込まないで」
ルボニック「リュート、パパに向かってその口のきき―」
リュート「お前は、パパじゃない」
ルボニック「……!」
グラネス「正義執行」
剣、唸る
鋭い音と共に、首の肉を切り裂く
鮮血が散る、まるで雨のように降り注ぐ
ルボニック「かっ……!」
グラネス、腕を上げ振り下ろす
音もなしに、ルボニックの首を斬る
直後、静寂が満ちる
首、斬られたことに気付いていないよう
やがてズルリ、首が地面に落ちる
鈍い音を立てて跳ね、転がる
聴衆の短い悲鳴
凛々亜、庇うようにリュートに抱き着く
グラネス、剣の鮮血を夕日にかざして―
グラネス「良い、切れ味だ……」
◆ミョルティ・城(42年前・同日・夜)〈回想〉
リュート、眠っている
トワ、傍らで見守っている
時折、頭を撫でたり、頬を突いたり
そこに、コトコトと足音
凛々亜、やってくる
トワ「寝たわよ」
凛々亜「ありがと」
凛々亜、些か暗い表情
ランプの淡い光が仄かに照らす
トワ「散々だったわね」
凛々亜「うん……」
トワ「でも、これで分かったんじゃない?」
凛々亜「え?」
トワ「アナタの想い人に、代えはいないってこと」
凛々亜「……」
トワ「ここに縛り付けてるアタシが言うのもなんだけど……、諦めちゃだめよ。アナタも、ついでにモリスも」
凛々亜「縛り付けられてるなんて思ってないよ。トワちゃんには、感謝してる……」
トワ、歩き去る
振り返らずに―
トワ「トワで良いわよ」
凛々亜、リュートの頭を撫でる
その時、リュートの目がパチッと開く
凛々亜「あれ、起きてたの?」
リュート「トワ、寝かしつけるの下手。声でかいし」
凛々亜「もう、そんなこと言って」
リュート「ねぇ、ママ」
凛々亜「ん?」
リュート「パパって、どんな人?」
凛々亜「そうだなぁ……。ちょっと無愛想で、物静かで、なのにたまに余計なこと言っちゃう人」
リュート「何でそんなのが良いの?」
凛々亜「そういうとこ、似てる」
リュート「あぁ」
凛々亜「でも、優しくて、頼りになって、何より私のことを一番に考えてくれる。だから―」
〔回想〕
・ザァザァと激しい雨
・警察に連行される綾人
凛々亜「あんなこと、綾人は絶対にしない……」
リュート「綾人?」
凛々亜「うん、轟綾人」
リュート「ママは?」
凛々亜「舞谷凛々亜」
リュート「何で俺は、琉人だけなの?」
凛々亜「あぁ。こっちの人、苗字とかなさそうだからな……」
凛々亜、少しの間悩み―
凛々亜「じゃあ、舞谷琉人。いや、こっちの世界っぽく言ったら、リュート・マイタニ、かな」
リュート「こっちの世界ってなに?別の世界があるの?」
凛々亜「ママはね、本当は別の世界にいたんだ」
リュート「どんな世界?」
凛々亜「平和な世界だよ。そこでお勉強して、パパと一緒に暮らして」
リュート「盗む?」
凛々亜「盗まないよ。そんなことしなくても、生きていけるの」
リュート「ふぅん、よく分かんない」
リュート、目を閉じる
凛々亜、その頭を撫でながら―
凛々亜「いつか、一緒に帰れたらいいね……」
リーリアN「結局私は、40年の月日をミョルティで過ごした。その時には、もう元の世界に帰りたいなんて思わなくなっていた。琉人は、成長するにつれ綾人とそっくりになっていって、琉人を見ると綾人のことを思い出した。けれど、もう会いたいなんて気持ちも、薄れて行っていた。そんな時、私はとある病に侵された。ミョルティで暮らしていれば、そう珍しいことではないとトワは言っていた」
◆ミョルティ・城(10年前・午後)〈回想〉
ベッドに横になっている凛々亜
頬は痩せ、しわがれている
しかし、根本の美しさは消えぬまま
傍ら、トワとリュートの姿
リュート、机に食事を置く
リュート「はい、母さん」
トワ「もう少し、良いもの食べさせてあげられたらいいんだけど」
凛々亜「いいよ、これで十分」
トワ「薬草、探してくるわ」
トワ、一人部屋から出て行く
リュート「俺も行って来るよ」
凛々亜「気を付けてね」
微かに微笑むリュート
部屋から出て行く
その時、一匹の妖精が目の前をパタパタ
キュパス、こちらを見下ろす
凛々亜「あなたは、変わらないわね」
キュパス「はい、妖精ですから……。ですがそれより、貴方と契約しているからこそ、私はまだこうして生きられています……」
凛々亜「え?」
キュパス「騎士様の契約妖精は、その戦いの過酷さから、すぐに力を使い果たし死んでしまう……。ですが、貴方はそうではない……。貴方の癒しの力は、私の寿命までも癒したのです……」
凛々亜「そう……」
◆砂漠(10年前・同日・午後)〈回想〉
あちらこちらを行き来するトワ
そこに、サクサクと足音
リュート、やってくる
リュート「最近、張り切り過ぎじゃない?母さんが病気になってから」
トワ「これからは、凛々亜の癒しの力も使えなくなる。アタシたちがどうにかしなきゃ」
リュート「なんだ、俺たちの心配か」
トワ「もちろん、それだけじゃないわ。アタシにとって、もう一人の母親みたいなものなんだから、凛々亜は……」
リュート「……」
◆ミョルティ・城(10年前・同日・午後)〈回想〉
ベッドに横になっている凛々亜
傍らにはキュパス
凛々亜「私、もう死ぬのかしらね」
キュパス「はい、生命力の弱まりを感じます……」
凛々亜「あの子たちを残して逝くのが心残りで……。私がいなくなったら、面倒見てくれる?」
キュパス「契約妖精は、契約者が亡くなった時、初めて契約満了になり永遠の眠りにつきます……。なので、私に彼らの面倒を見ることは出来ません……」
凛々亜「そう……」
凛々亜、天井をボーっと見つめ―
凛々亜「綾人にも、会えなかったなぁ」
キュパス「そうですね……」
凛々亜「綾人も、こっちに来たりするのかしら」
キュパス「分かりません……。ですが、貴方がこの世界に来たように、可能性は零ではないかと……」
凛々亜「たとえそうでも、もう待ってる時間もないわね……」
キュパス「来世に託しますか……」
凛々亜「来世か……、そうね」
キュパス「それか、クローンに……」
凛々亜「……クローンって、エルフィリアの?」
キュパス「はい、トルモンの鬼に対抗するため、フォルシャ様が考案いたしました……」
凛々亜「知ってる。あなたが教えてくれたもの。それを、どうやって?」
キュパス「少々、気の長いお話になります……」
凛々亜「聞かせて」
キュパス「前回の大戦では、騎士様たちは年老いた方が多かった……。もう、永遠にも等しい年月、大戦でご活躍され、現在はご引退された方々です……。それは、生成されるクローン体がオリジナルより遥かに若くなってしまう、という魔道具の不具合を活かしたものでした……」
凛々亜「オリジナルよりも、若く……。じゃあ、私が入れば……」
キュパス「若い頃の……、まだ私たちが出会った頃の貴方が生まれる……」
凛々亜「それが、また年老いたら……」
キュパス「また、若い頃の貴方のクローン体を作る……。それを、何度も何度も繰り返すのです……。貴方の想い人がこの世界に……、貴方の前に姿を現すまで、何十年も、何百年も、何千年も……」
凛々亜「……」
キュパス「途方もない旅路となるでしょう……。それでも私は、貴方が望むならば―」
凛々亜「キュパス……」
キュパス「はい……」
凛々亜「私の最後のお願い、聞いてくれる?」
キュパス、優しく微笑んで―
キュパス「喜んで……」
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