第25話 虚脱、転移

●エルフィリア城・客室(同日・夜)


  リュート、ベッドに寝ている

  上半身裸、包帯を巻いている

  その傍ら、椅子に腰かけるリーリア

  柔らかな目でリュートを見守る

  そこに、ノック音


リーリア「どうぞ」


  ガチャ、扉が開く

  トワ、部屋に入る


トワ「リュート、平気?」


リーリア「まだ眠ってる。でも、命に別状はないって、フォルシャが」


トワ「そう」


モリス「I’m relieved to hear that. 」


トワ「どこから出てきたのよ」


モリス「From the desk. 」


トワ「アンタはすっかり元気ね。生命力が高いこと」


  その時、再びノック音

  扉が開き、綾人が入ってくる


リーリア「綾人」


綾人「遅くなった」


トワ「これで、全員揃ったわね」


  トワ、色を正して―


トワ「結論から聞かせてもらおうかしら。リーリア・エルフィリア。あなたは、50年前アタシを助けてくれた人間……、そして綾人の探している恋人……、舞谷凛々亜、でいいのかしら?」


  リーリア、微かに微笑み―


リーリア「うん、って言いたいんだけど、そう思うのは、私の中に本当の私の記憶があるからだよね……」


トワ「本当の私?どういうこと?」


リーリア「私は舞谷凛々亜、彼女のクローンだよ」


トワ「クローン!?」


綾人「ブノツァーベルド……、フォルシャの発明か……」


トワ「でも、おかしいわ。あなたがいなくなったのは、ミョルティに来てから40年後。それまでのあなたがクローンだったとは思えない。というか、そんなことをする必要がない。となるとそれ以降だけど、今のあなたの容姿は、当時のあなたの容姿とかけ離れているわ。どうして、おばあちゃんだったあなたのクローンが、私たちが初めて会った時のあなたの姿なの?」


綾人「……まさか」


  〔回想〕

  ・フォルシャ「前のなんて、派手なのに加えて生成されるクローン体はオリジナルより何十歳も若いんだ」


綾人「前回の大戦で使われた、一世代前のブノツァーベルド……。だから、若い凛々亜の姿……」


リーリア「うん、多分そうだと思う」


トワ「何よそれ……、何も聞いてないわよ……!」


綾人「一ついいか?」


リーリア「なに?」


綾人「リュートが、凛々亜の苗字を名乗ってた」


  〔回想〕

  ・リュート「リュート・マイタニ。それが俺の、本当の名だ」


綾人「それに、凛々亜を見て―」


  〔回想〕

  ・リュート「……母さん」


綾人「リュートは、誰なんだ?」


トワ「リュートは、凛々亜がミョルティに来て、一年後に産んだ子よ」


リーリア「つまり、私と綾人の子、だよ」


綾人「これ、が……」


  綾人、呆然

  思わず椅子に腰を落とす


リーリア「だ、大丈夫?」


綾人「わ、悪い。ちょっと、情報量に頭が追い付けなくて……」


トワ「無理もないわよ……」


リーリア「みんなには、全部話すね」


  リーリア、キリっと目を開いて―


リーリア「50年前、この世界に来た私が……、ううん、オリジナルの私がどうなったのか」


◆轟宅・寝室(半年前・朝)〈回想〉


  目を覚ます凛々亜、起き上がる


リーリアN「綾人がいなくなって、私の生活から色が消えた」


  隣を見るが、誰もいない

  眠る綾人の幻影が重なる


リーリアN「何も手につかなくなって、大学にも行けなくなって……」


  ツーと、涙が静かに頬を伝う


リーリアN「いつも、綾人のことばかり考えていた」


◆湖(半年前・同日・午前)〈回想〉


  凛々亜、歩いてくる


リーリアN「ほんの気まぐれで、行ってみた。思い出の場所だった」


  湖を覗き込む凛々亜

  目を閉じて―


凛々亜「綾人……」


リーリアN「そしたら……」


  轟音、怒号、絶叫、鼓膜を殴る

  凛々亜、目を開ける

  戦う騎士と鬼人

  目の前、グチャグチャの死体

  血で染まった真っ赤な地面


リーリアN「転移していた」


  凛々亜、恐怖に瞳が揺らぐ


◆エルフィリア帝国・城下町(50年前・午後)〈回想〉


  小さな建物の中

  うずくまり、肩を震わせる


凛々亜「どうして、こんな、ところに……。帰りたいよぉ、綾人……」


  その時、遠方から少女の声

  反応し、その方を見る凛々亜

  一人の少女、道端に倒れている


リーリアN「いても立ってもいられなくて、気づいたら走ってた」


  走り出す凛々亜

  少女を抱き、また走る


× × × × ×


  とある路地

  肩で息をする凛々亜


凛々亜「大丈夫?」


??「え、えぇ。ありがとう、助かったわ」


凛々亜「えっと、お嬢ちゃん、お名前は?」


トワ「アタシはトワ。って、子ども扱いしないでくれる?アタシ、こう見えても100歳はとっくに超えてるから」


凛々亜「そ、そうなんだ……」


  トワ、凛々亜を見る

  泥と血に汚れた服

  目には涙の跡


トワ「アナタこそ、平気?」


凛々亜「え?私は―」


  トワ、ギョッと目を開く

  凛々亜、涙を流している


凛々亜「あれ……?」


  涙を拭う凛々亜

  しかし、止めどなく溢れる

  トワ、溜息をついて―


トワ「助けてくれたお礼、しなくちゃね」


凛々亜「え?」


トワ「着いてきなさい」


◆ミョルティ(50年前・同日・午後)〈回想〉


  古びた見すぼらしい建物群

  土や岩に覆われている

  やせ細った人々、地面に座っている


トワ「ようこそ。ここがアタシたちの国、ミョルティよ」


◆ミョルティ・城(50年前・同日・午後)〈回想〉


  腰かける凛々亜とトワ

  凛々亜、体育座りで俯いている


トワ「アナタ、名前は?」


凛々亜「舞谷凛々亜……」


トワ「変わった名前ね。種族は?」


凛々亜「種族?」


トワ「えぇ。アタシらはネクロマンサーよ」


凛々亜「ネクロ、マンサー?」


トワ「へぇ、驚かないのね」


  そこに、モリスがやってくる

  盗品を抱えている


モリス「I’m home. 」


トワ「モリス、ありがとう」


凛々亜M「英語……?」


  モリス、凛々亜を見て笑顔で―


モリス「Oh! Hey girl, are you new? Nice to meet you! 」


  モリス、握手の手を差し出す

  巨躯が迫り、圧を感じる


トワ「やめなさい。アンタのみてくれじゃ、この子怖が―」


凛々亜「Nice to meet you too……. 」


  凛々亜、モリスの手を取る

  モリス、意外そうに目を見開いて―


モリス「Oh, can you speak English!? 」


トワ「アナタ、モリスの言葉が分かるの!?」


凛々亜「う、うん。英語は少し……」


モリス「Aye aye. Do you remember did you look into a lake or something that reflect you before you come here? 」


凛々亜「Y, yes. I looked into a lake……. 」


  モリス、納得したような表情

  トワに振り向いて―


モリス「トワ、この子、人間。モリスと、同じ」


トワ「へ?」


  トワ、目を真ん丸にして固まる


◆ミョルティ・集落(50年前・同日・夕方)〈回想〉


  建物の間を歩く凛々亜

  トボトボとした足取り、表情は暗い


凛々亜M「ここにいて良いって言われたけど……。ここはどこなんだろう……。モリスさんも、元の世界に帰る方法は知らないみたいだし……」


  ふと、立ち止まる

  消え入りそうな声で―


凛々亜「綾人、今何してるのかな……」


  その時、目の前に一人の少女

  ヨロヨロとした足取り、倒れてしまう

  駆け寄る凛々亜


凛々亜「大丈夫……!?」


少女「ご飯……、ご飯……」


凛々亜「お腹空いてるの?ごめん、私何も持ってなくて……」


  凛々亜、そっと少女の頭を撫でる

  その時、凛々亜の手が光る

  眩しく、それでいて柔らかな光

  少女の険しい表情、徐々に和らぐ

  やがて、少女は立ち上がり―


少女「お姉ちゃん、ありがとう!」


  元気に走り去っていく

  凛々亜、その背中を見つめて―


凛々亜「私、何かした……?」


??「どうやら貴方は、妖精との親和性が高いようですね……」


凛々亜「え?」


  声に振り向く凛々亜

  一匹の妖精、パタパタと羽ばたいている

  凛々亜、呆然として―


凛々亜「あ、あなたは……?」


キュパス「私の名は、キュパス……。舞谷凛々亜様……、貴方の契約妖精です……」


凛々亜「契約妖精?」


キュパス「はい……。エルフィリアの騎士様には、一人ひとりに契約妖精が宿るのです……」


凛々亜「騎士……?」


  〔回想〕

  ・エルフィリア帝国、鬼人と戦う騎士


凛々亜「私、騎士じゃないけど……」


キュパス「はい、存じ上げております……」


  キュパス、柔らかく微笑み―


キュパス「間違えて、ついてしまいました……」


凛々亜「そ、そう……」


キュパス「ですが、高い親和性のおかげで、癒しの力も最大限発揮することが出来ます……」


凛々亜「癒しの力って、さっきの?」


キュパス「はい、如何なる苦痛も和らげることが出来るでしょう……」


凛々亜「エルフィリアって、さっき私がいた?」


キュパス「はい、エルフと妖精の住まう湖上の国、エルフィリア帝国でございます……」


凛々亜「あなた、色々知ってるのね」


キュパス「はい、それだけが取り柄ですから……」


  凛々亜、決意したような表情で―


凛々亜「教えて、キュパス。この世界のこと……」


  キュパス、柔らかく微笑んで―


キュパス「えぇ、喜んで……」


リーリアN「私はキュパスに色々なことを聞いた。ティアード・ポンドのこと、エルフィリアのこと、トルモンとの戦いのこと……」


◆ミョルティ・城(49年前・午後)〈回想〉


  凛々亜の前に集まる人々

  凛々亜、彼らに手をかざす

  淡い光が零れ、人々を包む


リーリアN「私の力は、ミョルティの人たちから大いに求められた。トワもモリスも喜んでくれて、私は自分の居場所ができたように感じた。それでも、この世界への疑問は尽きなかった。元の世界に戻れるのか、私はここで生きて行けるのか……、綾人に会えるのか……。みんなと触れ合って色々知っても、そういった負の感情は消えてくれなかった……。そんな時―」


凛々亜「うっ!」


  凛々亜、突然嘔吐する

  地に手を突き、苦しそうに呼吸

  トワとモリス、凛々亜に駆け寄り―


トワ「凛々亜、大丈夫!?」


モリス「Are you OK!? 」


凛々亜「だ、大丈夫……」


  凛々亜、自分の体を見下ろす

  不思議と、足先が見えない

  腹が大きく膨らんでいることに気付く


リーリアN「今まで気づかなかったのが不思議なくらい、お腹は大きく膨らんでいて、この気持ち悪さがなんなのかも、察しがついた」


  凛々亜、腹を撫でる

  割れ物に触れるような、臆病で優しい手付き


リーリアN「私は、綾人との子を身籠っていた」


◆ミョルティ・城(43年前・夜)〈回想〉


  トワとリュート、一緒にいる

  それを遠くから見守る凛々亜


リーリアN「それから、半月もせずに生まれた。私はその子に『琉人』と名付けた。『人』という字は入れたかった。この子は綾人の子だって、忘れないために」


トワ「リュート、トワお姉ちゃんって言ってみないさい?」


リュート「ちび」


トワ「何ですってー!?」


  トワとリュート、追いかけっこをする

  それを見て、クスクスと笑う凛々亜


凛々亜M「いつまでも、不安でいちゃだめだよね。あの子を守れるのは、私だけなんだから……」


リーリアN「私は、この世界で生きることを決めた。でもそれは同時に、元の世界に帰ることを諦めるってことで―」


× × × × ×


  凛々亜、夜空を見上げている


リーリアN「もう、一生綾人に会うことはないんだと、何となく悟り始めた。そんな時、彼と出会った」


??「あぁ、君がそうか」


凛々亜「え?」


  一人の好青年、歩いてくる


??「エルフィリアから逃げてきたっていう」


凛々亜「は、はい」


ルボニック「実は、話したいと思ってたんだよね。あぁ、僕はルボニック」


凛々亜「り、凛々亜です」


ルボニック「ずっと、可愛いと思ってたんだ」


凛々亜「い、いえ、そんな……!」


凛々亜M「可愛いなんて、久しぶりに言われた……」


ルボニック「子供も生まれたんだよね?おめでとう」


凛々亜「ありがとうございます」


  凛々亜、城に振り返る

  扉の隙間から、リュートの姿

  まだ小さな体、スヤスヤと寝息を立てる


ルボニック「一人じゃ大変でしょ?」


凛々亜「はい……。でも、トワちゃんたちも面倒見てくれてますから」


ルボニック「僕も、凛々亜さんの助けになりたいな……」


凛々亜「え?」


ルボニック「父親、にはなれないけどさ。困ったことがあったら、いつでも相談してよ」


  ルボニック、はにかんで―


ルボニック「喜んで、力になるからさ!」


凛々亜「ありがとう、ございます……」


リーリアN「それから、ルボニックとよく話すようになった。一緒にいる時間も増えていった。彼はとても気さくで優しくて頼れて、琉人のことも可愛がってくれた。正直、あまりタイプではなかったけど、心の隙間を必死に埋めるように、私は彼に惹かれていった……」


トワN「そんなある日―」


◆ミョルティ・城(42年前・夕方)〈回想〉


  玉座に腰かけるトワ

  その時、足音が聞こえる

  目の前に、数人の亜人

  体を布で覆い顔は見えない

  ただ、片目がギロリと光る

  トワ、警戒に目を鋭く細めて―


トワ「アンタたち、何?」


グラネス「我々は剣人、エスパルダ。グラネスと申します」


トワ「剣人……?」


  布のはだけた部分から腕―否、剣

  一人ひとり、多種多様な剣が光る


トワ「見たことないわね。こんな廃れた国に、一体何の用かしら?」


グラネス「貴国、ミョルティから生贄を授かりに参りました」

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