第9話 戦女神に確信

●エルフィリア王国・休戦場(同日・夜)


  ツォンセを囲む騎士たち

  剣を抜き、彼に構える

  ゾルダム、ツォンセを鋭く睨み―


ゾルダム「青鬼、ツォンセ……。まさか、生存者に紛れていたとは……」


ツォンセ「ぼ、僕は見た目が鬼っぽくないから、みんな騙されるかな~って思ってたけど、デュフフ。そしたら、いっぱい死んでくれた」


  ツォンセ、辺りを見回す

  一面血に染まっている

  エルフたちの吐血だ

  その中で倒れる者たち、もう動かない


ツォンセ「ぼ、僕の大手柄だね、デュフ、デュフフフフフ!」


アンナ「この、外道がっ……!」


  アンナ、ツォンセに飛び出す

  手には斧、容赦なく振り下ろす

  刃が首をとらえる直前―


ツォンセ「ひっ、怖いよぉ!やめてよぉ!」


  その場でしゃがみ、頭を抱えるツォンセ

  体と声が、小刻みに震えている

  それを見て、アンナ斧を落とす

  突然、肩を抱きガタガタと震えだす

  まるで、ツォンセと同じように


アンナ「こ、怖い……」


ゾルダム「アンナ……?」


アンナ「怖い……、やめて……っ!」


ゾルダム「ど、どうしたんだ、アンナ!」


ツォンセ「デュフフ、ま~た引っかかった!」


  ツォンセ、立ち上がる

  爪先で、軽くアンナの横腹を蹴る

  吹き飛ぶアンナ、壁にめり込む

  ヨロヨロと落ち、地面に倒れこむ

  その時、休戦場に怒号

  騎士たちが一斉に斬りかかる


ツォンセ「みんな、寄ってたかって僕を虐めるんだね……。僕、悲しいよ……」


  ツォンセの頬を、涙が伝う

  直後、騎士たちが剣を落とす

  頭を抱え、膝をつき、涙を流す

  その様子を見てツォンセがニヤリ


ツォンセ「デュフフ……。僕をこんなに怖がらせて、酷いよ……。絶対に、許さないっ!」


  眉間に皺を寄せ、ギロリと目を開く

  牙と角が伸び、まさに鬼の形相

  怒りを露わにするツォンセ

  同時に、騎士たちが立ち上がる

  剣を握る手、強く震えている

  顔は赤く、血管が浮き出ている

  怒りに満ちた表情

  直後、怒号が響き、互いに斬りかかる

  容赦なく剣を振るい合う騎士たち

  ツォンセ、子供のように跳ねながら―


ツォンセ「わ~い、引っかかった、引っかかった~!デュフフフフフ」


  ゾルダム、唖然としている


ゾルダムM「どうなっている……?奴が恐れれば周りも恐れ、奴が怒れば同士討ち……。まさか、奴の感情が皆に伝播している……?」


  その様子を見る綾人

  口元に嘔吐の跡

  剣を持ち、ゾルダムの隣へ


ゾルダム「待て、無暗に斬りかかるな」


綾人「え?」


  ゾルダム、一歩踏み出し―


ゾルダム「ここは、俺が出る」


  剣を構えるゾルダム

  飛び出し、斬りかかる

  小賢しく避けるツォンセ

  口角をニヤリと上げ、しゃがみ込む


ツォンセ「ひっ、怖いよぉ!誰か助けてぇ!」


ゾルダム「その小細工、俺には通用しない……!」


ツォンセ「へぇ、お兄さん、心が強いんだね。デュフフフフ」


  ゾルダムとツォンセの戦闘

  綾人、それを呆然と立ち尽くし見ている

  隣の健尾―


健尾「青年、大丈夫か?」


綾人「あ、あぁ、もう平気だ……」


綾人M「あの、刀裁き……、今なら分かる」


  *回想:訓練場

ゾルダムに殴られる綾人


綾人M「どれだけ俺が、見くびられていたか……」


  ツォンセに剣を振るうゾルダム

  それを避けるツォンセ、再びしゃがみ―


ツォンセ「怖いよぉ!誰か助けてぇ!」


ゾルダム「うっ……!」


  ゾルダム、一瞬動きが鈍る


ツォンセ「デュフフ。心っていうのはとても素直なんだ。それでいて、弱い。そろそろ君も、耐えられなくなってきたんじゃない?」


ゾルダム「黙れ!」


  感情を振り払うように

  剣を薙ぐゾルダム

  ツォンセ、涙を流し―


ツォンセ「うぅ、悲しい……。こんな仕打ちあんまりだ……。誰か助けてよ……」


  その時、剣が地面に落ちる

  鈍い金属音が木霊する

  膝をつくゾルダム

  頭をかかえ、狼狽える


ゾルダム「マリナ……、マリナ……!誰が、こんなこと……!」


ツォンセ「デュフフ、堕ちた……」


  ツォンセ、ゾルダムににじり寄る

  エルフたち、足がすくんで動けない


ツォンセ「僕を散々苔にした罰だよ」


  腕を振り上げるツォンセ

  綾人、一歩踏み出して―


綾人「やめ―」


??「そこまでです」


  ふと、声

  振り返るツォンセ

  コツコツと、足音が響く

  白のドレス、レースが靡く

  赤茶色の髪が風に靡く


綾人「リーリア……」


  腰に携えられた剣

  抜き、呆けた面の青鬼に構える


リーリア「悪鬼……、私が討ちます……!」


ツォンセ「あぁ、君がこの国のお姫様だね。可愛いなぁ、好きになっちゃいそうだ。デュフフ」


リーリア「あなたのような陰気で残虐な方、到底受け入れられません」


ツォンセ「そっかぁ、それは悲しいなぁ……。僕、フラれちゃったよぉ……!」


  涙を流し、肩を震わせるツォンセ


綾人「気を付けろ!そいつは感情が―」


  しかしリーリア、毅然とした

  態度を崩さない

  ツォンセ、訝し気な表情で―


ツォンセ「へぇ、君も平気なんだ。エルフにも、強い人はいっぱいいるんだね。でも、心は素直で、それでいて脆い。君も、あの人みたいになろうよ」


  ツォンセがチラと見やるその先

  膝をつき、震えるゾルダム

  涙を地面に落とし続けている

  飛び掛かるツォンセ、拳を振るう

  リーリア、それを剣で受け流す

  それを傍らで見ている綾人

  一歩踏み出して―


綾人「リーリア……!」


  健尾、それを止める


健尾「ちょ、おいおい、何をするつもりだ!?」


綾人「た、助けないと―」


健尾「冷静になれ、青年。お前が出て行ったところで何が出来る?」


綾人「そ、それは、後ろについて援護くらい―」


健尾「無理だよ!逃げてばっかりで、助けられてばっかりのお前には!今出て行ったって、足手まとい……、最悪死ぬぞ、青年」


綾人「でも、凛々亜は……」


◆大学・学食(一年前・昼)〈回想〉


  トレーを持って歩く綾人と凛々亜

  凛々亜、向いの人とぶつかりよろける

  手に持つトレーを落とす

  近くの学生に盛大にぶちまける


凛々亜「あ、ごめんなさい……!」


学生1「はぁ?おいおい、何してくれてんの?」


学生2「金だろ、金ぇ!」


凛々亜「ご、ごめんなさ―」


  綾人、凛々亜の前に出て―


綾人「悪かった。もちろん金は払うから、許してくれ」


学生1「そう言う問題じゃねぇだろぉ?」


綾人「不可抗力だ。謝ってんだろ」


学生2「いやいや、服にかかっちゃってるからぁ!」


学生1「これ、高かったんだぞ!?」


学生2「どう落とし前付けてくれんだぁ!?」


綾人「……服に着られてる奴が何言ってんだよ」


学生1「んだと、てめぇ!」


  綾人の後ろに隠れる凛々亜

  ビクビクと震えている


●エルフィリア帝国・休戦場(同日・夜)


綾人「凛々亜はいつだってそうだった……。なのに、あれは……」


  迷いなく、勇敢に迫るリーリア

  剣を振るう姿が逞しく、美しい

  まるで、舞い踊っているかのよう

  その時、ツォンセの拳が迫る

  避けられない、当たってしまう

  それを、もう一本の剣が弾く

  顔を上げるリーリア

  傍らに、マダグレンの姿


リーリア「あなた……」


  不機嫌そうに目を細めるツォンセ


ツォンセ「お前、何も―」


  その時、ツォンセの体が

  地面に叩きつけられる

  響く轟音

  マダグレン、ツォンセの首を掴み

  口元だけで笑みを作って―


マダグレン「随分と、僕の妻を虐めてくれたみたいだね。死んでも償えない大罪だよ、これは……」


  ツォンセをじっと見つめる

  その瞳に光はない

  マダグレン、剣を取り出す

  ツォンセの肩を一突き

  唸り声を上げて苦しむツォンセ


ツォンセ「デ、デュフフ。分かった、君がこの国の王様か……!ツァイホン様が言ってた……」


マダグレン「へぇ、じゃあそのツァイホンってやつに言っといてよ。僕の妻に指一本でも触れたら、王だろうが何だろうが滅多刺しにしてぶっ殺して、玉座の隣に飾ってあげる、ってね」


  マダグレン、ツォンセの肩を剣で一突き

  首根っこを掴み、リーリアに投げ―


マダグレン「終わりにしてあげよう」


リーリア「はい」


  リーリア、剣を構える

  そこに、数多の妖精が集まる

  剣、眩く光り出す


綾人M「あぁ、そうか。目も、鼻も、口も、声も、話し方も、確かに凛々亜だけど……」


  髪が靡く、美しいエルフ耳


リーリア「『万閃華ばんせんか』」


  リーリア、ツォンセを一太刀

  ツォンセ、首と胴が分かれる

  ゴロゴロと、地面を跳ねる首

  リーリア、剣を収める

  その後ろ姿も、楚々としている


綾人M「あれは、凛々亜じゃない……」


× × × × ×


  落ち着いた様子の騎士たち

  互いにけがの手当てをしている

  壁に凭れるゾルダム

  肩で息をしている


ゾルダム「マリナ……」


  去るリーリア

  その後ろ姿に、綾人が一歩踏み出して―


綾人「リーリ―」


マダグレン「やぁ、綾人くん」


  マダグレン、目の前に現れる

  綾人の視界を遮るよう


マダグレン「まだ生きていたんだ。随分としぶといねぇ」


綾人「……まぁな」


マダグレン「ふふ……」


  マダグレン、綾人の耳元で―


マダグレン「まぁ、精々頑張りたまえ」


  歩き去るマダグレン

  綾人、訝しげな顔

  薄らと明るくなる空


マダグレン「間もなく、陽が昇る」


  マダグレンの服、風が撫でる


マダグレン「さぁ、再戦と行こうじゃないか」

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